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愛と悲しみと願いの先へ
しおりを挟む室内の一角。
手の込んだ模様の毛足の長い絨毯は、アークレッドの歩く足音を吸収した。
二メートル位の距離をあけて、ずっと、揺らいでいた白い光を見詰め、アークレッドは口を開いた。
「居るのだろう。出てくるが良い。セレナは起きてこない」
一日は寝たきりになるような、抱き方をアークレッドはしたのだから。セレナが何も考えられず、泥の様に眠る為にだ。
光が大きくユラユラ揺らぎ、人の形を作る。しかし、向こう側の壁が透けて見える状態である。幽霊の様な状態の彼は、悲しそうに小さく笑って深々と礼を取る。
「アークレッド竜王陛下」
彼の名はロイ・ユリウス。金色の髪と青い瞳を持ち、本人の穏やかな性格を表すような優しげな風貌である。アークレッドとは総てが真逆の様相である。たったひとつ、セレナを愛すると言う事を除いて。
ロイとセレナは、少し前まで……ある一件の騒動が起きるまでは、セレナの婚約者で、相思相愛の仲睦まじい関係だった。その騒動により、セレナは全てを……生きる事すらも拒絶してしまったのである。
ロイは真っ直ぐに心意を探る様に、アークレッドの目を見詰めた。
「……」
アークレッドの瞳は凪いでいる。それは、ロイに対しての憎しみなど、一つも持っていない事を表していた。
彼女に苦しみと絶望をもたらした存在だけど、その背景を知ってしまえば同情こそすれ憎む事など、アークレッドには出来なかったのである。
「竜王陛下、どうして竜の宝珠を使わないのですか?」
ロイは彼の凪いだ瞳を、じっと真剣に見詰めながら問い掛けた。
眉間にシワを寄せ、心苦しそうに吐息を漏らしながら、アークレッドは言葉を紡いでいく。
「そなたの事を知って、余はそれを押し通す事を選びたくなかったのだ」
「……」
「余にとって、セレナは最愛だ。同じ様に、最愛のセレナの気持ちに応えようと、誠実でいたいと願い、裏切る事を全力で拒絶し、魅了魔法と禁呪を抗った、そなたの想いを知って出来ようか」
「抗った結果が、コレですけどね」
ロイは苦笑して答える。肉体と分離されている状態を、揶揄するかの様にロイは笑う。
「それでもだ。余はそなたの想いを尊いものだと思ったのだ。ならば、セレナに嫌われたとしても、セレナを死なせたくはないと思ったのだ。余の事を思い出した後で、セレナに殴られる覚悟でセレナを抱いた」
「完全に悪者ではないですか!」
「余を憎む事で、生に執着してくれればそれでいいのだ」
うっすらと笑うアークレッドは、とても自虐的に、ロイの目には映った。
「良くありません! 竜王陛下も知っての通り、僕には先がありません。あの禁呪のせいで身体は二度と目覚めません。もう、セレナの手を握る事も出来ません。僕に残された道は、このまま身体が朽ちるまま死ぬか、身体を魔術の触媒に捧げ精霊化するかです。どちらにしても、ロイ・ユリウスと言う人間は世界から居なくなる」
「そなたは精霊になるつもりか? 下手をすれば使役されるぞ」
冷静沈着に告げてくるロイに驚きを隠さず、アークレッドはハッキリと言う。人族よりも長命種である竜族は、世界の理を良く知っているからこその言葉だ。
「ええ、仮契約を水の精霊王としていましたので、傘下に入ることで精霊になれます。使役される事については問題ありません。セレナの守護精霊になりますから」
嘘偽りのない本気の瞳で、ロイはアークレッドに言い切る。
「そなたは凄いな……」
複雑な心境のまま、アークレッドはロイに対して賛辞を口に出す。
人の身で魅了魔法を拒絶し、禁呪に抗い死の淵に落とされ、それでも、その身を精霊にしてまでも、最愛の人を護ろうとする想いをどう言えば良いのかアークレッドにもわからない程であった。
アークレッドも一瞬、気圧される程の眼力を向け、怯まず、ロイは思いの丈をぶつける。
「ですから、アークレッド竜王陛下にお願い申し上げます。セレナに竜の宝珠を与えて下さい。セレナが罪悪感に苛まれ無いように、僕との恋心や愛する気持ちを塗り替えて下さい。どちらにしても、ロイと言う人は死ぬしかない。苦しみと後悔に泣く彼女を見たくありません。僕の好きなセレナには、笑顔でいて欲しい。それが僕の隣でなかったとしてもです!」
――――後がないからこその、ロイの覚悟で切なる願いだった。
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