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狙う者と護る者

Chapter 11

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 全世界で戦い続けている者がいる。
彼等は何かの為に戦っているが、最終的には政治の流れで敵が変わってしまっているだけだ。
テロももはや政治に対する批判を暴力的に行っているに過ぎない。
過去や未来、どの世界にも戦う者はいる。争う事しかできない人間は、人を踏み倒して先へ進むしかない。
そして、今 俺が戦わなければならないのは、職として誰かを助ける事。
昔犯した罪に罪悪感を抱いての行為ではない。ただ、弱者が指をくわえて待つ世界が嫌いだっただけだ。


 いつものような夜。リムジンの車体が夜空を反射しツヤを出す。
向かう先は運転席に乗っている男が、ナビゲーションに沿って移動していく。
夜の住宅街を駆け、向かう先は一つだった。
依頼に忠実に、人を護るのが本職だ。
銃を向けられ、動けない二人の少女は、その場で立ち尽くしていた。
囲むように並んだ彼女達は、能力者だ。
朱里は彼等の姿を見て歯噛みする。銃を構えた男は壁を通り抜ける。
他のヤツ等も何をしてくるか分からない。
安全の保障なんてなかった。
「朱里 ごめん、私があんな事言わなかったら………」
「何言ってるのさ。ボクだって乗り気だったのは、君が一番知ってるよね」
二人の会話に笑い飛ばして、ジーナは腰のホルスターからナイフを手に取る。
逃げ場なんて既に無かった。自分達でやった事なのだから、責任は自分達にある。
朱里は辺りを見渡すが、あるのは足元の割れたガラスだけ。
道端にそう簡単に物なんて落ちていない。
一つのエンジン音が近づいて来るのに、気がついた。
全員が動かずにいると、一本の道を走ってくる光。ライトが男の姿を照らした。
マシューは眩しそうにしながら、車の方へと視線を向ける。
全員が緊張状態になっていた。二人の少女は、彼等の仲間が来たんじゃないかと。
そして四人の仲間は、一台のリムジンから降りてくる一人の人物に、息を飲んだ。
ドアが開き、黒色のミリタリージャケットを着ている男。
灰色の瞳を向けて、夜道に立つ。
彼の姿に真っ先に口を開いたのは、ジーナだった。
「貴方。英国の……死神?」
彼は無言のまま近づいて来る。向けていた銃を彼の方へと向けると、一瞬で間合いに入られた。
構えようとしてたマシューは、能力を使う間も無く右手を肘から曲げられ銃口が上を向く。
彼の右肘が腹部を叩き、連続する様に右拳が顔面を強打。
更に掴んでいたマシューの右手を引き、[[rb:瓦 > かわら]]割りでもする様に腕の関節を叩き付ける。
鈍い音と同時に、銃を奪い取りジーナへと向ける。
地面へと倒れこんだ彼は声も出ずにもがく。
彼の姿に朱里は驚いた。
ジーナは持っているナイフを構えていたが、一歩引いた。
上から下まで黒一色の男は、やっと口を開く。
「異能テロリスト。その首謀者、ジーナ・ドレフィンか………日本に過激派の人間が来ているなんて、珍しいが………エメリナ。ヤツ等は倒した方がいい分類か?」
独り言の様に言う彼の耳には、イヤホンのように装備している小型の機械があった。
小さなレンズがあり、まるで映像を映しているみたいだ。
ジーナまでも動きを止めている中、彼には無線の音声が聞こえてくる。
『あまり関わらない方がいいかもしれません。彼女達、例のクロイツと闇の代行者達のメンバーで、腕はたつみたいだけど………』
少女の様な声に対して、反応せずにジーナの方へと言った。
「…………引け。俺も潜入調査中……今なら黙って見過ごす事もできる」
ジーナは一度、倒れこんでいるマシューの方へと顔を向けるが、喉を鳴らして身構えていた。
本来なら、こうも簡単に身を引くなんて事は無い。
だが相手が相手なら話しは別だ。
「わ、わかった。今回は私達が引きましょう。 センド・グリム。噂よりも良い男ね」
ジーナがナイフを治めて、Uターンする。
その姿に驚いている二人の少女は、唖然としたまま立ち尽くしてしまう。
まるで彼女がリーダーかのように、ジーナの後ろを付いて行く二人。
グリムと呼ばれた彼は、倒れこんでいる男の方を見て、リボルバー式の拳銃をクルクルと回す。
ゆっくりと立ちあがった彼の右腕は外れていた。
空中を舞った拳銃をキャッチして、向かい合う彼の方にグリップを向けた。
マシューは彼に警戒しながらも、拳銃を受け取り、フラフラと彼等の元へと歩く。
彼等の後ろ姿を見送って、次に視線を向けたのは朱里の方だった。
リムジンの方へと歩いて行く。
二人は彼に話しかける事すらできなかった。
こういう人に関わったら、目撃したヤツは消す。みたいなのが結束だ。
「エメリナ。本当に日本なのか?………分かってる。言っておくが、今の俺は休暇中だからな。何かある時はカリナにでも頼んでほしい」
車の前まで移動すると、彼は振り返りながらも、二人を払う様な手の仕草をした。
あの女は英国の死神。そう言っていた。
通りすがりの死神さんは、休暇中だった。
今日は運がいい。とても、運が良かったんだろう。
彼に何も言えずに無言のままでいたのに、やっと、口が開いた。
朱里は言い放つ。
「依頼を、依頼を頼みたいっ………!」
足が震えながらも、その恐怖を押しとどめてまで、そう言った。
隣に立っていた来夢は驚いている。
見逃してもらったのに、どうしてこんな事をと思った時には、彼は溜息をついた。
彼にだけ聞こえるイヤホンにしている無線機から、少女の声が聞こえる。
『今の、もしかして依頼を申し込まれてるの? つくづく運が無いですね』
「エメリナ。無線は切るから、また後で」
左耳へと手を当てて、イヤホンについているボタンを押し込む。
朱里の方へと向き直り、彼は少し考えている様子だった。
「依頼、受けてよ。英国の死神って、あの噂の完璧兵士だよね」
「死神のプレゼントか、馬鹿げた話だ」
話しを聞いていないように、一人でぶつぶつと言っている。
きっと何かのジョークなのね。
そんな彼の方をジッと見ていると、彼は頷いた。
依頼を受けてくれるのだろうか。
「今回は俺の独断行動だ。依頼料は、前金………日本料で5万。任務は君の護衛。言う事を何でも聞く。これでいいかな?」
「わかったよ」
もはや来夢の存在など忘れてしまっている様子だった。
自分の考えに集中している朱里は、何を言っても自分中心になる。
わがまま気質なのはいつもの事だけど、今日はそれ以上なものを感じた。
足まで震えていたのに、そこまでして彼を雇った。
物騒になった世の中で護衛がつくのは、かなり心強いけど、信用できるかどうかは別。
何せ彼は、【死神】なのだから

◆◆◆◆

 夜の功鳥家宅はセンサーだらけだ。
アズマは一緒に連れてきた柵 梓が隣に並び、家を見上げた。
口をぽかーんと開けている彼に構わず、アズマはポケットから取り出した小型端末のボタンを押す。
センサーの電源がきれて、家の庭へと入っても美鈴に信号が送られないようにする。
前使っていた物の改良系だが、何度も設置しなくてよくなり、更に便利になった。
一歩前へと踏み出して自分の家へと入って行くと、それについていく梓。
玄関を開いて中へと上がると、リビングの方の部屋の光が廊下を少し照らしていた。
いつも通りの様子に安心しながらも、自分の部屋へと向かう。
階段を上がり、後ろからは梓が好奇心満々の子供の様な表情で付いてきている。
廊下を通り抜けて、セリアの部屋の前を通り抜けると、自分の部屋の扉を開く。
いつもの自分の部屋からは、賑やかな声が聞こえてきた。
「「じゃんけんぽん!」」
日向と、魔夜だ。
二人の声が飛び込んできて、その異様な光景に笑っているセリアが俺のベッドの上にいる。
何をやってるんだみんな………
「ひ、卑怯よ。変な事考えないで!」
「そう言われてもなぁ、心を読んでるのはお前だし、俺はちゃんとジャンケンで勝ったんだ。飲み物おごってくれよぉ」
そう言いながらも、大笑いで床に座り込む日向の姿に、俺は唖然としていた。
どうしてここにコイツ等がいるのか。そして何をしていたのか。
後ろから顔を出した梓も、ジト目で彼を眺めている。
「何をしているんだよ日向。ここは遊び場所じゃないのは分かるだろう」
「待て待て、俺は連れてこられただけだ………って梓じゃねーか!」
「ちーっす兄貴。アンタロリコンになったのかぁ?」
俺の肩に手を乗せている梓は、ニヤニヤとした表情で日向の方を見ていた。
面倒くさそうに顔を歪める日向に、説明せずに理解できた気がした。
護衛中の魔夜がここに来ようとして付いてきたって感じか。
特に異常は無いといった表情をしている美鈴は、オフィスチェアーに座っている。
本当に面倒だ。
口にも出していないアズマの方へと、魔夜が歩み寄って来る。
「面倒事でごめんなさい。色々と立て込んでるみたいだけど、それは私にはどうしようもないから。それと、私は安全確認をしにきただけ。 日向は当分借りるけど、構わない?」
「好きにしてくれ。俺も困ってる事はない。 日向も、何か怪しいと思った事は俺に連絡を……情報網を広げた方がいいと思ったんだが、魔夜も手伝ってくれないか?」
「情報ね。分かった それなら街を散歩してるだけで集まる」
くるりと視線を変えて日向の方へと向くと、床に座っていた日向が立ち上がる。
何と言うか、組織化しはじめた能力者の集まりに、少しばかりの不安を感じながらも、今はこうするしかないと自分に言い聞かせる。
ベッドに座っていたセリアも、ボーっとしながら美鈴の方を向いている。
じっと見つめていると、開いたままにしていた押し入れの中。
その奥にあるダンボールに目が行った。
アズマが、何かを隠しているんじゃないかと、心のどこかではそう考えていた。
護る事が使命なんて、常人ならそんな約束なんて放っておいて、どこにでも行ってしまうんじゃないだろうか。
何か責任を感じるような何かを彼は持っているのかもしれない。
私にも言えない、何かを…………
「ところで何で俺の弟が一緒なんだ? 俺紹介してなかったよな」
「その話しなら、梓から直接聞いてくれ。俺も色々考える事がある。 直ぐにでも撤収してほしいな」
「レーザー女? また、負けたんだ……」
視線を日向へ向けたままの魔夜が言った。
その言葉に、少しだけ不吉な程の間が出来た。
とにかく帰ってほしかったアズマは、日向に払うような仕草をする。
上がらない右手を後ろに隠すようにしながら、溜息を吐いた。
少しすると、日向も部屋から出て行く。弟の梓の腕を引っ張り外へと出る姿を見て、魔夜も付いて行った。
ほんと、日本に来てから賑やかになったものだ。
部屋に残ったセリアは、ベッドの上でジッとアズマを見つめていた。
まぁ、怪我からのダメージは一目瞭然だ。腕は電気でも流れ込んだ様に痺れている。
今回の一件で分かった事は、ヤツの能力は電流を細かく凝縮する能力だという事。
「何も言わなくていいぞセリア。今回でヤツの能力は熟知したつもりでいるから」
「怪我は大丈夫? 何をそんなに意地になってるのか知らないけど、何か隠してる事 ある?」
「・・・・・」
無言のままオフィステーブルの方へと向い、机の上へと手を伸ばした。
置いて有った手帳を掴み、セリアに視線を向けていると、体が思うように動かなくなった。
椅子に座ったままアズマの背中姿を見た美鈴には、彼の色がハッキリと視界に映る。
赤と黄色が混じり合うような色。
「アズアズ……我慢はダメ。疲れてるなら、ちゃんと休憩しないと」
そう言った時には遅かった、フラフラとした足取りでベッドの方へと倒れこむ。
「っ……」
ベッドに座っていたセリアに覆いかぶさり、アズマの体に密着する。
倒れてきたアズマの顔を見てみれば、既に意識は無さそうだった。
右腕は痙攣しているように、ピクピクと動いていて、この間の怪我をした時の症状と似ている事がわかった。
きっと、この間言っていた殺人鬼と、アズマはまた戦った。
能力を使って、人を殺めるなんて、おじい様が聞いたらきっと悲しむ。
だから、アズマはそんな人達と戦っているのだろうか?
少しだけ、違う気がしながらも、アズマの本心は定かではない。
でも、それでアズマが頑張っているのは確かだった。
急に意識が飛ぶ程、何をしたらそんなに疲れるのかと、セリアは溜息をした。
既に動く事のないアズマの体を押し退けて、ベッドに手を置いてから立ち上がる。
アズマ………貴方は私を護る事が役目なんじゃなかったの?

 次の日の夕方を迎えている頃、放課後の校舎にいつもの面子が集まろうとしていた。
他の部活動生達も活発になり、外や一定の校舎にも色々な生徒達の姿があった。
仕事の終わりが見えてくる警備服を着ていたアズマも、一息ついて用務員室へと向かう。
夕日くらいの高さまで、下がってきそうな日の光を浴びる。
暖かくなってきた季節風が、窓から入り込んで、風と共に足音が背後から聞こえてきた。
構わずに用務員室のドアを開けようと、ノブへと手を伸ばす。
「アズマ!」
走ってきた足音が止まり、セリアの声が飛び込んできた。
確か、放課後は部活なんじゃなかっただろうか?
「ねぇ今日から一緒に帰りましょ。今から帰る準備するんだったら、部室に来てちょうだい」
「わかった。美鈴も連れて来るが、構わないかな?」
「皆にも先に言っておいたから大丈夫よ」
いつも通りの元気な姿を見せて、セリアは廊下を駆けて行った。
後ろ姿に微笑みながら、ノブを回して用務員室に入ろうとすると、唐突にドアが開いた。
内側から顔を出したのは美鈴だ。
じっと見てくる彼女の目は綺麗だった。
ドアを開いてから奥へと向かっていく。
用務員室へと入り、ロッカーの前へと行くと、自分の借りているロッカーの扉を開く。
美鈴はさっきの話を聞いていたのか、荷物を整えて待機している。
それにしても、今日になってどうして俺を呼ぶのか、帰りが不安なのかそれとも………

◆◆◆◆

 放課後の校舎中央玄関の前に、一人の男が来ていた。
着馴れていない様子で、ワイシャツの首元を指で引っ張りダルそうに立ったまま動かない。
誰かを待っている様に廊下側をキョロキョロを見渡して、教師の挨拶に応える。
場違いに見える彼の姿に、外をランニングしている部活動生もチラチラと彼の姿を見ていた。
黒スーツを着込んでいる彼の方へと、一人の少女が駆け寄ってきた。
「グリム。来てくれる?」
「…………アランかブロウで頼む。その名はできれば止めてほしい」
「ボク的には、コードネームってカッコイイと思うんだけど。スパイみたいだからね」
無言になった彼は胸の前で腕を組み、ジト目をしていた。
そんな彼を朱里が強引に引っ張った。
案内されるがままに、彼は引っ張られていく。
廊下をぐいぐい進んで行き、他の生徒からも物珍しい目で見られる。
そんな道を通り抜けて、階段を登って行った。
朱里は他の生徒の目なんて気にしてない様子で進んで行く。
夕日の差し込んで来ようとしている校舎の中は、どこか薄暗い。
面倒な顔をしながらも、依頼の通り、困っている朱里の後をついていくグリム。
スカートをひらひらと揺らして、笑顔の彼女は彼を引っ張り続けた。
気がつけば、超能力研究会と立札がドアにつけられている部屋の前まで来ていた。
割と真剣な表情で、グリムの顔を見上げて口を開く。
「いい? ボディーガードとして貴方を中に入れるんだから、女の子が多いからって変な事は考えない事」
「…………俺はそんなに不審者に見えるのか」
「何?」
何も返さないグリムは目を反らしていた。
言葉に出さずに頷く彼を見て、朱里は「よしっ」と声を上げて、グリムの腕を叩く。
乗り気じゃない彼は、朱里にされるがまま、指示を従うだけだった。
ドアを開けば、賑やかな防音部室に人が集まっている。
部長はのびのびとしていて、セリアと来夢も既にいつもの席に座っていた。
広々とした空間の真ん中に長テーブル。
まるで会議室のようなソレを見て、固まっている彼の腕を引く。
「私を待つだけだから簡単な仕事だよ。でも帰ったら料理は作ってもらうから」
そんな事を言われても無言のままで朱里の顔を見て頷く。
二人の姿に驚きを隠せないでいたセリアは、目を丸くしている。
朱里が鞄を彼に持たせて、自分のいつも座っている席へと腰を下ろす。
これでいつもの面子と他三名が集まっていた。
グリムは部屋を見渡し、途中で視線を止めたのはアズマだった。
睨む様な少し目を細くしてその場に立っていると、部長が口を開く。
「朱里の後ろの、その椅子に座ったらどうかな。お客様も大歓迎だ」
「…………すまない」
少し頭を下げ、朱里の後ろにある学生用の椅子へと腰を下ろす。
来夢はというと、じーっと見つめていた。
いつもなら本を読んでいる朱里が、普通に座っている姿は珍しい。
なんだか、いつもと違う空気のその姿に違和感を感じていた。
セリアと来夢の後ろには、お客用に用意した椅子に、これまた似つかわしくない小柄の美鈴とアズマ。
睨むしかなかった。
怪しいと考えるのはどちらも同じ。
特に、この街に来ている外国人は皆 能力者なのだから…………
「朱里。その人って? なんだか………」
「なんだか? セリアも変な事に興味持つね」
「え!? でもさっき来夢もそんな顔してたじゃない」
来夢の笑顔はいつも通りで、この場の空気に嫌な感じを漂わせていたのは、アズマとグリムだった。
妙に存在を気にしてしまう程、アズマは彼の事を気にしていた。
平和で生きる者の目ではない彼は、どこか遠くを見ている様に見える。
そんな事を考える事無く、答えは朱里の言葉から飛び込んできた。
「ボクのボディーガードだよ。ほら、最近物騒だからね。言っとくけど、かなり強いよ」
いつも見せない様な、その笑顔に部長はニヤニヤとしていた。
鞄を膝の上に置いて座っているグリムは、アズマから視線を反らす。
部長はいつもの様なイジワルな顔をして微笑む。
「何か変わったなぁ朱里。 今のアンタはイキイキしてるぞ」
「やめてください。ボクはいつも通りですよ」
「へぇ~、そんな女な顔して言われてもね」
目を反らしながら頬を赤くする朱里の様子に、来夢は笑った。
和んだ空気の中で、表情一つ変えなかったのは美鈴だけ。
アズマの袖をぎゅっと掴んだまま、グリムの方をジッと見つめる。
視界に映る限りの彼の色が、白色と少し出てくる茶色に混ざり、その存在感を引き出していた。
様子のおかしい美鈴の方に、アズマは気がついた。
不思議なものを見た時の人間の顔だ。
会話の続いている部室の中で、俺達はただ待つだけの存在。
あのボディーガードも一緒だ。 きっと、セリアが俺を呼んだのは、これが原因なのだろう。
少しばかり、この男について調べを入れた方がいいのかもしれない……………

    一時間後
 結局、何事も無く日が暮れた頃に解散した。
アズマは最後まで気を抜いてない様子だったけど、朱里のボディーガードは見向きもしていなかった。
部長の戸締りと共に、学園の外へと出て行く。
どことなく上機嫌な朱里は、そそくさと彼と共に帰って行っていた。
夜の星空の下、隣にアズマと美鈴を連れてセリアは歩く。
暖かくなったこの時期に、全てが新鮮に思えてきた。
日本という環境にだいぶ慣れてきたはずなのに、まだまだ色々な事が新鮮だった。
「ねぇアズマ。貴方どう思う? さっきの男と朱里なんだけど」
「ヤツの目は人を殺めた事のある目だ。 どこかで見た事がある気がするが、もしかしたらイギリスの……」
「そういうのじゃなくて………やっぱりいいわ。今の質問は無かった事にして」
セリアの言う事に疑問を[[rb:抱 > いだ]]きながら、彼女の言う通り気にしない事にした。
ヤツも、俺と同じ様な分類なのかもしれない。
殺しのした事のあるヤツは、色々な国にいる。俺の場合は、怪奇事件とされて特定される事なんて殆どない。
彼も、そういう能力者だとすれば、彼女を護ろうと必死なのだろう。
「朱里って、親が金持ちなんだってよ。でも住んでいる家が違うなんて、私には考えられないわね。せっかく生きてるのに」
寂しそうにそう言ったセリアの顔は、遠くを見ていた。
美鈴は、そんな彼女の腕に体を寄せた。きっと、寂しい人は一人じゃない。
私だけが寂しいなんて事はないんだ。
今はアズマも美鈴も、家族といえるような人達と一緒に暮らしている。
この平穏が、続けばいいと願うけど、きっとそうはならないと心のどこかで思っていた。
アズマが戦っているのは、何か目的があるからだけど、それは最終的に私を護る為?
何も教えてくれない彼を信用するしかなかった。ここまで助けてくれた彼に、何かを言う権利なんて私にはない。


 夜の風に吹かれながらも、週最後の下校。
朱里はスーツ姿の彼と一緒に歩き続ける。彼は、既にスーツケースや荷物を私の家へ届けたと言っていた。
あまり口数の多くない彼は、なんだか大人っぽく感じだ。
外国人だからとかそういうのではない気がするけど、彼は色々知っている大人のように思えた。
彼の顔を見ていると、何だか安心する。
ついつい、いつも口数の少なかった私が、口を開いてしまった。
「どこの部隊にいたの? グリムって、死神って意味だよね」
「…………」
「聞いちゃ駄目な話?」
「………君と打ち解けたなら、いつか話そう。俺が生きていれば、だが」
その台詞の後に、彼は足を止めた。
向いから歩いて来ている。この間の女性だ。 ウェーブのかかった髪を揺らして歩いて来ている。
それだけじゃない、後ろからも足音が聞こえる。
二人だ。チラリと振り返れば、フランス人の男がいた。
物質を通り抜ける男と、謎の女の二人。帽子を被った女はいない。
「また会ったね。上から指令が出ちゃって、貴方の存在が邪魔らしいの」
無言のままの彼の顔は怖かった。
さっきまでの表情は消えて、スーツのボタンを外していく。
ここ一帯の人気が完全に消えていた。
車も来なければ、建物の中からも何も音が聞こえてこない。
人そのものが誰もいなくなっている。
「叫んでも無駄よお嬢さん。 私の能力って面白い事に、人達の脳を直接洗脳する事ができるの。一つの命令に血管を流れる白血球と一緒よ。 皆同じように動いて行く」
「………二人共、能力者というわけか。 やはり日本に来て正解だった」
朱里はその言葉に彼の顔を見上げる。
休暇で日本に来たと言っていた彼は、平然とそう言いながら後ろの男へと向き直り拳を構えた。
不思議に思った次の瞬間、朱里は驚愕する。
向いから歩いて来ていた女性。彼女の姿は無かった。
最初から居なかった?
「おぉ、よく気がついたな。流石は元MI6だ。 だが今回はこないだの様な不意打ちは受けない。俺一人で十分だ」
さっきのは一種の幻覚だったのだろう。
彼女は人を洗脳する力を持っていると言っていた。
なら、二人とも行動不能にできるのにと、不可解に思ったところで、グリムが口を開く。
「洗脳というのは、強い意思を持っている人間には、効き目が薄いものだ…………朱里、離れろ」
銃を向けている相手の姿に、同様すら浮かべずに拳を構えていた。
まるで、こういう状況には馴れている様に、相手の銃と腕の方を睨んでいる。
どう考えても不利なのに、グリムは逆に獲物を狩る側の様な振る舞いだ。
夜風が吹き、持っている銃のトリガーを引こうと指をかける。
誰もいないこの一帯で、引かれた引き金と同時に銃声が鳴った。
まるで雷の様な音に、全てが凍り付く。

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