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新たな日々

2・Chapter 18

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     柵 梓
――――――――――――
 夜の五徳市もあいかわらずな感じで、力を持つ者が暴れ略奪していく。
街灯で照らされている場所も安全な場所なんてない。
気を抜けば後から襲われ、アビリティーは力を振るう。
皆が逃れる事で手一杯になっているのが、現在の市民の現状だった。
そんな街の中を二人で攻め込んだ。
念動力で投げ込まれたビール瓶をバックステップで回避しながら、両手を広げる
「そーらよっと」
両手を拍手の様に弾いて、路上にいる大人集団を超音撃で吹き飛ばす。
一撃の音を自在に操り相手を倒していくのだった。
俺の後ろでは土筆が放電能力で威嚇しつつ、別のアビリティーの動きを封じる。
「案外ちょろいね。アンタたちまとめて収容所送りだ」
彼等の能力を土筆が防ぎ、俺の力が奴等を叩き飛ばす。
たったそれだけの簡単作業だった。
次第にパトカーのサイレンが聞こえ始めたかと思うと、俺は次の手段に出た。
「土筆塞げっ」
その合図と共に土筆は電磁バリアを自身の周りに形成しながら、両手で耳を塞ぐ。
周囲にいるアビリティー達を目で確認する事なく、空気を吸い込んで一気に声として吐き出した。
大きな声は能力により増大化してコントロール。
まるで狭い空間で音が反響している様な状態になり、ハウリングアタックが周囲のアビリティー達を無力化した。
倒れていく彼等の姿を見て、土筆の方へと振り返る。
「土筆の能力も便利だねっ」
「お陰様でな」
二人でハイタッチをしていると、サイレンの音がどんどん近づいてきている。
ここのアビリティー騒動は聞こえていただろうと思い、直ぐにその場を離れる事にした。
暗がりに隠れながら二人で駆けていく。
これはただの自己満足だ。
自己満足の為に勝手に戦って、勝手に犯罪に手を染めたアビリティー達を倒して回っているだけ。
この自己満足が結果的に、誰かの為になって、アズマ兄さんの為になるならと思った二人の暴走にすぎなかった。
あの時のアズマ兄さんのしていた事を俺達が今しているんだ。
一晩中こんな事で動き回れそうなくらい、楽しく感じた。
いつも楽しい事をしているのに、それ以上に楽しいと思えるのは、俺がおかしいのだろうか?
夜の公園で滑り台に横になって寝ながら、大きく深呼吸をする。
土筆はというとペットボトルに入ったスポーツドリンクを飲みながらベンチに座ってる。
「なぁ土筆~」
「ん?」
目を丸くして俺の方を見ている土筆を一目見てから身体を起こす。
この街はまだまだ騒がしい。いたる場所からパトカーのサイレン、警察が出回っている。
警察だけでなく、この街を駆け回っているアビリティーの人達もだ。
噂だとその高速移動能力の誰かさんは、クイックシルバー顔負けのスピードで犯罪者を蹴散らしたり、負けたりしているんだとか。
まぁ力を手に入れたら、どっちかに分かれるしかないんだけど。
「土筆は家の事で悩んだ事、あるか~?」
「え、いや。無いけど」
「そっかぁ。だったら尚更さ、兄弟仲良くしたがいいよ。頑張れよ土筆」
「そりゃ分かってるけど、全然起きないんじゃ話せやしないし」
グダグダとしている俺達二人にライトの光が襲い掛かる。
前に見た光源レーザーみたいな相手かと身構えてしまうと、どうやら違うみたいだ。
警察官が二人、公園へ入ってきてから俺達にライトを向けていた。
そういや俺達学生だった。
「君達、ここで何をしてるんだ。こんな事態だというのに外出とはな」
「あー、いやオレ大丈夫っすよ」
「何がどう大丈夫なんだ」
「いや~、その」
そうこう言いながら苦笑いで話していると、もう一人の警官が土筆の方へと近づいていく。
ちょーっとだけ嫌な予感がした時には遅かった。
警官が土筆の腕を掴んだ時だった。
緊張していたのか、土筆の周囲から電流が発生する。
「ぬァっ!! コイツ、アビリティーだッ」
「何!?」
ヤバい雰囲気になってきたなと思って、俺が滑り台から飛び降りて土筆に飛びつく。
落ち着かせようと土筆の肩に腕を回してから、へらへらと警官達に話しかける事にした。
「いやいや。俺達別に犯罪とかしてませんし。俺がちょーっと不登校生なだけだし。全然悪い奴じゃないですよ。見てよ俺の顔、めっちゃ可愛いじゃん。犯罪なんてしないって」
ジト目の土筆が俺の方を見て少し呆れていたけど、少しは緊張が和らいだみたいだった。
コントロールできない子ってのは、けっこう大変なんだよね。
小さい頃にそれを経験した事あったし、能力の強い奴はよくある事だ。
「と、とにかく君達は所まで付いてきなさい」
「あれ、俺達もしかして事情聴取的な?」
はははと笑っていると、そのまま俺達二人は彼等警察に身柄を確保されてしまった。
まぁ、こういう事もあるよね。
想定もできていたんだけど、完全に土筆を巻きこんじゃったなぁ。
補導意外は初めてだから、流石に俺も緊張っと。

◆◆◆◆◆◆

    日向
――――――――――――
 夜になったというのに、皆が各自に動き回っている警察達。
俺がいるといえど、街全体の異能力信号を俺一人で荒さがしするというのは、精神崩壊ものだ。
流石に疲れがみえてきた。
使っている地図はピンで穴だらけになりつつある。
そうこうしていると、横からルーテアが顔を覗き込んできた。
「アンタ、早くしなさいよ。まだまだ軽く半分はいるわよ」
「へいへい」
こりゃぁ長い夜になりそうだな。
流石にアビリティーが警察署に乗り込んでくる、何てことは無いだろう。
にしても、捜査一課がこの件に身を乗り出すって事は、そろそろ対策室とかできそうだな。
「手 止まってるわよ」
「わぁかってる!」
誰かが異能力を使ったのを俺の頭が感じながら、それを直感的に地図にピンを押しこんでいく。
集中に集中を重ねて、異能力の反応を見つけ出しては場所を特定していく。
正確な場所とはいえないが、だいたいは当たっているはずだ。
警察達も俺のこの力を頼りにしている感じだった。
「次、香封町よ。異能力者が6から7人」
ルーテアの発言でドタバタと残りの警察官の集団達も出ていってしまう。
こうなると、この場所も偉い人以外はがらりとなって誰も居なくなるものだな。
横から見守る魔夜が唐突に地図を叩く様に手を置く。
「日向もそろそろ限界。休憩させて」
「はぁ? 仕事よ仕事。早く見つけないと」
「休憩させてくれないなら、私達は手をかさない」
魔夜のその一言でルーテアの動きが止まって、ぐぬぬといった表情をしている。
やっぱり魔夜は俺の事をよく見ているなぁ。
ほんと関心するというか、可愛いヤツだ。
「日向、余計な事考えなくていいから、ちゃんと休んで」
「わかってる」
警察署の広いロビーで、わざわざ持ってきていた折り畳みの椅子に腰を下ろす。
誰かが使っていたんだろうけど、誰もいないから使っても大丈夫だろう。
ぐったりと身体も頭も無気力にして休みはじめた。
ゆーっくりぐーったりと数分の間していると、次第に意識が遠くなり始める。
遠くなろうとしていた時に、不意に聞き鳴れている大声が飛んでくる。
「あー!! クソ兄貴!!」
「誰がクソ兄貴だッ」
勢いで立ち上がって叫び返すと、警察官に連れられているアズサに土筆の姿。
おいおい、何でコイツ等が来てるんだ。
「アズサお前、土筆を誑かしただろ」
「は~ッ!? 勝手な判断しるなよボケ住職。髪のある偽坊……痛ってぇッッ」
横から割って入ってきた魔夜がアズサの頭にゲンコツを叩き込んだ。
すげぇ、痛そう。というか実際痛いんだよあれ。
魔夜はいつも通りなクールな顔で俺の方を見てくる。
とりあいず、この場は静かにできたみたいだ。
「で、なんでアズサと土筆が」
二人を連れてきた警察官が、俺の方を向いてから口を開く。
「それが、公園に怪し気にいたこの子達に話しかけたら微弱ながら異能力を使っていたもので」
「土筆が力使ったのは緊張したからだよ。悪く言うなよな」
アズサが話に割って入り、土筆の事を庇っている。
でもまぁ、土筆が悪い事に力を使うとも思えないし問題は無いか。
時間的には補導対象なわけだけど。
アズサ達へ視線を向けてみるが、特にアズサは反省してなさそうだ。
「土筆は多加穂さんに連絡いれておくから帰るんだ」
「え、でも」
「街はこの通りアビリティー騒動だ。危険だから早く帰ったほうがいいだろ」
「俺は兄さんみたいに、街の為に戦いたい!」
これまた面倒な状況というか、街の上空に巨大な渦が出現した時はアズマの事を嫌っていた様に見えていたんだけどな。
どちらにしても心変わりの様な判断で、中学生を戦わせるなんてできるわけねーよ。
それこそ何かあったら、アズマにこっぴどく怒られそうだ。
「駄目だ。アズサには多加穂さんがいるだろ。母親を護るのも息子の仕事だ。護っとかねーと、アズマのヤツ本気で怒るぞ」
俺の言葉に土筆は目を反らす。
あれだけ今までアズマに対して嫌悪をむき出しにしてたのに、いざいなくなるとコレだから子供だよな。
でもまぁ可愛気はある。どっかの弟と違ってな。
アズサの方へ視線を向けると、片目隠れのツリ目が俺の方を睨みつけた。
「何だよボケ兄貴」
「テメーは俺の手伝いだ」
「はぁ!?」
「誰かの為になりたいんだろ。オマエが能力使ってたのは丸わかりだぞ」
睨みつけてくるアズサはぐぬぬと拳を握ってる。
「先祖代々の遺伝的能力だからな」
「何だよ。また俺をコケにしてんのかよ。俺だけその力が遺伝しなかったってさ!」
めんどくせぇ。
ほんとに面倒だなコイツはいっつも。
この事情をだいたい把握している魔夜が、俺と梓の間に入ってわざとらしく咳き込む。
「二人ともおちついて。日向は本当に手伝ってほしいだけだから」
「……俺に?」
「そうよ。私達戦闘能力は皆無だし、この中で唯一戦えるのは梓君だけ。柵家としてお前にも戦ってほしい……ってね」
「そこ声真似しなくていいぞ魔夜」
魔夜の声真似はともかく、説明してくれたおかげで少しは落ち着いてくれたらしい。
ジト目の梓が俺のことを見てから頷く。
何に対して頷いたのかはだいたい分かるが、そこは頷いて返事をするんじゃなくて声で言ってほしいものだが。
つまりはYesって事だな。
「そんじゃ、俺達もチーム結成って感じだな。アズマが目覚めた時に異能力者荒れ放題じゃ嫌だからな。頑張るぞ」
俺達の会話を聞いていた土筆は、少しだけしょんぼりとしているみたいだが、この戦いで土筆を巻き込むわけにはいかないからな。
背を向けて帰っていく姿を視線で見送りながら、俺達も纏りはじめて地図の前に立つ。
テーブルの上に置かれた五徳市の地図を前に、ルーテア、魔夜、梓、そして俺が囲む。
俺は直ぐに異能力の反応を見つける。
「稀有雨区。下町の方だな」
俺が言うとルーテアが直ぐに車の鍵をポシェットから取り出した。
即席のチームにしては、割と良さげな感じになってきたな。
「覆面パトカー一台借りてるから、それを使ってあげましょうか」
「随分上からモノを言う女だな」
「貴方達兄弟はどうして品格が下等生物並なのかしら」
「アァン? 俺の方が可愛いしッ」
駄目だコイツ等。
前言撤回だな。全然良さげなチームじゃねーわ。
片手で頭を押さえながら歩き進んでいくと、魔夜が横をついて来る。
街を崩壊へと進行させているアビリティー達を確保する仕事の開始だ。

◆◆◆◆◆◆

    鞘草 亮
――――――――――――
 少々時間が経過してしまったが、私の体力も万全になりつつあった。
亮と共に移動中のアビリティー二人を追跡している状態だ。
少し離れた陰から彼等を覗き、大通りをどうどうと歩いていく姿が見える。
もはやこの五徳市で外を出歩いている一般市民は居ないのではと思うくらい、車の通りは無かった。
そんな暗い場所でディーンが話しかけてくる。
「隙をつくらないとダメだが、二人というのが厄介だな。私一人ではメラニー一人を気絶させるまでで速さが足りない」
「俺が出るとノーマンに体を操られてしまってアウト、かぁ」
どうも前進できずに戸惑っている状況だった。
でもこのまま動かないわけにもいかない。
あのパペット野郎の力で動きを封じられて操られない方法が有ればいいのだが、現状無さそうだ。
「いや、一つ方法があるかもしれない」
「……聞かせてくれ」
「俺の能力は超音波による空間把握なわけだが、この超音波を極限まで使えば、おそらく周囲の物体が振動で崩壊するくらいにはできる。それを奴にぶつければ、ノーマンが力を使う前に怯ませられるかもしれない」
使った事のないやり方だが、やってみる価値は有りそうに感じた。
ここでグダグダを時間をかけながら動かないよりは、一か八か飛び出る方を俺は選びたかった。
こうしている間にもアビリティー達は暴れている。
早くアイツを確保して、次のヤツを捕えないとだめだ。
「亮、やってみよう。私がメラニーの方を気絶させる時が、絶好のタイミングだな」
「だな。頼むよディーン」
さっそく俺が奴等の後ろから突撃していく。
建物の暗がりから飛び出て、ノーマンとメラニーの歩いている方向へと急接近。
そして銃を取り出しながら構えた時だった。
ノーマンが気が付き、振り返りながらメラニーの能力を使う。
大気が操られて、突風が出現したのと同時にディーンが超高速で俺の体を動かす。
違う位置にオレを置いてから、後は黄色い雷でも移動していったかのようにメラニーへとディーンの一撃のパンチが直撃。
メラニーが殴られて、意識を失くし倒れこんでいる様をノーマンが確認しようとした瞬間だった。
奴は方向転換するディーンを操ろうとしたが、俺の能力を前回に吐き出す。
頭が潰れそうなくらいの超音波を出して、その方向をコントロール。
その圏内に入ったノーマンが、身体の異常に気付いた。
「ぬゥおァァァ」
そう思った時だった。
俺の能力が途切れる。
いいや、途切れたのではなく、コントロールしている超音波の方向を変えられた。
ノーマンの方へと接近していく超高速のディーンに向かって直撃。
まさか、俺は奴に操られてしまったのか!?
「残念だったね君達。よくもボクのメラニーに……」
まずいな。
操られているのに痛みと意識は直結しているんだ。
頭が、酷く痛むのに力を止める事ができない。
超音波に包まれているディーンも、完全に動きを封じされたみたいだ。
彼女の右腕につけているリングが震動で揺れている。
このまま肉体に直接この超音波を浴びせていたら、まずいぞ。
だが、俺には何もできなかった。
ノーマンの意思一つで、俺の能力の上げ下げは簡単にされてしまうんだ。
「それじゃぁ、ちょこまかと邪魔なこの子から先に逝ってもらおうか」
彼がそう言った時だった。
少し遠くから猛スピードで走ってくる車のエンジンとタイヤの摩擦音が聞こえてくる。
俺の視界にはそれが映っていた。
赤いランプ付きの覆面パトカーが一台。
圧倒的な速さで爆走してくる。
それも、ノーマン目がけてだ。
焦った彼の表情が見えた途端に、俺の動きの制限が解放された。
自分の力が止まったのとほぼ同じタイミングで、ノーマンが横へと身体を飛び退けた。
車は凄まじく高いブレーキ音を鳴り起こしながらスピン。
解放されたディーンはそのまま立ち呆けていた。
「な、何なんだ」
俺の独り言などお構いなしに、車から飛び出てきた一人の高校生くらいの男子。
ノーマンは俺の体を再び操り銃をその子へと向けさせようとした時だった。
銃口を彼の方へと移動させている間に、その男子が両手を叩いて拍手をした音が爆音へと変わりノーマンを吹き飛ばす。
それと同時に俺は再び解放された。
クソ、そんなに俺は操りやすいのか。
「兄貴今だって早くしろよーっ」
「はいはいッ」
車から降りてきた坊さん姿の男性は、前に俺も見覚えがあるぞ。
確か、シェンリュグランドホテルで……
そうこう考えていると、ノーマンが尻もちをついたまま手を彼等へと向けた。
向けただけで何も起きずに坊さんの彼が歩き寄っていく。
「残念だが、俺の力は他者能力の抑制も可能なんだ。だからさっさと掴まれ」
そう言いながら彼は取り出した道具。
アビリティーの力を抑制する麻酔効果と、特殊周波数を皮膚から送り込む手錠を彼の手首に装着する。
あっという間すぎて何がなんだか分からなかった。
けど、直ぐに車からもう一人の女性が降りてくると、俺の方へと向かってきた。
署内で協力中のアビリティー。ルーテア・ショーウ。
「お仕事お疲れ様。よかったわね貴方達、私達が来てなかったらどうなっていたか」
「まぁ俺達だけだと大気を操られて危なかったからな」
彼等、すごい馴れ馴れしいというか緊張感が無い。
少し呆れ気味のディーンが尻尾を下に下げて溜息をついている。
まぁ確保できたから一件落着なのか。
それにしてもこの人数。もう一人車に乗ってるみたいだけど、アビリティーチームって感じだな。
それも見覚えのある奴等の集まり。
「助かった。ノーマンはとても厄介だった」
ふとメラニーの倒れていた方へと視線をやると、そこには既にメラニーの姿が無くなっていた。
ディーンの方を見て見るが、目を丸くして首を傾げている。
全員がノーマンの方に集中している間に逃げたのか。
操られていたとはいえ、アビリティー収容施設に入れられていた一人でもある。
捕えて元の場所に戻すのが今の俺達にとっては一番だろう。

◆◆◆◆◆◆

    エルディー
―――――――――――――
 俺は移動していた。郷間との共闘で凄まじい速さで片付いていく。
無線機から聞こえるジャニスの情報から、力を乱用し暴れているアビリティーの元へと駆けつけた。
夜だというのにパーティー騒ぎみたいだ。
俺が走ってきた時のソニックブームに皆が気づき、視線をこっちへと向けてくる。
「君達暴れたりないのは分かるけど、犯罪は犯罪だ。掴まってもらうよ」
長髪をする様に余計なセリフを言っていると、無線機からジャニスの声が聞こえてきた。
『細身のロン毛君がいるだろう。彼がアビリティーだ』
それを聞いて真っ先に飛び込んだ。
自分の力を最大に使って移動していくと、唐突に足場のアスファルトがぐにゃりと液状化して動く。
どうにかそれを回避して、遠回りする様に周りの奴等をタックルで跳ね除ける。
アイツの力はアスファルトを操るのだろうか?
正面から一直線に突き進もうとすると、彼の手前でアスファルトの壁が出来上がった。
さっきまで液状化していたのに一瞬にして硬化している。
俺の拳がそのアスファルトの壁に衝突した。
「いったィ……」
周りから彼の仲間が迫ってきたが、郷間がそれを一人に一発で跳ね除けていく。
普通の人間相手ならすぐ終わっちゃうよね。
横から逃げようとしているアビリティーを俺は負った。
超高速で移動していくと、再び壁が組み上げられる。
今回少し変な感じがしたと思うと、一瞬にして俺の周りがアスファルトによって囲まれた。
「これなら脱出できねーだろッ」
壁に囲まれた俺は、いつも通り壁を駆け上がり、身体が落ちるよりも速く足を移動させて走ってみせる。
簡単に壁から脱出して、彼の顔面を軽く殴った。
加速していたからか、頬に直撃した彼は後へと押され横転する。
倒れた彼を見ながら言う。
「もういいだろう。悪いけど捕まえさせてもらうよ」
「へッ それはどうかな?」
不適に笑う彼の姿を見て、嫌な予感はしたがその予感を回避する事はできなかった。
足元からアスファルトが液状化して絡みついてきた。
数秒もかからずに固まり、足が完全に動けなくなる。
「どうだ俺の力はよ!!」
おもいっきり顔面を殴られて怯んでいると、次のパンチが来たのが見えた。
足が動かせなくても、俺の時間は世界そのものがスーパースローと同じに見えるんだ。
そのスーパースローの中で普通に彼の拳を掴んでから捻る。
それこそ、赤子の手を捻る様に簡単な動作だった。
情けない叫び声をあげた彼が俺から離れると、郷間が走ってくる。
あの勢いはタックルだな。
猛烈な勢いで185cmの郷間が能力を使いながら飛び込んでくる。
それを見て彼は闘牛士にでもなったように、よろよろと回避した。
「大丈夫かエルディー」
「アスファルトで脚が動かせない」
「コイツは任せろ」
そう言った途端だった。アスファルトが波の様に動き、液体でもい硬化した状態で郷間の足場をぐにぐにゃにする。
バランスを崩して倒れかける郷間を彼は蹴り飛ばした。
くそ、どうすればいい。
『エルディー君。[[rb:土瀝青 > どれきせい]]は熱によって液体になる。国によっては熱でアスファルトが歪んだのを目にした事はないかい?』
「熱。でもセリアはいない」
セリアは丁度さっき、俺達がここに来る前に事件に巻き込まれた親子を安全なところに誘導していたからだ。
ここには俺と郷間しかいない。
そして熱を放つ事のできる郷間は交戦中だ。
次々とアスファルトの壁を創り盾として使い、郷間はそれを拳で粉砕していく。
『エルディー。ファストパワーには粒子を生成し操る力が備わっている。君も体から粒子を出していたはずだ』
「……でも、どうやれば」
『君の体の表面を粒子が覆えば、後は超振動を起こすことで熱がうまれる』
言われた通りに、アスファルトで埋まっている自分の脚に力を集中させた。
超振動を起こすが反応は無い。
密接している状態だと通り抜ける事も不可能だ。
「ダメだ、できない」
『エルディー。君は成長したいのだろう?』
急に何を言い出すかと思うと、ジャニスは冷静な声でそう言ってきた。
『誰かを護る為に力を使い、戦って護りたい。だから強くなりたい。なら私の声をよく聞くんだ』
よく分からないけど、彼の言っている事は正しいと感じた。
俺は確かに誰かを助けたいし、護りたい。
でもその力はまだまだ遠くで近づけない。だから強くなりたい。
言われた俺は、ジャニスの声に集中する事にした。
目を閉じて力は脚にだけ集中させる。
『足に力を感じるだろう。君はいつものように走っている中でに大地や空気を感じていたはずだ。リラックスしたまま飛び出す自分の力は、どの物質よりも速くやがて細胞全てが粒子と同じ速さへと到達する。それができると感じた瞬間に、君は君の歩む世界も時間も、コントロールできる。やってみせてくれ……』
落ち着いた感情の中で何かがおこった気がした。
言葉全てが自分の体の中の力を呼び起こしているような。
体中から出てくる粒子の流れや動きが分かり始めて、自身の体内の中へと吸収させていく。
細胞一つ一つを粒子同等の速さで動かそうと思った時だった。
自分の力で、摩擦熱を越える超温度を放ちアスファルトを一瞬で溶かしてしまう。
今ならなんでもやれる気がした。
俺の方を見た奴が何重もの壁を作り出したのを見て、俺は駆けだす。
誰よりも速く、その世界を駆け抜け。
正面に現れた壁も恐れるに足りない事に気が付く。
全身が発達していく細胞とエネルギーに満ちて、アスファルトの壁を全て通り抜けて渾身の一撃を彼へとおみまいした。
衝撃音が鳴り響き、彼の体が宙を舞い身軽な人形が放り投げられたかの如く倒れこんだ。
数本歯が折れたのか、倒れこんだ彼の近くに三本程 人の歯が散らばっている。
「やった……やったよジャニス!」
無線機の向こうで安堵の溜息が聞こえてきた。
俺の姿を見た郷間が俺の肩に手を置いた。
「やるじゃねぇか」
何とか倒したアビリティーの彼の方へと、俺は足を運んだ。
意識の無い彼を持ち上げてから肩に乗せて立ち上がる。
このまま五徳市の中の暴れまわっているアビリティー達を全て確保する。
皆がより良い暮らしを送れる様に、この戦いを全て終わらせたい。
そう……ファスタードゥルゴーイとの最後の戦いも、もう近いはずだ。
この事態を起こした全ての元凶。
やるしかないんだ。

◆◆◆◆◆◆

 全ては計画通りに事が進んでいる。
私は全てをやり終えた。実験も研究も成果も、そして重要な彼の育成も終わったに等しい。
彼等のアジトの中で、部屋の中心から辺りを見渡しアタッシュケースを開いている時だった。
上で物音が聞こえてきて、誰がいるのかが分かる。
美鈴と東条刑事。
パトカーから降りて一息ついている東条と、この場に戻ってきた美鈴だ。
「刑事さん。私も中で無線機を取りに行くけど……何か、いる?」
「そうだな。残りのアビリティーに使えそうな武器だな。テイザーガンとか」
「わかった」
返事を返してから、とたとたと倉庫へと上がっていく美鈴の姿を見ている東条。
パトカーの無線から呼び出しが鳴って、運転席へと振り返り近づいていく。
地下への鍵を認証コードを打ち込んでから、美鈴は階段を駆け下りてきた。
そう、ものすごく悪いタイミングだった。
いいや、私にとってはジャストタイミングか。
「ジャニジャニ?」
いつものあだ名で呼んでくる美鈴と、モニターにはエルディーが戦いに勝利を収めて直ぐのところだ。
ヘッドセットを外して、私はテーブルへとそれを置いた。
「エルディー達のサポート、してくれての? ありがと……」
アタッシュケースを開いたまま、私は振り返る。
彼女のその視線は、やはりそっちへと向いていた。
私の使っているアタッシュケースには、リプターから得たファストパワーのエネルギーカプセルと私の使っているコスチュームが入っている。
嫌でも分かってしまうだろう。
「やっぱり、貴女……だったの。ファスタードゥルゴーイ」
妙に口元がニヤけてしまう。
私が笑いながら小柄の彼女の方へと視線を向けた。
隠す必要のなくなった頭の上の癖のある毛を動かして、猫耳だとハッキリと見せる。
「最初からずっと感づいていただろう。正直、君の存在はうっとおしかったよ」
灰色の光が一瞬の間に瞬き移動し、いつものファスタードゥルゴーイが黒目に赤い瞳を美鈴へ向ける。
全てが計画通りなんだ。
この私の思い描いたシナリオ通り。
人間は同じグループの中で生活を共にしていたりすると、疑っている相手にも徐々に隙を見せたり、気を緩めてしまうものだ。
美鈴君は、タイミング良く私の目の前に現れた。
スーパースロー空間の中を灰色の粒子を散しながら、美鈴の首を右手で掴み上げて壁へ叩き付けた。
彼女からすると一瞬の事だったが、一瞬だめ目を閉じて私を見つめてくる。
《どうした。怖がらないのか?》
声帯を揺らした独特なボイスチェンジャーで話しかけてみるが、彼女は怖がっている様子も無く睨みつけていた。
まぁ、この状況ならどうなるかも分かるだろう。
「その必要が、ない」
《そうか。なら、君を最終曲面へ招待してあげようではないか》
私達の騒動が聞こえたのか、階段から急いで駆け下がってくる足音が聞こえる。
下がってきた東条が銃を取り出したが、もう遅い。
「美鈴、どうなってるんだ!」
「私の事は、いい。エルディー達を、助けてあげて。ジャニスを皆で倒すの……」
《ショーの始まりだ》
音速を越えたスピードで美鈴とアタッシュケースを掴み上げ、部屋にある小道具を体で叩き飛ばしながら階段へと移動する。
東条の体を弾き飛ばし、一瞬でその場を後にした。
超高速の風を切る音が聞こえた時には、東条は地下室で一人倒れこんでしまう。
電流が辺りの物質に流れ移動する光景の中で、一人呆然と取り残された。
東条は少しの間動けなくなり、辺りを見渡す。
今の一瞬の出来事が、本当の始まりで終わりの合図。
最後の戦いの幕開けだった。
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