6 / 7
愛と悲しみと願いの先へ3
しおりを挟む「い、いやあああああッ! ロイッ」
紗の向こうで悲痛な叫びが上がる。アークレッドとロイの沈黙を切り裂きながら、セレナの悲鳴は二人の心も傷付けていく。
苦渋の表情を浮かべてアークレッドは呟く。
「数時間も持たないのか……」
夢も見ないで眠りに落ちると思っていたのに、現実はそんなに甘くないという事だった。魘されて悲鳴を上げるのは、仕方の無い事だと理解しているが見ている事しか出来ないのがとても辛い。
「セレナ……ごめん」
ロイにとって名を呼ばれてみて、感じることは酷く苦しくて後ろめたい。悲しませて苦しめてしまっていることに、不甲斐無さを十二分に感じた。
ロイは、ぎゅうっと拳を握り込む。そんなロイにアークレッドは問い掛けた。
「ロイよ、セレナの名を知っておるか?」
「セレナ・イリオルでしょう?」
「いや、それは人の大陸での仮の名前だ。セレナは人の統治する大陸に住まう為に、イリオル伯爵家夫人で彼女の叔母の養女に扱いになっていただけだ。本当の名はセレナ=フレイ=スィーラ。聖魔大陸を統治する、ディオラシス=フレイ=スィーラ魔王の愛娘だ」
この世界には三つの大きな大陸があり、それぞれが棲み分けをしている。人が治める大陸には人間、竜族が治める大陸には獣人系とも呼ばれる亜人、魔王が治める大陸には魔族。島は緩衝地帯とされているので種族は問われない。ルールを侵さなければ誰もが住めることになっている。治める種族は領地となっている所に属するが。
「え!?」
そう言えば……と、ふとロイは思い出す。イリオル伯爵夫人の双子の姉妹で、一人は魔王に嫁いだとか言う話を昔に聞いた記憶があったのを。故に自分の婚約者であるセレナと結婚して公爵の爵位を与えられたら、辺境の緩衝地域の島一帯を統治することになっていたのは、彼女の持参金代わりであり、政治的な同盟の意味合いがあったと言う訳だ。
眉間に少し皺を寄せて、アークレッドは不満げに言う。
「セレナの父親は、余がセレナの番になることに反対して一計を案じたのだ。セレナには二つの未来があった。余の番になる道と、そなたの妻になり緩衝海域を治める公爵夫人の二つだ。聖魔大陸に居れば余の番で、人の大陸であればそなたの妻。あやつの嫌な所は余が狂わない様にと、一定の年齢まで余とセレナの交流を受け入れたことだ。そして、セレナがもう一つの未来に気付いた時、ただ一度のみの魔法を行使しおった。セレナの過去の記憶を封じて、偽の記憶を与えた。余がそれに気づいた時には人の大陸で伯爵令嬢として過ごしていた。その為、流石に攫いに行く事が出来なかった」
不服でもセレナが幸せそうに笑って生活している姿を見たら、その環境を平気で壊すことが出来なかった。ただ、こんな結末を望んでいた訳でもない。
アークレッドは左手で、前髪をぐしゃりと髪を掻き上げて気持ちを落ち着ける様に頭を振る。
「たまたま魔王の子が誕生したと言うので祝いに行ったら、その娘が番だと分かった。あいつは余が伴侶になるのを嫌がったがな。まぁ、気持ちは分からないでもないが……余の娘があいつの番だったらと考えたら、ああ言う真似をしでかしてしまうかもしれないしな。そう考えるとあいつを責められなかった」
アークレッドにしてみれば苦渋な現実を受け止めて身を引いたら、まさかこの様な結末になろうとは思いもしなかった。
「余にとってはこの結末は良いもと言えるが、そなたにとっては悪夢といえよう」
ふぅと自嘲的な溜め息を吐いて、アークレッドは言う。
そんな姿を見てロイは優し気な微笑みを浮かべて、確固とした思いを持って告げる。
「僕はセレナが幸せになってくれるのなら、それで良いと思います。竜王陛下なら……いいえ、アークレッド様ならセレナを愛して下さるでしょう? 今は忘れている二人の絆だって取り戻す事が出来る。僕とのセレナの関係は守護する者とされる側になるけれど、後悔はしません。それに、悪夢だとしても竜王陛下……貴方が居る。今は悪夢でも、未来は違う。貴方が幸せにして下さるんでしょう?」
ロイの優しい瞳の奥には、挑戦的な光が宿っている。
「当たり前だ」
ふっと笑いを零して、アークレッドはロイに言葉を返した。
そして、ローブの合わせを左右に広げ、胸元をはだけさせてちょうど左胸のあたりにある、淡いピンク色をした桜の花びらの形をした鱗に右手の人差し指の爪をたてた。
メリッ、ぴきりと音がする。一瞬、目元を歪めるアークレッドだが、構わず一気に鱗をパキンッと引きはがした。
そして淡い色合いをした透明な、桜の花弁の形の鱗をアークレッドはすいっとロイの眼の前に差し出した。
「手を出せ」
「はい」
そっとロイの掌の上に置かれたそれは、石の様な硬さと冷たさを持っていた。
「それを口に一度含ませ、セレナに飲ませろ。そうすれば、一度宝珠の魔力はそなたに留まる。そして、余達でセレナを抱き、魔力を注ぎ込む。そなたの姿が消えるまでだ。いいな」
「はい」
頷いて答えるのを確認すると、アークレッドはベッドへと足を向けて歩みを進めて行った。
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
【短編】婚約破棄?「喜んで!」食い気味に答えたら陛下に泣きつかれたけど、知らんがな
みねバイヤーン
恋愛
「タリーシャ・オーデリンド、そなたとの婚約を破棄す」「喜んで!」
タリーシャが食い気味で答えると、あと一歩で間に合わなかった陛下が、会場の入口で「ああー」と言いながら膝から崩れ落ちた。田舎領地で育ったタリーシャ子爵令嬢が、ヴィシャール第一王子殿下の婚約者に決まったとき、王国は揺れた。王子は荒ぶった。あんな少年のように色気のない体の女はいやだと。タリーシャは密かに陛下と約束を交わした。卒業式までに王子が婚約破棄を望めば、婚約は白紙に戻すと。田舎でのびのび暮らしたいタリーシャと、タリーシャをどうしても王妃にしたい陛下との熾烈を極めた攻防が始まる。
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
英雄魔術師様とのシークレットベビーが天才で隠し通すのが大変です
氷雨そら
恋愛
――この魔石の意味がわからないほど子どもじゃない。
英雄魔術師カナンが遠征する直前、フィアーナと交わした一夜で授かった愛娘シェリア。フィアーナは、シェリアがカナンの娘であることを隠し、守るために王都を離れ遠い北の地で魔石を鑑定しながら暮らしていた。けれど、シェリアが三歳を迎えた日、彼女を取り囲む全ての属性の魔石が光る。彼女は父と同じ、全属性の魔力持ちだったのだ。これは、シークレットベビーを育てながら、健気に逞しく生きてきたヒロインが、天才魔術師様と天才愛娘に翻弄されながらも溺愛される幸せいっぱいハートフルストーリー。小説家になろうにも投稿しています。
初対面の婚約者に『ブス』と言われた令嬢です。
甘寧
恋愛
「お前は抱けるブスだな」
「はぁぁぁぁ!!??」
親の決めた婚約者と初めての顔合わせで第一声で言われた言葉。
そうですかそうですか、私は抱けるブスなんですね……
って!!こんな奴が婚約者なんて冗談じゃない!!
お父様!!こいつと結婚しろと言うならば私は家を出ます!!
え?結納金貰っちゃった?
それじゃあ、仕方ありません。あちらから婚約を破棄したいと言わせましょう。
※4時間ほどで書き上げたものなので、頭空っぽにして読んでください。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
「影の薄い女」と嘲笑された私ですが、最強の聖騎士団長に見初められました
有賀冬馬
恋愛
「君のような影の薄い女では、僕の妻に相応しくない」――そう言って、侯爵子息の婚約者は私を捨てた。選んだのは、華やかな公爵令嬢。居場所を失い旅立った私を救ってくれたのは、絶大な権力を持つ王国の聖騎士団長だった。
「あなたの心の傷ごと、私が抱きしめてあげましょう」
彼の隣で、私は新しい人生を歩み始める。そしてやがて、元婚約者の家は裏切りで没落。必死に復縁を求める彼に、私は告げる……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる