片翼の召喚士-Rework-

ユズキ

文字の大きさ
上 下
227 / 882
記憶の残滓編

episode224

しおりを挟む
「おはようございます、リッキーさん」

「おはよう、メルヴィン」

 ベッドの傍らにある椅子に座るメルヴィンに、キュッリッキは小さな笑みを向ける。その笑みを受けて、メルヴィンは僅かに表情を曇らせた。

 また目が腫れている。それに、どことなく疲れている様子だった。

 昨夜もキュッリッキの大きな叫び声と泣き声が、隣の部屋のメルヴィンにも聞こえていた。しっかりした厚みのある壁なので、くぐもったような音になっていたが、鋭い聴力を持つメルヴィンの耳は、その声を判別していた。

 先ほど朝食の時に、ベルトルドとアルカネットに問いただしてみたが、

 ――貴様らが気にすることじゃない。

 ――詮索しないことです。

 そう突っぱねられてしまった。食い下がっても話してくれそうもない雰囲気プラス、余計なことはするな、という念押しオーラも漂っていたので、それ以上聞き出すことができない。なので、

(リッキーさんに、直接聞いちゃって、いいのかな…)

 何度も胸中で繰り返すが、キュッリッキの顔を見ていると、口に出せなかった。

 興味本位で触れていいことではないのは判る。しかし、もしキュッリッキが心の底から困っていることがあったら、少しでも力になりたい。微力でも助けになるのなら、いくらでも頼って欲しかった。

「リッキーさん」

「うん?」

「あの、その、…もし話したいことがあるなら、オレ、いくらでも聞きますから。なんでも言ってくださいね」

 端整な顔を情けないほど赤くしながら、メルヴィンはしどろもどろといった口調で、ようやく言った。

 洒脱な会話はもっとも苦手である。更に冗談や軽口も苦手だ。

 ルーファスやマリオンたちのように気楽な雰囲気で会話できれば、キュッリッキも話しやすいだろうと常に思っているほどに。

 堅物で生真面目で社交的ではないので、こういう時は、本当に困ってしまう。

「……ありがとう、メルヴィン」

 穏やかな口調でそう言われて、メルヴィンはハッとキュッリッキの顔を見つめた。嬉しさを滲ませた笑顔を、自分に向けてくれている。

(少しは、気持ちが、伝わったかな)

 自信なくそう思いつつも、メルヴィンは肩の力を抜くと、照れくさそうに指先で頬を掻いた。

 キュッリッキはというと、突然のメルヴィンの言葉に少々驚いていた。

 言いたいことが顔に書いてあったのだろうか、それを感じてくれたんだろうか。

 メルヴィンのスキル〈才能〉はサイ《超能力》ではないけど、言葉にしなくても、感じることのできる人なのだろう。

 メルヴィンの気持ちは嬉しかったが、メルヴィンはキュッリッキの過去を知らない。ベルトルドやアルカネットのように、全てを知った上で案じてくれているわけではないのだ。

 今はきっと、職務の延長みたいな感じなのかもしれない。

 自分の過去を打ち明ける勇気は出ない。まだ、そこまでメルヴィンを信用していないからだ。

 だから全てをさらけ出すことはできないけど、でも、こうして真摯に心配してくれることが嬉しかった。
しおりを挟む

処理中です...