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異能力との対峙

Chapter 19

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 朝早くから、東条は缶コーヒーを片手に渋い表情をしていた。
休憩場の様な狭い広場で、ベンチに座って一息つく。
太陽が上がりはじめた頃には、既に雲は裂けて空の青色が見えてきている。
日差しは窓から差し込んできて、朝という感覚より夕方の日差しのように感じさせられる。
コーヒーをぐびぐびと飲んでいると、東条の横へと鞘草が腰を下ろす。
「すまねぇな。お前が居なかったら俺はたぶん、死んでた」
「いいですよ。もう6回聞きました」
「そうか?」
「はい」
即答する鞘草の姿に、本当にすまなそうな顔をして東条は片手で手帳を取り出した。
空になった缶を右手に持ったまま、ぺらぺらとページを捲り、有るメモを鞘草へと見せる。
住所の書かれているソレを見て、何を言おうとしているのか理解した。
「昨日の少年の住所ですか?」
「あぁ、また狙われる可能性が有るとするなら護衛をしないとな。それに、俺達を飛ばしたアイツ。また現れるかもしれないだろう? とっ捕まえて色々聞き出せるかもしれん」
「捕まえるって、彼はある意味で俺達を助けて……」
「ヤツは能力者だ。俺は能力者は信じない」
その反応に鞘草は、「くすっ」と笑ってしまう。
微笑みを浮かべている姿に、東条は不思議そうな顔をした。
「いやいや、東条さんは俺のこと信用してるじゃないですか」
「………別に信じてるわけじゃない」
「またまたぁ」
まるで友人の様に接してくる鞘草とは、まだ付き合いは短い。
それでも、心なしかお互いが信用できる立場になっている事は気がついていた。
この怪奇殺人を止める為にも、一刻も早く組織をあぶり出し、目論んでいる事を止めなければならない。
でないと、俺がこの事件を追っている意味が、無くなってしまう。
ちょっとした間の後に、思い出したかの様に鞘草が口を開く。
「それじゃ、張り込み行きますかっ」
「だな」
ベンチから腰を上げて、警察署から出ようと視線を外へと向け、二人は歩き始める。
コンビと言える程 長い時間を相棒として接しているわけでもない。
心のどこかでは二人共 お互いを信用していると、言葉で直接伝えなくても分かっているつもりでいた。
特に東条は、この唯一無二の相棒を良く思っているのだった。



 雨の音、激しい程の嫌悪感は前にも感じた アノ日の思い出。
傘を片手に歩く私の足元は、フランスのいつもの風景だった。
おじい様の居る屋敷へ、自分の帰る場所へと、一日の学習を終えて帰っていく。
今の私とは違うのは、当たり前の事だ。夜の道をとぼとぼと歩いている自分に、早く早くとせかしても、思い通りにはいかない。
まるでDVDで見ている映像を同じように見直しているような感じで、次に何が起こるのかを知っているのに、それに対処ができない。
その時の感情が蘇り、歩いて行く自分の顔が店の窓ガラスに映り、暗い表情で自分を見つめる。

雨は一向に降り止まずに、それどころか強くなっていく。
早く帰りたいという感情は、世界に通用する事もなく、当時の行動のまま進む。
この先の事を私は知っていた。
強い風でも吹いたのか、右手に持っていた傘が押されて、勢いよく手元から離れてしまう。
飛んで行く傘はひらひらと空を舞って、歩道へと落ちていく。
私は頭から雨水を沢山受け止め、身に纏っているゴシックロリータもびしょびしょに濡れる。
開いたままの傘は、歩道をころころ転がり ビルの壁へと引っかかる様にして止まる。
溜息をして、手元から離れた傘を追い、しゃがんでから傘を右手で拾い上げた。
既に頭から下の方まで濡れてしまっているけど、再び傘を装備しなおす。
身体は寒くて冷えてしまった。自分の帰っていた方向へと振り返り、再び溜め息を一つつく。
少しその場で立ち止っていると、嫌な風が通り抜けて行った。
嫌な夢。嫌な夢なのに、感覚的にその時間は長く続いている気がした。
この後の結末も私は知っている。
私は一人で帰り、その時は全てが終わっていた。
パトカーが何台も止まった屋敷の前で、野次馬達の奥には荒らされた様子の庭が沢山。
警察達のいる場所には、遺体袋が三つ。
目を疑いながら歩いて行く私は、周りから嫌に視線を浴びる。
雨と同じぐらいの勢いで、その激しい視線を浴びた。
「……セリアっ」
少し大きめので私の名前を呼んだ。
その声に引っ張られる様に、視界は真っ黒になった。
気がつけば瞼を閉じている事に気がつく。
 ゆっくりと私が瞼を開けて、視界が少し悪い事に気がつく。
なんだかあったかいけど、枕とは違うものを抱いている様だった。
ぎゅっと両手でくっ付いた。何だか本能的にだけど、そうしたくなる。
「ちょっと………起きてるなら離れて」
「ん……?」
自分の抱き着いている布から顔を離してみると、そこにはパジャマ姿の魔夜の胸が目の前に有る。
ほんのりと香ってくるのはシャンプーの匂い。
あぁ、この居心地のいいものは大きくも小さくも無い魔夜の胸だったんだぁ。
「うにゃっ」
魔夜のチョップに軽く頭を打たれてしまった。
「ほらっ 離れないと私もおきれない」
「んぅ わかった」
彼女から離れてから身体を起こしてから、やっと気がついた。
昨日から魔夜はお泊りになったんだ。窓際の左へと視線を向けると、隅っこで美鈴が眠っている。
閉じているカーテンの隙間から、太陽の日差しが差し込んできている光景をジッと見ていると、魔夜はベッドから足を下ろして服を脱ぎ始めていた。
時計の方へ視線を移せば6時を少し過ぎている。
今までの生活からあまりにかけ離れていて、何だか現実味が無くてボーっとしていしまう。
「セリア、資料とコレは私が持っておくからね」
「うん」
もう着替え終わりそうな魔夜の姿を見ていると、さっきまで見ていた夢を思い出してしまう。
今日の天気は、昨日があんな大雨だったとは思えない程の太陽の日差し。
床へと足を下ろしてから立ち上がる。
「私も着替えないと………」
アレは私の記憶。
日本に来てから今まで、夢なんて一度も見なかったのに、久々に見た夢は、おじい様の殺された日の事なんて、不吉な予感がしているとしか言いようがない。



 着替え終えて、下の階へと降りてからリビングへと向かえば、日向がソファーで寛いでいる姿が見える。
iPhoneを片手に誰かと話しているようだった。「んじゃぁそういうわけで………わかったわかった 昼だな」
いつものような馴れ馴れしい口調で、電話の相手にも話している。
あまり見慣れない光景だけど、話しが終わったのかiPhoneをジーンズのポッケへと入れ込んんだ。
朝食の良い匂いがするこの部屋で、魔夜も食卓で寛いでいた。
カウンターの奥では、アズマの母、多加穂さんが朝食の仕度をして こちらへと視線を向ける。
ここにはアズマの姿は無いみたいだけど、まだ上にいるんだろうか?
「アズマだったら、先に出て行っちゃったよ~。今日は美鈴ちゃん連れて行ってね」
「うん。 多加穂さんは今日何かあるんですか?」
「今日も他校に行くけん、ちょっと帰りが遅いかもしれんね。 あっ 土筆 呼んできてくれん?」
頷いて返すと、リビングから出て階段を登って行った。
一階から日向の笑い声が聞こえると、またいつもの様に魔夜の高い声が聞こえてくる。
あの二人はいつも仲良しな感じだ。まだ出会ってから数週間なのに、新しい居場所に馴染んでいる気すらする。
私はその逆なんだと感じたのは、最近ではない。
でも、私もあんな風にアズマと一緒に居られればと思う。
只、思うだけ………
二階へと上がっていくと、右側の奥にあるのが土筆の部屋。
上の廊下から風が流れ込んできているのを肌で感じた。
いつもの朝の空気も、暖かさの混じったものになっている事は良く分かる。
階段を登りきると、廊下の窓が開いていて、風でカーテンが押され ひらひらと揺れた。
土筆の部屋へと歩み寄ると妙な音が聞こえ、ドアをノックするのを躊躇ってしまう。
テレビの音でも聞こえてきているのかと思ったけど、番組の音が聞こえているわけでもない。
部屋の前で立ち呆けていても無意味な時間が過ぎるだけだから、ドアへと手を近づけて三回ノックする。
コンコンコンと木のドアを叩く弱い音の後に、部屋の中からの反応は無かった。
中には確かな気配があるけど、妙な感じだ。
「土筆?」
扉を開けずに私は部屋の中に居るはずの彼に、声をかけてみた。
確かにその部屋には居るらしく、何かが床へ落ちる音が聞こえ、ソレに心配する。
少しの間、立ち尽くしていると、返事が返ってきた。
「今日は休むって、母さんに伝えて………」
「体調でも悪いの?」
「…………」
無反応の彼に「わかった」と伝えて、部屋の前から離れる事にした。
きっと何か事情があるのかもしれない。
悩み事がある彼を支えてあげる兄の姿は、ここには無かった。
アズマも忙しいのは私が一番知っているけど、私や土筆の事、家族の事をもっと気にかけてもいいのに、彼はそれに気がついてはいない。
今、彼がしている事も私は知らないけど、きっと今日から変われる。
真実を知り、アズマを支える事が今の私が一番やりたい事だから………



 霧坂区内の朝は、多少他の街に比べると時間の進みが遅く感じる。
最近の殺人事件の頻発化で、この学園の部活動生も朝の登校時間が遅くされたらしい。
がらりと人気の無い校舎の中は、廊下の端を見つめていると吸い込まれそうになる程の孤独を感じさせ、一種の幻想的な風景にもなっていた。
ただ、いつもは美鈴がついて来るはずの隣には、[[rb:明良 > あきら]]がぺったりとくっついて、初めての学内校舎に物珍し気な視線を配っている。
準備室の前へと立って、鍵を入れ込んで回していると、妙な視線を感じた。
横からは、じーっと見上げてくる明良の顔が見えて、こいつは何がしたいのかと口には出さずに扉を開く。
「お前、昨日疲れた俺に能力使ってたような気がするんだけど……」
「どう? 若干重力かけると、すんごく気持ちよく眠れたでしょ」
「………さぁな」
部屋の中は真っ暗だ。
むやみやたらに能力を使うのはよしてほしいんだけどな。
特に寝ようとしている時の日向は、能力の発動に敏感で、直ぐに目が覚めるらしい。
いざって時に、じゃれ合いと思われて助けてもらえないんじゃ困る。
「そんで、私達どうするの? 敵を倒しに行く? それとも襲われてる市民を助ける?」
「本拠地をあぶりだす。この街の怪しい場所 一つ一つを確認する。 ヤツ等を潰すのはその後……」
部屋の中へと入り電気のスイッチを上げて、蛍光灯の光が灯されてロッカーや その奥にあるPCモニターやテーブルがハッキリと見えるようになる。
太陽は上がってきているが、まだこの部屋は日陰の中だ。
蛍光灯の光無しではあまりに薄暗い。
後から入ってきた明良は扉を閉め、近くにあったベンチへと腰を下ろす。
「ん~ 準備とかできてるか知らないけど、私はいつでも手伝えるよ」
思っていた以上に、彼女の表情も真剣そうに見えた。
戦うのなら勝手帰ってこなければ意味が無い。
脅かされながら逃げ続けるなんて、俺にはできない。逃げるより、確実に相手を倒す。
その方が生きる確率も護れる確率も上がる。
見つめてくる明良の目を見て、手に持っている鞄を後ろのベンチへと置き、ロッカーの戸を開き中から有る物を取り出して見せた。
小型の無線機。
耳に付けるタイプのソレを片方差し出す。
「五徳市内の廃工場へ行って、手がかりがないか探す。殺さずに聞き出すつもりだけど………」
「わかってるよ。今度は潰したりしないって」
割と真面目に返してきた彼女の返答に、軽く頷いて返す。
手に持っている小型無線機を受け取る明良。
扱った事の無いその機械に、興味心身な彼女の姿。
そんな彼女から視線を反らして、鞄からフードジャケットを取り出して、ロッカーのハンガーに下げる。
「それで、いつ出発?」
「放課後だよ。俺は学内の清掃と、ゴミの回収に植木の水やりに学内の見回りがある」
「え~っ 私が暇じゃないかぁ」
「明良は学校とか行ってないのか?」
「私は中卒だよ。みんな私を残して死んじゃったし身寄りも無いし」
鞄を片手で掴んで、ロッカーの中へと入れ込んで戸を閉めた。
俺は彼女の言葉に何て返せばいいかは、俺には考えられない。
無言のまま清掃ようのロッカーの扉を開いていると、明良がベンチから立ち上がって顔を覗ってくる。
あまり気にもしていないような表情で、覗き込んでくる彼女の方が、俺に気を使っている感じだ。
「そんな暗くならなくていーって、あの出来事が無かったらたぶん私はアズマと会ってない」
「君はポジティブだね」
「ポジティブじゃないと生きていけないって」
ロッカーから廊下用のモップを取り出して、明良の方へと向き直った。
笑顔を見せてくる明良は、別に演技でしている様では無いように思える。
彼女は強い。暗くなる暇があるなら、次にどうするのかを考えるタイプなんだ。
頼もしい仲間だけれど、それもこの件が終われば解散。
セリアを護る事が優先と言っていたものの、こんな事になるとは………
敵に存在を知られている以上、死ぬのを待つわけにもいかない。
ヤツ等を倒して日常を取り戻す。



 柵家、功鳥家、三満家。日向はその本家へと、魔夜を連れて和な感じの大きな屋敷へと出向いていた。
人は少ないというのに、妙な威圧感の有る屋敷の中の客間へと二人は訪れる。
開いたままの戸から風が入り込み、弱く気持ちのいい風が通り抜けていく。
客間の外にある縁側で腰を下ろして、イリコに手を伸ばしている魔夜の姿をチラリを見て直ぐに正面へ視線を向け直す。
苦い顔をしているオッサン顔に、日向は声をかけた。
一対一の対話だ。
「どうしたんだ親父? 弟達は来ないのかよ」
「一応、お前が長男だからな。俺も詳しくは効いてないが、石田家からこの市内についての話があると聞いたぞ」
「本家から御呼出しってことは、三満家や鷹神家も来んのか……」
「いいや、そんなに沢山は来ないそうだ」
ペットボトルのお茶を飲む親父は、つまらなそうな顔をしていた。
本家がわざわざ呼んだんだ。さぞかし重要な何かを伝える気なのだろう。
俺もこの家系について詳しいわけではないが、石田三成の息子で長男の重家の子孫。
本家のはずの石田家が元々は寺を持っていたのだが、時の流れでこの地域の寺は柵家が管理することになったらしい。
今の石田家には、息子が一人。娘は数年前に亡くなったらしいが、そこらは俺よりも親父の方が詳しいはずだ。
もっとも、俺はそんな事はどうでもよかった。
少し気になるといえば、現当主の石田 [[rb:廸楽 > みちらく]]の息子の姿も無いが、確か高校生だったか。

開けられた襖の奥に見えたのは、見覚えの無い男の顔。
知らない男が入ってきて、座ることなく隣の部屋の仏壇の方へと視線を向けていた。
そんな彼にかける声も特には無かった。
親父は驚いた顔をしていたが、特に何も言うでもない。
魔夜が振り返りながら、その男の方へと視線を向けている事に日向は気づくことはなかった。
不愛想で厳つい顔から視線をずらして、溜息をつき魔夜の方へ向けば、目が合う。
「それより日向、あの子は何だ」
「あぁ、ちょっとした諸事情で俺んちに住んでる。なんつったらいいか、親に恵まれてなかったんだよ。俺みたいに」
「何だとボケナスッ お前が何をしようとかまわんが、御縄になっても知らんからな」
「おいおい待てよ。俺は別にいかがわし事をしてる訳じゃないぜ。只、最近の五徳市は異能には厳しい」
そう言いながら魔夜の方へ視線を向けた事に、理解したように小さく頷いて返される。
何だかんだ言いながら、親父は飲み込みの早い人だ。
いつもそうだった。親父は俺の中で尊敬に値する無二の存在だということだ。
俺達の対話が終わってから、またペットボトルに手を付けようとした親父が、次に部屋へと入って来る
すっとペットボトルから手を離し、腕を組んだのを見て笑いをこらえた。
部屋へと入ってきたのは、本家の当主。
石田 廸楽が和装で来やがった。
細い目で妙に威圧感の有る姿に、只々黙っていると、座布団の上に膝をついて座り込む。
ご当主が来たというのに、仏間で立ち続けている男は、座る気すら無いのだろうか。
「急遽呼び出してすまない。五徳市での能力者騒動は、柵家は既に知っているだろうが、そのことについてだ」
また面倒な事になったもんだ。
俺の家も奇襲に合ったのだから、皆他人事ではないのだろう。
「柵家は異能力を封じる事ができるはずだが、市内全体にそれを広げる事はできないだろうか?」
「それは無理だな。俺と息子の日向が能力を発動し続けるのが日課だが、外部からの能力交渉の無効化が限度だ。千里眼くらいなら市内でも使う事はできないだろうが………」
「流石に、荷が重すぎる事だな。警察内部に私の部下がいるんだが、連絡がとれなくてな。ある組織が関与しているのは確かなんだが、最近は警察もどこかおかしい。 伊勢蔵、功鳥家も気を付けるように厳重警戒してくれ」
男の方へと視線を向ける当主。俺はヤツを見た事がなかったが、伊勢蔵という名に聞き覚えはあった。
功鳥 伊勢蔵
行方知れずだったアズマの父親だ。
妻の多加穂にも何も言わずに出て行ったという話を三満家の屋敷で聞いたことがある。
何故 今になって姿を見せたのか、不思議で仕方が無いが、アズマには言わない方がいいだろう。
当主からの話は続いた。
こんな話を坦々と聞いていて、飽きなくなったのだから、自分も歳をとったのを実感してしまう。
先生の説教を先行集会で聞いているくらいの時間が、流れる様に過ぎていくのだった。




 いつもと同じように、学校での一日が終わり放課後がやってくる。
ちょっと前までは全てが新鮮だったのに、直ぐに慣れて今ではこのクラスの一員になっていた。
そろそろオレンジ色の夕日が、空に現れる頃合い。
鞄を机へ置いたまま、必要な物だけをポーチに入れる。
普通なら今から部室へと向かうんだろうけど、今日からは私も真実へ近づくつもりでいた。
来夢もアズマも、その事件に巻き込まれているのなら、その解決策を考えてもいいはず。
席から立ち上がって、教室を出ようと思い其の場から離れようとすると、来夢が声をかけてきた。
「あれ、セリア何か用事?」
「ちょっとね。昨日 小夜って子いたでしょ? あの子と一緒にお茶会するの」
「ふぅん、セリアって本当に超能力とか好きだったんだ。小夜って子は……ってここでそんな話されても困るよね」
「また今度 ちゃんと教えるから楽しみにしててくれると嬉しいわ」
笑顔で言って返すと、来夢も頷いてくれた。
教室から早足で出て行くセリアの背中を目で追う来夢。
廊下へと出て、いつもと同じルートから下へと降りていく。
下校時間で賑やかな廊下を通り抜け、部活動生が準備をしている姿を見ながら、グラウンドの逆の道を通って行く。
まだ辺りは暗くなりそうになかったけれど、それも時間のもんだい。
今からする事もまだ知らない私は、正面門へと向かう。
 私達は目的も定かではないのに、いったいどんな行動にでようとしていたのかと、ふと疑問を持った。
アズマの手伝いといっても、いつも彼が戦っている姿しか見た事がない。
いつも傍観する立場の自分が、彼を支える事ができるのかは分からないけど、役に立つ方法。
それはきっと、魔夜が知っている。
門へと近づいてみれば、いつもの魔夜の姿が見えた。ストレートの背まで伸びている綺麗な髪の彼女は、一目見れば分かる。
彼女の元へと歩み寄って見れば、振り向く顔は凛としていた。
「準備はできてるみたいね」
「バッチリよ」
二人は移動する。学校から離れながら、魔夜は既に何をするのかを考えていたみたいだった。
案内でもしてもらっている様に、彼女が歩く姿の横に並んで付いて行く途中。
夕日にはまだなりそうにない空が、上には広がっている。
学校からある程度の離れた場所へと来て、魔夜は周りを確認して、何かを探っている様にも見えた。
能力を使っているのは分かるけど、私にはその事をテレパシーで教えてもらう事はできないみたい。
一方的に相手の考えを聴く能力らしい。
住宅街まできているのに、そこまで警戒しつづけているのも変な事なのに
魔夜の視線の向こうには中学制服を着ている男の子の姿がある。
「全部聞こえてるよ」
歩いている最中にそんな事を言ってきた魔夜に、少々無骨な微笑みを見せてしまいながら、公園付近を歩いている二人の刑事風な男の人が視線を向けてきた。
他人から視線を向けられるのは、なんだかいい気分じゃない。
魔夜は肩にかけている鞄から、録音機を取り出しながら、イヤホンをジャックに刺し込んでいる。
公園の前を通り過ぎて、魔夜は片耳にイヤホンをしていると、道は大通りへと出て車が左右に次々と通り抜けていく音が耳に飛び込む。
曲がれば直ぐにバス停が有り、その方へと魔夜は向かってから足を止めた。
何も言ってくれないけど、バスを使うということは、目的地は遠いのかもしれない。
魔夜は片方のイヤホンを差し出してくる。
「聞きたいでしょ? その為に来たんだから」
私はそのイヤホンを受け取ってから、彼女の横に近づいて片耳にイヤホンをしてみると、何だか寂しくない感じがした。
バス停には他の学校の学生や、帰宅中の中年なんかもいたけど、それでも人は少ない方だと感じる。
あまりバスは使わないけど、私の中では日本のバスは座る場所が直ぐに無くなりギュウギュウになっているイメージ。
録音機を手に、魔夜が画面を見ながら輪になっているボタンを操作している姿を真横から見ていると、ふと魔夜が呟く。
「なんか私達つき合ってるみたいね」
「へぇっ!?」
何だか、また私達の方に色んな人達の視線を浴びている気がした。
「ジョーダン ジョーダン」と言いながら録音ナンバーが一番古い場所へと左を押しっぱなしで、画面を移動していく。
最も古い録音音声の画面まで来ると、途中で画面が動かなくなる。
No.1と書かれている画面のまま、何秒間の録音なのかの表示されていた。
魔夜は何も言わずに、ボタンを押してその録音を再生する。
『2016年11月4日 教授の研究の結果、能力者を見つけた。DNA診断での情報が持ちかけられたんだ。一人目は、ショル・ハーパー。彼に会う事になってる。………彼が来た。結果は後で』
二年前の録音だという事は分かった。
流れる様にして、次の録音音声へと場面が変わる様にブツッと音が聞こえる。
『2016年11月5日 彼の家へ行って話を聞いてもらったが………彼に異常はなく、力の存在を拒絶していた。教授の読みは外れだ』
「あ、バスが来た」
魔夜はそう言いながら再生を止めた。
二年前の録音は、おじい様とアズマの研究についての事だったのは確かだった。
きっと、それは能力者を探していたんだ。
どんな手段で探していたのかは分からないけど、何等かの初段でそれを見つけたのかもしれない。
だとすれば、あのファイルの中に書かれていたのは…………
バスが目の前に止まったのを見て、二人はイヤホンを外した。

 数十分の間、バスの乗っていただろうか
魔夜のちょっとした世間話を聞きながら、気がつけば目的地らしき場所へと到着していた。
何も聞いてない私には、ここに何をしにきたのかも分からない。
でもバス停の目の前にある高い建物が、ホテルだと言う事は、入口の開けた場所にあるオブジェを見て見れば分かった。
前にテレビで見た事のある。新建造のホテルだ。
何階建てだったかは覚えてないけど、付近の建物の中では、かなり高い建造物だった。
見上げていると、魔夜が肩をこついてくる。
「ファイルには、ここのホテルオーナーの娘がのってたの」
「さっきの録音が本当なら、ファイルの名簿は能力者達……?」
「かもしれないね。まずはその人物と会って、身の危険が迫ってる事を教えないと」
魔夜と共にホテルの入口へと向かった。
既に夕日の眩しい光が街を斜めから照らしている。
直ぐに日が暮れて夜になるけど、何処に敵が居るか分からない街中は危険だということは分かってるつもり。
一人だと怖いけど、今は魔夜が一緒に居てくれた。
近くに居てくれるだけで、心強いと思うのは私だけかもしれないけど、魔夜はどうして………
「私は貴女が放っておけないだけ…………両親も家族もいない貴女をね。今の家族が大切なら、自分で勝ち取らないといけないものよ」
「今の……家族」
自動ドアを潜れば、あまり多いとは言えないけど、エントランスホールの開けた空間では、寛いでいる人が少々。
風通りの良い吹き抜けから、エレベーター四台。
何だか物静かな空間が広がっている中、魔夜は特に周りを確認するでもなく、私を置いて歩きはじめた。
サービスカウンターの方まで行く彼女の姿を見つめたまま、動かずに待つことにした。
監視カメラの数もけっこうなものだけど、何だか不安でならない。
まるで、既に誰かが狙ってきているような緊迫感を感じてしまっていた。
嵐の前の静けさとは、また違う妙な感覚。
少し待っていると、魔夜が戻ってきた。
いつもの冷静そうな顔で、一言だけ
「上にいるご令嬢さんに、上がってどうぞって言われた。まさか許可を貰えるなんて思わなかったわ」
「え……何か言ったの?」
エレベーターの方へと歩き始めると、魔夜は妙に静かになる。
ボタンを押して見れば、直ぐに扉が開き、エレベーターの中まで広々としたスペースが有り、少し驚いている私を魔夜は引っ張る。
少々急ぎ気味に入ると、立ち入り禁止区域でバッテンのついている階。
29階のボタンを押した。関係者用フロアと書かれているけど、ファイルの人物はそこにいるのだろうか。
30階が最上階で、一番高級な部屋だというのは調べなくても分かりきっていることだった。
無言だった魔夜も、エレベーターが上へと動き始めると口を開く。
階層表示のされている小モニターの数字も既に5階が過ぎていた。
あのエントランスに何か居たのかもしれない。
「御名答。もう見張りが一人来てるみたい」
「それじゃぁ………」
「鍵は貴女のおじい様の名前。それを言ったら、直ぐに許可を貰えたのよ。きっと何か繋がりがあったのね」
上へ上へと登っていき、何事もなく29階の立ち入り禁止の階へとたどり着き。
扉が開くのを待った。普通なら、階について直ぐに扉は開くものだけど、立ち入り禁止区域は違うらしい。
そのまま待っていると、この個室の中にはアナウンス用のスピーカーも有ったらしい。
小モニターの下にあるスピーカーから、その声は聞こえてきた。
『お客様ですわね。それで、要件は何かしら?』
相手の顔も見えないのに、彼女は話しかけてきた。
何と返答すればいいか困っているセリアの顔を見て、魔夜が先に口をひらいた。
「この扉、開けてもらったらちゃんと話すよ」
『………それで私のメリットはありまして? 貴女が私の敵でないという証拠でもありましたら、言ってみてくださいまし』
「そうね。ここに居るセリア・レインベールがその証拠になるとおもうけど………」
『レインベール……? まさかっ! 分かりましたわ 廊下の奥から左へ向かいなさい。非常階段から右の端を見たら直ぐに私の部屋が見えるはずですわ』
急ぎ口調でそう言った彼女の声は、ブツッと途絶えて扉が開いた。
完全に開くと、魔夜が先に出た。普通のホテルの廊下は、少し眩しいくらいの黄色い電球が辺りを照らしていた。
彼女に言われた通りに、そのまま道を進んで行くと、非常階段が見えて目印のその場所へと向かう。
魔夜が何の根拠が有って、彼女に私の名前を教えたのかが分からなかったけど、難なく進んで良かった。
「貴女のお爺さんの名前を聞いたのは、あのファイルを作ったのが貴女のお爺さんじゃないかって思ったからよ。それにアズマと二人で色々な人に会いに行ってたとすれば、必然的に知り合いかもしれない………そしてお爺さんの名前で反応したのなら、貴女の名前で反応しないはずがないのよ」
「はぁ、チョット ワカラナイ カナ」
「とにかく、相手もセリアに合いたいのか、もしくは貴女を消す存在のどちらかだって事は分かったから」
「えっ!? 敵なの!?」
「可能性の話しよ」
そんな会話をしていたら、目的の部屋へと付いてしまった。
両開き扉の両脇には、小さなショーケースが一台づつ並んでいる。
中に入っているの高価そうなお皿は、おじい様が良く飾っていた記念品のお皿と似ているから、きっとそういうお皿なのだろう。
魔夜は何だか警戒しているみたいだけど、私は特に何とも思わなかった。
でも、私達だけで行動しているのだから、警戒はちゃんとしないと危ない。
唯一戦える手段は、私の能力だけかもしれないから…………
扉へと近づいてこちらからドアノブへと手を近づけようとすると、向こう側から扉が開かれた。
中から現れたのは、同年代くらいの女の子が一人。
「貴女が教授の娘さんですわね!」
何だかよく分からないけど、歓迎されたって事でいいのかな。
速やかに部屋の奥へと案内されて、リビングらしき場所まで連れていかれた。
「彼女はシェンリュ・シフォン。中国人大富豪の娘みたいよ」
魔夜は簡単に私に説明してくれた。
こんなホテルを建てて、フロア一つに自室があるんだから、それは言われなくても流石にわかった。
ドアは二重ロックした上に室内にも監視カメラがついている。
完全防御というか、ホテルの一室が完全に自分の家らしい。
まぁ、親が金持ちなのだろう。ものすんごく大金持ちのね。
ソファーへと座らされて、慌ただしくお茶まで出された。
何と言うか、一応歓迎はされているらしい。
魔夜と隣に座っていると、向いに彼女が座った。
後ろの部屋には、モニターが数台にPCとその他の機材。
何だか凄い部屋なのは確かだ。
「それで、ここに来たと言う事は何か重要な事があるんでしょう? 教授の死から、もう一ヶ月と少しくらいですわ」
「えっと………敵が沢山いて、えっと」
「それは知ってますわ 去年の末辺りにドルビネ教授とお話をして、能力者全てにその事を伝えるとかどうとか………組織の事で間違いなくて?」
私の代わりに魔夜が頷く。
こういう時に私はいつも上手くやれない。
だから私はいつも…………
「そうですわねぇ。最近フランスやドイツでも似たような事件が増えていましたし、超能力犯罪がこの街でも起こっていたから、だいたい分かっていましたの」
「じゃぁ話は早いね。貴女も狙われてると思うから忠告に来ただけよ。できれば足手纏いにはならないでほしいから」
魔夜の言葉に、シフォンは機嫌が悪そうに目を鋭くした。
でも、魔夜の言いたい事は理解できた。彼女が襲われれば、アズマも動くかもしれない。
ここのところ連戦続きで、アズマの体力が万全じゃないのは一目瞭然。
それでも自分の身を削って今まで誰かを助けてきた。
私達ができるのは、次の犠牲者が出る前に忠告するくらいだろう。
「随分 上から目線の態度ですわね。私なら貴女を直ぐにでも殺せましてよ」
「私は知ってるのよ。シェンリュ・シフォンは大富豪の娘で、生まれつき凍結能力が有り、両親から見放されて日本で一人暮らし。一年前には拉致されてフランスにまで連れていかれてたのよね。 それにその組織に加担してた。」
「…………ッッ」
魔夜は言葉で圧倒していた。
既にテレパシーで彼女の記憶でも見ているのか、いつもより虚ろな目だ。
俯いた彼女に対して、魔夜は目を反らして、話に間が開いてしまう。
シフォンは怒っているというより、当時を思い出して怯えているようにも見えた。
自分の弱さを知っているんだ。
「その通りですわ。 最後の日、あの二人が現れなかったら私はまだ、あの組織にいたかもしれませんわね」
今の台詞にセリアは慰問を抱いた。
太陽が下がり暗くなった夜景を後ろに、シフォンは顔を上げてから私の方を見つめてくる。
彼女も辛かったんだ。何に辛かったかなんて、度合で計れるようなものではない。
他人からしれみれば、その程度と言われても、きっとそれは世界が壊れるのと同じくらいの辛さなのだから。
「二人って、もしかしておじい様のこと?」
「ええ ドルビネ・レインベール。貴女のおじい様と、その助手に助けられましたの…………犠牲も多かったけど、彼等は私の唯一の味方でしたわ 生前の貴女のおじい様と、もう一度お話したいものですわね」
「じゃぁ 私もシフォンの味方になるわ」
ついつい立ち上がってから言ってしまう。
でも私のおじい様が、彼女の味方だったのだから、きっと悪い人ではないはず。
一人だと不安でも、仲間がいると頼もしいものだ。
それは魔夜がいてくれたから、アズマが居たから分かる。
目を丸くして顔を見上げるシフォンは、並だを目に浮かべていた。
「私達、三人で仲間よ。ほら 魔夜はちゃんと謝ろう」
「あ、えっと ごめんなさい。 私も両親から捨てられたようなものだから、貴女の気持ちは痛い程分かる。ごめん」
シフォンも次第に笑顔になった。
ちょっとだけ、魔夜は馴染んで無さそうだったけど、私が魔夜と仲良くなった様に、シフォンもきっと仲良くなれる。
仲間というのはそういうものだって、私は思うけど、どうなんだろう?
魔夜はあんまり乗り気では無さそうな顔をしてる。
ごめんね魔夜。
「貴女達には話しますわ。 実は、組織内にアメリカのエージェントが…………」
唐突に部屋の中が真っ暗になった。
電気が消えて、目の前が何も見えなくなった状態で、シフォンも話しを止めてしまった。
こういう時は魔夜に見習って冷静でいないといけない。
暗闇は直ぐに慣れるだろう。窓からは街中の光で薄く見える程の光が入ってきた。
魔夜は鞄の中からペンライトを取り出して、辺りを照らした。
窓から入って来る光なんかよりも、もっと見えやすくしてくれた。
「アイツ等と鉢合わせになるのは嫌だったけど、たぶん私達がここに来たのが原因かもしれないわ………生き残りたいのなら、戦わないと」
「心の準備ならできてましてよ」
暗い部屋の中、ペンライトで照らされている三人。
魔夜とシフォンはやる気満々。
敵が何人いて、どんな能力を使ってくるのかもわからないけど、このホテルから逃げる事くらいならできるかもしれない。
三人で協力して、今この状況を切り抜けるしかない。
迷宮の中、一人でひたすら足掻いてもどうにもならない事がある。
一人で足りない事を別の一人が補えば、知恵も広がるものだ。
人間は一人で生きるより、誰かと助け合いながら歩む方が何倍も良い結果が出る。
時に人は意思に反して動く事もあるが、それを理解して受け入れる事も必要な事。
それが人間なのかもしれない。
夜の暗がりの中で、まさに三人が協力しあおうとしていた。

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