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最終章 永遠の翼
episode799
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8月に見たこともない巨大な化け物を見せつけられた。そして今度は巨人である。
召喚士の呼び出す様々なものに、人々は驚嘆させられっぱなしだ。
巨人とキュッリッキのやりとりは、大広場の人間たちには意味不明であった。壇のそばに控えていたライオン傭兵団も、いまいち判っていなかった。しかし、次に現れたものに騒然と人々は沸き立った。
見覚えがありすぎるからだ。
蒼天の空のもと、太陽はまだ中天にある。そんな真昼間に、あれは…。当人たちの遺体が目の前にあり、しかしなんとよく見える姿だろう。
「あやつら、早々に化けて出てきおったわい…」
壇から少し離れたところに設けられた特別席で、事の成り行きを見守っていた皇王は、怖がるどころか妙に納得したような顔で見つめていた。
「ベルトルドさん、アルカネットさん、どうして…」
驚きの表情を浮かべるキュッリッキに、ベルトルドがにっこりと笑いかけた。
「ありがとうリッキー。俺たちの願いを叶えてくれて」
「感謝しますよ、リッキーさん」
アルカネットも、いつも見慣れたあの優しい顔で微笑んでくれた。
まさかの思わぬ出現に、とにかくキュッリッキは驚いた。
「ホントに本物の、ベルトルドさんとアルカネットさん?」
「ああ、世間で言うところの幽霊…かもしれんな」
「ちょ、あーたたち、化けて出てくるの早くってよ!?」
リュリュはまろびつつ、身を乗り出し目を剥く。
「仕方なかろう、葬儀をこんな真昼間からやってるんだからな。夜まで待てなかったのか、しょーのない奴らめ」
心外そうに表情を歪め、ベルトルドはリュリュを睨みつけた。
「っとにもー! あーたたちに言ってやりたいことが山ほどあんのよっ!」
「まあ、それはお墓の前でしてくださいリュリュ。私たちにはあまり時間がないのです」
間に入ったアルカネットが、苦笑いを浮かべて言う。
「ロキとかいう俺たちの遠すぎる先祖が、ほんの少し、リッキーと別れの時間をくれたんだ。お前のようなオカマに割く時間はこれっぽっちもない」
「ぐぎぎぎぎぎ」
「リッキーさん、本当にありがとうございました。リューディアの願いを取り返してくれて」
「んーん、アタシはお願いをしただけ。決めたのはティワズ様だもん」
「可愛いリッキーがお願いしたんだ。そりゃあ聞き入れるだろう、神とて」
ベルトルドは自分のことのように得意げに言うと、申し訳なさそうに表情を歪める。
「初めから、こうしてリッキーにお願いして、神に談判すればよかったんだがな…。リッキーを傷つけずに済んだのに」
「私の中の復讐心が、ベルトルドを進ませていたのです。本当に済みませんでした、リッキーさん」
「ベルトルドさん、アルカネットさん…」
アルカネットはキュッリッキを抱きしめた。
幽霊で実体がないのにアルカネットの感触がして、キュッリッキは懐かしさを感じて涙ぐんだ。
いつもの優しい優しい、アルカネットのハグ。キュッリッキのよく知る優しいアルカネットのハグだった。
「ずるいぞアルカネット!」
横でベルトルドが喚き、アルカネットは冷たい目でベルトルドを睨みつける。
「名残を惜しんでいるんです。邪魔しないでください鬱陶しい」
「お前が惜しむなお前が! 早く俺のリッキーを離せむっつりスケベ!!」
「えーっと…」
いつものやり取りが始まって、薄笑いが漏れる。
幽霊になっても変わらない二人。相変わらずなことに呆れてしまうが、もうこのやり取りさえ最後なのである。その事に気づき、キュッリッキの涙は止まらない。
「リッキー…」
ベルトルドはアルカネットの手からキュッリッキを奪い取ると、キュッリッキを優しく抱きしめた。
「こんなに綺麗で可愛い顔を、涙でいっぱいにしてしまったな。リッキーを傷つけた俺たちのために、悲しんで泣いてくれて、本当にありがとう」
「…うん」
「俺自身の手で、リッキーを幸せにしたかった。それができないことが、唯一の未練だな。――自業自得だが…」
自嘲を浮かべ、ベルトルドは本当に悔しそうに苦笑った。
「この先リッキーが本当に危機に陥ったとき、俺が必ず助けに来る。本当だぞ? 未来永劫、リッキーを愛し続ける。死していてもな」
「ベルトルドさん…」
「メルヴィンと幸せになりなさい、誰もが羨むほど幸せに。俺はリッキーを傷つけることしかできなかったが、誰よりもリッキーの幸せを願っている」
いつもキュッリッキにのみ向けていた、穏やかで優しい笑顔でベルトルドに言われて、キュッリッキは大きくしゃくり上げた。
「幸せに……なるよ…メルヴィンと絶対に」
「ああ」
「ありがとうベルトルドさん、ありがとう、ありがとう…」
あとはもう喉が詰まって言葉が出ない。言葉以上に涙が溢れて、視界が滲んでいった。
ベルトルドはにっこり微笑むと、キュッリッキの額に優しく口づけた。そしてキュッリッキから離れると、今度はアルカネットがキュッリッキの頬に口付ける。
「これで本当にお別れです。どうかいつまでも幸せに」
「アルカネットさんも…ひっく…ありがとう」
アルカネットもにっこりと微笑んで、ベルトルドの傍らに立った。
「あの世で、お姉ちゃんにヨロシクネ」
「ああ、ちゃんと伝えるさ」
「リューディアと再会出来るのが楽しみです」
「リューにも、すまなかったな。後片付け、頼む」
「ホントよ! もお、山積みなんだからっ」
「片付けが終わるまでは、絶対にこっちには来ないでくださいね」
「死んでる暇なんかナイワヨ!」
本気で怒っているリュリュを見て、ベルトルドとアルカネットは苦笑した。
「さて、もう時間だな」
天を仰いで、ベルトルドはぽつりと言った。
「リッキー、俺たちを送ってくれるかな?」
「お願いします、リッキーさん」
キュッリッキは両手の甲で涙を何度か拭うと、涙でくしゃくしゃな顔で頷いた。
アルケラへと向けられた神聖な瞳は、ウトガルドを飛び、ロギの姿を捉えた。
「全てを喰らい尽くす幻影の炎ロギ……」
キュッリッキが両手を前に差し出すと、繊細な掌に黄金の炎が宿った。そしてその手の向こうには、微笑むベルトルドとアルカネットの霊体が立っている。更にその後ろには、二人の遺体がおさめられた柩があった。
キュッリッキは泣き声を上げそうになり、堪えて口をワナワナと震わせる。その表情を見て、ベルトルドとアルカネットは、強く頷いた。
「…彼らの肉体を清め、その魂をニヴルヘイムへと導いてください」
黄金の炎はキュッリッキの掌から離れると、ゆっくりと柩に向かい、突如大きな炎となって二人の柩を包み込んだ。
熱は少しも感じない。青い空に映えるほどの黄金の色を煌めかせ、柩を燃やしていく。
「さらばだ! 愛すべき馬鹿ども!!」
大広場にベルトルドの声が響き渡った。
黄金の炎は更に勢いを増し、臭い一つたてず、あっという間に柩と遺体を燃やし尽くして、灰に変えてしまった。
同時に、ベルトルドとアルカネットの霊体も消えていた。
召喚士の呼び出す様々なものに、人々は驚嘆させられっぱなしだ。
巨人とキュッリッキのやりとりは、大広場の人間たちには意味不明であった。壇のそばに控えていたライオン傭兵団も、いまいち判っていなかった。しかし、次に現れたものに騒然と人々は沸き立った。
見覚えがありすぎるからだ。
蒼天の空のもと、太陽はまだ中天にある。そんな真昼間に、あれは…。当人たちの遺体が目の前にあり、しかしなんとよく見える姿だろう。
「あやつら、早々に化けて出てきおったわい…」
壇から少し離れたところに設けられた特別席で、事の成り行きを見守っていた皇王は、怖がるどころか妙に納得したような顔で見つめていた。
「ベルトルドさん、アルカネットさん、どうして…」
驚きの表情を浮かべるキュッリッキに、ベルトルドがにっこりと笑いかけた。
「ありがとうリッキー。俺たちの願いを叶えてくれて」
「感謝しますよ、リッキーさん」
アルカネットも、いつも見慣れたあの優しい顔で微笑んでくれた。
まさかの思わぬ出現に、とにかくキュッリッキは驚いた。
「ホントに本物の、ベルトルドさんとアルカネットさん?」
「ああ、世間で言うところの幽霊…かもしれんな」
「ちょ、あーたたち、化けて出てくるの早くってよ!?」
リュリュはまろびつつ、身を乗り出し目を剥く。
「仕方なかろう、葬儀をこんな真昼間からやってるんだからな。夜まで待てなかったのか、しょーのない奴らめ」
心外そうに表情を歪め、ベルトルドはリュリュを睨みつけた。
「っとにもー! あーたたちに言ってやりたいことが山ほどあんのよっ!」
「まあ、それはお墓の前でしてくださいリュリュ。私たちにはあまり時間がないのです」
間に入ったアルカネットが、苦笑いを浮かべて言う。
「ロキとかいう俺たちの遠すぎる先祖が、ほんの少し、リッキーと別れの時間をくれたんだ。お前のようなオカマに割く時間はこれっぽっちもない」
「ぐぎぎぎぎぎ」
「リッキーさん、本当にありがとうございました。リューディアの願いを取り返してくれて」
「んーん、アタシはお願いをしただけ。決めたのはティワズ様だもん」
「可愛いリッキーがお願いしたんだ。そりゃあ聞き入れるだろう、神とて」
ベルトルドは自分のことのように得意げに言うと、申し訳なさそうに表情を歪める。
「初めから、こうしてリッキーにお願いして、神に談判すればよかったんだがな…。リッキーを傷つけずに済んだのに」
「私の中の復讐心が、ベルトルドを進ませていたのです。本当に済みませんでした、リッキーさん」
「ベルトルドさん、アルカネットさん…」
アルカネットはキュッリッキを抱きしめた。
幽霊で実体がないのにアルカネットの感触がして、キュッリッキは懐かしさを感じて涙ぐんだ。
いつもの優しい優しい、アルカネットのハグ。キュッリッキのよく知る優しいアルカネットのハグだった。
「ずるいぞアルカネット!」
横でベルトルドが喚き、アルカネットは冷たい目でベルトルドを睨みつける。
「名残を惜しんでいるんです。邪魔しないでください鬱陶しい」
「お前が惜しむなお前が! 早く俺のリッキーを離せむっつりスケベ!!」
「えーっと…」
いつものやり取りが始まって、薄笑いが漏れる。
幽霊になっても変わらない二人。相変わらずなことに呆れてしまうが、もうこのやり取りさえ最後なのである。その事に気づき、キュッリッキの涙は止まらない。
「リッキー…」
ベルトルドはアルカネットの手からキュッリッキを奪い取ると、キュッリッキを優しく抱きしめた。
「こんなに綺麗で可愛い顔を、涙でいっぱいにしてしまったな。リッキーを傷つけた俺たちのために、悲しんで泣いてくれて、本当にありがとう」
「…うん」
「俺自身の手で、リッキーを幸せにしたかった。それができないことが、唯一の未練だな。――自業自得だが…」
自嘲を浮かべ、ベルトルドは本当に悔しそうに苦笑った。
「この先リッキーが本当に危機に陥ったとき、俺が必ず助けに来る。本当だぞ? 未来永劫、リッキーを愛し続ける。死していてもな」
「ベルトルドさん…」
「メルヴィンと幸せになりなさい、誰もが羨むほど幸せに。俺はリッキーを傷つけることしかできなかったが、誰よりもリッキーの幸せを願っている」
いつもキュッリッキにのみ向けていた、穏やかで優しい笑顔でベルトルドに言われて、キュッリッキは大きくしゃくり上げた。
「幸せに……なるよ…メルヴィンと絶対に」
「ああ」
「ありがとうベルトルドさん、ありがとう、ありがとう…」
あとはもう喉が詰まって言葉が出ない。言葉以上に涙が溢れて、視界が滲んでいった。
ベルトルドはにっこり微笑むと、キュッリッキの額に優しく口づけた。そしてキュッリッキから離れると、今度はアルカネットがキュッリッキの頬に口付ける。
「これで本当にお別れです。どうかいつまでも幸せに」
「アルカネットさんも…ひっく…ありがとう」
アルカネットもにっこりと微笑んで、ベルトルドの傍らに立った。
「あの世で、お姉ちゃんにヨロシクネ」
「ああ、ちゃんと伝えるさ」
「リューディアと再会出来るのが楽しみです」
「リューにも、すまなかったな。後片付け、頼む」
「ホントよ! もお、山積みなんだからっ」
「片付けが終わるまでは、絶対にこっちには来ないでくださいね」
「死んでる暇なんかナイワヨ!」
本気で怒っているリュリュを見て、ベルトルドとアルカネットは苦笑した。
「さて、もう時間だな」
天を仰いで、ベルトルドはぽつりと言った。
「リッキー、俺たちを送ってくれるかな?」
「お願いします、リッキーさん」
キュッリッキは両手の甲で涙を何度か拭うと、涙でくしゃくしゃな顔で頷いた。
アルケラへと向けられた神聖な瞳は、ウトガルドを飛び、ロギの姿を捉えた。
「全てを喰らい尽くす幻影の炎ロギ……」
キュッリッキが両手を前に差し出すと、繊細な掌に黄金の炎が宿った。そしてその手の向こうには、微笑むベルトルドとアルカネットの霊体が立っている。更にその後ろには、二人の遺体がおさめられた柩があった。
キュッリッキは泣き声を上げそうになり、堪えて口をワナワナと震わせる。その表情を見て、ベルトルドとアルカネットは、強く頷いた。
「…彼らの肉体を清め、その魂をニヴルヘイムへと導いてください」
黄金の炎はキュッリッキの掌から離れると、ゆっくりと柩に向かい、突如大きな炎となって二人の柩を包み込んだ。
熱は少しも感じない。青い空に映えるほどの黄金の色を煌めかせ、柩を燃やしていく。
「さらばだ! 愛すべき馬鹿ども!!」
大広場にベルトルドの声が響き渡った。
黄金の炎は更に勢いを増し、臭い一つたてず、あっという間に柩と遺体を燃やし尽くして、灰に変えてしまった。
同時に、ベルトルドとアルカネットの霊体も消えていた。
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