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狙う者と護る者

Chapter 9

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 ハーケンクロイツ。ナチスドイツが政権を握っていた時代。1933年から1945年。
その間の彼等のシンボル。卍を逆にしたマークだが、その腕章が2005年。
中国・チンハイのある施設で発見された。その場所には一度いった事がある。
能力者を造る為の養成隔離病棟。各国から拉致してきた者達を使った実験。
火の海に飲まれた施設は、後に話題になる事もなく消滅した。
実験結果すらも全て排除して、彼等の組織は壊滅。
当時の俺は8歳。身も心も幼かった。
彼女が言ったハーケンクロイツ。きっと見たのは俺の記憶だろう。
心を読める少女………
遠くから声が聞こえる。何かを読んでいる。
俺の名前だろうか? 「アズマッ」大きな声の主が視界に大きく映る。
セリアだ。フリフリのパジャマ姿。
どうやら休憩と言いつつ、寝てしまっていたらしい。
「やっと起きた。 一応、話しは一通り聞いたわ。魔夜を殺人鬼から助けたそうじゃない」
「それは偶々で…………魔夜?」
「あの銀髪で心読んでくるヤツの事」
部屋を見渡すと、意外にも奈央が部屋の端にある椅子に座っていた。
そして美鈴ともう一人。ソファーに腰を下ろしたまま、ジッと見つめてくる少女。
あの子が魔夜。冷静そうにしている表情で、少しばかり寂しそうにも見えた。
「私は別にかまわないのだけど、心読めるんだったら先に言ってほしかったわ」
「言ったところで、心は読まれるだろう?」
「まぁ そうだけど……」
部屋の中が静まり返ると、異様な空気になってしまう。
時が止まってしまった様に、数秒間の静止。
重い空気が漂うにも関わらず、唐突に動いたのは奈央だった。
オフィスチェアーから立ち上がり、退屈そうにしながらも部屋の出口へと向かう。
歩いて行く途中。魔夜は彼女の姿を目で追いながら、出て行く前に彼女へと言い放つ。
「大民 奈央。貴女 隠し事をしているみたいだけど……」
「アンタ本当にウザイ奴ね。私は私のやりたい事をやってるだけ。 分かるでしょ? 私の言いたい時に言うって」
不機嫌にドアを開き、廊下へと出て行こうとしながら、少しアズマへと視線を向ける。
そのまま、何も言わずに出て行く彼女を誰も止めようとはしない。
セリアは視線を魔夜へと向けて、溜息をする。
空気は悪いままだった。
四人の事はともかく、五徳市にヤツ等は入ってきている。
どこかを拠点に動き出しているのは確かだった。
机に置いて有る手帳を一目見て、足をベッドから降ろす。
アズマのその姿に、セリアが彼の腕を掴んだ。
かなり強く握ったその手の温度が伝わる。
「寝てなさい。お願いだから無理はしないで……」
「差し出がましいかもしれないけれど、セリアはかなり心配してるみたいよ。 貴方が思っている以上に、ね」
そう言いながら、魔夜はソファーから立ち上がった。
ゆっくりと歩み寄ってくる魔夜の姿を見つめていると、セリアの横を通り過ぎてアズマの目の前まで移動する。
彼女の瞳はジッとアズマの顔を見つめていた。何を考えているのか、まったく分からない。
座ったままのアズマの顔へとそっと手を近づける魔夜。頬へと触れて顔を近づける。
気にもしていない美鈴は、PCを扱ってキーボードをタイピングしていた。
セリアはというと、二人を見て顔を赤くしてしまっている。
「ちょ、ちょっと。いきなり何してるのよ!?」
「ただ私は、この人の事を知りたくなっただけ………随分と闇が深そうだから」
坦々と言う魔夜に、言葉を失ってしまったセリアの姿が見える。
俺の記憶の中にあるものは、大したものじゃない。ただ、セリアにだけは知られたくない。
目の前にいる魔夜を睨みつけ、頬に触れている右手を掴んだ。
「セリアに知られたくない事…………教授の、最期?」
「少しは人の事を考えることだ。人の考えや記憶を言葉に出されて、嫌じゃないヤツはいない。君のその性格だから、友達もいないんじゃないのか?」
「………ッ」
睨んだまま魔夜へ言うと、彼女の手を離した。
心を読まれて嬉しい人間なんて、そうそういない。だが読まれたからといって、逆恨みするのは簡単な事だ。
彼女は今、本当に俺の情報を欲しているだけ。
他の人に対しては違う。おそらく違うんだ。でも制御できていない力は見境なく人の心を読んでいる。
それは本人にもどうしようもできない事。
間を置いてから溜息をするアズマは、ワイシャツを手に取り立ち上がる。
ふらふらと麻痺している体を無理矢理動かし、部屋の端にある押し入れの方へと向かう。
急に動きだしたアズマの姿に驚いて、セリアが口を開いた。
「私の言った事聞こえなかったの? 寝てなさいって」
「まだセンサーの解除をしてない、庭にもあるから取ってこないと……」
「それはイイよ………アズアズの代わりに、私がする。セリーの言う通り寝てて」
無表情に言いながら、立ち上がるとPCのウィンドウを消す。
アズマの向かおうとしていた押し入れに、背の小さな美鈴が手を伸ばした。
機材箱にあるドライバーセットの小さな箱を手に取り、一度向き直る。
視界に映った魔夜の色。彼女の見えるオーラには、魔夜の色は薄い黄色と青が少し。
赤色になりつつあるアズマの姿をチラリと見て、部屋の出口へと歩いて行く。

◆◆◆◆

 夜の街中をフラフラと歩いて行く一人の女性は、帽子を片手に鼻歌を歌う。
住宅街を歩いて行く彼女は無表情のまま、辺りの影に紛れながら目的も無く歩いて行く。
ここ等一帯の民家は明かりが少なく、まるで生活環が無い。
ゴーストタウンにも見えるこの地をとぼとぼと歩き進む。見失ったターゲットは見つからず、失敗に終わった。
只々進んでいくと、唐突に人の姿が見えてくる。二本の街灯の間に二人の男。
一人はハンチング帽にコート、もう一人はスーツ姿。視界に入った彼等へと視線を向ける。
彼等も気がついたのか、彼女の姿を見て若い刑事が声をかけた。
「すみません。コレなんですが、少し質問いいでしょうか」
警察手帳を取り出して彼女に見せながら言うと、彼女は微笑んだ。
異様にも、彼女の笑顔が不気味に思えてしまう。
嫌な予感がした時には遅かった。
痛みよりも寒さを感じる。腹から薄く煙が上がっている気がした。
刺された?
二人 共に止まったまま動かない姿を奇妙に思うと、彼へと話しかけた。
「どうした亀田………おいっ」
名前を呼んでも反応の無い彼の方へと駆け寄ろうとした時、彼の体は後ろへと倒れる。
押された様に、道路へと背中から倒れこむ。亀田の目の前に立っていた女の手には、ナイフサイズの光の刃が有った。
レーザーの様に焼切る。必殺の殺人鬼。
倒れた亀田は口から泡を吹き、腹から胸辺りまで裂かれていた。
とっさに銃を出して、女の方へと銃口を向けて構える。
「動くな! ソレを地面にゆっくり置くんだッ」
銃を構えられているというのに彼女は微笑んでいるままだった。
不気味に口元が歪むと、次の瞬間。激しい光が視界いっぱいに映る。
彼女から放たれている様に見えて、一気に目が眩んだ。
強い光がゆっくりと消えていく。温度まで変わるように辺りは厚くなった。
もはや人知を超えた力。超能力を間の辺りにした[[rb:東条 > とうじょう]] [[rb:和樹 > かずき]]は放心したように立ち尽くす。
光が完全に無くなった時には、もう彼女の姿は無くなっていた。
倒れこんだままの亀田に、急いで駆け寄り銃をコートの中のショルダーホルスターへと入れ込む。
じゃがみこんでから彼の刺された箇所を確認した。
腹から上に焼き斬られている。人の肉を焼いた嫌な匂いと、血の匂いまで一緒に香る。
「亀田ッ 亀田、返事をしろ! クソ…………」
もう無理だ。息を引き取っていた。傷口は深く、おそらく心臓までやられている。
アレが、今回の連続殺人事件を起こした犯人。
ありえないような力で、レーザーで剣を生み出していた。
誰かが止めない限り、事件は第二第三と続いて行くだろう。
法で裁くなんてものは待ってられない。能力者は、俺達の脅威だ。
 夜の涼んだ品森区。その一つの公園を抜けていく。
帽子を深く被って突き進んでいった。微笑んだままの口元で、先へと歩いて行くと、ソレは現れた。
彼女はその女性の方を見ると、隣には女の子まで一緒にいる。
目まで隠れる長い前髪で、両手で全国マップを持って立っていた。
視線に映った彼女は冷たい目でこちらに言ってきた。
「失敗、したのね。使えない子…………」
「で、でも。彼と会ったよ。 あの噂の護衛人にね。彼はアンタを探してた」
「そんな事はどうでもいい。失敗は失敗でしょ」
威圧する様に胸の前で腕を組んで、帽子を被っている彼女を睨みつける。
ゴミは捨てると言うような表情に、一言だけ言った。
「わかってる。次はちゃんとするよ」
「いいや。それは別にいいわよ。 次の任務、受けてくれるでしょ?」
貴女に一番ぴったりな任務…………
殺しばかりを追求してきた能力者は、同じ作業しかできない。
それだけしかできないゴミと同じ。
だからそれも利用させてもらう。その作業しかできないなら、同じ作業をさせれば問題ないのだから。

◆◆◆◆

 次の日の部活だった。霧坂学園の超能力研究会 部室に、全員集まっていた。
黙ったままのセリアの姿に、空気が少し重たくなる。
特に何かあったわけでもない。セリアが少し元気が無いだけなのに、部室は気まずい空気になってしまっているのだ。
部長は風邪とかで休んでいるそうで、特にする事もなさそうな空気だった。
向いに座っている朱里は、小説を読んでいて会話すらしそうな感じじゃない。
ウズウズとしている来夢は、表情を軽く歪めて朱里を睨んでいた。
「もーう、何かしようよ。セリアもどうしたの? 元気無さすぎっ」
「えっ? う、うん………」
目を反らすセリアの態度を見て、来夢は更にイライラとしている。
朱里は反応すらしていない。連続殺人犯超能力者説。それをカメラに収める為に活動していたのに、今日はまったく活力が無い。
部活といえる行動をまったくしていなかった。
「もうセリアっ!!」
「そ、その。昨日 アズマがやられたの」
大声で言う来夢に、そう言葉を放った。
思いもよらない事を聞いて、来夢は目を丸くして、口を開いたまま固まった。
「それって、レーザーの……?」
頷くセリアの姿に、来夢は驚きを隠せていなかった。
朱里はというと、いつも通りな感じだ。小説にしおりを挟み、テーブルへと置く。
驚きは焦りの表情へと変わり、来夢はセリアの顔を覗き込みながら言った。
「それで、無事なの? 怪我は?」
「大丈夫よ。手当てもして、今日も仕事に来てたから」
「レーザーの犯人……やっぱり私達が早くみつけないと。朱里っ!」
声をかけられて、彼女はようやく立ち上がった。
その姿を見上げてセリアは少し驚いた様子だ。
あまり自分から行動しない彼女が、急に動きだしたのだ。
「目星はついてるよ。どこに住んでいるのか、そういうのってさ。小さい子供の方が敏感なんだよね。数か所あるから、今日は確認だけ……いいね?」
「わかった」
真剣な表情で彼女達は会話していた。
本当に、その犯人を捕まえるつもりなんだろうか?
どうして二人共、そんな真剣になっているのか分からなかった。
相手は能力者。同じ能力者のアズマでも勝てなかった相手………。
動けなかった。この市の何処にいるかも分からない殺人犯に、会いたくなんてない。
彼女達を止める事もできなかった。
何だか気力すらでない。ぽーっとする感覚が体のどこかにある。
二人の姿が部室から消えると、溜息をついた。
この理不尽な世界は、フランスも日本も同じ。
おじい様を殺した人の様に、能力で他人を傷つける。
罪もない人を次々と…………


 テレパシー少女は帰宅してから連絡すらよこさない。だが、彼女には護衛をつけた。
それから二日は日の出を見ただろう。別に以上も無く、連続殺人もピタリと止まってしまっていた。
魔夜の護衛を任せたのは、もちろん日向だ。寺の坊さんにも関わらず、暇そうにしているアイツが適任だ。
少々自信家なのが汚点だが、信頼できる依頼人である事は間違いない。
日が登り学生達の登校時間の頃には、既に俺は校舎の中にいた。
辺りはまた明るくなってきたばかりだが、薄暗い感じだ。
そんな廊下の一本道に、俺は立ち止る。 目の前にいる集団は、男ばかりだ。
この間の一件でのヤツ等が、俺を中心に集まった。
「兄貴。俺達に戦い方を教えてくれ!! 頼むよ。な?」
気がつけば彼等は俺の前で正座をしていた。
呼び出しの張り紙が、用務員室のドアに張られていたと思えば、こんな事になってしまった。
彼等は能力者の存在を知っている。そういうのを脅迫にでも使ってくるのかと思ったがそうではない様子で、しかも戦い方を教えてほしいと言う。
ハッキリ言って、今の状況が良く掴めてなかった。
「頼むっ その分、貸は返すから」
「「頼むっス」」
「………お前達のリーダーは?」
その言葉に、彼等は黙ったまま顔を見合わせる。
集団には、それを指揮するトップがいてもおかしくはない。
一度は能力者を狙ったのなら、その位は教えてもらわないと困る。
黙っている中で、一人の男が前に出た。長髪で左目まで隠している姿だ。
彼がアズマの前まで来て、少し焦っている様子で口を開いた。
「大民 奈央っていう。二年の女だよ。 どうしてか知らないけど、俺等はヤツに逆らう事ができない。でも皆 馴染んだっていうか……」
「言っていいのかよ古島!」
どうやら、彼等もまた能力者の被害者だったらしい。
まぁ、奈央が普通の高校生かと言えば、どちらかというと不良少女だ。
五徳市の中は能力者にとっての危険地帯。
「わかった 基礎だけは教える。 その変わり頼みがあるんだが」
俺の一言で、全員が頷いた。
彼等も何の為に強くなりたいのか、そういう事を無償で聞けるのは、昨夜会った少女。
魔夜のようなテレパシーを使える人に限る。
面倒だが、ここは利用させてもらった方がよさそうだ。
朝の静かな校舎を通る風が、彼等の気持ちを沈めていく。
部活動生の声が聞こえる校舎外。一日の始まりを告げるように、小鳥が鳴いていた。

 放課後。夕日が沈みかけている頃には、朝とは違う少し暑さを感じる日の光が降り注ぐ。
屋上のベンチに座っているアズマの隣。缶ジュースを両手で握っている美鈴は、夕日を眺めていた。
あの攻撃を受けてからもう二日は経過した。傷も浅くそんなに大した事の無い怪我だ。
通常通り動ける体は、もうふらついたりはしない。 準備は万全とはいえないが、健康体は維持できている。
この街に殺人鬼は不要だ。ヤツを倒す事に専念したい所だが、先にしないといけないのは………まだ一つある。
先日 美鈴がハックした監視カメラに映っていた能力者。
その人物が俺達の脅威になるかどうかだ。元々はその確認の為、あの場所まで行ったのだが、現れたのは殺人鬼のスーパーガール。
頭が痛くなるような事ばかりが、この街では[[rb:頻繁 > ひんぱん]]に起こっている。
奈央を追っていた男の手帳。ヤツの手帳には組織についてのメモがされてあった。
といっても書いてあったのは名前だけで、そのトップに書いてあるのがジーナ・ドレフィン。
きっとヤツがこの街に来ている…………
隣に座っている美鈴が、視線を左へと向けた。屋上の入口の方へと向くと同時に、聞き覚えのある声が聞こえた。
「おい! 待てって言ってるだろう。俺の仕事を増やすなよなっ」
声の主は柵  日向。五徳市の各地にある、柵寺の時期当主。
そんな彼の前をどんどん突き進んでいくのは、魔夜だ。
彼の護衛役として日向に任せていたはずだが、彼女は俺のいる場所を突き止めたといったとこだろう。
「すまんアズマ。バレちまった」
「まぁ 仕方ないさ。それで俺に用時でも?」
ベンチに座ったまま言うアズマに、ピクリを眉を動かして、睨む様な視線を向けていた。
銀髪を夕日の色に染めて、彼女は立ったまま動かない。
俺の体を心配して見に来たって様子ではないな。
「もちろん心配なんてしてない。 前に言った言葉、憶えてる? 貴方の事を知りたいの」
「俺の事を知っても面白くはないと思うんだが。 それを知ってどうする?」
「…………貴方とは、どこか似てる気がするの。私の思い違いかもしれないけど、貴方には私を引き寄せる何かがある。助けてくれたし……私も少しは役にたつよ。こっちの寺生まれよりもね」
彼女の後ろに付いてきていた日向は、口を開いたまま言葉も無くなっている。
役にたつかは問題じゃなかった。また能力者の協力関係が増えれば、きっと、同じ事を繰り返す。
能力者は人間であって、その上をいった進化ではない。進化過程の人間でしかない。
本質は人間なんだ。あの時の様な事を起こすわけにはいかない。
「ふふっ 少し見えた。辛く寂しい人生。やっぱり私と一緒かもしれな…」
「悪いが、仲間はこれ以上必要じゃない。協力者だ。 俺と魔夜は協力者という関係。それでいいな」
少し腑に落ちないといった表情だったが、少し考えてから頷いた。
不満そうにしながらも、俺を方を見て作り笑いを見せた。
信用できるかはわからないが、情報網は広げたほうがいい。
今は協力者が必要。だから魔夜の能力は頼もしいものだ。
「でも、私はアズマの直接の頼みしか受けない。何かある時は電話して」
「直接か。そうさせてもらう」
くるりとUターンして、日向の横を通り過ぎていってしまう。
優柔不断な行動に見えるが、彼女はそういう雰囲気の人間じゃない。
どちらかといえば、人間という存在に諦めを抱いている。不信を抱いているといった感じ。
そういう事を考えても無駄な事なんだが、俺達能力者は能力の存在を知られれば、よほどの人でない限り拒絶し煙たがる。
教授はそれでも関わりを持とうとした結果、死んでしまった。
ある意味で、能力を悪用して生きている彼等のせいで、能力者のレッテルをはられているんだ。
だから、俺を拾ったあの男は、変人だった。
「おーいアズマ。オレも帰っていいか?」
「ダメだ。ちゃんと護衛をしてくれ」
面倒といった表情の彼に溜め息交じりに言う。彼はいつも面倒そうな顔をしているが、いつもの事だ。
頭を掻きながら「わかった」と一言だけ残して了解してくれる。
彼の後ろ姿を見ながら、一息ついて立ち上がる。
隣に座っていた美鈴へと視線を向けて、夕日に照らされながら動きを止めた。
今協力している仲間達の中で、一番分からないのは美鈴だ。
何の目的で彼女は行動しているのか。何故俺に付いてきているのか。
初めて会った時、美鈴は俺に会いに来たと言っていた。
高い頭脳と幼稚な性格。何かを隠している…………。
「アズアズ………私は敵じゃないよ。力になりたいだけ。 アズアズの事は一番知ってるもん」
この子の能力も心を見ているようなものだ。
殺意や不信や意欲まで、全て色になって見えている。
本当に注意すべきは、この子かもしれない。
ここ数週間で忘れてしまっていた。人は簡単に信用できない。
特に能力者はそうだ。 また以前を同じ事を繰り返してしまう。
夕焼けに染まった空を見上げて、無言のままでいると、美鈴が腰を上げた。
ベンチから離れて、アズマの横にくっ付く。小柄の彼女はまるで小学生。
「裏切らないよアズアズ…………私はメラニーじゃない」
「お前、メラニーを……っ!?」
振り返ると美鈴は勢いよく抱き着いてくる。
アズマの腰の上に手を回して、そのまま動かなかった。
切なさと怒りが心拍数を上げていく。歯噛みしながらも、黙り込むしかなかった。
さっき言っていた事は、真実かもしれない。
美鈴は、俺の事を知っている。
温くも冷たくも無い風が、二人を横から弱く押す。
吹き込む風は季節の変わり目を告げているように、過ぎ去って行った。
疑問ばかりが沸いて出てくる この日本。
フランスも日本も、似たようなものだと気がつくのが、少し遅かったらしい。
この子は、一体 何なんだ。


 
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