オフリミットⅠ~恋の僭主~

奏井れゆな

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第6話 runaway love

6.

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 航がきっかけを見いだしたように、実那都にとっても話すにはいいきっかけだった。ただ、話せば嫌な自分を曝けだすことになる。実那都はやはりためらった。
「航……」
「なんだよ」
「航はわたしのこと、どんな人間だって思ってる?」
「は? ……どういう質問だよ」
「いいから!」
 ちょうど照明の影に入ってしまって航の表情は読めなかったけれど、怪訝そうな気配は感じとれる。
 航の答えを待つよりも、「じゃあ、わたしから」と、実那都は自ら切りだした。
「航はがさつで、言葉遣いも乱暴で、でもケンカは強いし、頭もいいから自信があって、だから人に意地悪することもなくて正々堂々としてる。一緒にいるとわたしまで強くなった気になる」
 ずっと思っていることを云ってみると、航はくくっと吹きだした。
「買い被りすぎだろ」
「そんなことないよ」
 航は、ふーん、と満更でもなさそうに相づちを打つ。
「んじゃ、おれのばんだ。実那都はおとなしそうに見えるけど、人を頼ることが嫌いで自立心旺盛だ。だからといって、人に無関心だとか自己中のわがままじゃないし、頭使えるし人に気を遣えるし、人が嫌がることをしないし争い事を好まない。普通っちゃあ普通だ。けど、おれにとって実那都は最大級の特別だ」
「最後の言葉があれば、航には何を云われてもいいかも」
 笑う実那都を見て航はにやりとし、それから真顔になった。
「んで、さっきの続きは?」
「うん……。航はちょっとだけ間違ってる。わたしはけっこう自己中心でわがままなところもあるんだよ。まえに、航に嫌われたくないからって云ったけど、いまもまだ話すのは怖いかも」
「実那都、おまえは全然おれを信用してねぇな」
 航は怒っているのではなく、がっかりしている。こんなふうに実那都を責めないで、自分の力が足りないと思ってしまうことこそ、航が信頼に値することを証明している。
「そうじゃないよ。わたしの問題なの。それだけ航が大事な存在になってるってこと」
「それなら許す」
 航は顎をしゃくって横柄さを装った。
 実那都は吹きだして、そうして吐息を漏らした直後、正面から眩しい光を浴びせられる。車のヘッドライトで、まもなくその車は西崎家の敷地内に入っていった。タイミングがいいのか悪いのか、実那都と航の姿は捉えられているだろう。
「加純ね、高校は東京に行くんだって。いま、引っ越しの準備でバタバタしてる」
「……は? なんで? 中学からわざわざ一貫校に行ったんだろ?」
 航は青天の霹靂といった様子で、素っ頓狂な声を出す。夜だから、そこら中に響き渡って聞こえたかもしれない。タイヤの軋む微音は消えていて、もしかしたら母たちの耳に入っている可能性もある。
「モデルの仕事がうまくいってるっぽくて、事務所から東京に行かないかって勧められたみたい」
「なら……加純ちゃんと一緒に住むってぇのも可能ってこと……じゃねぇみてぇだな」
 航は実那都の顔を見て云い変えた。
「家賃は事務所が半分だけ負担してくれるって話だよ」
「なんだよ、それ。半分だろうが、けっこう金かかるだろ。おまえ……まさか虐待とかされてねぇよな」
 少しためらったあと、航が踏みこんで口にした言葉は実那都を驚かせた。
「虐待? そんなのないよ。躰に傷痕とかないから」
「暴力だけが虐待じゃねぇだろ。明らかにおまえんとこは姉妹の扱いに差がある」
 云いきってしまうほど、航はずっとそう感じてきたのだろう。実那都がそれとなくほのめかしたときもあるし、航は鈍感ではない。はっきり云えなかったのは、わかってもらったほうがいいのか否か判断がつかなかったし、わかってもらうにはその発端を話さなければならないからだ。
「わたしのせいだから……しかたないよ」
「だから、それだろ、おれに話したくないことって。おまえにとっては深刻でも、話してみたら、おれからすれば必要以上に気にするようなことじゃないかもしんねぇだろ。そこまで深刻に抱えてきたことなら、だれにも話さなかったんだろうし、けど、話すことで見方とか考えは変わってくるかもしんねぇ。いつまでも引きずってるより、潔く捨てたほうがいい考えもある」
 あのことがあってからこれまで、そんなふうに考えたことはなかった。幼かったゆえに罪悪感は閉じこめざるを得なかったのかもしれない。
 両親は加純に至れり尽くせりに見えて、実那都は拗ねていた。けれど、云うまえに否定されると思いこんでいただけで、実那都が勝手にあきらめて話すことを拒んでいたにすぎず、云ってみたら認めてくれたかもしれない。
 航がそれ以上に急き立てることはなく、やがて家の前にたどり着いた。
「航、ありがとう。でも、路上じゃ話せないし、今度ちゃんと会えたときでいい? それに、航が云ったこと……大学のこと、ちゃんと考えて、そうしたいって思ったらお母さんに云ってみる」
 航は少なからず心配そうに実那都を見つめたが、まもなく自転車越しに手を伸ばすと実那都の頭に手のひらをのせ、笑ってうなずいた。
「わかった。路上でする話じゃねぇ、確かに。ただし、優先順位を間違えんじゃねぇぞ」
「優先順位って?」
「一番めはやりたいこと、二番めはやってもいいこと、三番めはおれのことだ」
 実那都は目を丸くしたあとぷっと吹きだした。
「航は三番めでいいの?」
「限りなく譲歩した」
 航はやはりどんなときでも実那都を笑わせてくれる。何があってもどうにかなりそうと思わせられて、そう思うたびにずっと一緒にいられたらと、実那都はやるせないほど願ってしまう。
 ただ、やりたいこととやれること、その境界線は間違えられない。実那都は自分に云い聞かせた。
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