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狙う者と護る者

Chapter 4

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 今、市を越えてまである目的地へと来ている。人通りの少ないアパートの前で、アズマはiPhoneを片手に地図を見ていた。
草原の匂いが香ってくる中、アズマの方を見つめていた。
面倒だけど、彼が五徳市から出ている間護ってくれる人などいない。
能力者に対して的確な判断で、プロ並みの戦闘ができる彼だけにしか、安心して背中を任せられない。
今目の前にあるアパート、これがどうやら目的の人物の住んでいる場所。
なんでこんな場所まで来ているのかは、昨晩の事だ。
アズマに連絡してきたある人物。その人は能力者らしく、どうもアズマは見過ごせないにいるみたいだった。
昨日の会話でアズマは『自分の力に困惑するヤツもいる』と言っていた。
私はそんな事なかったから分からないけれど、アズマなりに何かやりとげたい事があるのかもしれない。
おじい様もこんな事をアズマとしていたのか、それを聞く事すらできない。
だけど、何かを護りたい意思があるのはわかる。
「このアパートだ。昨日言った事は憶えてるな?」
「ええ。先輩として、ちゃんとコントロールできている姿を見せるのね」
「取り乱した時にだ。当事者の方が説得力がある」
そう言いながらiPhoneをポケットへと入れ込んで、アパートの階段を上がっていく。
後ろ姿を見て、セリアは後を付いて行く。
綺麗な三階建てのアパートで、一番上の階へと登り奥へと進んでいく。
新築の何とも言い難い匂いが香ってくる。
アズマは端にある部屋の前に立つと、チャイムを押した。
ジッと待っていると、ドアの向こうから一人が歩いてくる足音が聞こえる。
どんな人なのかも気になるけど、何故アズマの存在を知っているのかも気になった。
敵の可能性も考えていないわけでもないだろう。
アズマは冷静そうな顔で立っていた。
とにかく、アズマの判断にまかせるしかなかった。
「はい………」
「能力について、話しを聞きたい」
彼の声にゆっくりとドアが開き、中から綺麗な栗色の瞳が覗き込んでくる。
部屋の中は暗く、ドアを半分開くと彼女の凛とした顔が出てきた。
髪はポニーテールで後ろにまとめていて、見るからに美形。
彼女は私を一目見て不思議そうにしながら、アズマの方へと視線を移す。
大人びた雰囲気で女の私もドキッとしてしまう。
「功鳥 梓馬、ですね? と、とにかく入ってください」
その言葉と共に、アズマが足を踏み入れようとした時だった。
真後ろから気配(?)のような、視線のようなものを感じた。
気にかけて振り返るものの、特に異常のない畑のある風景。青い空に少しの雲が広がっているだけで、向こうの建物から誰かに見られているわけでもない。
気のせいなのかと向き直り部屋へと入ろうと前へ出ると、アズマの体にぶつかる。
「んゅ……」と声を出して、目の前にいるアズマの顔を見上げれば、空の方をジッと見つめていた。
どうかしたのかと首を傾げると、アズマは部屋へと靴を脱いで上がる。
二人が中へと入り玄関のドアを閉める。ガシャンと音を鳴らして閉まったドア。
◆◆◆
 アパート3階の端。その部屋のドアから視界が遠ざかっていく。
まるでカメラでズームしていた様に空の方へとズームアウト。
視界は目の前にある広げた地図が映る。目が隠れるくらい髪の伸びている
爪を立てて地図の一か所に触れたまま、顔を上げて前を見る。車の後部座席に座っていて、真横には男が座っている。
少女は白髪の髪を揺らすことなく、口を開く。
「見つけた………4個目の信号を左。9個目の信号を右、317m先」
彼女の目には映っていた。移動しても無駄だ。
今もずっとセリアの姿を追っている。無表情にずっと一点を見つめてたまま動かない。
ただ、運転席に座っている女性は、アクセルを踏み込んで車を動かしはじめた。
少しだけの言語で、皆が動き始める。
女性はバックミラーを一度見て、後ろにいる銀髪の少女。その隣に座っている男は
「おい、コイツの言ってる事は本当か?」
「メイの力は凄い。無くした鍵も見つけられる程にな」
ゆっくりと、彼等の車はターゲットの方へと向かっていく。
カーナビの様に案内していたメイと呼ばれる能力者。
既に見つかっている。彼等は出るタイミングを計るだけだった。
まるで簡単な作業をしている様に、全員がリラックスをした状態で車は動いて行く。
ただ一人。メイだけは違った。 視界に見える先にいるアズマの姿を凝視しながら、動く事はない。
興味深い生き物でも見た子供のように、それから視線を反らさない。
◆◆◆
 部屋の中では既に能力を拝見中で、周りの物が次々と上に上がったり、急落下したりと激しい音をたてていた。
コントロールはできていなく、指定したモノを動かしているわけでもない。
能力を始めて知った時の人によく見られる状態だ。極度の興奮状態と過激な感情反応。
ガタガタと騒がしい部屋の中で、セリアと彼女は向い合せに座っている。
アズマはというと、辺りを観察しているだけだった。
今回私に任されている事は一つ。能力をコントロールさせる為、彼女の精神を安定させること。
目の前にいる彼女は不安そうな顔をしているけど、何とか話さないといけない。
「えっと、お名前は?」
「三満 織………それより、どうして貴方が座るの?」
立ったままのアズマは浮いている物を一つ一つ確認していた。
セリアは少し焦り交じりに、彼女に言った。
「あの、私も能力者なのよ。貴女がコントロールできれば、後はアズマが説明する」
「そんなっ、私はこんな力 はやく………」
「ムリだ。力を消す事はできない。DNAレベルで君の細胞に記されている。性格や個性と同じで、方法は無いに等しい」
少しの間が彼女の表情を濁した。
途中で表情を変えて、アズマの方へと視線を向ける。
「無いに等しいという事は、方法は有るという事じゃ」
「………有る。頭を切り開くだけの簡単な作業だ」
その言葉に彼女は固まっていた。アズマは近くにある輪ゴムの入った箱を掴み上げた。
セリアは溜息を吐きながら、もう一度 三満の方へと見つめる。
とにかく、コントロールができる様にしないといけない。
私から何か話しかけないと………
でも、何だか様子がおかしい。部屋の物は動く事なく静止している。
それでもって彼女は冷静そうにしていた。もしかして、演技?
「ずいぶん静かね。貴女、本当はコントロールできてるんじゃないかしら?」
思い切って威嚇する様に睨みながら言うと、アズマが隣まで来て向いに座っている三満を見下ろす。
彼女は少し俯いていると、直ぐに顔を上げた。
「…………コントロールはできてる。でも、力を消したいというのは嘘じゃない」
「だが消せない以上、能力については知らないといけない。既に能力については理解した。」
思いがけないその言葉に驚く二人。アズマはテーブルの上に輪ゴムの入った小箱を置く。
軽そうな箱で、紙でできている物だ。設置すると三満の方を見ながら、ゴムの箱へと人差し指を向ける。
彼が何をしたいのかが分からなかった。能力なんていくらでも見ていた。
物を浮かせられる力。おそらくは念動力などの物体移動系の能力。
なのに、アズマは何をしようとしているのかも理解し難かった。
彼女はその箱へと視線を向けると、アズマが口を開く。
「その箱を、動かしてくれないか」
「ふぅ………貴方達が入ってきた時、部屋中の器具が浮かんだのを見たでしょ?」
「あぁ、猿芝居の能力をね。おそらく、君はまだ自分の力が何なのかまだ知らない」
彼女もよく分からないといった表情になっていた。
アズマじっと彼女が能力を使い、この箱を動かすのを待っている。
その顔を見て、三満は集中して始める。動かす個体はたった一つの軽い箱だ。
数秒過ぎても目の前にある箱は動く事はなかった。
あの中に何かを入れたのだろうか? アズマは動く事のない箱を見て頷く。
何か細工をするにしても、掌二つ分くらいの小さな箱だ。
この短時間で何を入れて彼女の能力を防ぐなんて事、普通ならできない。
微動だとしないソレに、彼女は溜息を吐きながら集中する事を止めた。
「はぁ………どうして」
「君の能力は[[rb:念動力 > テレキネシス]]ではない。磁化操作と言って、電気の流れた物質を君は自在に操っていたんだ。だから部屋の中で君が浮かせられたのは電子レンジやトースター、鍋などの鉄が多い。磁化というのは……」
「アズマ ちょっと待ちなさい。分かりやすく短文的に教えてちょうだい」
「そうだな。要するに、脳が出している目に見えない電気を多物質に流す事で、その物質を電磁的に浮遊させたり動かしていた。これが結論だ。 そこに有る箱は紙でできていて、中には輪ゴムがある。動くわけがない」
坦々と話していたアズマの解説に、三満は圧倒されながらも納得はしていた。
つまり電気が流れる様な物質だけしか、動かす事ができない。というような言い方だった。
こういう事に詳しいアズマの言う事だから、おそらくは本当の事だと思える。
そうでなくても、彼女の操れる物には限りがあるという事。
「そう、だったのですか。まさか自分の力もよく知らなかったなんて………」
「場合によっては危険だが、コントロールできている君なら安全だ。セリアはどう思う?」
「別に、能力で誰かを困らせたりしないんだったら 私は何も言わないわよ」
セリアが腕を組んでいる姿を見て、アズマはiPhoneで時間を確認する。
丁度11時45分。行こうと言わずにセリアの肩に手を置いた。
直ぐにそれで理解できたのか、椅子から立ち上がる。
同じ能力者といるのは珍しい事だけど、自分達の市から出ている事も忘れちゃいけない。
そんな事を考えていると、三満がアズマに話しかける。
「あの、今日は本当にすみません。相談に乗ってもらった従兄から、貴方に相談すればいいって言われてドルビネ教授の人間の進化についての本を渡されて……」
「その従兄というのは、もしかして」
「柵 日向です。」
「やっぱりか。俺の連絡先を知っているヤツは少ない。まぁ それは後で俺から伝える」
頭を下げている彼女の姿を通り過ぎて、リビングから出て玄関へと向かった。
急ぎ足でセリアが彼の後ろを付いて行く。
この件はこれで終わり。 自分の能力を見せる事も無かったけど、何だかほっとしていた。
誰かの前で力を見せたのも、アズマが初めてだった。彼なら大丈夫だと思えたからだけど、彼は知っているようなかんじだったのを覚えている。
それに誰にも見せないって約束もしていた。彼との初めての約束。
彼は本当に、いつも何を考えているのかわからない。気がつけば、いつも能力者が近くにいる。
もしかしたら、そういう才能なのかもしれない。
 既に昼時でランチの時間帯に差し掛かっていた。
バス停まで歩いていく二人は、特に会話も無しに進んでいく。
建物の立ち並んでいる場所を歩いているというのに、何だか雰囲気がおかしかった。
雰囲気というよりも、人がまったくいない。まるで地球上から周りの人々が消されたんじゃないのかと思う程、車すら姿が無かった。
ゴーストタウンの様に見えるこの場で、ただアズマの背の後ろを付いて行く。
三満 織の住むアパートで感じた視線といい、きっと能力者が近くまで来ているはず。
なのにも関わらず、アズマは特に何事も無いような素振りで歩いていた。
唐突に止まる彼の姿に驚いていると、正面から誰かが歩いて来ている。
「セリア。そこから動くな」
その一言だけを告げると、歩いて来ている外国人男性の方へと自ら進んでいく。
既に日本まで組織が来ている。
数メートルにいる男を目の前に足を止めるアズマ。
相手が口を開こうとすると、真っ先にアズマが話しかける。
「そこまでしてセリアを手に入れたがる理由は何だ」
「お前、かなり頭がキレるんだってな。元傭兵だったという噂もある」
「俺が質問している。答えろ」
アズマは右拳を前に少し出す構えで、男から視線を離さない。
男はいたって平然としている。余裕でいられる程の力を持っていられるのだろうか?
戦ってすらいない私が緊張して、何だか変な感じだった。
視界に映っているアズマが心配でたまらない。
「この街の人たちを消すように頼むのは大変だったんだぜ。リーダーに頭下げてまで移動させてもらった」
「そうか、話しが噛み合わない以上 会話は無駄………」
アズマが動く前に男は右手を振るった。
距離は数メートルもあり、何をしたのかも分からない。
だが、彼の一振りでアズマの体が吹き飛んだ。
後ろへと弾かれた体は、頭から地面へと倒れこもうとした。
倒れたと思った時、アズマは空中で回転して体制を建て直し、地面に片膝を付く。
彼の一手である程度の予想はついた。ヤツの能力は……
「サイコキネシス。ほぼ意識的に物を弾き飛ばせる暴力的能力。だができるのは意識の向いた方だけにしか力を使えない。中国では気功法と言われているが、できる事は物体を強く弾くだけ」
「ほぉ、言ってくれるじゃねぇか」
彼が言葉を放った時にはアズマは駆けた。
体制を低くして走り込むと、男が更に一振り。
それとほぼ同時に、アズマは斜め横へと飛び込みながら、ポケットからワイヤーフックを取り出して投げた。
能力の直撃を回避して男の腕にワイヤーが絡まり、巻き付いたワイヤーは先端のフックが引っかかりながら動きを止める。
素早く地面をローリングして立ち上がり、アズマはワイヤーを引っ張った。
黒い手袋をいつの間にか装備している。
強く引っ張りながら、アズマが右手でワイシャツの中の腰へと手を移動させる。
取り出したのは拳程の刃丈のあるナイフ。それを男の方へと突き立てた。
引っ張られた勢いで体制を崩す男は、至近距離で能力を使う。
アズマの右手が弾かれ、ナイフが手から飛ばされた。
ワイヤーから手を離して横へと転がり、その勢いで立ち上がる。
男の顔を薄く切り裂いたナイフは道路へと落ちた。
アズマは目を鋭くして男の方をジッと見ている。
今、目の前で始まっている戦いは、この間のフランスでの逃走とは違う。
彼を殺すつもりで戦っている。それをアズマの姿を見るだけで伝わってきた。
男は少し焦った様な表情でアズマの方を見ている。
格闘戦は彼に通じないけど、アズマは彼の方を見て身構えていた。
「クソッ、能力者キラーって言われてる理由が分かるぜ。だが俺に接近戦を持ち込んでいる時点で、オマエに勝ち目は無い」
彼の発言にも無言のままだった。
既に言葉なんてアズマには届いていない。
肩が震えた。アズマは傭兵だった? いつの話なのかも自分では分からない。
私が物心がついた頃には、おじい様の助手をしていたアズマの姿はあった。
人を殺してもどうという事の無さそうな、彼の暗い瞳に息を飲む。
今も彼は、目の前にいる標的を殺す手段を考えているかと思うと、ゾッとしてしまう。
一つ屋根の下で一緒に暮らしているのに、彼の事を信用している私は、怖くてたまらなかった。
睨み合ったまま両者共、嫌な空気を感じていた。
能力に自信のあるとはいえ、何を考えているのか分からない無表情のアズマ。
戦いは既に始まっている。アズマは突撃した。
一歩を踏み出し結末を急ぐ
恐れの無い彼の行動に、男も動いた。
目的を遂行するために目の前にいる敵と戦うだった
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