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異能力との対峙

Chapter 21

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 アズマの部屋ではPCを起動させた美鈴の姿があった。
画面には監視カメラの映像に接続して、色々なウィンドウが広がっている。
牛乳パックを持って、口へと近づけて飲んでいると、
唐突に鳴りだしたiPhoneの着信音に、美鈴は手に取ってから確認。
登録している相手からの電話で、フォンフォンと表示されていて、美鈴は納得したようにして通話に応答した。
『私ですわ』と高い声が聞こえ、美鈴は答える。
「フォンフォン……久しぶり」
『久しいのだけど、こちらにも有余が無いんですの。貴女のハッキングでホテルを極秘の予備電源に切り替えてくださる?』
坦々と話してくる声に、美鈴は牛乳パックをアズマの使っているデスクに置いて、PCの画面を切り替えてアズマも知らない自作のソフトを起動させた。
「直ぐにできる……まかせて。でも、それ以外のサポートはできないかも………」
『分かりましたわ。貴女には予備電源さえ上げてもらえれば助かりますの』
「うん……」
急いでいる様に、相手は素早く通話を切ったらしい。
美鈴もiPhoneをデスクへと置いて、ソフトからネット回線マップから、特定の場所へと選択してグランドホテル内の回線の中へ入り込む。
外は真っ暗で、既に太陽も沈み、丁度ホテルで魔夜達が奮闘している頃だ。
キーボードをかたかたとプログラムでも打ちこんでいる様に叩き、予備発電システムへと接続。
そのまま勝手に制御プログラムへと入り込み、予備電気の配給を作動させる。
「任務完了……」
キーボードから手を離して、マウスでホテル内 監視カメラへと、シフォンのPC経由で映し出された。
いつもと変わらない様子で、美鈴はマイペースに外側から彼等の姿を確認していく。
小さなパックに入った牛乳を飲みながら、PCの画面と睨めっこ。
画面には飲食店へと入っていく刑事、東条の姿が映る。
iPhoneをUSBを使ってPCに繋ぎ、監視カメラに映っている二人を眺め、プログラム道理に彼等へ通話を繋げようと電話をかけた。
映像の向こうでは、着信音に気が付いた二人が、同時に鳴り続けるお互いのケータイに疑問符を浮かべている様だった。
美鈴は作業を続ける。
iPhoneを自分の耳元まで持っていくと、彼等も同じ様にその動作をしていた。
通話が繋がると、真っ先に美鈴が言葉を放つ。
「刑事さん。シェンリュグランドホテルへ直行してください……そこに貴方達の探している異能力者。いいや……犯罪者がいます」
有無を言わせる事なく、通話を切ると、電話記録へとハックして強引にもその情報を削除する。
彼等は二人とも、同じ電話が来たことに何か言い合っているが、直ぐに店から方向転換して急ぎ足で消えた。
ジッとそれを見つめ、別の映像へと目を移した。 
その同時刻、日向は言われた通りにシェンリュグランドホテルへと向かって、車で移動中。
一回の連絡以降、連絡のとれなくなったアズマの元へと急ぐのだった。



 日向がたどり着くよりも先に、アズマは目的の場所。
グランドホテルの裏駐車場から侵入して、中へと入ろうと目の前までたどりついていた。
ただ、駐車場の街灯も全て消えている暗がりの間を警戒しながら歩いて行く。 
誰かの影が移動していくのが見え、それが誰なのかは直ぐに理解できる。
帽子をかぶっている女は、前にも対峙した事のある能力者だ。
もう一人、彼女に追い駆け垂れているのか、少女の姿が見える。
ヤツには虐殺癖があり、ためらいなく人を殺した事も何度かあったはずだ。
放っておくわけにもいかない。
宙に浮いている発光物質は、高熱物体だろう。
直ぐ様ヤツの前へと、テレポーテーションし、相手の驚いた表情へと一気に拳を叩き付けた。
「ッッ!!!」
悲鳴にもなってない、小さな声を出して、そのまま後ろへと下がらせる。
名も知らない彼女に恨みは無いが、あの組織に関わっていて連続殺人者であるコイツを止められるのは同じ能力者だけだ。
「てめぇ………」
低い声で言うヤツの姿に、俺は身構えた。
急な攻撃で怯んだからか、光る弾は消えていたが、戦意は向上しているように見える。
このまま引く事はできない。引けば撃たれる。
後ろへ視線を向ける事はできないが、少女はそのまま立っている気配がした。
そんな後ろへ向けて言う。
「早く逃げて!」
少女は頷くと、少し後退ってから急いで背を向けて駆け出した。
並んでいる車の間を走っていく足音が遠くへと離れていく。
目の前にいる彼女が、その方へと視線を向けて手を振りながら夜に閃光を作るようにレーザーを放とうとする。
それに対して俺も攻撃をしかけた。
念動力で相手の身体を強引に吹き飛ばす。
風の動きも不自然になり、相手は地面から足が離れて、着地と同時に体勢を立て直す様を睨みつけた。
「複数の能力? まぁいい。私の任務は外から来るヤツの排除。丸焦げにしてやる」
俺は黙ったままヤツから視線を逸らさないでいると、ヤツは両手の上に光る球体を生み出す。
コイツを倒して上へと向かう。ここが本拠地になっては困るからな。
浮遊する球体は一気に直線になり飛んでくる。
光の速さで飛んでくるソレに対応するには、こんな方法しかない。
閃光は熱を放っていたが、俺の身体を貫通して、そのまま後ろへと突き抜け車へと直撃。
後ろでドゴンッ と小爆発と共に炎が吹き出し連続するように更に爆発した。
「!?」
俺はヤツの立っている方向へと駆けた。身体を突き抜けていくレーザーは細くなり消え、目の前まで移動して拳を振り上げた。
彼女の肩へと思いっきり拳を叩き付け、ぶつかった衝撃と共に鈍い音が鳴り響いた。
一撃のパンチで、彼女は地面へと跪く。片腕を押さえながら、歪んだ口元は痛みに歯を食いしばっている。
「くそ!!」
至近距離でのレーザーは読めている。
発光球体が生成される前に、即座姿を消して別の場所へと移動。
発射された閃光は、既に燃えている車へと直撃した。
辺りへきょろきょろと視線を向ける彼女の後ろから、ゆっくりと歩み寄る。
膝を付いていた彼女が立ち上がり、気配に気が付いたのか能力を使おうとしていた。
振り返ろうとしているのは直ぐに分かった。すかさずヤツの首を掴み上げて、血流が早くなる。
地面から足の離れた彼女はの首を片手で絞めてゆく。
「ぐ………ぁぁ」
そのまま首を絞め続ければ、直ぐにでも彼女の呼吸は止まりそうだった。
次の瞬間、唐突にホテル全体が眩しく輝く。
停電していたはずの場所がいきなり明るくなり、暗がりに慣れていた目が眩しさにが倍増する。
運が悪く、自分の方向へと閃光が腕の上をかすめ焼き焦がされ、首から手を離してしまう。
お互いに後ろへと下がり距離を取ってしまった所で、自分の失敗に気が付く。
距離が離れればヤツの光線の的にされる。彼女の能力が光学的なものなら、光の屈折を駆使しての攻撃は今の状況だとマズイ。
駐車場の電灯が数か所で光を放っているのが視界に映った。
次の閃光が見える前に、瞬時に姿を消す。
相手の後ろへとテレポーテーションしたのと同時に回し蹴りが脇腹に叩き込まれた。
重い一撃に押されて、何が起こったのか理解できずにいると、次の攻撃が彼女の手の上に現れる。
彼女が先に動こうと発熱する光物体を俺の方へと向けようとする。
二人だけの戦闘空間に、不意にエンジン音が空気を切り裂く。
フロントライトの光に照らされ、次の瞬間女は横へと飛び退いてその場から離れる。
急ブレーキで車が止まる音なんて、滅多に聴くことはない。
女の姿が見えなくなったのと同時に、黒いワゴンから飛び出してきたのは日向だった。
「アズマ! 24階だッ 24階に飛ばしてくれ!」
「ほんと無茶苦茶だよな日向は……」
「18階にも能力者がいる。後でちゃんと来いよな」
飛び出てきた日向へと手を伸ばし、俺の手の平にボクシングでもやるように拳をぶつけてきた。
俺は日向をテレポーテーションさせて、ホテル内部をイメージし、この場から飛ばす。
転送先がどうなっているかは分からないが、健闘を祈るしかない。
飛び込む様に地面へと倒れ転がると、車をレーザーが貫通したのが見える。
今まで沢山殺してきたんだ。今更躊躇っても、何の意味もない。
立ち上がると同時に、日向の車へと手を向けただけで、トラックでも衝突した様にヤツの方へとタイヤを横に引きずりながら一気に移動していく。
ドンッと音が聞こえ、相手が跳ね飛んだのが分かった。
次の一撃確実にしたい。
左拳を引きながら右脚を前に出して身構える。
光る球体を片手に立ち上がる姿が、車の窓二重越しに見えて、彼女が車の上へと上がろうと別の車を足のバネ変わりに蹴りつける。
その衝撃で彼女の帽子は頭から離れ、風に乗って飛ぶ。
強い者だけが生き残る。自然の進化の即理なのは誰でも分かる事だ。
だが、どうして人々はそれを何度も繰り返すのかは、今も昔も永遠の疑問。
皆、誰だって殺されるのは嫌にきまっている。
なら、どうしても戦うしかない。 超能力とは、人を惑わすだけの存在なのかもしれない。
「ッッ」
息を殺して俺は駆けた。走り出したと同時に、車の上へと飛び上がろうとした彼女の目の前へと現れ、その拳を振るった。
車を動かす程の身体能力の向上した拳を彼女の頭へと叩き付けた。
一瞬に彼女の身体は頭から地面へと倒れ、同時に着地する。
嫌な音が聞こえた後、振り返り倒れた彼女へと視線を向ければ、彼女の身体は倒れたまま起き上がらなかった。
既に首の角度がおかしな方向へ向いていて、元には戻らない事は明白。
何も残らない戦いの中で、まだ戦い続けないといけないのだろうか?
ホテルの方へと視線を向けて見れば、各部屋の電気がぽつぽつとついていて、全ての電力が戻っている。
風が生暖かく感じた。
薄々と星空の見える上の風景に、月が高くまで上がり、既に時間は7時を過ぎていた。
このホテルで何が起こっているのかは分からないが、日向が24階へ飛ばしてほしいと頼んできたのには、何か意味があるのだろう。
俺が向かうのは18階。
だが、一階の一番大きなフロアに誰もいないは思えない。
見に行く必用があるかもしれない。

 その場から離れて、裏の駐車場から歩道を通って表の方へと向かっていく。
特に誰もいない暗がりの中を歩いて行くと、正面入り口が見えてきた。
不思議と、人を殺してもその実感が持てなかった。
ただ護る為の戦いで、相手を殺して構わないとは思ってなかったはずだ。
でも、今はもう違う気がする。生存本能のまま、敵を殺している。
生存競争の上では当然の事だと教授は言っていた。
この戦いを終えたとして、セリアも俺も日常を手に入れる事なんてできるのかは、それこそ分かるはずのない話だ。
考えこみながらも歩き進んで行くと、正面入り口から中へと入る。
明るいホールには、ゆとり場やカウンター、観葉植物の見える中、一つの椅子に一人座っていた。
「初めましてアズマ君。貴方の事はリーダーが良く話してくれてたわ」
「………お前は」
「私はジーナ・ドレフィン。世界の行方を見守る旅人よ」
「紹介してくれて早々で悪いけど、厨二病を構っている暇は無い」
相手の能力も分からないが、何より上の階の方が気になっていた。
日向のあの急ぎ用と見るに、誰か知り合いが上にいるのだろうか?
だが、このホテルのオーナーの娘とは全く関わりがなかったはず。
急がなければ、間に合わない。
ジーナに対して身構えていると、一人の声が二人の間を裂いた。
「待った!」
声の方へと振り返るジーナの姿に、その方へと視線を向けると、学ラン姿の少年が居た。
アイツ、この間助けた………
「急いでいるのは大体分かってるよ。この建物には色々な声が聞こえる。 ここはボクに任せて先に行ってよ」
「音が聞こえる?」
俺の質問に彼は頷いてから、口を開く。
まるで自分の能力に自信たっぷりの様子だ。
ジーナの前で無防備にも力の抜けてリラックスしている。
「ボクの能力は五感を強化できるんだ。匂いも音も全て区別して感知できるよ」
「まるでストーカーに適した能力じゃない? 面白いわ」
そう言われながらも、少年は笑顔を見せている。
学ランの中からアーミーナイフを取り出して、早く力を解放したいとばかりにフラフラを身体を左右に揺らしていた。
本当なら説教の一つでもしたい所だが、ここは利用できるものは利用したかった。
まだ上にも能力者が何人いるかも知らない状況だが、戦力になるのなら………
「わかった。君に任せるよ………」
俺が進みだすと同時に、ジーナが銃を取り出してトリガーを引こうと狙いを定めた。
階段の方へと駆ける俺に銃口を向けた瞬間、俊敏な動きで接近した少年はナイフの刃を一振り。
首元へと移動してくる刃の軌道を先読みして、ジーナはナイフを持つ腕を弾いて掴み、関節に銃身を叩きつける。
その一撃と同時に、彼の膝蹴りが腹部へ激突して互いに後ろへと下がる。
彼等の戦いが始まるのと同時に、階段を駆け上がる前にテレポーテーションで姿を消した。
ここに残った二人だけが、殺気を撒き散らしながら一階を陣取ってしまうのだった。


 唐突にライトアップされた廊下の中、傘を振り回し彼女は私の的確な位置に先端についた刃で何度も突こうとする。
でもその思考は私には読めていた。何度も行う攻撃に、私は簡単に回避して連続攻撃に対応できた。
刃にはカスリもせず、後ろへ下がりながら身体を横へ移動させたりで体力をあまり使わないように動く。
相手の方がリーチは長い。こちらから間合いに入るのはあまりにも危険だ。
でもこのままだと………
「あらあら? 避けてばかりじゃ何も始まらないんじゃない?」
次は傘を大きく振り上げてから居合切りの様に斜めに切り込んでくる。
思わず後ろへ勢いよく避けると、後ろにある小さなテーブルにぶつかり、手がその上にある花瓶にあたった。
怯む事なく魔夜は花瓶を投げつける。
いきなりの事に反応しきれなかったのか、投げた花瓶は彼女の頭に直撃してガシャンッ と音をたてて割れた花瓶が床に落ち、彼女の頭からは血液が滴る。
傘を片手に動きを止めて、頭から流れてくる血を左手で触れて、手についた血を一目見る。
「最悪。アンタみたいな子は、マインドコントロールもできないしハッキリ言って邪魔よね。 今ここで私が葬ってあげる」
「……っ」
彼女の目は鋭く、睨んだまま私から視線を反らす事はなかった。
少しの間の静止が終わり、彼女が先に動く。
傘を一気に振り込んでくる。急いで後ろへと下がりながら、小テーブルを彼女の方へと倒し、近くに何かないか辺りを見渡す。
何か、何か使える物は……!
これと言って使える物なんて、この場所には無い。
後ろに下がって行っても、有るのは壁とドアに廊下。
コッチ側には階段は無く、彼女の後ろに通常階段が有るのは見えていた。
こんな事になるんだったら、戦い方くらい学んでおけばよかった。
スイングから右回転ピンヒール・キックをぶつけられそうになりながら、それを回避すると後ろの壁にぶつかる。
「ッ……!!」
彼女の笑顔は、私の目に焼き付いた。
目と目が合うと同時に、さっきまで無かった妙な感情が溢れ出てくる気がする。
足が震えて……動かない。
「あれ、こんなタイミングで効果でた? どちらにしろ、これで楽に殺れる」
日傘をくるくると人差し指で回して、直ぐ様両手で持ち構え、魔夜へ向けて最後の一刺しを与えようと動いた。
少し厚底のブーツが音を鳴らし、一歩近づいてからの振りかぶる。
私の思考の中に諦めるという選択肢しか現れなくなった。
もうここで終わり。でも、そうじゃない事を証明する人物もここに来ていた。
彼女の後ろに現れた日向は、直ぐ様相手の頭を掴んで、私の直ぐ隣の壁へ叩き付けられた。
「おっと、やらかした。ちょっと力入れすぎちまったか」
どすりと床に倒れた女が私の隣に、そして日向が彼女の日傘を手に取って両手と膝を使って叩き折った。
日向が、助けに来てくれた?
どうしてここに居るって………
「お前どうしてここに居るんだ。 もう少し遅かったらマズかっただろ」
「えっと………」
「理由は聞かないぞ。 俺達にできるのは逃げる事だ…………他にも能力者が集まって来てやがる」
「えっ 日向って能力つかえるの?」
「そういえば言ってなかったな。俺は他人の能力を察知できる。もちろん魔夜の能力も常に使っているなら居場所も分かるんだ」
いつも日向の心は見透かしていると思っていたのに、そう言うところはやっぱり意思が強いのかな。
私の力も全てが見えるわけじゃないのね。
「ほら行くぞ」
そう言いながら日向は、床に倒れたままの彼女を抱きかかえる。
どうしてと思ったけど、その理由は分かった。
敵の事を探るのには一番適切な相手かもしれないと、そういう考えは分かるけど
御姫様抱っこはちょっとムカつくかも
先に進んで行く日向に付いて行き、彼の向かう方向はエレベーターだ。
それにしても、近い
流石に近すぎる。
「なぁ、睨んでないか お前?」
「いえ、そんなことありません」
「いや何で敬語なんだ」
エレベーターの前まで来ると、手の塞がっている日向から視線を離してボタンを押した。
下から上がってくるのが小モニターに表示されていて、私達はソレを待つ。
日向の頭の中はハテナだらけで、余計にムカつく
「あっ 御姫様抱っこだったらいつでもしてやるって、だからそんな怒るなよっ」
「そ、そんなこと一言も言ってない!」
「またまたぁ 顔真っ赤だぞ。可愛いなほんとに」
彼から顔を背けていると、下から上がってくるエレベーターの扉が丁度開く。
セリアは逃げ切れたのか気になるけど、この階の近くにはいないみたいだ。
どちらにしても、日向がこの女を抱えている以上、セリアとシフォンを探しに行くのは危険に思える。
ここから逃げるのが一番いい判断なのは確かだけど、セリアを置いて逃げるのは気が引けた。
でも、今はただ逃げるしかない。



 ホテルの正面ゲートからキャンピングカーが移動してきて、入口前の屋根の下で止まる。
運転席に座っている男が、ホテルの方へ視線を向けて覗き込む。
中では何も起こっていない様に、誰の姿も見えない。
男は無線機を手に持って、向こうにいるはずの人物へと声をかける。
「どうしたジーナ? そっちはどうなってる」
返事は帰ってこない、後部座席へと視線を移すと、比留間と少女達も何が起こっているのか疑問符を浮かべる。
無線機を片手に持っているが、もう一度使うことは無かった。
比留間は、渋い表情で首を左右に振って口を開く。
「やられたんだろう。 彼女の力は有能だった…………心配する必要はない。警察達はここには来ないことになってる」
「中、俺が見にいきましょうか?」
「その必要はない。何も知らないまま入るよりも、誰かが出て行った後に入るのが安全だ。 イディー、車ごと私達を消してくれ」
イディーと呼ばれた少女は比留間の隣に座っている。
「は、はいっ」と焦り気味に言う彼女の余所に、男は持っている無線機をダッシュボードへと入れ込む。
特にすることの無くなり、視線を別の場所へと移そうとすると、ホテルの向いにあるビルの屋上が光った。
人工的な光ではないような、妙な青白い光に目を取られている男に比留間が気にかける。
「何か不可解なものでも?」
「あ、いえ……そこのビルの屋上が光った気がしたんで」
「ふむ………警戒しておいて損はない。私達は小組織だからな」
言いながら、男の見ていたビルの屋上へと視線を送る。
助手席のロウティは無関心で、自分のスカートの裾を握って、特に何も言うことなく正面を向いたまま動かない。
車の中で自由時間とは誰でも嫌なものだ。
比留間の部下達は、皆そんな気分で車の中で待機するのだった。



 階段を降りるセリアとシフォンは、さっきまで暗かったホテル内の電気が廊下を明るく照らし、視界が少し揺らぐ。
駆け下りていた二人が足を止めて、その明るい廊下へ出ると、上から天井を通り抜けて降りてくる男に目を丸くした。
床を通り抜けて降りてきたんだ。
シフォンは、まだ少し怯んでいるみたいで、目をこすっている。
逃げても逃げても追いつかれる。
「まったく、めんどくさいヤツ等だ」
男のぼそっと言った事に対して、私達は動きを止める事しかできない。
彼は余裕そうにしているけど、私も力を使えば逃げる事ぐらいは簡単にできる。
だもここで使ってしまったら、アズマとの………約束を破ることになる。
せっかくここまで隠しているのに、その意味がたった一瞬で崩壊させるのは、良くない事だ。
「まぁとりあいず、邪魔だから死んでもらおうかな」
彼はポケットから折り畳みナイフを取り出して、その刃を開いてから近づいてくる。
後ろへ下がろうとしたが、シフォンは微動だとしていなかった。
それどころか、下がった私の前に立つ。
嫌な予感はしていた。でも、こんな終わり方はダメだ。
私達が来なかったら、もしかしたらシフォンは捕らえられるだけだったかもしれない。
近づいてくる足音が心臓の鼓動と重なる。
三歩目から、止まってしまった彼の足に、二人は固まる。
彼の手からナイフが落ちた。
落ちたというより、通り抜けたような。そんな感じで床へと落ちた。
驚いているのは私達だけではないみたいだ。彼もまた、今の現象を予期してはいなかった。
次の瞬間、彼の身体が痙攣しているように震えたかと思うと、床の下へと彼は姿を消してしまう。
「うをぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ」
下へと下がっていく声が一瞬にして掻き消え、男の存在がまるで目の前で消えた様に感じる。
彼に何がおこったのかは分からないが、自分の力が暴走しているようにしか見えた。
そして、私達は助かった……のよね。
今起こった事すら分からないのに、次の瞬間、唐突にアズマの姿が現れる。
テレポーテーションでここまで来たんだ。
さっきの男の叫び声はアズマにも聞こえていたのか、辺りを見渡してからこっちへと歩いてくる。
「何で……どうしてセリアが居る!」
攻め寄ってきたアズマが怒鳴り、それに反応する事はできなかった。
今まで見た事のない彼の形相。何も言葉が出てこないでいると、シフォンが先に口を開く。
「この子は私に忠告をしに来ていたんですのよ」
「君は、シェンリュの………でもどうしてセリアはシフォンを知っていた」
「それは………」
「何か、隠し事をしているのは分かってる。この間から何かおかしいとは思っていたんだよ」
アズマの攻めてくる態度に、シフォンは何だか気に食わないような顔をして、さっきのように私の前に立った。
嫌な空気で、何だか胸が締め付けられる。
約束はちゃんと守ったのに、変な気分が私の中を渦巻いていた。
「わたくしはこの子に助けられましたのよ? 命の運人を責めないでくださいまし」
「俺も前に君を助けた。 それに俺は責めてるわけじゃない。どうしてシフォンを知っていたのか、なぜいつもの様に家に帰らず妙なことをしたのかを聞いてるんだ」
「何を興奮してらっしゃるの? 相手の能力は理解して使いこなせるのに、相手の気持ちを理解しないのは相変らずですわね」
アズマの口は止まった。
彼女との間に、何かあったのだろうけど、そんな事を聞く程の余裕も私にはなかった。
「わかった。話しは後で聞くから、ココから脱出する」
「待って………」
今の声は私でもシフォンでもなかった。
右へ振り向いてみれば、誰かが歩いてきている姿が見える。
近づいてきているのは女性だ。殺意があるとは思えないのに、妙に嫌な雰囲気を放っているように感じた。
シフォンは彼女の姿を見て口元を歪める。
「助手っ 早くテレポートを!!」
シフォンは言い放った。助手という呼び方は、きっとアズマがお爺様の…ドルビネ教授の助手だったから
「メラニー………」
彼女の姿を見ながら、アズマは何だか怒りを覚えているように見える。
私はどうしようもない不安感に、何もできないでいると、シフォンが私の腕を掴んだ。
直ぐ様アズマの胸倉を片手で掴んで、強引に引き寄せた。
「早く!!」
大声で言い放つシフォンに、アズマは従った。
私達はアズマの能力で、この場所からテレポーテーションで消える。
誰だかわからない彼女の姿が、私の目に焼き付く。
悲しそうにしていた彼女の表情が…………


 日向達はエレベーターを降りると、正面から出る事をえらばなかった。
二人共、出て直ぐに何かが居る事を分かっていたからだ。
姿を透明化させて隠れた彼等は、車の中にいる。
運転席の男が窓越しに、ホテル内を見て二人が裏口へと進んで行く姿を目撃していた。
日向が抱きかかえていく少女の姿が、自分達の仲間だと分かり、男は口を開く。
「裏口から逃げるようです。それに……ルーテアのヤツが捕まったみたいですね」
「気にしなくていい。私の計画の邪魔になる異能者は、仕方ありませんが見捨てる他ない………」
「了解です。それでは、中へ入りますか?」
裏口へと消えた彼等を追う事なく、男は沈黙する。
リーダーの発言は絶対だった。
「既に二人が出て行ったとして、中にいるのは多く見積もってもシェンリュ含めて三人。あの青年が来てないはずがないからね。この人数なら対処できる」
「では、中へ入るということですね?」
比留間が頷こうとした時、正面ゲートから自動車が一台。
パトランプを付けている車が現れた。
向こうの車内からは、ワゴン車の姿すら見えてはいない。
運転する東条も、それには気が付いていなかった。
ゆっくりとホテルを見上げながら移動してくる車に、比留間は静止させる。
端の方で車を止めると、東条と鞘草が表へと出てホテルへと向かおうとしていた。
途中で、唐突に鞘草が足を止めて、銃を取り出す。
「東条さん………」
彼の感覚には、そこにある気配を敏感に感じていた。
放出する超音波が物体によって帰ってきて、そのビジョンが見える。
何も無いはずの場所に、ワゴン車が一台。
鞘草の言葉に東条が振り返ると、銃を見えない何かへと向けた。
「姿を出すんだ。俺には見えてる」
丁度、運転手側の窓へと銃を向けていると、返事は何も帰ってこなかった。
トリガーへと指をかけようとして、鞘草の真剣な表情に東条も息をのんだ。
彼の言う事に、間違いはないと感じた彼も銃を取り出す。
同じ方向へとゆっくりと銃を構えようとして、彼等は姿を現した。
一台の車に数人の人達が乗っている。
後部座席の窓が開き、少女の顔が現れ、真ん中に座るバイオレッドスーツの男。
比留間が微笑む。
「能力者ですか。指どころ超音波などのソナー能力かな? それともテレパシーか、熱感知 サーモビジョン。どちらにしても、貴方に私達は止められない」
「お前等だな!? この街の相次ぐ怪奇殺人事件を起こしたのは」
東条が彼等の車へ近づこうと数歩前へと進み、鞘草もそれを止めなかった。
銃口は比留間の方へと向けたまま動かさなかったのに、彼は余裕の表情のままだ。
「普通の人間に興味は無いが、能力者を殺しているのは、私であり私ではない」
「どういうことだ。署で説明してもらおうか?」
「君達が殺人者を嫌うなら、まず功鳥梓馬でも捕まえるといい。 それに私達に暇は無いんでね」
彼がそう言い終ると、後ろから足音が聞こえてきた。
急に近づいてきたその気配に、鞘草が振り返ろうとすると、一撃の拳をぶつけられ。
東条は銃口をコートの男の方へ向ける。
一瞬すぎて何が起こったか分からなかったが、二人の持っている銃は既に手元には無く、男の手に有る。
彼は両手で鞘草と東条を掴み、一瞬にして消し飛ばした。
テレポーテーションなどの空間移動系能力だ。
二人の姿が消えると、彼は比留間の方へと視線を移す。
「やっと来たか、君は本当に有能だ。我々の作ろうとする世界へ導く時間を短縮できた」
「ボス。リストを見つけた。 世界中の能力者を記した教授のリストで間違いない」
「ほぅ、何故こんな所に……… まぁいい、これもいずれ手に入れようと思っていた」
彼等は車のドアを開いて、次々に外へと出る。
ホテルの電気が再び消えてしまったのは予備電源の補充電気が無くなったからだ。
それでも、彼等はお構いなしにホテルの中へと入っていくのだった。
彼等の計画を完遂させるために…………

 
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