上 下
45 / 50
新たな日々

2・Chapter 19

しおりを挟む
 連絡を受けた俺達は、0ポイントと名付けた例の地下室。アジトへと駆けつけた。
無残に荒らされている室内は、まるで嵐の巻き起こす強風が通り過ぎた様にすら見えた。
そんな荒らされた地下室の中に入ってみると、東条刑事が唖然と立っている。
俺と郷間、セリアが次々と階段から降りてくると東条がため息をつきながら俺達の方を見て一度視線を反らす。
「すまん。美鈴が連れ浚われちまった」
もっとも速く反応したのはセリアだった。
凄い形相になっているのは、同じ屋根の下で暮らしているからだろう。
まるで姉妹同然なんだ。
「浚われたって、誰に?」
「ファスタードゥルゴーイ。ジャニス・カリバンだ……」
美鈴が最初から怪しんでいた人物の名前だった。
つい数時間前まで、俺達のサポートをしていた彼が、まさかこのタイミングで正体を明かすなんて思っても居なかった。
第一、もしかしたら正体は違う人物かもしれないとまで思い始めていたのは、忙しくなった今が彼にとって一番丁度いいタイミングだったのだろう。
「完全に隙を突かれた。早く探し出さないと」
慌てているのに、次に何をすればいいのかが分からない。
ジャニスは何処に行ったんだ。
同じファスターが連れ去らったのだから、距離と時間にほぼ限界は無い。
俺達がここに来た時にはだいぶ時間は経過していた。
探す手立ては無かった。
色々考えていると郷間が俺達の思考を断ち切ろうと口を開く。
「待て、ひとまず全員休憩しろ。疲れたままの思考じゃろくな判断もできねぇだろ」
「休憩している暇なんて俺達には無いだろ!」
つい怒鳴り声を上げてしまった。
ストレスからか? 怒りからか?
俺をこの道へと、運命へと運びこんでくれたのは美鈴だった。
だから尚更、俺は彼女には恩が有るし、それで……
「いいえ。私たちは休まなきゃだめだと思うわ。ちゃんと休んで、明日また集まりましょう?」
明日と言っているけど、明日は学校があるはずだと考えているところでセリアがスマートフォンを取り出す。
そこには学校の公式サイトからの速報が書かれていた。
「学校は一週間程休校。こんな事態だったのだからあたりまえね」
俺達の動きで、大半のアビリティーは捕まえる事ができたらしい。
他にも警察側で動いているアビリティーも居たらしいけど、やっとゆっくりできるかと思ったらこの状況。
それでも今夜を寝ないと、身体に響く事だろう。
セリアは冷静を装っているみたいだけど、絶対に違う。
いつもより表情が硬く、何かを考えている様な気がする。
俺も今日は休憩する事にした。
「そうだな。わかった……何かいい方法が浮かんだら、明日にでも話すよ」
そう言いながら近くに置いてあるソファーへと腰を下ろした。
もう皆もフラフラだった。
郷間は慣れない救助活動に、セリアは能力を使った実戦。
東条さん達も皆が疲れている。
この部屋から二人三人と上へ出ていき、俺一人になった。
悪い予感もしている。
まるで、父さんが行方不明になったあの日の様な感覚だ。
自分の傍から、何かが欠けていくような。
自分でなんとかしないといけない。俺の力で全てを正したい。
そう思いながら倉庫へと上がり、ドアを閉めて家の方へと向かった。
アジトに戻ってきた時には気が付かなかったけど、外れたドアが修理されている。
鍵は開いていて、中へと入ってみると、玄関に靴が有る。
急いでブーツを脱いで床へ上がる。奥にある母の部屋の方へから明かりが廊下まで広がっている。
ゆっくりとその部屋を覗いてみると、椅子に座っている母の姿があった。
「母さん……?」
「あ、おかえりエルディー」
「今日帰ったんだ。ドア外れてたはずなんだけど……」
「あの子が来たのよ。だから急いで帰ってきて」
母は少し切ない表情で、何かを思い返している様にも見えた。
あの子というのは、もしかして
そう考えていると母は俺を見て笑顔になって笑っていた。
「やっぱり貴方だったのね。五徳市で動き回っている青い流星。ヴィテスだったかな?」
そう言われてから思い出した。
今の俺の服装は戦闘用のコスチュームだ。
母が帰ってきているとは思わなくて、そのまま確認しに来てしまった。
「あ、えっと」
「いいのよ。貴方が良い事だと思う事を真っ直ぐにやっている事は、きっと良い事に繋がるから」
「うん……」
何と返していいか分からないし、妙に恥ずかしい気持ちになった。
「あの子の話なんだけど、ライティエナが……貴方の姉が現れたの」
俺の目の前に現れたあの人物だ。
黒いライダージャケットに赤色の髪。あの鋭い目は今でも憶えている。
凄く俺を憎んでいる様な、そんな目だった。
「ずっと隠していてごめんね。エルディーが物心がつく前に、姉のライティエナはロシアのムゥレン家に引き渡したのよ」
「どうして?」
「うちの家系は、女性が権力を握る名門の一家だった。私が外に出たせいで、私の両親はお怒りでね。生まれたライティエナの親権を渡す様に言われて」
本人が言っていたムゥレン家の娘というのは本当だったということか。
でもそれがどうして俺を狙ってくる理由になるんだ。
訳が分からない。
「きっとあの子、お母さん達に酷くキツイ育て方されたのね。だから、幸せそうにしている貴方を殺したいとも言っていた」
「そう言われても、俺は死ぬ気は無いよ」
「それでいいわ。できる事なら、ライティエナとも一緒に暮らす未来が欲しかったな……」
「姉さんの件は今後どうするか決めるよ。あの性格じゃ、たぶん不意打ちはしないと思うから」
俺が見たライティエナの感じは、正々堂々と真向から力をぶつけたいタイプの女性だ。
だから後から刺す様な事はしない気がする。
気がしているだけなんだけどね。
「母さんはゆっくりしててよ。俺は明日もする事があるから」
「うん」
俺はそう言ってから階段を上がっていく。
ここから先が地獄の道となるか苦難の道となるか、どちらにしても俺にとってはとてつもなくキツイ未来が待っているだろう。
家族問題はともかく、ファスタードゥルゴーイ。ジャニスとの戦いもだ。
最近、スイフトからの交信一切来ない。
だが、ジャニスがこの時間軸に多大な影響を与えているのは間違いない事だった。
ここで誰かが止めないと、時空間変動の影響で多次元にまで何かが起こってしまっては遅い。
いいや。もしかしたら、もう何かが起こっているのかもしれない。
だからスイフトが出てこないのというのも考えられる事だ。
深く考えるだけ無駄な事か。
自室へと戻って、一日の終わりを感じて着替えてからベッドへと寝転ぶ。
もう、何も食べなくてもよさそうだ。

 朝にいつも通り目が覚めた。
凄く深い眠りについていた気がする。夢を見ていたかすら分からなかった。
きっと何か見ていたんだろうけど、目が覚めた途端に憶えていない。
体を起こしてダルイ身体は中々動かしずらく感じる。
ベッドから脚を下ろして、そのまま立ち上がって窓の方へと歩き近づく。
早くアジトへ行かないといけないのに、ほんとに力が入らない。
「そっか、昨日の朝から何も食べてなかった」
ドアを開いて階段の方へと向かい下へと降りていく。
キッチンの冷蔵庫へと歩き進み、中をあさって食べられる物を取り出す。
昨日の朝からの余り物にラップをあっけた皿を取り出して、レンジを使わずに力を使った。
数秒で暖まり、食べれる程度の熱量になったのを確認しながら数秒で食べ終える。
味わうというよりは呑込む感じだ。
でも時間は無い。
そんな姿を見ていたのか、母がキッチンに顔を覗かせる。
「何か作らなくていい?」
「だったら、パンをお願いするよ」
「えっと、美鈴ちゃんだったかな。あの子はおにぎりが好きだったけど」
「昨日 敵に浚われた」
「そう、なんだ。でもあまり切羽詰らないでね。時にはゆっくりじゃないと」
そう言われても、上手く速さをコントロールなんてできない。
この速さは有効活用しないといけない気がするんだ。
そして、方法は一つだけ有るかもしれなかった。
私服に着替えてから直ぐに外へと出て、倉庫へと入り地下室へと向かう。
認証コードを打ち込んで下へと降りていくと直ぐに気づいた。
けっこうな人数がこの場所に集まっている。
東条刑事に相方の人に、ディーン。
坊さんとチャライ感じの高校生?
「えっと……」
東条さんが俺の方へと向き返る。
「すまんすまん。このままじゃ根源を倒すのに不利だろうと思ってな。俺が連れてきた」
「警察署直属のアビリティー専門エージェントのルーテア・ショーウよ。以後お見知りおきを」
そう言ってきたのは警察というにしては、服装がだいぶ個性的な感じだ。
少し頭を下げてから奥へと進もうとすると、唐突に長い前髪で左目を隠している男子に手を取られた。
「カッコいいねぇ 赤毛男子か~。オレは柵 梓。アズサっちとか呼んでくれると嬉しいな。よかったらランチとかどう?」
「どけバカ弟。俺は柵 日向だ。五徳市の異能力者を監視抑制する立ち位置にある。よろしくっ」
アズサの髪の毛を引っ張っている日向は俺と同じくらいの背丈で、爽やかな雰囲気で笑ってきた。
ほんと新顔が多いというか、驚いたな。
日向の事は前に美鈴から聞いたことがあったっけ。
セリアと一緒にもう一人いるけど、知り合いで仲間なのだろう。
俺が今重要としているのは自己紹介なんかじゃない。
「色々考えて、一つだけジャニスを追う事ができそうな方法を見つけた」
「何ィ!? で、それはどうやんだ」
一番驚いていたのは東条さんだった。
それもそのはずだ。目の前で美鈴を浚われて、何処に向かったのかも分からないジャニスの居場所を特定するのだから。
俺はPCを起動させてから荒らされている器具の一つをテーブルへ置いてから、ディーンの方へと向く。
「ディーンが腕に付けられたリングは奴から付けられたもので、この世界の周波数で振動させても透過ができない可能性の一つとしては、ソレはこちら側の世界の物質じゃないかもしれない」
そう言うと、ディーンが右腕に装着されているリングに目を移動させた。
実際にそれを外そうと透過で通り抜けようとしたが、ディーンは外す事ができなかった。
「数多に存在する別世界の似た物質でも周波数が違う事があるはずだ。そこで、ファスタードゥルゴーイが特殊なガントレッドを付けていたのを思い出した。同じ世界の物質なら、共振周波数で位置が特定できるはずだ」
俺が言っている事に、周りの人達全員があまりに反応が薄かった。
いつもだった美鈴が分かってくれそうな事だけど。
全員に視線を移動させていくけど、やっぱり分かっていない様子だった。
「つまり、ディーンのそのリングを使ってジャニスを探し当てる事ができる」
「「「そういうことか」」」
声を合わせて言う男性陣営に、俺が頷くとそこに郷間がいない事に気が付く。
辺りを見渡してみれば、ソファーに横になって眠っていた。
まぁ、寝ていても支障は無いから休憩してもらっておこうかな。
次に俺はディーンの方へと近づいていく、すると彼女が言った。
「でもコレは外せなくて……」
「俺なら外せる」
ゆっくりとリングへと触れて、その物体の振動周波数を探っていき、ファストパワーに身を任せていく。
体の中で細胞一つ一つを振動させてその物体の周波数に合わせ、こっち側の周波数と交互に変えてタイミングを計る。
次の瞬間、一振りの手がディーンの腕から通り抜けてリングを弾き落とした。
どうにか成功だ。
床に落ちたリングを拾い上げる。
「エルディーお前、一日でそこまで成長したのか……」
「力の使い方をジャニスに教わった」
何故ジャニスが俺にファストパワーの新たな使い方を教えたのか、それは分からなかった。
ジャニスにとって俺は邪魔な存在ではないのだろうか。
とにかく奴の居場所を調べる為に俺は作業へ移る事にした。
街全体のマップがPC上に表示されて、俺はデスクに向かい合う。
「場所が分かった。中央区にあるスタウト社の所有している廃倉庫」
俺が言うと全員が身構えた。
郷間が瞼を上げて急に体を起こす。
これが最終決戦になるのだろうか?
俺が立ち上がると、セリアから腕を掴まれた。
「私達全員で行くわよ。一人じゃ駄目」
セリアはそう言いながら仲間達へと視線を送る。
確かにそれは言う通りだけど……
「俺と郷間とディーンだけで大丈夫なはずだよ」
「駄目よ。私達がやらないといけないの」
辺りを見て見れば、ここにいる全員が引き下がるつもりはなさそうだった。
きっと何を言って聞かせても、構わずついて来る感じだ。
俺はセリアの方を見てから頷く。
ここにいる全員で、ファスタードゥルゴーイの居る場所へと向かう。
五徳市の上空に広がっている異空間に繋がるワームホールの下で、俺達は進んだ。
思えば、長い様で物凄く短い時間だった。
俺がファストパワーの力を手に入れて、二ヶ月ちょっとくらいだろうか。
それまでは、生まれながらに持っていた異能力を使い、日々アビリティーによる犯罪者を倒し続けていた。
頑丈な身体だけは、この力によって恵まれていたと思う。
誰かを助けるのに俺の体は身代わりになるくらいには、有効に扱えていた。
東条刑事と関わり、セリアが仲間に加わり、そしてこの力が突如俺の中に入り込んだ。
スイフトが接触してきたあの日だ。
突如ジャニスが現れて、ファストパワーを使ったアビリティーとの戦いにも慣れはじめ。
色々な方法で敵を倒してきた。
思えば俺はいつもボロボロだったな。
ディーンとの戦いもその内の一つだ。
今ではこうやって仲間になっていて、共通の敵に立ち向かっている。
そして俺達は、ジャニスのいる廃倉庫の土地の中へと足を踏み入れた。
「異能力なら俺の力で抑制できるはずだ。その瞬間に全員で攻撃だ」
日向が仕切りながら言って見せると、その土地の中に一人の女性が横断してくる。
さっきまで居なかった場所に突如現れた長い赤毛の女性。
ライティエナ姉さんだ。
俺を睨みつけているあたり、やっぱりだけど狙いは俺一人。
「皆は先に行って、この人は俺が戦わないといけないから」
「自信があるのね……私の感じた痛みをアンタにも味あわせてあげる」
「さぁ、皆は早く行って」
言い終えると駆け出した。
全員がスローで動いている中で、俺とライティエナは超高速で接近して拳を交える。
ぶつかる拳は互いに互角の威力。
俺の二発目の攻撃をライティエナは腕を使い、外側へと払い、膝撃ち。
腹部へとぶつけられ後へ下がると、片腕を掴まれて強引に押されながら拳を胸部へぶつけられた。
ゆっくりと進んでいく仲間達の姿を他所に、二人は超高速で戦いを繰り広げる。
人間の倍の速度で戦いは続き、ライティエナのパワーに押され始めた。
相手の回し蹴りに対して、俺は脚を振り上げてその脚を蹴り上げ、動きの鈍ったライティエナに一撃の蹴り。
正面へと押してから、怯んだのを見て再び攻撃をしかけようと接近するが直ぐに腕を使って身体を押さえつけられた。
パワーで圧倒的に押し込まれて倉庫の壁へと衝突する。
「どうしたエルディー。私の力はアンタとは本質が違う」
「くっ……」
スーパースロー空間から脱出した俺達は睨み合う間に、皆は倉庫の中へと入っていく。
それを確認してから、正面にある頭へと自分の頭を思いっきり振り下ろす。
俺を抑え込んでいた彼女の腕が緩み、強い衝撃と共に予想外の攻撃で押し通す。
頭同士がぶつかった痛みがお互いに伝わり、ライティエナは後へと一気に下がった。
その瞬間に俺はファストパワーで限界ギリギリの速さを引き出す。
右手を前へと押し出して、掌打を彼女の腹の少し上辺りへと叩き込んだ。
直撃と同時に、彼女の体が後へと吹き飛ぶ。
地面へと転がる姿を見ながら、俺は歩み寄っていく。
「姉さんアンタに構っている暇は無いんだよ。俺の仲間の生死がかかってるんだ」
「苦しむ姿が見れるなら、そんな事どうだっていいわね」
ニヤリと微笑む彼女の姿を見ていると、本当に俺の人生を破壊したいのだというのが分かる。
そこまでして、俺を苦しめたからどうなるわけでもないのに。
「姉さんがどんな環境で生きてきたかなんて知らないけど、それを別の誰かに当り散らすのは間違いだ」
「うるさいッ!!」
凄まじいパワーとスピードで俺の肩を掴まれ、再び壁に押さえつけられた。
どこからこんな怪力と速さが出ているのか、それも謎だが、時間切れがくるのも俺は知っている。
肩を掴んでいるは簡単に振りほどける。
内側から両腕を使って、彼女の腕を払いながら俺が両腕を掴んだ。
「そんな力が有るのに、力を使い続ける事自体が間違っているんだ。俺の姉なんだったら目を覚ましてくれよ」
「アンタが普通の家で幸せそうに暮らしていたのが憎いんだよ!! 母さんに捨てられなかったアンタには分からないだろう!?」
「母さんは自分の子を捨てる様な人じゃない!」
身動きを取れないライティエナの脇腹へと蹴りを叩き込み両腕を離す。
横へとよろけた姿を目で追うと、彼女は走り始め俺も負った。
短い時間の中をひたすらに長い時間に感じる空間の中でぶつかる。
互いの腕が重なり合って尚、どちらも引かずに押し続けると唐突に振り払う。
俺が拳を振るおうとしたが、それよりも早く俺の体にに一撃のパンチが叩き込まれた。
「うッ」
高速状態から離脱させられ地面に倒れ伏せる。
ゆっくりと迫ってきたライティエナが、俺の肩を掴み少し持ち上げた。
「無様ねぇ~。私はそんな姿が見たかったのよ」
「姉さん。無様なのはそっちだよ」
「……はぁ?」
ライティエナはその後に気が付いた様だ。
さっき俺が拳を叩き込まれた瞬間に、アビリティーの異能力を制御する手錠を彼女の右手首に付けたんだ。
自分の右手首を見てから、怒りの表情を露わにしたけど、俺の力には届く事のない普通のパンチが繰り出される。
体を起こして彼女の拳を掴み受け止めた。
どうやら能力は使えない様だ。
一発の高速タックルをぶつけて、彼女の体は軽々と地面に横転する。
「俺の勝ちだね姉さん」
そう言い放つと、俺はその場から瞬く間に消える。
俺が向かう先は皆が入っていった倉庫の中だった。
地面を殴りつける姉の姿を背に、ジャニスの潜んでいるであろう倉庫の中へと入った。
明るい場所から屋内へと入り込むと、視界が一瞬だけ暗転して、直ぐに目が慣れていく。
セリア達が向いている方向に彼が居た。
ジャニス・カリバン。
「来たかいエルディー君。待っていたよ君を」
「美鈴を返せ」
「ふぅむ、私が望んでいるのは君の高まったエネルギーを回収し使う事なんだがね」
俺が駆けだそうとする体制に入ると、日向が俺の前に手を伸ばして行くなと無言で伝える。
余裕そうにしている彼は、何か作戦でもあるのだろうか。
取り出した手錠を見せながらジャニスの方へと歩いていこうとする。
「俺の力は異能力者を指定して力を抑え込む事ができる。アンタはこの人数に対抗できないと思うぞ?」
「フハハッ ほんとにそれが効いてると思うのかい?」
不気味に口元を微笑ませて、黒目で赤い瞳を向けて俺達一人ひとりを確認していく。
はったりを言っている様には思えなかった。
マズイ。そう思って俺が駆けだした時。
音よりも先に日向が吹き飛ぶ。
一払いで一瞬にして宙に浮かせ、日向が地面へと倒れこむまでのほんの一瞬の間を俺は駆けだす。
ファスタードゥルゴーイであるジャニスへ向けて拳を振るう。
進みながら何度も拳を移動させるが、手でタッチするようにしながら後へと下がり、最後には横へと拳を押されて背後に回り込まれ蹴られる。
地面を転がり自分の体制を建て直し、再びジャニスへと攻撃しようとした時にディーンが超高速戦に参戦した。
攻め込んでも攻め込んでも、攻撃を身軽に回避してしまう。
足元を狙った蹴りも縄跳びの様に避けて、ジャンピングパンチに怯んで、俺は後へと下がった。
後から来たディーンの攻撃を振り返りながらガントレッドで受け止めてその右回転で裏拳をぶつける。
「随分遅くなったんじゃないかなディーン・ネイドラ?」
「何?」
俺達は高速状態の間でもファストパワーの影響下にある人物達は話す事ができる。
そんな中でジャニスは言い放っていた。
「君に付けていたリングは、別に君に爆弾を仕掛けていたわけでも居場所を知る為でもないのだよ」
「そんな事、私の知ったことじゃない!」
強引に攻め込もうとして拳を握り直し振るうが、横を軽々と移動してディーンの尻尾を掴む。
灰色と黄色い粒子の残像が残りながらも、その戦闘は続いた。
軽く尻尾を引っ張られ遠心力をかけた放り投げに、ディーンの時間は急激に遅くなる。
宙に浮いた状態は速度は加わった力によって変わるが、あの状態じゃ動けないだろう。
だからわざど軽く投げたんだ。
動けないディーンへと近づこうとするのを見て、勢いよく走り込み逆回し蹴りで踵かジャニスの頭部を蹴りつけようとした。
その攻撃はガントレッドで受け止められ、振り返るジャニスの拳が俺の腹部へと抉りこまれた。
後へと下がりながら咳き込んでしまう俺を見て、ジャニスは話を続ける。
「あのリングは君の力のエネルギー原を奪っていたんだよ。有意義な実験だった」
そう言い終えた途端に俺達は通常の速度へと戻る。
ディーンが地面へと倒れ、反射的にセリアは炎を生み出して郷間に力を与える。
俺とジャニスが再びファストパワーで駆け出そうとした時、アズサが息を吸ってから大声を出しているところが見えた。
気にもせずに飛びかかってくるジャニスのスピードと互角の速さで攻撃を叩き込む。
一発一発を彼は腕で受け止めて、俺へと拳を叩き付けてくるが、俺もその拳に当たる前に腕を拳で弾く。
後へと下がって背を向けて走り出したのを見て、俺が追いかけようと同じ速さで走った時だった。
アズサの音を操る力が空気の波をつくって、俺の体を吹き飛ばす。
宙を移動した俺は荷物の入っている積み重ねられた箱を崩しながら倒れこむ。
「まだまだ速さも判断力も足りないんじゃないかなエルディー君?」
ルーテアが駆け出し、ジャニスへと一直線に目を見開いて睨みつけるが、ジャニスは彼女へ視線は向けない。
超高速で駆け出して横から殴り払うだけ。
一発で横へと倒れこんだルーテアを見て、東条と亮が銃を構えて撃った。
弾丸などファストパワーの前では無力も同然だ。
直ぐに移動するジャニスへと、炎の壁が移動していく。
前へと進むジャニスの動きを止めて、ディーンが横から攻撃を仕掛けるが、その拳を見てジャニスは特殊な金属で装備したブーツで腕を蹴り上げた。
高速空間での戦いで一番慣れているのは、ファスタードゥルゴーイであるジャニスただ一人なんだ。
俺達よりも更に長い間力を研究していたのだから当たり前かもしれないが、それでも負ける訳にはいけない。
その気持ちは俺だけでなく、郷間の同じだった。
力を得た郷間が渾身の一撃を炎の中から飛び出し、高速状態のジャニスへと叩き込んだ。
移動していたジャニスに直撃した一撃は、誰の攻撃よりも重く爆発的な威力で叩き飛ばす。
地面を滑りながらよろよろとバランスを崩すジャニス。
人員がジャニスの方へと向いて身構える。
「君の攻撃は予想外だった。だが私が必要なのはその力ではない。エルディー君には次の段階へ進んでもらう必要が有るんだ」
「……どういうことだ」
俺の質問など聞いていないのだろう。
ジャニスが不適に微笑み、次の瞬間には超高速で誰よりも早く移動して倉庫の中央で美鈴を連れて立っていた。
「人がより潜在的な力を発揮する瞬間とは、感情によるものなのはしっているだろう。高ぶる感情か、もしくは無となった感情か。中途半端な感情ではそこ止まりだが、それでは困るんだよエルディー君。もっと上へ行ってもらわないとね」
彼が右手に持っているのはナイフだった。
それを振り上げて、後ろから首元を掴まれている美鈴が俺の方を見つめていた。
声を出すよりも先に動き出して、美鈴の救出へと向かおうとしたがその速さは俺と同じくらいだ。
同じくらいの速さでも距離が有れば、時間がかかる。
ジャニスと美鈴の距離は零距離だった。
ナイフは一瞬で美鈴の腹部を突き刺して、俺が辿り着いた時にはナイフは引き抜かれてジャニスはそのまま駆け抜け。
全員が灰色の残像が見えた時には消えていただろう。
倒れこむ美鈴を抱きながらしゃがむと、まだ彼女は俺の顔を見ていた。
「美鈴! 美鈴ッ!!」
「……だい、じょうぶ。かなしぃ……色、しないで」
全員が美鈴の元へと駆けつけてきた。
腹部にできた大きな刃物傷は思っていた以上に深く、こうしている間にも血がどんどん出てきている。
「ダメだ美鈴。喋るなっ 直ぐに病院に」
「いい……エディ。あなた達は……倒せるから……」
どんどん意識の遠くなっていく美鈴の表情を見ながら、俺は美鈴を揺さぶった。
「逝くな、駄目だ駄目だ駄目だッ 美鈴!!」
その瞳から光が失われ、瞳孔が広がり全身が脱力していくのを感じた。
まだ血が俺の服にも地面にも広がっていっている。
頬を伝う涙に気づかずに何度も美鈴を叫んだ。
でも、もう戻ってこないのは目の前にいる自分が理解できた。
口を少し開いたままで瞼も閉じずに、虚ろな表情のまま俺の腕の中で美鈴は息を引き取った。
しおりを挟む

処理中です...