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狙う者と護る者

Chapter 0

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  2005年 中国・青海(チンハイ)
 その地区の端にある公式の研究機関は火の海に包まれていた。
捕虜の様に捕まっていたのは小さい子供から中年まで、沢山の人が檻の中に入れられていた。
警備の武装集団が駆け抜けていくが、檻の扉は既に破壊されている。
彼等がAK47を模した武器の銃口を構えた先には、牢獄から出てきたガタイのいい男とフードを被っている目つきの悪い男だった。
「戻れ! 戻らないと撃つ!」
警備員がトリガーを引いた時には、フードの男が左手を前へ出しただけで銃弾が空間移動と共に逆発射される。
二人の腹部や腕に被弾して、倒れると先へと進んでいった。
次々と部屋の厳重なドアをガタイのいい男が破壊しながら歩いて行く。
一殴りで壊れるドアの様を幼い少年が見ていた。まだ小学生くらいの歳であろう日系の子供は、部屋から次々と出てくる捕らえられた者達の姿に紛れていった。
一瞬にして施設外のフェンスまでの間に、大勢の人達が駆けていき出口へと向かっていく。
警備隊が銃を構えているところへと、高台の支えに両手を触れて大量の電気を発生させる女性。
上に立っていた彼等は関電して、落ちてくる者もいた。
激しい夜は炎へと飲まれ、異形の姿へ変わった者の姿まで見える。
怒りの気は立ち込め、叫び声や悲鳴まで混じっている。
銃弾の標的とされた一人の少女は地面にグッタリと倒れた。
戦争と同じ光景が、今この場で起こっている。
「いけいけいけいけー!」
一人の男が正面ゲートを開き始める。機械基盤に手を触れたままの彼の両手は防具に覆われているように異形の姿へと変わっていた。
ゲートが開き始めた時には次々と彼等が外へと出て行く。
子供を背負った男性の姿や、中学生くらいの男子は同年代の少女の手を引いて急いで外へと向かう。
機械へ振れている彼は気がついていなかった。
スコープで覗いている狙撃士が影からトリガーへと指を近づける姿に…………
一発の銃声が鳴り、ガラスを貫通して男の頭へと直撃する。
機械から手が離れゲートは半開きもまま、警報の音は鳴りやむ事がない。
狙撃士が更にゲートから出て行こうとする人々へと銃口を定めようとしたとき、妙な生暖かさを首に感じた。
ナイフ片手に背後から近付いていたらしい人物を、狙撃士は振り返り一目見る事ができた。
暗い道の先に小さな子供が歩いている。
シルエットでしか見えないソレに目を見開き、次の瞬間には地面へと倒れていた。
狙撃士のジャケットに描かれている逆卍のワッペン。そのマークを己の血が流れ、完全に隠れてしまう。
死者の数は多く、警備隊や捕虜たちまでこの土地で血を散らしている。
気がつけば地獄の一夜が終わっていた。

 この出来事は、後に超能力者がいるという都市伝説が広がりはじめる切欠となるのだった。人類の未知。限りない進化の形を調べている者にとっての、大事件。始まりの地なのだ。ジンファデェァディディレンレイ・テロ事件。他国や一般市民へはそう伝わっている。
一部の知る人物意外は……………

   2018年4月 フランス
 日が暮れて教会の中は、キャンドルで灯された。
直ぐに出も雨が降りそうな曇り空は、皆の悲しみの感情を表現したかの様だ。
出席者達は暗い表情で、黒いコートやスーツ姿ばかりがそろっていた。
神父の説教など耳には入ってこなかった。ぼーっとしている一人の少女は遠い目でただ立っている。
ゴシックロリータの黒い服に身を包んだ少女はクリスタルブルーの瞳を、棺桶へと向けたまま動く事はない。
弔電披露が始まる時には神父は下がり、親戚や彼の知り合いが次々と棺桶の前へと並んでいく。
彼は私を育ててくれたおじい様で、たった一人の家族。そんな彼は大学の教授をやっているごく普通の研究科だった事は知っている。
大学での知人が、日本でいうお通夜に来ていた。
昼だというのに暗い外の光が差し込んできている。薄光すらも入ってこないくらいの明るさは、人々に更に不安を与えた。
おじい様の遺体は屋敷で発見されたのだが、変死体で見つかったそうだ。
強く殴られた打撲の跡が二か所。でもその二か所というのも胸から腹にかけてと、その逆方向である背中から頭にかけて
内臓の破裂が死因だそうだが、どんなに強い男が襲ったとしても、絶対にそんな死に方にはならない。
何で殴ったのかも分からないまま、警察達の捜査は終わってしまったのだ。
親戚は「悪魔の呪いだ」とか言っているが、そんなものじゃない。
きっとこれは、超能力者がおじい様を殺した。でも、誰も信じない。だからこれは私の憶測の中に潜ませる。
 彼女の耳にまで聞こえる程の声で、ざわざわとどこからか噂をしている声が聞こえてきた。
聞いたことのある声だけど、憶えてない。きっと親戚の誰かのはず。 その会話が気になり、ついつい耳を傾ける。
「きっと誰かに恨まれてたんだわ。ほら、少し妄想的な発言してたじゃない、あの人」
妄想。そう言われても仕方が無い事だ。おじい様の研究していたのは生物の進化や遺伝子についてだった。
研究を積む日々で度々言葉にしていたのは、エスパーなどの根拠の無いものばかり。
親戚はそんな彼を迫害しているようで腹が立つ。
声のした方へ少しばかり睨んでいると、ふと男性から話しかけられる。
「セリア。教授の顔を一目見ましょう」
彼を見上げると、見慣れたその顔に溜め息が漏れた。
おじい様の手伝いをしていた男性で、10歳の頃からずっと育ててもらっていたらしい。
確か名前は………
「日本語は使えますか?」
思い出そうとした矢先に彼はそう言った。
日本人の彼は独学でフランス語を話せるようになったと、昔おじい様が自慢気に言っていた事を思い出す。
そして私も日本語を学んでいる。セリアは不愛想に彼へと日本語で話しかけた。
「ええ、たしなみ程度には話せるわ。貴方はどうなの? 忘れてたりしてないのかしら」
「俺は週に一回、国際電話で母と話してます。ちゃんと日本語でね」
無表情に言う彼に不快になりながらも、先に歩いて行く彼の後ろをついていく。
嫌な程に視線を感じた。人間の感覚的察知能力で、時に視線を受けているのが理解できる事があるという。
そういうのは教授だったおじい様の分野の話だけど、こういう勉学は興味が無いわけではなかった。
ただ、今 この状況で視線を感じているのはとても気味が悪く、冷静すぎる彼の姿も怪しくてならなかった。
首から下げている十字のアクセサリーへ、右手を触れて不安を少しでも紛らわせようとするセリア。
気がつけば目の前に、棺桶の中で眠っているおじい様の姿に目を見開いていた。
この間まで一緒に食事をして話していた家族。
なのに今はもう、喋る事もできない。今後の不安と揺れ動く思考。
現実を心は中々受け入れられないでいる。ため込んだ涙が頬へと伝う。
横にいる彼がハンカチを渡してきた。
それを奪う様にして借りて涙を拭う。 そんな態度をしても彼は怒る事もなく立っていた。
目の前の棺桶の中に眠るおじい様に、一礼をしてから頭を上げる。
すると、周りのフランス人に悟られないようにだろうか、唐突に日本語で話しかけるように言った。
「教授。貴方への恩を忘れる事は有りません。 護れなかった事をとても悔やんでいますが、貴方の頼みに応えましょう……………ありがとう」
辺りの人達がぽかーんとしているのを見て、セリアは少し嫌な気持ちになる。
ゴシックロリータのスカートを揺らして彼の袖を引っ張り、彼に口を開こうとした時だった。
また感じる。誰かが私を見ている?
とにかくこの教会から出たかった。隣にいる彼が振り返りながらもどこかに視線を向けたままじっと止る。
彼の名前をやっとで思い出して、フランス語で言い放つ。
「あ…アズマ。私は屋敷へ帰るわ」
「…………」
ぷいっと彼の横を通り過ぎていく。教会の入り口へと向かっていく彼女の後ろをゆっくりと付いてきた。
直ぐに外へと出ると、開放的な気分になり一度深呼吸をして空を見上げた。
黒い雲が風に流されている空は、どこまでも雲が続いている様だった。
後から出てきたアズマはドアを閉め、振り返るセリアの元まで歩いてくる。
何を考えているのか読めない彼の表情に、少しばかり不気味さを感じながらも、無視して屋敷へと戻る事にした。
教会の庭にある一本道の途中、アズマは手のひらに収まるサイズの石を拾い上げ、何事も無かったかのようについて来る。
石の床を歩いて行き庭を出ると、セリアは少しばかり早足で進みはじめた。
その歩調と合わせるようについて来るアズマ。 怪しい。
不気味に感じたセリアは、細道へと曲がり走り抜けようと考えた。
彼の居ない場所まで逃げたい。この人は自分を狙っているのではないかと…………
おじい様の死は、もしかして
 暗い昼下がりの街を駆けていた。
さっきまで見ていたはずの少女が教会を出て直ぐ、ばれずに飛び出した。
俺は他の人とは違う手段で、どこへ行くにも近道ができる。
視界は不安定で、目の前に現れた壁をすり抜けてコンクリートや煉瓦の中まで目に見える。
通り越し通り越し、ただひたすら駆け抜けた。
近くの通りでゴシックロリータの少女を見つけると、直ぐに追いつく事ができた。
そして、細道へと壁を通り抜けた時、目の前に現れたのはその少女だ。
飛び出た勢いで少女の頭を鷲掴みする。
後ろから来ている男を警戒しながら捕まえた少女に言った。
「逃げるな。逃げればこうなるぞ」
隣にある壁へと片腕を突っ込むと、通り抜けた腕を引き抜いた時には、その壁に穴が開いていた。
それを見てセリアは絶句する。 後ろを付いてきていた彼はその場で止まったまま、ジッと男を見ている。
引きつったような微笑みを浮かべて捕まえた少女を再度確認した。
納得した様に頷くと、セリアの肩を掴もうとした時だった。
突如飛んできた石が男の頭へと直撃する。後ろへと下がった彼の姿に、急いでセリアの前へと出たアズマがワイシャツの胸ポケットから何かを掴みだす。
ソレを握ったまま、男の前で身構えた。
アズマは真剣な表情で只々、目の前にいる男を凝視している。
頭を片手で押さえたまま歯ぎしりをする彼に対して、常に冷静。
あの男は壁を通り抜けてきた。 
今のが、超能力。人間の進化。
おじい様が研究していた全て、その中の一つの実態が目の前に現れた。
それも、その能力者はセリアを狙っている。
てっきりアズマが敵だとばかり思っていたけど、違った。
「ごめんなさい。私、貴方を疑って……」
「いいや。疑っていて構いません。 信用できる人なんて 世の中そういませんよ」
喋った彼の台詞に、なんだか納得がいかなかったが、反論もしなかった。
そんな事よりも、あの男のすり抜ける能力。 不意打ちでもしないかぎり攻撃はきっと当たらない。
殴りかかってきた男の姿に、アズマは的確に体を傾けて回避する。
まるでボクシングでもしているように相手の技を避けて、拳を叩きつけようとした。
だが、アズマの右フックは彼に当たらない。 体をすりぬけてしまい、エアボクシングの様に素振りをしただけ。
彼には物理的な攻撃が当たらなかった。
ケラケラと笑いながらも、正面から水平蹴り。狭い道の中で壁に激突するアズマは、相手の腕を掴もうと手を伸ばしたが、彼に触れる事もできない。
「アンタ、戦闘馴れしてるな。動きでわかる」
少し下がった彼はそう言いながら微笑んでいた。アズマはというと無言のまま彼を見ているだけだ。
セリアの前に立つようにゆっくりと移動して、相手の出方を覗った。
あたらないのなら攻撃を仕掛けてもいみはない、負ける。
おじい様が殺されたみたいに、私も…………
そんな事を考えていると、自分の前に立っているアズマが、小声でぼそぼそと呟き始めた。
「……透過力。その元は自分と接触している細胞を超振動させて、物体への隙間を作っている。他の能力と比べて劣っているのは、繊細で集中力は途切れやすい事」
「なにぶつぶつ言ってる。能力者を見るのは初めてか?」
アズマの方へと接近しはじめ、ゆっくりと歩いてくる彼はポケットからアーミーナイフを取り出す。
そんな状況で辺りへと視線を配り、予想もしないような動きに出た。
左腕を盾にする様に一直線にタックルをする。男の体に直撃する事なく通り抜け、勢いで倒れそうになった所を直ぐ様前転で立ち上がる。
同じように後ろからもう一度 攻撃を仕掛ける。
左フックを後頭部目掛けて思いっきり振りかぶった様子をセリアは見ていた。
さっきと同じだ。 彼に物理的な攻撃はあたらない。
通り過ぎたと同時に男は正面蹴をかまし、アズマを地面へと転ばせる。
地面へと倒れるのかと思いきや、空中前転で片膝をついて着地。
敵へと背を向けているままゆっくりと立ちあがった。
心配そうにしながらセリアは立ち尽くしている。振り返ろうとする彼の仕草に不自然さを感じた。
彼の両手には、何か握っているようにしていて、この人の思考はやっぱり読めない。
「大量に小さな物体が飛んできたら、どうなると思う」
「そりゃぁ、俺なら通り抜けられるよな!」
一気に左手を振りながら手に握っていた砂や石を投げ込み、次に右手に持っている金属のネジを投げた。
砂煙を上げながら、彼の体を石ころが通り抜けていく時にはアズマは飛び込んだ。
ヤツの間合いに入る為に素早く動く。まるでスローモーションのように見えたその一瞬の出来事を私は理解する事ができない。
石が通り過ぎる間に、唐突にネジが彼の胸へとあたった。
その瞬間に彼の顔が凍り付く。何が起こったのかも分かっていなさそうな顔を見せ、その時にはもう遅かった。
顔面にジャブを二発に左腕を男の首を押さえつけて、一気に壁へと叩き付ける。
物理音と共に、透過能力者は地面へと倒れこんでしまった。
そう、コイツの力は透過能力のはずだった。
でもアズマはあっさりと彼を物理攻撃で倒した。
彼の方を見たままぼーっとしていると、彼は急に手を掴んだ。
唐突な事に頬を赤くして視線を反らしていると、彼は感心もない様子で走りはじめる。
引っ張られて強引に走るかたちになったが、建物の間の細道を飛び出た。
まるで彼はここ一帯の地図でも頭の中に入れているみたいだった。
彼は左右を確認して、複数の車と一般人道路を駆け抜けてゆき、歩く様を見て振り返る。
セリアの両肩を掴んだ彼の表情は真剣だ。
そんな凛々しい顔立ちが目の前にいる。こんな状況の中、こんな事を考えるのはおかしいかもしれないけど
私、この人の事が気になってたまらなかった。
「俺の仮屋に行きましょう。 屋敷は、もう危険です」
「え!? ちょっと、どういう事よそれ」
「セリアにもあるのはわかっています。さっきの男と同じものが…………」
それに対しても反論を返す事はできなかった。
すっきり冷静な状態に戻ったセリアは、溜息を吐きながら自分の両肩の上に置かれている手を左右払い退ける。
彼の顔を見上げて、こほんと咳き込む様な仕草をして人差し指を向けた。
背の高いアズマに斜め上にある顔へと向けてこう言う。
「いいわ。私の護衛をさせてあげる。 その変わり、裏切ったりしたら地獄の業火で塵にしてくれる」
「元よりそのつもりですよ」
一度瞼を下ろした彼は少し微笑んでいた。
ともかく、彼の家へと向かう事になったわけで、屋敷へはもう戻れないだろう。
あそこにしかない大切な物も、おじい様との思い出も全て捨てる事になる。
深い悲しさと両立して、アズマという男性への安心を感じた。
おじい様が一番信頼していた彼が、どういう品格の人物なのか、それは今後の生活で見極めるしかない。
彼と行動を共にする事に、不思議と不安は無かった。
流れゆく黒い雲の下、少しばかり早歩きで道を歩んでいくのだった。

 どこにでもある様な、街角のアパート。その一室にセリアは入っていた。
少し広い部屋が四つあり、一つの部屋にしか家具が置かれていない。
その事に驚きながらも奥のリビングへと向かう。アズマが日常 使っている部屋にはクローゼットとベッド、テーブルにラジオ。
殺風景で寒い部屋だった。 彼の部屋を一通り見渡してから彼の元へと歩いて行く。
彼はキャリーバッグへと道具を詰め込んでいく。 ハンガーや服を折りたたみ、手荒く入れていた。
セリアは何をしているのかと、疑問符を浮かべながら彼へと問いかけた。
「ねぇ、それは? 貴方の家に私が住むんじゃないの?」
「日本へ立つ……」
「はぁ!?」
彼の言葉に素の声を出してしまった。
色々と入れ終えると、キャリーバッグを閉じてロックをかける。
バッグを縛るためのベルトを着けてから立ち上がると、ベッドに置いていたパスポートをテーブルの上へと置いた。
二つのパスポート。それをジッと見ているセリアが、勢いよく振り向く。
最初から日本へ行くつもりだったんだ。彼が教会で言った一言を思い出す。
日本語を使えるかと聞いてきた彼を………
目を丸くして腕胸の前で組んだ姿で、少し見直した様にアズマを見る。
「屋敷からパスポートを持ってきていたって事は、こうなる事がわかっていたの?」
「ドルビネ教授。君のおじい様から事の重大さを聞いていました。 この場合 一番安全なのは俺の実家です。転校の手続きも全て済ませてあります。 後は君の頭次第………」
「バカにしないでもらえる? 私は日本語検定一級を持ってるわ。それに力もある!」
右手を前に伸ばしながら、アズマに見せびらかすように手を表に向ける。
すると彼女の手から自然発火が発生して、それを他の場所に燃え移らないように操っていた。
不思議な動きをする火の形を見て、アズマはあまり驚かずに部屋の端へと移動する。
ソレを見てなんだか腹が立った。 彼も研究していた類の超能力を見せてあげたのに無反応。
「脳から放つ強力な脳波から、空気摩擦を起こしての発火現象。パイロキネシスですね」
振り返らずに言う彼の態度に、右手を下ろしながら 風で吹き飛ばす様に火を消した。
アズマは部屋の隅に置いていた別のキャリーバッグを移動させて、私の前へと置いた。
そのバッグには見覚えがある。 確か去年 友人と海外旅行とした時に使ったキャリーバッグ。
じゃ、なくて! どうして彼の家に私のキャリーバッグがあるのよ。おかしいじゃない。
彼に疑問を抱いているのと同時に言葉が飛び出た。
「私のキャリーバッグ。これも屋敷から? 荷物も入ってるの?」
「まぁ、必要な物は一式詰め込みました」
「一式? 貴方、私の服とか下着を見たの!?」
「そういう事を考える程余裕はありませんので、もう時間です。一時間後には飛行機が出ます。さぁ行きましょう」
顔を赤くしたセリアは眉を寄せてジト目になっていた。
呆れたような顔に変わると、彼は自分のパスポートを手に取り、灰色のコートを着てキャリーバッグを手で引く。
本当に何を考えているのかも分からない彼は、玄関へと向かいドアに一度耳をあてる。
外に誰か居ないかを覗き穴から確認して、ゆっくりとドアを開いた。
そんな彼の姿に急いで追いつく。自分のキャリーバッグを引っ張り、セリアは彼に付いて行く。
玄関の鍵を閉めて、階段で降りていく最中に鍵を道の端へと捨てた。
誰もいない階段で彼は、こちらを見もせずに話しかけてくる。
その時の彼の声にドキッと体を少し揺らしてしまった。
「能力の事は誰かに言ったことは?」
「言った事も見せた事もないわ。貴方が初めてよ…………おじい様にも言わなかった」
「それじゃぁ、以後 誰にも見せないように」
「うん」と頷きながら小声で言うと、調度いいタイミングで下の階へと来て、その扉を開いた。
外へと出ると既に街は暗くなっている。まだ夕方だというのに、凄い暗さだった。
空を移動している雨雲もフランスの地へと雨水を落とし始めた。
アズマは急いでタクシーを止めて、弱い雨の中トランクへとキャリーバッグを入れ込む。
彼の姿を見てセリアも急いだ。 キャリーバッグはトランクに一つ入れ込んで入らない。
後部座席に入れ込むしかなかった。
するとアズマがそのキャリーバッグを奥へと入れ込んでからドアの前に立って、セリアを中へ入る様に手で支持する。
先に中へと入り、後部座席の真ん中へと座り、隣にはアズマが座った。
ドアを閉める音と共に雨が強くなっていく。
連続する出来事に疲れたのか、気がつけば眠っていた。
今日中には日本へと飛ぶ。
明日からは向こうで生活しないといけない。
おじい様の死を労わる暇が少なかった事に、自分への非難をしながらも、この先の未来の事を考えるしかなかった。
何かに狙われている私は、平凡に暮らす事はできないかもしれないからだった……………

流れに任せるしかない。
おじい様の一番の信頼相手である青年。籐鳥 梓馬(こうとり あずま)を信頼するしか手はない。
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