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第9話 ジェラシーの円満解決法
4.
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「退くってなんだ? 第一、ギタリストとキーボードは同時に弾けない」
戒斗は顔をしかめてもっともなことを云う。
「いますぐってわけじゃなくて、プロになったときの話だ。デビューすれば、キーボードが必要なら助っ人なんてどうにでもなるだろう。レコーディングは健朗に任せればいい。それに、云ったとおり〝表〟から退くだけで、作曲はフォローしたいと思ってる。ていうか、作曲は積極的にやらせてほしい。わがままを云ってるのはわかってるし、悪いと思ってる」
――教師になりたいんだ、と云って良哉は薄らと笑った。
それ以上の追及をシャットアウトするには、別にやりたいことがあるという云い訳と、さしてうれしそうでもない笑い方で充分だった。
食事をしている間、微妙な空気感があったけれど、音合わせが再開されるとまもなくいつもと変わりなくなった。FATEの音はいまいる五人で完成していると思えたのに。
実那都が不思議に思ったのは、いちばんに文句たらたらで止めにかかるだろう航が逆に黙りこんで、何も異論を唱えなかったことだ。
「航、良哉くんが今日云ったこと、知ってた?」
家に帰ったのは真っ暗になった夜の十時、実那都のあとに風呂をすませた航がリビングに戻ってきて、ソファ前のテーブルに紅茶とコーヒーを置きながら実那都は訊ねてみた。
ソファーに座った航は、今日の練習で録音したものを聴くためヘッドホンをしようと持ちあげかけていた手を止めた。
「いんや、初耳だ」
航はそう云ったあと、ヘッドホンを脇に置きながらその時の場面を回想したようで大きくため息をついた。
「航は怒るかと思ったのに」
実那都はソファに腰をおろして航の顔を覗きこむ。
「怒るってなんだよ」
と可笑しそうにしたのは一瞬、航はまたため息をついて、何か吹っきろうとしているかのように肩をそびやかした。
「まあ、なんでだよっていう気持ちはある。けど、あいつなりの考えがあるんだと思う」
「理由、わかってるの?」
そんなふうに思うほど、航の言葉には理解が見えた。
「確信は持てねぇけど、ある程度の見当はつく。そもそも良哉がなるべきだったのはなんだ? 教師じゃないだろ」
「えっと……ピアニスト? ……あ……」
実那都は答えながらなんとなくだけれど、良哉が表に出ないと云った理由に繋がる原因として航が何を導きだしているのかに思い当たった。
航は実那都の反応を見てうなずいた。
「あのライバル野郎、いまだにほとんどひきこもってるらしい」
やはり航は、中学時代に事故に遭ってピアニストになる夢を絶たれた子――良哉のライバルのことを云っている。
その子を見舞いに行って、良哉はよけいなことを云ったと後悔して、ろくにピアノの練習もできないでいたという。けれどその後――実那都が航と付き合うようになってまもなく――良哉はコンクールに出ると云い、練習をがんばって目標にしていた金賞を取り、それから文化発表会に向けてオフリミットという限定バンドを組んで、音楽には関わってきた。だからその子に関する後悔は吹っきれたんだと思っていたのに。
「良哉くんはよっぽどその子のことを認めてたんだね」
「――っつうか……認めてたって云うと良哉が優位に立ってるみてぇだろ。そうじゃなくて反対だと思うぜ」
「その子のほうが上手だったってこと?」
ピアノなど習ったこともなく――いや、健朗を羨んだのはピアノに限らず、親にやりたいと云えなくて習い事自体の経験がないからだけれど――実那都に上手い下手のレベルがわからないのは当然、良哉がピアノを弾くたびにその指の動きに見とれて、音に聴き入ってただすごいと思っていただけに、その子が良哉をしのぐということに実那都は驚いた。
「良哉から見たらそうだったんだろ。けど、そいつから見たら良哉のほうがすげぇって見えてたかもな。おれは聴き比べたことないし、そいつの演奏を聴いたこともねぇから、そこはわかんねぇけど」
航の言葉に実那都はあからさまに躰を引いた。
びっくり眼の実那都を見て、航は怪訝そうに眉をひそめる。
「なんだよ。おれ、ヘンなこと云ったか」
「じゃなくって、その反対」
「反対?」
「だって、航ってすごく人のことを平等に見てるよね? 知らない人のことも客観的に語れる人、あんまりいないよ」
「客観的にっていうか、想像だ。想像で決めつけると誹謗中傷になりかねないし、平等っていうのも違う。おれは良哉が上だって思ってるから」
航はやっぱり航だ。実那都は笑わされ、自分で思っていたより良哉のことが気にかかっていたのだろう、少し気分が軽くなった。
戒斗は顔をしかめてもっともなことを云う。
「いますぐってわけじゃなくて、プロになったときの話だ。デビューすれば、キーボードが必要なら助っ人なんてどうにでもなるだろう。レコーディングは健朗に任せればいい。それに、云ったとおり〝表〟から退くだけで、作曲はフォローしたいと思ってる。ていうか、作曲は積極的にやらせてほしい。わがままを云ってるのはわかってるし、悪いと思ってる」
――教師になりたいんだ、と云って良哉は薄らと笑った。
それ以上の追及をシャットアウトするには、別にやりたいことがあるという云い訳と、さしてうれしそうでもない笑い方で充分だった。
食事をしている間、微妙な空気感があったけれど、音合わせが再開されるとまもなくいつもと変わりなくなった。FATEの音はいまいる五人で完成していると思えたのに。
実那都が不思議に思ったのは、いちばんに文句たらたらで止めにかかるだろう航が逆に黙りこんで、何も異論を唱えなかったことだ。
「航、良哉くんが今日云ったこと、知ってた?」
家に帰ったのは真っ暗になった夜の十時、実那都のあとに風呂をすませた航がリビングに戻ってきて、ソファ前のテーブルに紅茶とコーヒーを置きながら実那都は訊ねてみた。
ソファーに座った航は、今日の練習で録音したものを聴くためヘッドホンをしようと持ちあげかけていた手を止めた。
「いんや、初耳だ」
航はそう云ったあと、ヘッドホンを脇に置きながらその時の場面を回想したようで大きくため息をついた。
「航は怒るかと思ったのに」
実那都はソファに腰をおろして航の顔を覗きこむ。
「怒るってなんだよ」
と可笑しそうにしたのは一瞬、航はまたため息をついて、何か吹っきろうとしているかのように肩をそびやかした。
「まあ、なんでだよっていう気持ちはある。けど、あいつなりの考えがあるんだと思う」
「理由、わかってるの?」
そんなふうに思うほど、航の言葉には理解が見えた。
「確信は持てねぇけど、ある程度の見当はつく。そもそも良哉がなるべきだったのはなんだ? 教師じゃないだろ」
「えっと……ピアニスト? ……あ……」
実那都は答えながらなんとなくだけれど、良哉が表に出ないと云った理由に繋がる原因として航が何を導きだしているのかに思い当たった。
航は実那都の反応を見てうなずいた。
「あのライバル野郎、いまだにほとんどひきこもってるらしい」
やはり航は、中学時代に事故に遭ってピアニストになる夢を絶たれた子――良哉のライバルのことを云っている。
その子を見舞いに行って、良哉はよけいなことを云ったと後悔して、ろくにピアノの練習もできないでいたという。けれどその後――実那都が航と付き合うようになってまもなく――良哉はコンクールに出ると云い、練習をがんばって目標にしていた金賞を取り、それから文化発表会に向けてオフリミットという限定バンドを組んで、音楽には関わってきた。だからその子に関する後悔は吹っきれたんだと思っていたのに。
「良哉くんはよっぽどその子のことを認めてたんだね」
「――っつうか……認めてたって云うと良哉が優位に立ってるみてぇだろ。そうじゃなくて反対だと思うぜ」
「その子のほうが上手だったってこと?」
ピアノなど習ったこともなく――いや、健朗を羨んだのはピアノに限らず、親にやりたいと云えなくて習い事自体の経験がないからだけれど――実那都に上手い下手のレベルがわからないのは当然、良哉がピアノを弾くたびにその指の動きに見とれて、音に聴き入ってただすごいと思っていただけに、その子が良哉をしのぐということに実那都は驚いた。
「良哉から見たらそうだったんだろ。けど、そいつから見たら良哉のほうがすげぇって見えてたかもな。おれは聴き比べたことないし、そいつの演奏を聴いたこともねぇから、そこはわかんねぇけど」
航の言葉に実那都はあからさまに躰を引いた。
びっくり眼の実那都を見て、航は怪訝そうに眉をひそめる。
「なんだよ。おれ、ヘンなこと云ったか」
「じゃなくって、その反対」
「反対?」
「だって、航ってすごく人のことを平等に見てるよね? 知らない人のことも客観的に語れる人、あんまりいないよ」
「客観的にっていうか、想像だ。想像で決めつけると誹謗中傷になりかねないし、平等っていうのも違う。おれは良哉が上だって思ってるから」
航はやっぱり航だ。実那都は笑わされ、自分で思っていたより良哉のことが気にかかっていたのだろう、少し気分が軽くなった。
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