オフリミットⅡ~ガサツな王子の全力愛~

奏井れゆな

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第9話 ジェラシーの円満解決法

3.

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 実那都だけではなくだれもが不意を突かれたように、室内はしんと静まった。
 健朗はあきらめの入り混じった苦り顔で笑う。
「その反応ですよ」
「は?」
 健朗の意味不明な言葉に、航は顔をしかめて一語で曖昧な疑問を投げかけた。
「貴刀となんら関係のないみなさんでも気分的に引くでしょう? 身を明かすと、大抵その人との間に一線ができるんです。物心ついた頃から気を遣われてばかりですよ。そうなれば、こちらも気を抜けなくなります。一線を引かない人は欲に目が眩む人がほとんど、稀にバックグラウンドに無頓着な、貴重な人がいますけど」

「ていうか、それって……体裁にこだわってるのはおまえのほうなんじゃないか。持病なんかにしなくても、だからなんだって開き直ればすむ話だ」
 良哉の言葉に納得したのか否か、健朗は宙に目をやって、それから肩をすくめた。
「確かに。ですが、良哉のアドバイスは遅すぎました。幼い頃、大人たちにちやほやされていい気になったすえ、期待を裏切れなくなってしまっていまに至ります」
「まあ、おれは健朗の気持ちがわからなくはない」
 戒斗が口を挟み、健朗は少し身を乗りだして問うように首を傾けた。
「戒斗も有名な家系出身ですか?」
「健朗、こいつはメジャーじゃないけど正体不明の名家一族みたいだぜ」
「正体不明?」
「一般には知られてなくても、家系を二千年遡れるって普通じゃねぇだろ」
 航がおもしろがっている一方で、健朗はさすがに驚いたようで、けれど一瞬後には力の抜けたような笑みをこぼした。実際、その肩から力が抜けたのは物理的にもそうで、物怖じしそうにないお坊ちゃん育ちであっても、気が抜けないと云ったとおり健朗は健朗なりに気が張っていたんだろう。
「普通じゃないですね。うちはせいぜい五百年です」
「五百年も普通じゃねぇな」
 航は豪快に笑ってそう云った。

「ね、健朗くん、確かめたいんだけど。あのチラシはちゃんと見てくれたよね?」
 唯子は何かしら懸念を抱いているようで、唐突に話を変えた。
「ええ、記憶に残っているくらいは見てますよ」
「じゃあ、わかってると思うけど、FATEはプロデビューを目指してる。つまり、バンドで食べていく覚悟だってこと。健朗くんは貴刀を継ぐんじゃないの? もしかして兄弟がいて、だから継がなくてもいいってこと?」
 唯子が云わんとしている趣旨は実那都にも理解できた。航たちも姿勢を正すような気配になって健朗の答えを待っている。
「貴刀を継ぐことはレール上のことではありました。ですが、後継者はすでにいます。姉の夫――つまり義理の兄になりますが、彼が厭みなくらいできる人なので戦いたくないんですよ」

「はっ、厭みなくらいって」
 戒斗は可笑しそうでありながらも呆れたように首を横に振っている。
「もしかして健朗くんて穏健派なの?」
「実那都さん、ナイスです。戦わない、イコール臆病者と捉える人もいますが、戦えない相手が世の中にはいるんです。いまのところ、二人だけですけど」
「あと一人はだれだよ」
「今春、ブレイズ川口に入った弥永聖央をご存じですか」
「え、嘘、もしかしてあのサッカー選手の聖央くんと知り合いなの?」
「知り合いと云いますか、親友です。少なくとも僕はそのつもりです。幼稚園からの付き合いになります。高校は楓ケ丘だったんですが、聖央の影響を受けて小学生時代から僕もクラブに入ってサッカーをやってました。ポジションはゴールキーパーです」
「見えない!」
 唯子が悲鳴じみて云い、健朗は苦笑いをする。
「よく云われます」

「楓ケ丘ってサッカーの名門校だろう?」
「ええ。一応レギュラーでしたよ。貴刀グループはブレイズ川口のオーナーですが、ほかのチームからオファーもありました。手前味噌ですみません」
「謝ることねぇだろ。ガキの頃からやってて名門校のレギュラーにまでなって、なんでプロにならなかったんだよ」
「聖央がいるかぎり、僕は一番になれないじゃないですか」
 という、無駄のない理由に絶句したのはだれもが同じで、その沈黙を破ったのは航の「は!?」という呆れきった一語だった。
「大した坊ちゃんだ」
 いつも無表情、無感情がちな――というよりそれらを表すのが不得手なんだろう――高弥がため息まがいで笑う。
「ていうか、自分が中心じゃないと気がすまない、わがままなお坊ちゃんそのものって感じがしなくもないな」
 良哉がからかうが、健朗は『坊ちゃん』と連呼されても少しも気分を害した様子はない。
「それなりにプライドはありますよ。だからチラシに惹かれたんです。高々大学生という身でプロを目指してると銘打つからには、FATEとしてさらに上、音楽の頂点に立ちたいってことだと解釈しました。僕にとっては渡りに舟ですよ。チラシに載っていたハコライヴに行って、実際にFATEの音楽をこの目で見て、聴いて、応募しようと決めました」

「なるほど、下見したのか。それでFATEの音に合ってるわけだ」
「航、無理に合わせているわけではありませんよ。自然と合う感じです」
 唯子は大きく音が立つほど手を一度叩くと――
「そうでなくちゃ!」
 とうれしそうだ。
「べつにおれは批難してるわけじゃねぇ。合わせてるとしても、FATEのカラーに合わせられるようなテクニックを持ってるなら褒めてやろうって思っただけだ」
「ありがとうございます。ギターはメイヤーが好きで始めたんですが、アコギもエレキもまだまだ趣味程度のレベルです。スコアは正確に読めますから、とにかくプロだと自己紹介ができるようテクニックを磨いて、みなさんについていきます」

「健朗、ピアノを習ってたのは中学までだったよな?」
 良哉が問いかけて、健朗はうなずいた。
 実那都はつくづく自分が健朗とは正反対だと思う。親や周囲から関心を持たれ、かまわれ、それでも飽き足らずやりたいことを見つけては行動を起こす。実那都からするとうらやましい限りだ。
「三才からやってましたね。母が云うには情操教育の一環だそうです。楓ケ丘に入って部活動が毎日になったので条件付きでやめました」
「条件て?」
「母が好きなベートーベンの【月光】を習得してたまに聴かせること、でした」
「第三楽章まで?」
「さすがに第三楽章の原曲は無理です。中学生であれが弾けるならいまとは道が違ってますよ。簡単な楽譜を探して参考にして、自分なりにアレンジしたんです。母からはいまでもたまに頼まれます」
「つまり、いまでも問題なく弾けるってことだ。それなら願ったり叶ったりだ」
 良哉はなぜかホッとしたように息をつく。戒斗が首をひねった。
「良哉、何が願ったり叶ったりなんだ?」
「戒斗、おれはFATEの表から退くつもりだ。おれのかわりは健朗に引き受けてもらう」
 良哉は思ってもみなかった爆弾発言を落とした。
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