婚約破棄されたら竜王の嫁にされた件

龍希

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愛と悲しみと願いの先へ3

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「い、いやあああああッ! ロイッ」
 紗の向こうで悲痛な叫びが上がる。アークレッドとロイの沈黙を切り裂きながら、セレナの悲鳴は二人の心も傷付けていく。
 苦渋の表情を浮かべてアークレッドは呟く。
「数時間も持たないのか……」
 夢も見ないで眠りに落ちると思っていたのに、現実はそんなに甘くないという事だった。魘されて悲鳴を上げるのは、仕方の無い事だと理解しているが見ている事しか出来ないのがとても辛い。

「セレナ……ごめん」
 ロイにとって名を呼ばれてみて、感じることは酷く苦しくて後ろめたい。悲しませて苦しめてしまっていることに、不甲斐無さを十二分に感じた。
 ロイは、ぎゅうっと拳を握り込む。そんなロイにアークレッドは問い掛けた。
「ロイよ、セレナの名を知っておるか?」
「セレナ・イリオルでしょう?」
「いや、それは人の大陸での仮の名前だ。セレナは人の統治する大陸に住まう為に、イリオル伯爵家夫人で彼女の叔母の養女に扱いになっていただけだ。本当の名はセレナ=フレイ=スィーラ。聖魔大陸を統治する、ディオラシス=フレイ=スィーラ魔王の愛娘だ」
 この世界には三つの大きな大陸があり、それぞれが棲み分けをしている。人が治める大陸には人間、竜族が治める大陸には獣人系とも呼ばれる亜人、魔王が治める大陸には魔族。島は緩衝地帯とされているので種族は問われない。ルールを侵さなければ誰もが住めることになっている。治める種族は領地となっている所に属するが。

「え!?」
 そう言えば……と、ふとロイは思い出す。イリオル伯爵夫人の双子の姉妹で、一人は魔王に嫁いだとか言う話を昔に聞いた記憶があったのを。故に自分の婚約者であるセレナと結婚して公爵の爵位を与えられたら、辺境の緩衝地域の島一帯を統治することになっていたのは、彼女の持参金代わりであり、政治的な同盟の意味合いがあったと言う訳だ。
 眉間に少し皺を寄せて、アークレッドは不満げに言う。
「セレナの父親は、余がセレナの番になることに反対して一計を案じたのだ。セレナには二つの未来があった。余の番になる道と、そなたの妻になり緩衝海域を治める公爵夫人の二つだ。聖魔大陸に居れば余の番で、人の大陸であればそなたの妻。あやつの嫌な所は余が狂わない様にと、一定の年齢まで余とセレナの交流を受け入れたことだ。そして、セレナがもう一つの未来に気付いた時、ただ一度のみの魔法を行使しおった。セレナの過去の記憶を封じて、偽の記憶を与えた。余がそれに気づいた時には人の大陸で伯爵令嬢として過ごしていた。その為、流石に攫いに行く事が出来なかった」
 不服でもセレナが幸せそうに笑って生活している姿を見たら、その環境を平気で壊すことが出来なかった。ただ、こんな結末を望んでいた訳でもない。
 アークレッドは左手で、前髪をぐしゃりと髪を掻き上げて気持ちを落ち着ける様に頭を振る。

「たまたま魔王の子が誕生したと言うので祝いに行ったら、その娘が番だと分かった。あいつは余が伴侶になるのを嫌がったがな。まぁ、気持ちは分からないでもないが……余の娘があいつの番だったらと考えたら、ああ言う真似をしでかしてしまうかもしれないしな。そう考えるとあいつを責められなかった」
 アークレッドにしてみれば苦渋な現実を受け止めて身を引いたら、まさかこの様な結末になろうとは思いもしなかった。
「余にとってはこの結末は良いもと言えるが、そなたにとっては悪夢といえよう」
 ふぅと自嘲的な溜め息を吐いて、アークレッドは言う。
 そんな姿を見てロイは優し気な微笑みを浮かべて、確固とした思いを持って告げる。
「僕はセレナが幸せになってくれるのなら、それで良いと思います。竜王陛下なら……いいえ、アークレッド様ならセレナを愛して下さるでしょう? 今は忘れている二人の絆だって取り戻す事が出来る。僕とのセレナの関係は守護する者とされる側になるけれど、後悔はしません。それに、悪夢だとしても竜王陛下……貴方が居る。今は悪夢でも、未来は違う。貴方が幸せにして下さるんでしょう?」
 ロイの優しい瞳の奥には、挑戦的な光が宿っている。
「当たり前だ」
 ふっと笑いを零して、アークレッドはロイに言葉を返した。
 そして、ローブの合わせを左右に広げ、胸元をはだけさせてちょうど左胸のあたりにある、淡いピンク色をした桜の花びらの形をした鱗に右手の人差し指の爪をたてた。
 メリッ、ぴきりと音がする。一瞬、目元を歪めるアークレッドだが、構わず一気に鱗をパキンッと引きはがした。
 そして淡い色合いをした透明な、桜の花弁の形の鱗をアークレッドはすいっとロイの眼の前に差し出した。
「手を出せ」
「はい」
 そっとロイの掌の上に置かれたそれは、石の様な硬さと冷たさを持っていた。
「それを口に一度含ませ、セレナに飲ませろ。そうすれば、一度宝珠の魔力はそなたに留まる。そして、余達でセレナを抱き、魔力を注ぎ込む。そなたの姿が消えるまでだ。いいな」
「はい」
 頷いて答えるのを確認すると、アークレッドはベッドへと足を向けて歩みを進めて行った。
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