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第7話 不束者vs不届き者
6.
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実那都がとっさに目をつむったのは反射以外の何ものでもない。喋っている途中だったから、閉じるタイミングを逸したくちびるは航のくちびるがふさいだ。
キスは、挨拶のようにしょっちゅうというわけではなくても、慣れるくらいには普通のことになった。いつもと違うと感じるのは、スキンシップみたいなさらりとしたキスではなくて、なお且つ頬を挟んだ航の手から妙に意思が伝わってくるからだ。まるで、手を離す気はないという、断固とした意思だ。
くちびるを合わせたまま、濡れてふわりとしたものが実那都の上唇に触れて、そこから下唇へ、ぐるりと這う。熱を感じるそれはきっと航の舌先で、くすぐったいような心地よさがあって実那都はわずかに首をすくめた。
航はくちびるをくちびるで挟むようにして、吸着しながら顔を浮かしていく。離れてしまうと、実那都はさみしいような気になった。
「実那都」
目を開くと同時に航が呼びかけた。両頬ともくるまれたままで、いまさらでもその近さに実那都はびっくり眼になった。
「……うん」
「一年前のおれの宣言、ちゃんと憶えてるよな」
「……え……っと、なんだった――?」
実那都は云いながら、視線をくるりと宙にやって考えてみた。すると、一度だけ、いまと似たキスがあったことを思いだして目を丸くした。
「思いだしたか?」
実那都がすぐにはわからなくて、じろりと威嚇するように見つめていた航だったが、実那都の変化を見逃さず、すると薄気味悪く笑う。
笑ったことを後悔させてやる――と、一年前、航は云ったんだった。
実那都はおそるおそる口を開く。
「え……だって……部屋は別だって云って……お母さんたちにちゃんとしてるってとこ見せるためにそうするんだって思ったのに……」
「まあ……アパート選ぶときに、二つ個室があるか、もしくはこんなふうに仕切って二部屋にできるとこって条件を出したのはそのためだった。けど、そういうのは建前っつうんだよ。多感な少年に好きな女といて手を出すなって、土台、無理な話だ」
航は一年前と同じく『多感な少年』という云い訳でもって、しゃあしゃあと自分を正当化している。
実那都は思わず躰を引こうとしたけれど、頬を捕らえられていてかなわない。未熟であってももう幼くはない。ある程度、というよりははっきり承知していたことだけれど、まだ自分から飛びこめるほど実那都は大人になりきれていない。
「その……よくわからなくて……」
「おれはわかってる。心の準備なんて云いっこなしだ。好きだって気持ちがあるなら、準備なんていらねぇ」
どうだ? と、航の首がかしいで無言の問いが向けられる。
そんなふうに云われて実那都が拒めるはずがない。否、拒むという言葉は少し違う。どうしていいかわからない戸惑いと、予想できる恥ずかしさのせいだ。
「航のことは好き。でも……」
「“でも”なんていらねぇ。おれに任せときゃいい。それくらいはできるだろ?」
「……たぶん」
「って、そこで『たぶん』かよ」
と、実那都の口癖でもある言葉を聞いて、気が抜けたように笑ったあと、航は頬から手を放してソファから腰を浮かした。
「実那都にできることは、あともうひとつしかねぇ。いまのところ、な」
航は立ちあがりながら両手をそれぞれ実那都に差しだした。無意識のうちにその手のひらに手を預ける。すると、実那都の手を引っ張りあげながら航は身をかがめて、自分の首の後ろにまわさせた。そうして、実那都はお尻からすくわれるように抱きあげられる。反射的に腕に力がこもって航にしがみついた。
これまで抱きしめられることはあっても、実那都から抱きつくことはなかった。例外として、例えば転びそうになったときに航が支えて、成り行きで抱きつくことはあったけれど。いまも例外といえば例外だ。
「子供が抱っこされてるみたい」
航に運ばれながら実那都はちょっと焦って、それをごまかすように云った。歩く振動とは別に、航の躰が小刻みに揺れる。笑っているのだろう。
「お姫さま抱っこでもよかったけど、それじゃあ実那都が照れそうだし」
やっぱり航は実那都のことをよくわかっている。いま顔を見合わせるのは恥ずかしい。
「航は? なんともない?」
「んー、これはこれで、やべぇけど」
“やばい”と云いながら、その実、航の声は満更でもないといったふうに状況を楽しんでいる節がある。不公平すぎる。
部屋に連れていかれ、航のおなかくらいの高さがあるロフトの前で立ち止まり、実那都はひょいとさらにお尻を持ちあげられた。落下防止用の低い柵を超えて、ふとんの上におろされる。実那都が座り直しているうちに、航は梯子に足を引っかけて軽々と上がってきた。
「わたし、重くなかった?」
実那都にとって、ふとんの上で向き合うのは相当に気まずい。それゆえのごまかしはお見通しで、航はからかうような笑みを浮かべた。
「それ、どうでもいい質問だよな」
と、追い打ちをかけられて実那都はかすかにくちびるを尖らせた。不満はありつつも、返す言葉が見つからない。そのまま実那都はいったん深呼吸をして自分を落ち着かせた。
「航は余裕ある……」
云いかけているさなか、航が身を乗りだして傍に手をつき、実那都の目の前で顔を傾けた。
ぶつかると思った瞬間に、航は実那都のくちびるをすくい上げるようにして、今日二度め、たわいない不満を封じるようにくちびるでふさいだ。
キスは、挨拶のようにしょっちゅうというわけではなくても、慣れるくらいには普通のことになった。いつもと違うと感じるのは、スキンシップみたいなさらりとしたキスではなくて、なお且つ頬を挟んだ航の手から妙に意思が伝わってくるからだ。まるで、手を離す気はないという、断固とした意思だ。
くちびるを合わせたまま、濡れてふわりとしたものが実那都の上唇に触れて、そこから下唇へ、ぐるりと這う。熱を感じるそれはきっと航の舌先で、くすぐったいような心地よさがあって実那都はわずかに首をすくめた。
航はくちびるをくちびるで挟むようにして、吸着しながら顔を浮かしていく。離れてしまうと、実那都はさみしいような気になった。
「実那都」
目を開くと同時に航が呼びかけた。両頬ともくるまれたままで、いまさらでもその近さに実那都はびっくり眼になった。
「……うん」
「一年前のおれの宣言、ちゃんと憶えてるよな」
「……え……っと、なんだった――?」
実那都は云いながら、視線をくるりと宙にやって考えてみた。すると、一度だけ、いまと似たキスがあったことを思いだして目を丸くした。
「思いだしたか?」
実那都がすぐにはわからなくて、じろりと威嚇するように見つめていた航だったが、実那都の変化を見逃さず、すると薄気味悪く笑う。
笑ったことを後悔させてやる――と、一年前、航は云ったんだった。
実那都はおそるおそる口を開く。
「え……だって……部屋は別だって云って……お母さんたちにちゃんとしてるってとこ見せるためにそうするんだって思ったのに……」
「まあ……アパート選ぶときに、二つ個室があるか、もしくはこんなふうに仕切って二部屋にできるとこって条件を出したのはそのためだった。けど、そういうのは建前っつうんだよ。多感な少年に好きな女といて手を出すなって、土台、無理な話だ」
航は一年前と同じく『多感な少年』という云い訳でもって、しゃあしゃあと自分を正当化している。
実那都は思わず躰を引こうとしたけれど、頬を捕らえられていてかなわない。未熟であってももう幼くはない。ある程度、というよりははっきり承知していたことだけれど、まだ自分から飛びこめるほど実那都は大人になりきれていない。
「その……よくわからなくて……」
「おれはわかってる。心の準備なんて云いっこなしだ。好きだって気持ちがあるなら、準備なんていらねぇ」
どうだ? と、航の首がかしいで無言の問いが向けられる。
そんなふうに云われて実那都が拒めるはずがない。否、拒むという言葉は少し違う。どうしていいかわからない戸惑いと、予想できる恥ずかしさのせいだ。
「航のことは好き。でも……」
「“でも”なんていらねぇ。おれに任せときゃいい。それくらいはできるだろ?」
「……たぶん」
「って、そこで『たぶん』かよ」
と、実那都の口癖でもある言葉を聞いて、気が抜けたように笑ったあと、航は頬から手を放してソファから腰を浮かした。
「実那都にできることは、あともうひとつしかねぇ。いまのところ、な」
航は立ちあがりながら両手をそれぞれ実那都に差しだした。無意識のうちにその手のひらに手を預ける。すると、実那都の手を引っ張りあげながら航は身をかがめて、自分の首の後ろにまわさせた。そうして、実那都はお尻からすくわれるように抱きあげられる。反射的に腕に力がこもって航にしがみついた。
これまで抱きしめられることはあっても、実那都から抱きつくことはなかった。例外として、例えば転びそうになったときに航が支えて、成り行きで抱きつくことはあったけれど。いまも例外といえば例外だ。
「子供が抱っこされてるみたい」
航に運ばれながら実那都はちょっと焦って、それをごまかすように云った。歩く振動とは別に、航の躰が小刻みに揺れる。笑っているのだろう。
「お姫さま抱っこでもよかったけど、それじゃあ実那都が照れそうだし」
やっぱり航は実那都のことをよくわかっている。いま顔を見合わせるのは恥ずかしい。
「航は? なんともない?」
「んー、これはこれで、やべぇけど」
“やばい”と云いながら、その実、航の声は満更でもないといったふうに状況を楽しんでいる節がある。不公平すぎる。
部屋に連れていかれ、航のおなかくらいの高さがあるロフトの前で立ち止まり、実那都はひょいとさらにお尻を持ちあげられた。落下防止用の低い柵を超えて、ふとんの上におろされる。実那都が座り直しているうちに、航は梯子に足を引っかけて軽々と上がってきた。
「わたし、重くなかった?」
実那都にとって、ふとんの上で向き合うのは相当に気まずい。それゆえのごまかしはお見通しで、航はからかうような笑みを浮かべた。
「それ、どうでもいい質問だよな」
と、追い打ちをかけられて実那都はかすかにくちびるを尖らせた。不満はありつつも、返す言葉が見つからない。そのまま実那都はいったん深呼吸をして自分を落ち着かせた。
「航は余裕ある……」
云いかけているさなか、航が身を乗りだして傍に手をつき、実那都の目の前で顔を傾けた。
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