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狙う者と護る者

Chapter 6

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 日向宅のリビングにアズマとセリアは座っていた。
まだ食事もしていない状況で、日向はというと食卓で準備だ。
暇になりながらもセリアは伸びをして視線を少女へと移した。
ジッとしたまま、ロボットの様に動かない女の子の姿にジト目で見つめていると、彼女が少しこちらを見た。
すると今度はそのまま動かない。
まるでアズマみたいに、考えの分からない行動をしている。
さっきまで着ていたコートを綺麗に畳んで置いてるのがここからでも見える。
「ねぇ、あの子全然喋らないわね」
「俺に言うなよ。無理に喋らせるのも、こんな小さい子にはできないだろ」
何だか活力の無い声でアズマが言い、セリアは女の子の方をジッと見つめる。
その視線に対して、女の子は立ち上がった。
短い足でアズマの方へとテクテクと歩いて行く。突然の事で座ったまま振り返ると、女の子の顔が見上げる位置にあった。
「……私、お父さんもお母さんもいない………緑色の人達にやられた」
「それは、とても悲しい事だ」
「うぅん……それは違う。私は寂しくもない………だって、ずっと探してたから」
彼女はピシッと、綺麗に伸ばした人差し指をアズマへと向ける。
それに驚いているアズマは、何だか困った顔をしていた。
たぶん考えている事は同じで、話しが少しズレている気がする。
「………名前」
「急だな。 功鳥 梓馬だけど、憶えられるか?」
「ふむふむ………うん。アズアズって呼ぶ」
「ぷふっ」
セリアの噴き出した笑いに、振り返るアズマ。口を押えたまま首を振っている。
ふぅ~と息を吐いて胸に片手をあてたまま、セリアが一息ついて、アズマの方へと視線を向けた。
思いもよらないあだ名に困った顔で、見つめてくるアズマに、セリアは笑顔で言った。
「可愛い名前ね。貴方にはそのぐらいが調度いいわ」
「バカにしてるだろ」
「アズアズ~………」
とすっと飛び込んだ彼女はアズマの膝の上へと乗った。
小学生高学年くらいにも見える彼女に、何だか妙な感情を抱いてしまう。
アズマにしがみつく様にして胸に顔を押し付けている。
幼い体系なのが、まるで彼女の武器になっている気がする。
「私………私の名前は、[[rb:遊井 > ゆうい]] [[rb:美鈴 > みすず]]………憶えた?」
「ああ、憶えたから退いてほしい」
「んぅ………ぁ、紫色は……不安の色」
視線はセリアの方へと向いていた。
いつも通りで普通にしているセリアの姿を見て、アズマは首を傾げた。
二人の視線を受けて、首を横に振るが、美鈴はアズマの膝の上に座り直しす。
「人の色を言うのは止めて」
その言葉に対しては美鈴が頷いて返す。
ちゃんと話せているのは、アズマと会話する時だけで、セリアには口を開かなかった。
首を振ったり頷くだけの簡単な動作で、ロボットの様に動くだけ。
幼い体をアズマに寄せて、ジッとしたまま動かない。
気がつけば、台所の方から食欲を刺激する良い匂いが流れ込んできていた。

 和室の低いテーブルへと料理が並んだ。
簡単な手料理で、味噌汁に白米、それにサバ味噌。
日本に来てから、まだ食べた事の無いサバ味噌の匂いにアズマは硬直しているようだった。
セリアは器用に箸を持って、視線の向いにいる日向へ視線を向けた。
睨まれているのかと、少し肩を強張らせた日向が、右手に箸を持って止まっている。
何だかんだで、この場に馴染んでいる美鈴の姿。
気にする事なくセリアは言った。
「生活感無さそうな男でも、こんな料理作れるのね。凄い事よ これ」
「おい、今 俺すごくショック受けたぞ」
既に食べ始めているアズマと美鈴。二人の姿を見て、日向も手を合わせてから直ぐに茶碗へと手をやった。
昼1時過ぎだが、やっと食べ物に有りつけた。
何だかんだで美味しいランチに、満足気なセリアの顔に、美鈴もマネをする様に満足気な顔をしていた。

 結局、あの後に家へと帰ってきた訳なのだが、家の中すら緊張状態の真っ最中になってしまった。
リビングのソファーに三人が座ったまま、微動だとしない。
セリア、美鈴、アズマと順番に座って、今から何を言おうかを考えていた。
アズマの母である多加穂へと視線を向け、美鈴は表情一つ変えずにアズマの袖を握っている。
どうしてこんなにも緊張しているのか、そんな疑問すら吹き飛んでしまっていた。
思った以上の状況に、息を飲んでしまう。
そんな中、先に口を開いたのは多加穂だった。
「それで、その子を[[rb:家 > うち]]に泊めると言ってんの? いくらセリアちゃんの親戚の子でも 泊めるのは……」
「私の妹みたいなものなんです。私の借りてる部屋に、住ませていただけませんか?」
それでも腕を組んだまま、多加穂は動かなかった。
考え込んだ表情だが、まるで進展はない。帰ってきてから何も状況は変わっていなかった。
肩を強張らせるセリアに、「う~ん………」と唸っている。
何か別の説得方が欲しかった。でも彼女が何を考えて、何で泊める事を否定しているのかも分からない。
それでは、何を言っても地雷を踏んでしまいかねなかった。
アズマが口を開こうとした途端に、人見知りの美鈴が声を放った。
「おばさんの言いたい事、分かる。でも安心して、私は家出をしたわけじゃない。 セリアがこの国に来る前に来てただけ。 私は、いらない子?」
何処の口から坦々と嘘が出てきたのかと、目を疑いそうになった。
元からポーカーフェイスな感じにしているアズマも、少し眉を動かしているのが見えた。
人見知りで口数の少ない子だったのに、こんなにも話せるとは思わなかった。
話すというよりも、自分の事を一方的に伝えただけなのだけど、それでもビックリした。
「そ、そんな事ないわよ。でも学校はどうするの?」
「大丈夫………私はもう、大学レベルの学力と言語勉強も済ませてる」
「もしかして飛び級!? 凄いやん。歳はいくつなん?」
「14………」
その言葉に全員が固まっていた。
あれ? 私が思っていたのと違う様な気がする。てっきり小学生の高学年に上がるくらいかと思っていたんだけど……
14歳。って事は中学生くらいの歳で、自分の二つ年下。
アズマも何だかおかしいと思ったのか、真横で袖を掴んだまま離さない美鈴の方へと視線を向けていた。
「……それは知らなかったな。俺はてっきり小学生かと」
「アズアズ………失礼な人」
ジト目で睨んでくる美鈴に、アズマもタジタジになっていた。
ギュッと力を入れられ、アズマの腕に引っ付いたままセリアの方へと視線を向ける美鈴。
何だか妙な感覚だった。嫌な気分とメラメラと煮えたぎる様な特殊な感情が心を刺激する。
でもそんな気持ちを押し殺して、微笑みを浮かべた。
「ど、どうした。笑顔が怖いんだが」
言われて直ぐに顔を反らす。セリアが溜め息をした後、美鈴は立ち上がった。
向いに座っている多加穂の方を見て、納得のいった顔でいる。
腕に説得は終わったというような雰囲気だが、まだ彼女は何も言っていない。
「私……アズアズの部屋で寝る」
「「は?」」
アズマとセリアが同時に声を上げると、多加穂はもう何も言わないまま頷いた。
なんか説得しちゃってる美鈴は、づかづかと廊下の方へと向かっていった。
セリアが座ったままでいると、ソファーから腰を上げたアズマは、一言だけ自分の母へと伝える。
家族なら日常茶飯事でも、アズマの場合は違う。家族と離れていた分の隙間は厚く、こんな言葉を出すのも恥ずかしいといった感じだ。
「ありがとう母さん」
笑顔でその言葉を言うと、美鈴を追う様に廊下へと出て行った。
苦労人の父親の様な背中姿に、セリアも困った表情になってしまう。
二人の姿が無くなってから、緊張感も無くなってしまい、肩の力も抜けていた。
明日は学校。休日の終わりもフランスとまったく変わらない気持ちに浸れた。
多加穂は落ち着いた顔で、向いで座っているセリアへと言葉を向ける。
「ねぇ、セリアちゃんも行かなくていいん? 美鈴ちゃんに取られちゃうかもしれんよ~」
「な、何言ってるんですかっ 別に私は、護られているだけの身で、そんな事も考えてませんよ」
「あ~、まだ敬語使ってる。家族なんだから普通に話していいって」
顔を赤くしたセリアに対して、多加穂は話題を変えた。
こっちの言動を見て楽しんでいるような、そんな感じでいる。
深呼吸をして落ち着き直すと、ゴシックロリータのフリルのついたスカートを揺らしながら立ち上がる。
本当に楽しんでいるのか、笑顔の多加穂の方に視線を向けずに言う。
「と、とにかく、私はアズマが誰と付き合って将来誰と けっ、結婚するかなんて興味もないわ」
言うだけ言うと、早足でリビングを出て、廊下を歩いて行った。
セリアの姿を見送り、ソファーに座ったまま、何かを納得した様に頷く。
太陽の光が夕日へと変わろうとする時間。静かな家の中はゆっくりとした時間が過ぎていく。

 朝を迎え、小鳥の鳴き声が校内の至る所で聞こえてくる。
セリア達より早く家を出て、霧坂学園へと来たアズマは仕事を始める前の用務準備室にいた。
外は明るくなりはじめたくらいの明るさで、電気を付けた部屋の中は、蛍光灯の白い光の中で、この仕事で使う服装へと着替え終え、ベンチの上に腰を下ろしたまま少しの時間を過ごしていた。
校章のワッペンが左肩についている特殊なワイシャツに、申し訳程度にネクタイ。
身軽な服装で着心地も普通だ。
目の前に立ったウサ耳フードのコート姿。美鈴がジッと見下ろしてくる。
「校内では大人しくしてほしい」
「パソコンは、ある?」
「この部屋の奥に監視カメラのモニターがある。そこに一台あるはずだけど」
「ありがと……」
てくてくと歩いて行ってしまう。
今まで警備員が居なかったと言っていたわりには、設備は整っている。
ロッカーは10人分はあり、椅子もそうだ。
窓は一つで、ここは二階。生徒達の風紀を見張るのには良い場所だ。
それはそうと、美鈴は一つ無線機を持って行った。職員が使う小型のトランシーバーで、周波数は元々あわせられている。
何かあれば連絡もできるというわけだ。
「馴れないといけないな」
独り言を言うアズマの方をチラリと、一目見てからPCの前のチェアーに座る。
フードを被ったままでいる美鈴は、もうPCを扱っている。
飛び級の天才。彼女はあまり語りたがらない。
共感覚の能力を持ち、14歳にして完璧の頭脳。
組織に狙われている理由も大体わかる。 人見知りなにも、何か原因がありそうだ。
「そういえば、昨日は俺の母さんに向かって よくアレだけ喋れたな」
「………本気、出しただけ。それに、あれは喋ったとは言わない」
確かにそうだな。
一方的に言うべき事を言い放っただけで、コミュニケーションとはいえない。
まぁいい。俺とは話せる理由もいつか教えてもらえるだろう。
今は、この仕事に集中するべき、か。


 日が上がり、部活動生達の朝練が始まる時にはアズマは一度校舎と校庭の見回りを終えて、廊下を歩いて行くとこだった。
迷いそうになる程の構造で、校舎というより要塞といった方が似合う気がした。
太陽の日差しが入ってくる廊下の中を進み、生徒とすれ違う度に、挨拶をされる。
挨拶を返すなど、普通な感じだった。
この学校自体、土足でそのまま上がれる。だから一日生徒達が出歩けば、自然と土や石が校舎中に広がる。
その掃除も生徒達がやるわけだが、込み箱のゴミを回収するのも俺の仕事だ。
長い廊下の向こうから、一人の少女が歩いて来ている。
キリっとした目を向けて、口元は微笑んだまま歩いてきた。
意思操作能力を使う奈央だ。
何故、ここに俺がいるのかの質問も無かった。
まるでそれが普通かのように話しかけてくる。
「図書室空いてる?」
「ああ、さっき空けたばかりだ」
「そ、じゃ またね」
横を通り過ぎながら右手を振り、そのまま歩いて行ってしまう。
他の生徒と違い、挨拶も何も無かったのが気になったが、まぁ いつもの彼女ならそれが普通かもしれない。
校内は全て見回り、地形や部屋の配置を頭の中で整理していく。
一日で憶えられるとは思っていないが、なるべく早く頭に叩き込みたいものだ。
もし、ヤツ等がここまで来る事があれば、安全を確保する手段が必要になる。
考えながらも廊下を歩いて行き、階段を上がっていく。
二階へと向かう階段。一度職員室へと行き、鍵を所定の場所へと置く。
後は夕方まで、校内のパトロールして最後に鍵を閉めて回り、職員と出るだけ。
簡単な仕事だ。

 8時頃になると、忙しなく生徒達が自分の教室へと入って行く。
部活動生達は道具の片づけをして、次々と校舎の中へと移動してくる。
HRが始まる前に、急いでいる人やのんびりと登校している人と様々だ。
そして私も自分の教室で、既に席に付いていた。
クラスの中も生徒達で賑わっていて、会話が飛び交っている。
フランスでは無かった光景に少し驚きだが、とても楽しい。
「おはよっ セリア」
後ろからの唐突の挨拶と同時に、肩にトンっと手を乗せられる。
顔を見せたのは来夢だった。横に出てきて、笑顔でセリアの前に現れる。
元気そうな彼女の顔はいつも通りで、こっちも元気が出てくる気がする。
「おはよう。来夢はいつも元気ね」
「弟の面倒見るには、このくらいの元気がないとね」
眩しい程の笑顔を向けて、鞄を片手に少し前の席へと歩いて行く。
机の上にとすんと鞄を置き、一息ついている様子だった。
動きやすそうなジーンズ姿は様になっている。窓から差し込んでくる朝日に、眩しそうな目をしていた。
辺りの生徒達の会話も弾んでいるせいか、突然の異変に、直ぐに気がついた。
静かになった教室は、一点に視線を向けて、場違いな程の奇抜な服装の男が一人歩いてくる。
このクラスの人じゃないのは確かだ。
来夢はそいつを見て、目を鋭くする。それでも口元は微笑んでいた。
緊張感のある教室の中で、時が動いているのが その二人だけの様に感じる。
「何? まだ用事があるの」
「俺に言うな。俺は只のパシリだ…………お前がこないだボコボコにしてくれたおかげで、上はカンカンだ。昼に東棟4階の角に来い」
「はぁ、アレはアンタ等がカツアゲしてたからでしょ。そんな因縁つけられても迷惑なんだけど」
「俺達も、オマエの様なヤツが迷惑らしい。 とにかく ちゃんと来い。例のアレをバラされたくないならな」
フラフラとしながら教室から出て行く彼は、足を痛めているのか少し動きが遅かった。
何の事だかさっぱりわからなかったけど、物理的喧嘩をしたといった様子。
でも、さっきの会話からすると、来夢が彼等複数を叩きのめして、その借りを返したいって感じ?
弟がいると喧嘩も強くなるのかしら………
セリアが席から立ち上がり、来夢の方へと近寄る。
さっきまでの鋭い目は、いつもの来夢の表情へと戻っていた。
「随分と厳ついお友達ね」
「気にしなくていいよ。ランチが少し遅れるね。 だから昼休みになったら、セリアは先に食堂へ行って席を取っててくれない?」
「そうね。わかった」
頷いて言うと、その姿を見た来夢も笑顔で頷いてくれた。
辺りの生徒達も ほっとしたのか、ざわざわといつもの様に会話が始まる。
まさか、本当にあんな人がいたとは思わなかった。
フランスにいた時も、よくドラマやアニメでああいうのを見た覚えがある。
そう、【フリョーやヤンキー】と呼ばれている人達そのもの。
珍しい物を見れた嬉しさと、半分は気分が悪くなったのだった。
 昼になり、職員達も一息つける時間になった。
授業のあっている時間帯は、ゴミの分別をしていて、昼のチャイムが鳴った後も少しの間、清掃員の手伝いをしていたアズマ。
焼却炉の焦げ臭い匂いと立ち上る煙。多少時間がかかったが、貯めこまれたゴミ達の処分が終わる。
清掃服姿のおじさんも、だいぶ疲れた様子でいた。
殆どの荷物を、この場所へと運んできたわけだが、これだけ広い学園だからか思った以上の量。
付近は焼却炉から出てくる煙の臭いで立ち込めていて、喉がやられそうだ。
マスクをしたおじさんが、こちらへと向いて言葉を投げかけてくれた。
「おう、警備の兄ちゃん。昼だろう? 腹も減ったろうから、先に行きな」
その言葉に一礼だけすると、おじさんはまだ作業を続ける気なのか、焼却炉の方へと視線を向けた。
アズマは校舎の方へと振り返り、吹き込む風に煽られながらも歩き始めた。
寒いとも厚いともいえない温度で、どちらかと言うと ぬるい。
校舎・西棟へと足を運んでいると間、今時 あまり流行らなさそうな格好をしている いかにもな男達が走っていった。
学ランの裾を短くしたり、腰パンなんかして着飾っている系の男子だ。
あの急ぎ用も何だか怪しい感じだったが、警備を任されている身として、一度確認が必要だろう。
タバコなどの注意は本来なら、教師のすべき事だが、仕事は仕事。
 東棟の4階。その角に当たる場所に密集して集まっていた。
普段、空の教室や倉庫などに使われているこの棟の四階に、あまり人が来る事は無い。
そんな場所の角。廊下を通り抜ければ向こうの棟へと行ける。
密集するように集まっていたのは、7人程の不良集団。この学校とは似つかずの姿で、一人の少女を囲んでいた。
黒いジャケットを着て腕組をしている来夢。
辺りを一度見渡して、溜息を吐いた。 少し先に階段が有り。更に二人が駆けあがってきた。
そんな姿を目撃したら、嫌でも誰も上がっては来ないだろう。
彼等に一歩も引かない来夢は、この状況でも冷静でいた。
「するなら早くしてほしいんだけど。あたしもお腹空いたんだから」
「随分余裕だなぁ、噂の能力者さん。何度もやられる程 俺達もバカじゃない。 やられた以上にやり返してやるから、覚悟しろ」
彼が言い終えると、一気に場の空気が張りつめた。
全員が身構えて、誰がどんな動きをするかを視界に入るだけ確認する。
飛びかかる様に駆け込んだ一人の男に対して、来夢は左手を向けた。
ただ向けただけだった。 男の体は浮き上がり、振り払った方向へと飛ばされる。
壁に激突して倒れこむ中、誰も見向きもしない。
二人目が目の前まで接近してきた。振り込まれた右拳を体制を低くしながら顔を反らして交わす。
彼の腹へと思いっきり拳を叩き込むと、次は右からやってきた。
目の前にいる男の腕を左手で掴み、右手を横へと一気に振り込むと、走ってきていた男が払いのけられる。
背中から廊下に倒れて滑って行くのを見て、更に目の前にいる男を手を使わずに弾き飛ばした。
強烈な力で吹き飛んだ男の姿が、遠退いて行く時、後ろから気配を感じる。
この人数だから、誰が回り込んできてもおかしくない。
振り返ろうとすると、背中を蹴られ壁に両手をついてしまう。
更に追い打ちをかけるように、来夢へと近づいてきた男を、睨みつけただけで向いの壁へと貼り付ける。
だがそれまでだった。両脇から腕を掴まれ、二人の膝打ちが腹に叩き込まれた。
痛い。それだけじゃない、反撃ができない。
元々鍛えていたわけでもない体は、普通の女の子そのものだ。
「集中力はずっと続くものじゃない。それに、痛みの中でもその力は使えるか、実験してみるか」
この中のボスであろう長身の男は、一人の男の肩を叩く。
それが合図だったのか、叩かれた男は目の前まで歩いてきた。
両腕はがっしりと掴まれていて身動きをとれない。
思いっきり振りかぶった右拳には、メリケンサックを握っている。
とっさに目を瞑ると、男は来夢に触れずに後ろへと吹き飛ばされた。
廊下に倒れた男の姿が見えた次の瞬間だった。左頬を叩かれ、首を掴まれた。
「一対一とは違うんだ。連続して念力は使えないみたいだな。 流石に女になめられた態度されるのもな、気は引けるが、ヤらせてもらう。 脱がせ………ろ」
目の前で来夢の腕を掴んでいたはずの不良の姿が、唐突に消えた。
いいや、横へと引っ張られたんだ。来夢がその方へ視線をやると、警備服が見える。
腕を背中まで追いやられて、頭を掴まれて壁に強引に叩き付ける。生徒にしていいのかも疑われる行為だが、傷もできない程度の強さだ。
横へと払われる様に、すっと押された男は、自ら倒れこみながら頭を抱えていた。
アズマより頭一つ分は高い身長で対峙する。
「警備員? うちの学校にそんなの」
「今日から配属された。それより、ここで何を………」
最初から言葉など聞いていなかったらしい。アズマの言う事に対して、完全に無視。
一歩を踏み出し、大振りで拳を殴りこむ。その場にいた誰もが、動きを止めている。
勝敗は決まったと思っていた。不意打ちを叩き込み、警備員の情けなく倒れる様を想像していたからだ。
来夢もそうだった。だが実際は違う。
大振りの攻撃は隙だらけで、威力すら軽減する。
少し体を斜めに反らすだけ。たったそれだけで、一撃を回避して相手からがら空きの懐を接近させた。
アズマは彼の右手首を掴んで、相手の踏み込んだ勢いで更に威力を増したであろう背負い投げを仕掛ける。
格闘など習っていない彼は、簡単に足を弾かれ体が宙を舞った。
廊下へと叩き付けられたのと同時に、唖然とする時間さえ与えない。
振り返りながら、素早く来夢の目の前まで来ると、右腕を掴んでいる彼の肩を弱く払うような掌打を繰り出し。
連続して脇腹に腕を弾く。たったそれだけで、来夢の腕を離した。
後ろへと下がる体を更に追い詰める。右腕で彼の肩を押さえつけて壁に叩き付ける。
多数いる彼等は、それを見て凍結した様に固まっていた。
映画でも見ているような一連の動きは、全員を魅了してしまっている。
「お、オマエよくもッ!!」
「よせ…………引くぞ。オマエ等も見ただろ。 コイツ、本当にただの警備員かよ」
立ち上がった彼を近くにいたノースリーブの不良が支えた。
全員が呼吸を取り戻した様に動き始める。
チラチラとアズマの方を見ながらも、通り過ぎていく。
リーダーの言葉に従い、彼等はこの場を去る。
彼の言葉を聞く前に、既に別の棟へと飛び込む様に走って行ったヤツもいた。
アズマも事を済んだのを理解して、男子生徒を解放する。
壁から離れた彼も、睨みつけて着ながらもこの場から遠ざかっていく。
安堵と共に壁に背をつけて、来夢は溜息をした。
目の前にいるアズマの姿は警備員そのものだ。
「アズマ。この学校の警備員になったんだ。 助かったよ」
「俺の母さんが、この学園の理事長なんだ。 それより、さっきの力は………」
「あ、それも見てたんだ。何て言っていいのかな……本当は見られたくなかったんだけど」
作り笑いを向けてくる来夢に気にしない。
何かに怯えている様な顔で見上げてくる。そういう表情で瞳を覗かれるのは好きではなかった。
「ヒーローごっこの事なら気にしないでおく。 それになるべく問題ごとは避けるんだ。怖い目にあっても知らないからな」
「ぁ~、何か あたしが想像してたのと違う反応だね。何でそんな力がぁとか、怖いから近づかないでぇとか そんな事言われると思ったんだけど………あんなの見て あたしの事、怖くないの?」
本当に不思議そうにしている彼女に、思わず首を傾げてしまう。
思わず飛び上がる様な痺れを感じた。緊張状態になった時のそれを似た感覚だ。
何を考えていたのか、能力者を見た時の反応は普通こんな姿じゃない。
今更すぎて何も言えそうになかったが、とにかく言葉を返す事にした。
「来夢は、俺にどう思われたい? そういう話ならセリアの方が好きだ」
「ん……それは知ってるけど、実物とSFじゃ感じ方が違うと思うんだけど」
「そうとも限らない。 かわいい女の子が超能力を使ってても俺は怖くないからな。何故なら実戦経験が無く俊敏性も良くは無い。並以上の運動能力を持っていても、戦地での戦闘や恐怖を味わった者ならそう思うはずだ。力任せに武器や能力だけでは生き残れない。もっとも人間が使っていたはずの格闘。そんな基本的な戦いができないのなら…………」
だらだらと長話が始まっている中、来夢は顔を赤くしていた。
話しなど耳には入ってきていない様子で、アズマの顔を見上げる。
一点に集中しているのは、彼の最初の方の言葉だけだ。
「かわいい、女の子。私が? かわいいの? かわいい女の子////」
アズマが話している最中も、来夢は一切の話を切断。
全て聞き流していた。昼の休み時間は過ぎていく。
始まったばかりの休み時間。空腹の事すら忘れ、この場で止まっていた。
二人が食堂の事を思い出すのは、その数分後の事。
待ちくたびれたセリアも、心配を押さえながらもジッと待っているのだった。
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