片翼の召喚士-Rework-

ユズキ

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初恋の予感編

episode257

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 屋敷の主であるベルトルドは入院中、もう一人の主人であり、執事でもあるアルカネットは、日中は軍に出仕していて留守。そして執事代理をしているセヴェリは、ベルトルドに付き添って病院に寝泊り。

 かくして屋敷の全てを一手に仕切っているリトヴァは、帰宅したアルカネットにその日の報告をするのが、仕事に加わっていた。

 報告は、出迎えた玄関から、アルカネットの部屋まで歩きながら行われた。

 一連の業務連絡から始まり、いくつかの指示のやり取り、朝食の献立などの打ち合わせを経て、キュッリッキの外出の話になると、アルカネットの表情が一変した。

「リッキーさんが見舞いへ…?」

 驚いたように目を見張るアルカネットに、リトヴァはにこやかに答える。

「ずっと旦那様を心配しておられましたから、主治医のヴィヒトリ様のご許可を得ての外出でございました。久しぶりの外出でお疲れになり、今はもう、おやすみになっておられます」

 全ての報告を終えて、リトヴァは軽く会釈をした。アルカネットは難しい表情をして、リトヴァから視線を外らせる。

「まだ回復していない身体で、病院まで出かけたのですか…」

 あまり表情を崩さないアルカネットにしては珍しく、眉間に鋭くシワを寄せて顎を引いた。

「判りました。お下がりなさい」

 一礼すると、リトヴァは速やかに部屋を辞していった。

 アルカネットの部屋は、ベルトルドの部屋の隣にある。キュッリッキが来てからは、着替えと風呂でしか使っていない。仕事を持ち帰った時は、ベルトルドの部屋か書斎を使っている。

 青い天鵞絨張りの長椅子に黒い手袋を脱ぎ捨て、襟元のスカーフを緩める。

「いくら包帯が取れたといっても、まだまだ安静にしていなくてはならないのに。ベルトルド様の見舞いごときで、悪化でもしたら洒落になりません」

 何とも言えない、ざわざわとしたものが心の中を席巻していく。苛立ちを覚え、マントを乱暴に脱ぎ捨てた。

 怪我は完治しておらず、体力だって回復していない。気力もだいぶ萎えていて、出会った頃の元気さはなりを潜めている。

 毎日そばにいるので判るが、まだ他人を気遣い見舞うことのできる身体じゃないのだ。

 主治医のヴィヒトリが許可を出したのなら、外出が出来るくらいには治っているのだろうが、無理をさせるにはまだ早い。

 それを思うと苛立ちが激しくなり、温和な表情は完全に掻き消え、険しさが際立つ。

 拳で激しく長椅子のヘリを叩きつけ、唾を吐き捨てた。



 食事と入浴をすませてから、キュッリッキの部屋に入る。部屋の中は薄暗く、ベッドサイドのテーブルに置かれたランプが、ほんのりと点いているだけだった。

「アルカネットさん?」

 ベッドから小さく声がかけられた。その声に、アルカネットは表情を和ませる。

「ただいま、リッキーさん。眠っていなかったのですね」

 優しい笑みを浮かべながら、アルカネットはベッドに腰を下ろして、キュッリッキの額へキスをする。

「さっき目が覚めちゃったの」

 そうですか、と呟いて、キュッリッキの頭を優しく撫でた。

「無理に寝ようとしなくていいのですよ。無理をすれば、かえってストレスになってよくありませんから」

「うん。でもちゃんと寝ないと、朝起きれなかったら、みんなに心配かけちゃうし」

 キュッリッキは僅かに首をすくめて苦笑する。

「アルカネットさんのお見送りも出来なくなっちゃう」

 その言葉に、アルカネットはより一層笑みを深めて、キュッリッキの左手をとった。

「お気持ちだけで充分ですよ。ありがとうございます」

 アルカネットの微笑につられるように、キュッリッキも微笑み返した。
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