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狙う者と護る者

Chapter 3

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アズマは黒い手袋を両手につけたまま歩いて行く。
薄暗い通りを進み、元居た広場までたどり着くと一度立ち止まる。
少女も彼の姿を見ながら、足を止めて見つめていた。
振り返るアズマの姿に怯える事なく、ただ立っている。
「なぜついて来る」
「貴方、私に話したい事があるんじゃなかったの? それに、狙われてるんだったら助けてくれる人の近くがいい」
「正気じゃないな。人が殺されるのを見た事あるんじゃないのか………目の前に殺人者がいるなら、普通は逃げる」
「…………」
彼女は黙り込んでいた。両手の手袋を脱いで左ポケットへと入れ込む彼の姿を見て、口を動かそうとしたけど声が出ない。
アズマは待った。彼女は何か言おうとしている。
能力者を一人で野放しにするのは避けたい。 またヤツの様なヤツが来る可能性もある。
少女は決意の眼差しを向けて、真剣な表情で再び口を開いた。
「アメリカに旅行に行った時に、父親を亡くしたわ。目の前で殺されたの…………私は、力を使って逃げた。人殺しは、見た事有る」
少し涙ぐんでいる姿に、アズマは小さく溜息をした。
本当なら能力者の確認だけでよかったんだが、とうとう巻き込まれてしまった様だ。
能力者を動かしている何者かがいる。彼等の目的の大体の予想もついた。
セリアを狙っていた1組織だろう。差し詰め有力な能力者が欲しいだけの組織だ。
この子をそちら側へ渡すわけにもいかない。
俺の選択肢は決まった。
「名前は?」
「大民 奈央よ。ねぇ、ちゃんと話きかせてよ。でないと次はアンタの頭も操るから」
彼女の言葉に返事を返す事無く、場所を変える事にした。
ここではゆっくり話す事もできない。
他の尾行が居ない限り、能力で外の市から俺達を探す事も不可能。
完全鉄壁のこの地で千里眼や透視能力は無力だ。
とにかく、一番安全な場所。家に帰るしかないだろう。
雨の降りそうな空は既に市内を覆っている状態で、太陽の光を防いでいた。
誰かを助ける為には、追ってくる者を犠牲にするしかない。
その犠牲が、今日、あの能力者の男だった。
名も知らない彼も、何かを信じて動いていたはずだ。
だが、ソレは俺達にとっての正義ではない。
俺は無理強いはしない。 でも彼等はそうも言ってられないだろう。
全てを決めるのは束ねているトップなのだから。
能力者にも種類がある。孤立する者と同族と馴れ合う者、自分の力で誰かの助けになりたい者。
俺は「孤立する者」に近かった。俺は教授意外は信用しない。だがその教授も死んだ。
残されたのは、目的と約束。そして、自分の正義を貫く事。

 昼下がりになる頃、自室には色々な機材を出していた。PCの画面には録画された波長のデータが、何個も映し出されている。
昼だというのに電機を付けているのは、俺のいつもの癖だった。
教授はこういう機材を使ったり集中したい時には、部屋を明るくしたがっていた。
そのせいで部屋の天井にあるLEDの大型電機は端まで明るくしている。 
少し眩しそうにしている奈央は椅子に座って、一つの小型機材を左手に持ち額にくっつけたまま動かない。
疲れたようにしている彼女の顔を一目見てアズマは口を開く。
「楽にしていい。測定は完了した」
「はぁ~、やっと終わったのね。もう4時間くらい何度も同じ事してるけど、何か分かったの?」
アズマはキーボードを打ち、音を鳴らしながらデータについてを細かく記録していく。
まるで論文の様に丁寧に書いて息ながら、別ウィンドウの上がったり下がったりのデータを見る。
彼女には同じように見えるかもしれないが、全て違う記録だ。
ただ同じパターンが数回続いている。それは確か。
無視をされたのかと、奈央は椅子から腰を上げると、アズマの方へと歩み寄るなりPCの画面を除きこむ。
「ねぇ、何か言わないとわからないでしょ?」
「同じ測定じゃない。脳波計数と電気信号、ソレに空気の波長も図っていた。それに同じ事を能力発動後と発動前だから、全然違……」
「わかったわかった。それはいいから、私の能力については?」
途中で会話を切られて、肩をすくめたアズマは途中まで書いていた文を保存して閉じる。
自分の座っている横でオレンジジュースを一口飲み、アズマが説明してくるのを待っていた。
真面目に聞いてくれそうな彼女の顔を見て、アズマも頷いてからその内容を話しはじめる。
「君の能力は、聴覚で感知する事のできない特定の波長の音波を出して、相手の脳に伝えるらしい。その超音波を受けると彼等は言いなりになる。同じ波長の状態を一定時間保ち続けるんだ。簡単に言うと催眠術のようなものだとしか言いようがないけど、この波長というのはテレパスやその他の能力者とも同じで、強い意思を持っている人には効き目が薄い。それが君の弱点だ」
「バカにしてるの?」
「違う 誰にでも弱点は有るもの。ヤツ等は、そこを突いてくる」
坦々に言いながらも、PCの方へと向き直り、データを[[rb:一纏 > ひとまと]]めにファイルへと入れ込む。
奈央は困った様な顔をすると、直ぐに眉を寄せてアズマを睨みつける。
まるで脅迫でもされる様で嫌な気しかしない。彼女のような能力は、時に一を気づ付ける事がある。
今の所、コントロールはできているみたいだが、それも本当なのかは定かじゃない。
「力は強くなる?」
「好奇心は猫をも殺す。変わろうなんて思わない方がいい」
「癇に障るわね。今度は絶対に従わせるから」
空になった缶をデスクの上に置くと、手をアズマの座っているデスクチェアーへと乗せて真剣な表情でジッと見つめる。
彼女のしようとしている事は大体把握できている。能力を使って命令に従わせたい気持ちで溢れかえっている。
かなり悔しかったのだろう。今まで能力で好き勝手にしてきたヤツは大体そうだ。
自分の力に評価しすぎている事はよくある。それは能力者でなくても、実力者や色々な人達がそうだ。
だから実際に負けた時にはショックも大きい。
奈央はジッと見つめている内に、笑顔を見せて口を開いた。
「貴方は、私の物。だからずっと一緒にいるの。何があってもずっと一緒。わかった?ずっと……」
初めて会った時の軽口とは違った。
起きているのに意識が遠退く気すらした。いいや、意識はあるがまるで自分の体の感覚が無くなる(?)。
不思議な感覚に陥りながらも、彼女の瞳を見ている事しかできない。
あの時とは違い、集中しているのだろうか? 意識が持っていかれそうだ。
俺は心の中で念じるしかなかった。
一体何秒経過したのだろうか、長く感じるこの空間で直ぐにでも命令に従おうとしそうだ。
ほんの二秒で直ぐに平常心を保てる程になった。
命令は、無効だ。
「どうやら無駄だったみたいだ。君には帰る家がある様に、俺の家はここだ」
「はぁ、自身無くしそう」
デスクの上に置いて有ったスクールバッグを持って、背を向けて歩いて行こうとしている。
彼女の姿を見て、引き出しから急いで名刺を取り出す。
もう使う事もないと思っていた名刺で、英語の名前がゴシック体で描かれているものだ。
黒い髪を揺らして歩く彼女を見て、再び声をかけた。
「連絡先、持って行った方がいいと思う。それと絶対に俺の事は他人には言うな………特に信用できない能力者には」
最後の台詞だけは念を押す様に言うと、彼女は振り返りながら名刺を受け取る。
納得しているらしく、軽く頷いていたが、どことなく不機嫌な顔をしていた。
彼女は名刺を貰い、真っ先に名前を見ている姿に今更だが思い出す。名前を教えていなかったんだ。
個人情報を漏らさないようにするのもいい事だが、相手への信頼性には欠けた行いだな。
それでも特に気にする事なく、奈央は出入り口であるドアの方へと行こうとした時だった。
ノブが回りドアが開くと、奈央も固まっていた。
思っていた相手と違う人物の姿と声が飛び込んでくる。
「アズマ、お客様でも来てるの?」
ふと開いたドアからセリアの姿が現れると、視線が奈央の方で止まった。
今朝 校舎で見た生徒が目の前にいた。スラっとしていて黒い髪を腰まで伸ばしている少女。
ブレザーを着ている彼女の姿は、漫画のヒロイン並のインパクトがある。
そんな人が、何故ここに?
「え、えっと」
「あれ、もしかして今朝の?」
ニヤニヤとしている奈央の顔は、誰かに悪戯する時の子供の様に見えた。
デスクチェアーから立ち上がるアズマは、少し面倒そうな顔をしながらも、PCのデスクトップをブラックアウトさせる。
今の状況に混乱気味のセリア。とにかく説明しないといけないだろう。
同じ超能力者なのだがら尚更だ。
「セリアと同じ能力者なんだけど、知り合いか?」
「知り合いではないわ。でもカオミシリよ」
「そうそう、顔見知りってヤツね」
二人が顔を見合わせて言う姿を見て、同じ学校の生徒だという事は把握できる。
言うまでもなく奈央は不良生徒というやつだろう。
フランスとは違い、そういう中高生が日本には多い。もしくはセリアの通っていた学校が、勉強熱心で勉学ばかり集中的に教え込んでいた学校だったのか。
まぁそれはどちらでもいいが、言うべき事は一つだ。
「奈央は明日からちゃんと学校へ行く。いいな」
「は? どうしてそんな事……」
「自分が狙われているという事を忘れるな。それに、俺の優先順位はセリアだ」
その言葉にピクリと反応する様に肩を震わせたセリア。
何だかよく分からないが誇らしげに両手を腰にあてている。
奈央はというと、納得したのかも分からない。
不満気にしているものの、頷くしかないといった様子だ。
だが本当の事を誤魔化す訳にもいかない。だからと言って、非行の道へと放置させるのも嫌だ。
それでも絶対に譲れない優先順位というものはある。どんな状況下でもセリアを護る事。
つまり教授との約束を果たす事だ。

 休日。その朝は騒がしくなく、のんびりとした始まりを迎えていた。
昨日の戦闘で左腕を打撲していたらしく、[[rb:痣 > あざ]]が赤紫色に広がっている。少し痛みがあり不便だ。
特に何もしないであろう二日間なら、何も起こらないだろうと甘く見ていた。
今、俺達は車に乗って移動中だ。家族全員で買い物と行っているが、どうみても母の世話焼きが度を越しているだけ。
意地でもセリアを家族の輪に入れ込んで、納得のいく空間にしたいようだった。
後部座席に座っている俺とセリア。隣を見れば、見慣れない風景に緊張気味に肩を強張らせている。
窓の外は車が次々と交差していき、色々な建物を通り越していく。
ビルの様な極端に高い建物は無いが、ちょっとした部品工場などが沢山視界に映った。
レンタルにパチンコ、それに家具のある少し大き目の横長な建物。
久々に帰国した俺でも新鮮な気分だ。
「それで、どこまで行くつもりだ母さん」
「え~、どこってデパートだけど」
一人でも行けたんじゃないかと言いたくなったが、寸前で止める。
知っている目的を長々と説明されるのは御免だ。
横を見れば、少しは馴れてきたのか見上げてくるセリアの顔がそこにあった。
「ねぇ、アズマって向こうではこんなに喋ってなかったわよね?」
「別にそうでもない。教授とは話してた」
「私に話しかけたのって、フランスを出る前じゃない」
思い返せばそうかと思う事だが、セリアはどうもそれを気にかけているようだった。
妙な間が言葉を詰まらせながらも、運転席の多加穂と土筆は喋っている。
この中で浮いているのは自分達だと二人とも気がついていた。
本当の居場所ではない気がする。これは単なる感情的な判断だが、同じ事を考え疲れた様な表情をする二人は似た存在なんだ。
「話す切欠はできれば無くていいと思っていた」
「私の力を恐れて、無意識的に拒否してたのね? 分かるわ」
「ん…………」
少し考え込んでいる彼の様子に、本当に図星だったのか疑問に思い、彼の顔を眺めていた。
そうでもない様子だけど、口にも出さないのは言いたくない事なのだろうか?
知らぬ間に嫌われていたのかと次第に暗い表情になってしまう。
そんな姿に気がついたのか、アズマは面倒そうにしながらも目を瞑り少し考えて、数秒後には口を開いた。
フランスでは見た事のない表情のある顔。いつも無表情に接してきていた彼の顔は珍しかった。
「俺の目的は教授の研究の手伝いと護衛だった。複雑な仕事でね」
「そう。じゃぁ私にはそのルールを破らせる程、女としての魅力が無かったってことかしら?」
「君でも可愛い事は言えるのか。初めて知ったよ」
そんな台詞を吐き捨てながら笑みを浮かべているアズマの足を弱く蹴る。
両手を膝の上に乗せて、赤くした顔を窓の方を向けて反らしていた。
胸のドキドキが治まるまでそうしていようと、じっとしているセリアは、ふと道路の先の歩道を見ていると、車が信号で止まる。
少しの揺れと共に視線の先にいる少女の姿に声を出していた。
「あ…………」
歩いて横断歩道の方へと向かっているのは来夢だった。小さく声を出した私に反応したのか、アズマが窓の先を睨んだ。
直ぐ隣にいるアズマは既にその視線の先も把握している様だった。
察知能力も洞察力も極めて優れている彼は、本当に護衛人向きだ。
まるで弱点が無い様に振るまう様は、相手を撹乱させる為の芝居なのか?
「あのショートの子。知り合いか?」
「クラスメイトで、初めての友達」
「そうか、それは良かった。だが、友達も選んだ方がいいかもしれない。中にはスパイの様な…………」
言い終える前に、ポケットの中のiPhoneが揺れる。ブルルブルルと音が鳴り、アズマは左手で取り出して画面を見る。
柵 日向と表示されていて、また何かあったのかと眉を寄せる。
この間の件なら、察知した能力反応は一人の少女。大民 奈央が能力の乱用をしていたからだった。
彼女も狙われていて、能力者が現れたのも事実。その時に能力を何度も使っていた様だったが、その事も察知したのだろうか?
通話に出て耳へと近づける。いつもの日向の声が聞こえてきた。
『聞いてくれ、一人能力者が五徳市に入ってきたみたいだ。今朝弟から連絡があってな。一応だが、気を付けておけ。相手は能力を常に発動している。透視系能力じゃないのは確かだ』
長い言葉を次々と放った彼は、一息ついたように吐息が聞こえる。
「助かるよ。また妙な事があったら連絡を頼む」
アズマが通話を切る時には既に車は左折していた。
既に目的のデパートの姿が見えている。 人世代二世代くらい前のデパートといった感じだ。
九階までフロアのあるデパートで、駐車場は別に立体駐車場が有る。
その立体駐車場へと車は入って行った。
アズマの顔をジッと覗き込むセリアは、影に囲まれた車の中でアズマに言った。
「何かあったの? さっきの、あのお坊さんでしょ」
「ちょっとした事だ。セリアは気にしなくてもいい」
上へと向かう車は立体駐車場の端にある坂道を登っていく。
あまり乗り気じゃない土筆も、既に諦めている様子で座っていた。
ただの買い物なのに、こんな感じで実の家族とも買い物に出かける事なんてできなかった私は、今を幸福に感じている。
どうして私は両親に嫌われていたのだろうか?
物心がついた時には、父の姿しか見た事がなかった。
既におじい様の屋敷で暮らしていた思い出しかない。孤独の中で味方してくれたのは、おじい様とひっそりと立っていたアズマだけだった。
自分の子が嫌いな親などいないと言うが、絶対そうだとは限らない。
私は、その中の一人だった…………
 デパートの中多くのライトが照らしてくる。そのライトのせいか暑く感じた。
一階のフロアは基本食品や家庭器具、それに食堂といったものが多く、休日のせいか人も並々だ。
多加穂を先頭に入口付近で一度立ち止まるセリア。既に食堂の方から食欲を誘う匂いが漂ってきている。
辺りを見渡すセリアは途中で視線を止めた。そこにいたのは来夢の姿。
彼女もここに買い物に来ていた。自然と笑顔になり、彼女へと手を振った。
すると来夢の方も気がついたのか、振り返ってから少しポカーンとしている。
「こんにちは来夢」
黒色のフリルのついたミニスカートを振りながら、セリアは彼女の元へと駆ける。
その姿を見て、多加穂は後ろにいるアズマと土筆の方へと振り返った。
何を言われるのかと身構えていると、普通な台詞が飛び込んできた。
「アンタ達もセリアちゃんと行ってきて。私はのんびり買い物してくるけん」
「な、なんだよ。何か無理難題を頼まれるかと思った。なぁ兄貴」
溜息交じりに言った土筆の方を見て笑顔を浮かべると、セリアもこっちへ来いと読んでいるように振り向いている。
土筆の腕にポンと触れて、セリアの方へと向かう姿を見る土筆。
いつもの様に面倒そうにしながらも、土筆はアズマの後ろを付いて行く。
多加穂はというと手を振りながら見送って、そのまま人混みへと消えていった。
来夢はジト目になりながらも苦笑いをしている。
「なぁ、セリアのホームステイ先のおばさんって忍者かなにか? 一瞬で消えたんだけど」
そんな冗談交じりの台詞に土筆は溜息をつきながら、初対面の来夢に話しかけた。
「母さんはいつもあんな感じ、俺がつまみ食いしてると唐突に背後から現れるんだ。ほんとに忍者かもしれない」
「あ、セリアから話聞いたよ。[[rb:土筆 > つくし]]でしょ。女の子みたいな名前だねぇ」
「俺に言うな! 名前つけた母さんに言えよっ」
「コラ、それ聞いたら母さん傷つくぞ」
土筆に言っていると、アズマの事を来夢がジッと見つめていた。
まるで物珍しいものでも見ているような目で見ている彼女の姿に、セリアもぽかーんとしていると、来夢が先に口を開いた。
「えっと、梓馬さんですよね」
「さんは付けなくてもいい。セリアが世話になってるみたいだから、今後もよろしく頼めるといいけど」
「い、いえとんでもない。アタシは石垣 来夢っていいます。こちらこそ頼りにされて嬉しいです!」
肩を強張らせて言う来夢に、アズマは怯んだ様に頷く。
既に名前を知っている来夢には自己紹介をする必要もなく、土筆も暇そうにしていた。
セリアはというと、上の階に行きたくてウズウズしている。
とにかく上に上がろうって事で、来夢がセリアを案内するらしい。
本人は言ってないが、既にセリアを連れてエスカレーターに乗って、上へあがっている。
出遅れない様にと土筆と顔を見合わせてから、彼女達の後ろをついていく。
エスカレーターに乗っていると、アズマのポケットが震える。
中にあるiPhoneに直接電話がかかってきた。登録していない電話かららしく、知らない番号がそこに映っていた。
応答を押して通話に出る事にした。聞こえてきたのは聞き取りやすい女声だ。
『功鳥 梓馬、ですか?』
「…………誰だ」
『貴方はフランスの教授の元で働いていた日本人ですよね。教授に電話をかけても出なかったので、独自に調べさせてもらったら、貴方の名前が………』
「教授なら、先週亡くなった。何か用事があったのなら関わらない方がいい。電話、きるぞ」
後ろにいる土筆に聞こえない様に小声で強く、iPhoneに向かって言う。
二階についてから辺りを見渡すと、セリアと来夢は正面にあるアクセサリーショップで足を止めていた。
それを見て、エスカレーターの横にあるベンチ付近で止まる。
土筆はジッとしていて、ベンチへと先に腰を下ろした。
『ま、まって! 駄目、助けてください。貴方が教授の助手なら、色々分かるはずです』
「何がいいたい」
『電子レンジとか色々、浮かせる事ができて………それで』
「わかった。家族には?」
『寮に住んでて、一人暮らしです』
「アドレスを教える。明日、向かうよ」
また面倒事が増えた事に溜め息が漏れた。
その様子を見ていた土筆がベンチに座ったまま、大変そうにするアズマをそっとしていく。
アクセサリーショップの方にいるセリアは、珍しいキーホルダーを見物中。
キラキラとしたものやキャラクターモノ、奇妙な形をしたネックレスなど、多種多彩な商品が並んでいる。
銀色のイルカがついているネックレスを手に取っているセリア。
近くにいた来夢が肩をくっ付ける程近づいて、話しかけてくる。
「ねぇ、アズマって何か頼りになる男って感じでいいね」
「う~ん。優しいっていうより、確かに頼りになるって感じかしら。それがどうかしたの?」
「んんや別に、ただ あんな兄が欲しかったかなぁって。アタシ下に弟しかいないからさ」
よく分からないその理論に首を傾げるセリアは、少しの間その事を考えていた。
じっくり考えているうちに、眉をしかめてしまった顔を来夢が覗き込む。
真剣そうにしていすせいか声をかけないでおく来夢は、後ろを振り返った。
iPhoneを片手に電話をしているアズマと目が合い、頬を赤くして目を反らす。
「兄がいるってそんなにいい事なの?」
「え?」
両親すらいないと等しい上に、家族といえる人物は一人だけ。
頭の中に浮かんだ次の言葉、それは一つしかなかった。
はっと目を丸くして、来夢の方へ振り向く。肩より長い金髪が揺れて、真剣な表情になっていた。
「わかった。一緒にいてくれて寂しくない! それに頼りっぱなしで楽なのよ。兄っていいわね」
「えっ? ん~、何かアタシのイメージしてたのと違うけど、まぁそんな感じ」
のんびりしている二人の姿を土筆はジッと見ていた。
とくにする事もなく、ボーっとしていると視線を変えた先は次のデパートのフロア案内板。
通話を終えたアズマがアイフォンをポケットへ入れ込む。
土筆が立ち上がると登りエスカレーターへ進んでいく。
アズマがその姿を目で追うと、土筆は振り向く事なく言った。
「ちょっと本見てくる。兄貴も警護がんばりな~」
その言葉は来夢にも聞こえていた。何のことを言っているのかも分からなかったが、それに対してアズマは無言で頷く。
「変わった感じの家族なのかな」とも思いながらセリアの方を見ると、彼女の手元には色々なアクセサリーが握られていた。
髪留めにキーホルダーやネックレス。ジト目で見ている来夢に気がついたセリアは、不思議そうな顔をしている。
 結局長い間デパートにいて、土曜日の夕方を迎えていた。
デパートで来夢とは別れ、セリアも満足そうにしている。
手元には今日買ったアクセサリーの入っている紙袋。何だかんだで土筆も暇を潰せたらしい。
車が発進しはじめて、立体駐車場を出て行く。夕日の日差しが横から飛んできて眩しい。
外を眺めていると、徒歩で帰っていく来夢の姿が通り過ぎていく。
向こうは気がついていないようだ。
「ねぇ、働き口とか探すんでしょ?」
母の多加穂に言われて、アズマはその事を思い出した。
ドルビネ教授が無くなった今、その財産は全てセリアの手にある。
いつものように毎月 代わりの無い額の給料が通帳に送られているわけだが、仕事をしないわけにもいかないだろう。
「まぁ、専属の警備員でもやろうかと考えてる」
「だったらいい仕事を紹介するわ。霧坂学園の昼警備員他全般よ!」
「「・・・・・・は!?」」
セリアとほぼ同時に声が飛び出た。セリアの通い始めた学校の警備員。
確かにそれができるのなら、行動はしやすく苦労はしない。
問題は何故 母さんがそんな仕事を紹介してきたのかだった。知り合いに学園関係者でもいるなら、俺も気がついてる。
それとも、ただ広告でも張られていたのか…………。どちらにしろ不自然だ。
二人の驚き用に、土筆が助手席から顔を覗かせる。
「兄貴 知らないんだっけ? 母さん、あの学園の理事長やってる」
二人ともキョトンとした顔でいると、理事長本人は笑っていた。
職権乱用ってわけだな。学園内の徘徊許可が可能になるのは好都合だ。
もはや出せる言葉もなく、無言でいた。
夜中の見回り警備でもない、新種の職業。
警備員他全般という事は雑用、掃除。そんな事をさせられるのかもしれない。
母の笑い声が、悪魔の薄笑いにすら聞こえてくる。
きっと警備員とは表の名前だ。
理事長席に座る母にパシられる姿が頭に浮かぶのだった。
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