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異能力との対峙

Chapter 22

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 夜の五徳市は、思いの外いつも通りで逆に怖い程だった。
再び能力者達が家へと集まり、居候になった日向と魔夜、明良。
皆、各自に何かを想ってここまで来ている。
私は、そんな中アズマの部屋にいた。
ベッドに座っている彼は、私を睨み。怒っている様子だ。
テーブルには開けられていたダンボールが置かれ、何を言われるのかは分かった。
「どうして勝手な行動をした。リストまで盗み出して………何故 自分から危険に首を突っ込むんだっ 俺はお前の安全を」
「ちょっと待って、これはセリアのせいじゃない。私がそのリストを見つけて、それでセリアを誘ったの それにセリアは戦ってるアズマの手伝いになるかもって」
日向は彼等の言い合いに口を挟まず、木の椅子に連れてきた組織の女を手錠で手足を縛る。
流石の明良も、横に連れている女の子の手を繋いで部屋の端で固まっていた。
美鈴はといえば、アズマの剣幕にもお構いなしにデスクにあるPC画面を見つめたまま、デスクチェアーに座っている。
ギスギスとした雰囲気は流れる事なく留まり、私は口を開けなかった。
「とにかく、今からリストを取りに行く。敵の手に行ってしまったのなら、取り戻す……」
立ち上がったアズマは、テーブルに置いていたダンボールへと手を伸ばし、片手で持ち上げた。
彼の歩き方がぎこちない気がしたけど、アズマ自身、気にしていないのかと思った。
ドスっと大きな音が聞こえ、全員がアズマの方へと視線を向ける。
手に持ったダンボールを落として、中身のUSBや能力の研究資料が床に散らかり、アズマもその場で立ち止る。
彼の左手は痙攣している様に見えたが、それを押さえるアズマに日向が駆け寄り声をかけた。
「お、おい大丈夫かよ?」
その言葉に返事を返さず、床に落ちた物をダンボールの中へと入れ込み始めた。
何かおかしい。思わず魔夜の方へ視線を移してしまい、その不安感を伝えてしまった。
魔夜は私の方を見て頷くだけ。
一体何がおこっているのかも私には知る余地すらなかった。
「セリアは部屋に戻れ。……全てが片付いたら、いつもの日常に戻る。それまで何もするな」
ダンボールを持って立ち上がるアズマは、セリアに振り返ることなく言う。
もう、不安しかなかった。何をしても彼は喜んではくれない。
それどころか、深く深く傷ついてしまう。
私には、彼も彼の心も助ける事なんてできない。
荷物の入ったダンボールを押入れに入れ込んで、アズマは少しの間両手を押入れの段差に置いて立ち止る。
皆、アズマが戦い通しで疲れている事は分かっているはずだった。
でも、それを無理に止める事なんて誰にもできない。
私はドアの方へと向きを変えて出ていく。
自分の部屋へと早足で戻っていく私に、魔夜はついてきた。
私の相手なんかしなくてもいいのに…………
いつも一人だったんだもの
今更一人になったって、何とも思わない。誰にだって理解されなくていい。
自分の部屋の前まで来ると、ドアを開く私の肩に彼女は手を置いた。
廊下には私達意外、誰も姿を出す事は無い。
「それは違うんじゃないかな。 少なくとも私はセリアの味方だから」
「ありがとう。でも……」
「これ以上アズマが困らないように、私がセリアを護る。だから、一人でいようなんて思わないで」
強く言う彼女に、私は心から笑顔でいられた。
これは偽りじゃないはず。友達って、こういうものなのね。おじい様


 椅子に縛られている女は重い瞼をぱちぱちとさせて、ゆっくりと眩しそうにして目を覚ました。
彼女の持っていたという武器もここには無い。
この場所では完全に無防備だった。逃げ場も無ければ、見方もいない。
心置きなく質問ができるはずだ。目を覚ました彼女の前まで行くと、見上げながら微笑んできた。
「あ~ぁ、私捕まったのね。無様だわぁ」
「質問に答えてもらう」
「嫌よ。何故なら貴方より私の方が優れてるから」
目を見つめられて、彼女は何かを起こしたようだ。
精神操作系の能力だ。身動きの取れない彼女の頬を殴りつけ、焦りを覚える。
「お前の能力は効かない! 組織は何をしようとしてるんだ 答えろ」
「サイテー……女の顔殴るなんて流石に思わなかったわよ」
「答えろ!!」
「答えなかったら拷問でもするの? 何なら下の用意しとくわよ」
彼女の図々しい態度は部屋の端にいる明良も見ていた。
だが、俺の次の行動に誰も予想していなかったのだろう。
手の平を上へ向けて、火を立ち上げる。「おいっ」と日向の声も聞こえたが、俺は反応しないことにした。
今、何かを聞き出さないといけない。
ヤツ等は俺達とは違う。能力者達を使ってしようとしている行為を止めるには必要な事だ。
「答えないなら必要ない。焼いて灰にする」
「えっ…………本気?」
PCに向かい合っている美鈴は無反応で、明良も日向も沈黙のまま何も言わない。
千里眼の女の子。メイは明良の後ろで怯えきっていた。
俺がここに居る全員の敵になってしまっても、それは仕方のない行為だ。
あの組織を潰すまで、もう俺は止まれない。
ヤツを止めるまでは………
「わかった。全部話すわ………ただし、私の身柄はちゃんと護ってもらえる? でないと、アイツ等に狙われるなんて私嫌よ」
彼等に強制されていたのだろう。
俺の手にある炎は自然消滅する。
よくよく考えれば、俺の今までの人生で仲間よりも敵の方が多かった。
時々、あの時の事を夢で見る事もある。
俺の運命を大きく変えてしまった出来事は、それじゃないかと今でも思っているが、それは今の戦っている理由とは大きく異なっている事は分かっていた。
言い訳はいらない。
本当はこの世界に、能力者という存在自体が生まれない方が良かったと思っている。
ドルビネ教授は、人間の進化の可能性として必要だと言っていた事もあった。
でも俺は、そうとは思えない


   2004年
 始まりの日は7歳の頃の夏だった。毎日の様に親父からは、汚らわしいものでも見ている様に蔑まれていた。
太陽の日差しも、現在より少し涼しく、家の中では食卓の方で料理を作っている物音が聞こえてくる。
窓から入り込んでくるオレンジ色の夕日が、リビングを包んでいる。
そんな場所から父親の声が聞こえてきた。
「アズマの力は呪われた力だ。絶対に使わせるな」
「わかっとぅよ。そな何度も言わんでもいいのに」
「俺が能力者が嫌いなのは知ってるだろ。 本家にはこの事は伏せておく」
子供ながらの考えで、父さんの怒鳴るような声に、自分の悪口を言われている様に感じる。
でも、それだけじゃなかった。嫌なものを見る目で見られていたのには変わりない。
アズマは家を飛び出した。 夕方の空の下を外に出て駆ける。
嫌な事から逃げて逃げて、家から逃げだした。
外の夕日を受けながら向かった先は、一つの寺だ。
柵寺と書かれた石碑の横を通り抜けて、大きな庭へと入り込む。
木々や葉の間からこぼれる夕日の光は幻想的で、異世界にでも迷い込んだような感覚だ。
そんな庭を歩いて行くと、一人の背の高い少年が見える。
自分よりも高いそのシルエットは、ゆっくりとこっちへ振り返って微笑んだ。
「よっすアズマ! どうしたどうした?」
「………」
「また嫌な事あったんだなぁ? 爺ちゃんいるからさ、上がれよ。 泣きたいなら泣いたっていいんだぜ。男だって泣くこともあるさ」
腰に手を当ててそう言い、彼はアズマの頭に手を置いた。
よく見れば寺の裏の家の前に、ランドセルを置いてあるのが見える。
元気な笑顔を見せ、兄のように接してくれる。
彼は思い出した様に声を上げた。
「そういえば、みたらし団子が戸棚に置いてあったな。持ってくるから待ってろよ。 絶対うまいからさ!」
「う、うんっ」
「そうそう、嫌な事もあるだろうけど ごきげん元気が一番だぜ」
駆けて寺に繋がっている家へと駆けこんで、中をドタドタと音をたてて移動していくのが分かった。
大慌てで走り抜ける姿が目に浮かぶ程だ。
みたらし団子を持ってくる彼を待った。いつもの彼の笑顔がまた来ると思っていたのに、この時は今の生活も全て消えるなんて思いもしない。
後ろから唐突に大柄の男から捕まった。
二人?三人?
声を出す事も出来ず、頭に衝撃が伝わり、素手で殴られたのか直ぐに意識は飛んでしまう。
身動きもしないアズマを直ぐに寺の庭を出て直ぐの道路へと連れて、車へと放り込む。
両手にみたらし団子を持って出てきた時には、既にアズマの姿は無い。
全てが終わった。いいや始まった瞬間だった。
「アズマー! おーいっ」
何度もアズマと呼ぶ声が柵寺の敷地内に響き渡る。
悪戯もしたことがないようなアズマが、こんな妙な真似はしないと彼は歯噛みした。
「爺! 爺ちゃんッ」
「どぉしたんだ 日向?」
大声に出てきたのは墓の方からバケツを持って歩いてくるお爺さんだった。
ここ最近、誘拐事件が頻発している事もあり、町の中の見回りやPTAのパトロールも多い。
嫌な予感がしたのと同時に、日向と呼ばれた少年は、アズマが消えるまでの事をこと細かく話す。
結局、隠れていたとは思えなかった日向の言っていた通り、家にも帰ってこなかった事を知る。
眠ったまま連れていかれ、数時間の間目の前は真っ暗。
外で何が起こっているのかも、自分がどこに居て何に入れられているのかも分からなかった。
ただひたすらガタガタと動かされ、籠の中は不安定な感覚と恐怖だけが渦巻いていた。


 暗い。暗い。真っ暗だ。
何も見えない。目隠しをされているわけではない。
ただひたすらに真っ暗。
「本当に能力者なのかな? 私も早く見てみたいものだ」
「俺達はアンタに言われた通りの人物を拉致してきただけ……文句を言われても知ったこっちゃねぇよ」
「はぁ、朝鮮には交戦的な人が多いですね。私もまだ仕事が残ってますので、それまで頼みますよ」
男達の声が聞こえてきた。目が覚めても、真っ暗な中に閉じ込められたままで、本当に自分が起きているのかも分からない。
泣いても泣いても、誰も助けには来ない。
誰にも知られず、誰にも必要にされる事なく世界が終わってしまうのではないかと、そういう事も気が付けば考えなくなってしまう。
何も食べていない、飲んでいない。
体力は限界だった。外から聞こえてくる声達はテレビで聞く様な英語や朝鮮語。
目が覚めてから何時間が経過しただろうか。
もう体感だけでは分からない。
そんな時に、外からは暴れるようなドタドタと騒がしい足音や殴り合いの音が聞こえてくる。
何かが壊れたり銃声まで聞こえる。
もう何が何だか分からない。自分の入っている広い箱に銃弾が当たったのか、火花の散ったような聞き覚えの無い音が鳴る。
これがコンテナのような箱なのだと分かったのはその音のおかげだった。
男達の叫び声に断末魔。
連続する銃声や斧で叩き付けるような音が聞こえる。
急に音が鳴り止んだかと思うと、何かを扱っているのかボタンをポチポチと押すような音が、微かに耳に入る。
「俺だ」
低い男の声が英語で言葉を発した。
「取引金は手に入れた。こいつ等が渡そうとしてた品はここに有ると聞いたが………」
男は小コンテナに手をつけて鍵を開く、片手にケータイを耳に当てながらもう片方の手でその扉を開いた。
暗い空間に建物の電気が中を照らす。
コンテナの端に小さく丸まっている少年の姿に、男は沈黙を置いた。
「………ここには無さそうだ。仕方がない、取引金を明日にでも持っていく。報酬は金じゃなく銃で頼むぞ」
通話を切って、電話を仕舞いコンテナの中の少年を覗き込んだ。
「ぁ~、こんばんわ? 日本人だろ坊主」
頷いて返すアズマに、男は渋い表情で頭を掻いて黙り込む。
何度か座り込んでいる姿に視線を移し、溜息を吐きながら言った。
「ついて来い。生きたいならついて来るんだ」
その誘いに、選択肢なんて無さそうだった。彼は後ろ手に銃を掴み取ろうとしている。
ここに止まれば殺されるのか、それとも連れていかれて殺されるのか…………
もうどっちでもいい気がする程、ここの中での最後は嫌だと、自らの意思で立ち上がる。
外へと向かおうとするアズマに、彼は危害を加えることはなかった。
コンテナの外へと出て見れば、荒れている部屋の一室が視界に映る。
黄色がかった電気の色は、少し目に悪い。
男が歩いて行く場所を付いていき、建物を一緒に出た。
建物の外は路地裏なのか、薄汚く暗い空間が広がっていた。
日本ではない建物の群れの向こうに出て見れば、中華街の人の沢山いる通りが視界いっぱいに広がる。
「坊主、日本語意外の言葉は話せるか?」
首を横に振って返事を返すと、男は溜息を一つ。
商店の立ち並ぶ道を彼に、只ひたすらついて行く。
ずっとずっと歩いた気がした。
普通ではなかった。ボロボロの建物の中にある寒そうな壁。
コンクリートでできた建物の上の階へ上がり、ドアを開けば綺麗に片づけられている部屋が広がっている。
テーブルとラジオにキッチン。広々としているように見えるのは、それ以外は特に何も無いからかもしれない。
部屋へ入れば、男はテーブルの上に着ていたミリタリージャケットを脱ぎ捨てて、ナイフポーチやハンドガンポーチをそのまま置いて行く。
「生きたいなら、俺の手伝いをしろ。明日からお前を鍛え上げる。 逃げてもいいが、中国は広くて汚い街だぜ。朝鮮人だって居るし、マフィアも沢山」
生きていくには彼の言う事を聞くしか、他に道は見えてこなかった。
彼の通りに鍛えられ、言う通りに働く。
俺の人生はそれから変わって行ったんだ。

 次の朝、布を被って寝ていたアズマを朝食の匂いで目を覚ます。
結局、何も食べずに寝てしまったからか、空腹は頂点に達していた。
テーブルには、更の上に置かれたトーストにベーコンとスクランブルエッグ。
既に椅子に座って食事をしている彼の姿に、妙な感じがした。
この間まで自分の家での日常から離れ、一日は暗闇の中で凄し、次に目が覚めた時には知らない土地で知らない男の人の家にいる。
「食ったらまずはランニングだ。公園に出かけるぞ」
「……うん」
椅子に座ると、彼はアズマの姿を見ながら良く焼けたパンを頬張る。
テレビもない部屋の中に置いてあるのは、ハンドガンと大きなナイフが数本。
これが、今日から日常になるんだ。
「ジェームズだ。名前は?」
「……アズマ」
「流石に日本人には暮らしにくい環境だろうが、中国語や朝鮮語を習うよりましだ。今日から俺が英語を教えてやる」
直ぐに食事は終わった。彼の準備している姿を見ていて、途中で気が付く。
ジェームズはアジア人じゃないんだなって………
でも何で日本語を話せるのかなんて、聞く事はできなかった。
タンクトップにジーパンとラフな姿で、ジェームズは涼しそうな格好をしている。
一緒に外へと出かけ、公園までランニングをする事になったのだけど、学校で走るような距離じゃない。
長くて長くて、とても走り切れるとは思えないのに、減速してもジェームズは横を付いて来て終わるまで止めさせてはもらえなかった。
走って走って、やっとたどり着いた公園の草原で、倒れこむようにして寝転がる。
「はぁ……はぁ……はぁ………」
息切れ中のアズマをお構いなしに、ジェームズはその場で腕立てをし始める。
汗が浮かび上がり、自分よりも多く運動をしている。
自分が休憩しているのが、なんだか失礼な感じがした。
寝転がって大の字になっているアズマは、そんな彼の姿を見て、うつ伏せへと転がり、ジェームズと同じ様に腕立て伏せをする。
彼も腕立てをしながら、近くで同じように腕立てをするアズマに、初めて微笑んだ。
ランニングに追加運動と、休憩と何日もそれを繰り返し。
次第に体力もついてきて、彼もそれを理解したのか、ステップは次の段階へと進むのだった。
今までしていたトレーニングとは別に、ジェームズと動体視力の訓練。
相手の拳を避けて技を繰り出す。それを何度も繰り返す。
ひたすら似たような動きに、より戦闘に近く。
彼の依頼された任務にもついて行った。
銃、ナイフ、色々な手段で人を殺す。
攻撃を回避する。
どうしても血の匂いは嫌だったのに、気が付けば馴れていた。
銃を持たされ、ジェームズと共にターゲットの住んでいる家へと上がり込んだ。
「コイツを撃て、狙うのは頭か心臓だ。分かるな?」
男は壁にくっ付いたまま床に尻もちをついている。
何かをわめいているけど、中国語だから何を言っているのかは分からない。
アズマは銃口をターゲットの身体へと向けて、ゆっくりと心臓の方へと狙いを定める。
トリガーに指をかけたのに、その指を引くことが中々できない。
撃つまで待っているジェームズは、黙ったままだった。
ゆっくりとトリガーを引こうとした時、狙った先の男が立ち上がってテーブルから回転式拳銃を手に取った。
勢いよくアズマの方へ向けてトリガーを引いて、銃声と同時に弾丸が飛び出す。
撃たれた瞬間のその音に、ジェームズが一番驚いていた。
発砲して飛んだ銃弾は、アズマの近くで止まったまま、宙に浮いている。
男は動かなかった。
すっと方向を変えて、直ぐに男の胸へと狙いを定めてトリガーを引いた。
相手が撃ってきた様に、こちらも撃った弾は簡単に男の心臓を貫く。
ドスンと倒れる男は崩れる。
「アズマお前、エスパーだったのか!?」
無言でいるアズマに、それ以上しつこくは問いかけなかった。
初めての人殺しの実感は、何も感じない。
只、引き金を引いただけで、男は息を引き取ってしまったんだ。
ジェームズは少しの間を置いて、数回頷くとアズマの手を引いた。
「行くぞ。依頼の内容は完了だ」
この時から、俺の心はズレ初めだした。
彼の依頼の手伝いをして、見ず知らずの大人や青年を銃で殺す。
実感の持てない一日一日に、トレーニングと人殺しの毎日。
依頼を受けて報酬を貰う。只ひたすらに、その繰り返し。
 暗い中華街を走っていた。重い装備を身に纏い、辺りの物や人は大きく見える。
ひたすら走れど、後ろから追ってくる足音が離れる事はなく何者かが接近してくる。
路地裏へと入り一気に姿を眩まそうとした。
追い駆けてきているのはジェームズだ。
いつもの追加訓練。
薄暗い中華街の路地裏。貧富の差の激しいここの地では、こういう場所での犯罪は、ゴミの様に流される事がある。
一般人も見て見ぬふりだ。ただひたすら生き残る方法を考えるしかない。
ジェームズはホルスターから取り出したのはククリナイフだ。
両手に持った二本のククリナイフを構えていた。
ばれていない。息を殺して隠れているのだから………
アズマは逃げる事を選択肢から外した。
窓枠の下を通っている配線の上に足を乗せて壁にくっ付いたまま様子を覗う。
ジェームズはゆっくりと前へと移動していく。
次の瞬間、一気に飛び込んだ。男の真上から両手のククリナイフで襲い掛かる。
男と同じ装備だ。違うとすれば、足や体にもホルスターを装備して刃物を持っていることくらいだ。
幼い体を回転させ、加速と同時に二本の刃を振り込む。
確実に殺せる領域のはずだった。 
なのにも関わらず振り返りながらの一発の蹴りが腹へと的中する。
両手の刃物が離れ、路地裏の地面へと叩き付けられる。
夜の空が薄らと見えてきて、立ち上がろうとした時だった。
目の前にはジェームズが立っている。
「いい判断だ。だが、体制の建て直しを覚えろ。確実に、殺すんだ」
「……………」
「生きたいのなら、体で覚えて標的を狩れ」
無言のままのアズマは頷いた。
彼は背を向けてホルスターへとククリナイフを入れ込もうとした、その瞬間。
起き上がりと同時に迅速攻撃をしかける。
小柄な体は少しの力で、地面から飛び跳ね逆手に持ったナイフの刃を振りつけようとした。
男は直ぐに振り返りながらナイフの刃を振るう。相手はリーチの長い大人だ。
彼の刃が胸と腹の下を切り裂き、回し蹴りが飛んでくる。
壁へと激突して倒れてしまった。呆れたような顔で男は歩きながらナイフを治めた。
溜息をもらしたのが聞こえると、男は見下ろしながら口を開く。
「アズマ、練習は終わりだ。奇襲も上手くなったが、そう上手くはいかせんぞ!」
勢いよく蹴り飛ばされ、地面に倒れたままジッと動かない。
仰向けのまま上を見つめ、建物の間から見える夜空の星に昔見た事のある日本の空を思い出した。
能力は時に役に立たない事もある。それがジェームズの教えだった。
たとえ、沢山の能力が使えても、相手にその力を見せた時点で攻略の手段を与えてしまう事もある。
俺の能力は、触れた相手の力をモノにする超能力だった。
少なくとも、ジェームズはそう思っているらしい。
ジェームズの能力。敵の察知能力を使ったアズマは、8歳になるまでにかなりの戦果を上げていた。
連続殺人者としてのスペックは向上する一方だ。


   2005年 中国・青海(チンハイ)
 アズマとジェームズは森の中を歩き進んで行く。夜なのに妙な暑さと、風通しが悪く、時々吹き込んでくる風は気持ちよく感じた。
銃とククリナイフを装備して、今までずっと人を狩る事を選んできた。
生きていく為に、生きるための報酬を得る為に依頼を熟す。
ジェームズの言っていた言葉が、気が付けば自分もその思想になっていた。
家族には会いたいと思う。でも、できない事はどうしようもないという考えが、その気持ちを押し殺し、今のアズマは恩師であるジェームズに向いている。
「今回の依頼は、研究施設にいる能力者の解放だ。あの施設を設立したのはナチ派生組織で、お前を狙っていた親玉が作ったらしい」
「…………」
「ソイツは他にも実験を行っていた。施設には、普通の人間が拉致され捕らえられて そして実験に使われる。能力者を生み出す実験だ。失敗者は化け物に変わっちまうらしい。馬鹿げた話だろ?」
無言のアズマの方を見て、笑顔で笑い飛ばすジェームズは、目は真剣そうにしている。
彼が何を想っているのかは分からない事だけど、この依頼は任意で受けたというのは大体理解できた。
二人で明かりのついている実験施設へと向かっていく。
森の中は鳥や虫たちの鳴き声が、妙に耳に響く様に聞こえてくる。
少し歩いて行けば、その鳴き声は小さくなり、建物の壁が見え始めていた。
警備兵の姿が見えると二人で同時に、サイレンサーを装備した銃で彼等を仕留める。
一発づつの薬莢が地面に落ちて、二人は同時に中へと入り込んでいく。
まるで分かりきっている様に、兵士達の居ない方へと移動して、トラックに人体感知センサー付きのC4爆弾をセットして、ジェームズは内部へ向かう。
建物へと向かいながら、邪魔な敵を銃で殺していると、サイレンは鳴りはじめた。
それと同時に、自分の顔の間近をライフルの弾丸が通り抜けていく。
狙撃師が居る。
気にする事なく、壁寄りにセンサーC4を設置して、直ぐ様サイレンの音の中を駆け抜けて倉庫へと入り込む。
暗い夜の中、アズマは駆けていく。建物の地下には、簡単な構造の監禁施設が有る。
兵士を打ち殺し、奥へと進む。ゆっくりと歩きながら鉄柵の中に二人ずつ入っている囚人の様な彼等を見渡し、死体からカードキーを取り出す。
鉄柵の入口には丁寧に、カードリーダー的な機械がはめ込まれてあった。
その機械にアズマはカードを近づけて、機械音が ピーッ と音を鳴らしドアが開く。
「ん……何だこのガキ」
体格のいい巨漢の男が、扉を開いたアズマの姿を見て、後ろにいるもう一人の男の方へ振り返る。
フードを深く被っている彼は、妙に冷静な顔で、一言だけ言った。
「脱出しろって事だろ」
ベッドから立ち上がった。特性の鉄でできている檻も、ドアの鍵が開けば只の飾りにすぎない。
正面から廊下へと出る男二人は、他の部屋に閉じ込められているヤツ等へと視線を配った。
後ろから近づいてきた足音に、フードの男は振り返る。
警備兵の一人であろう人物が、AK47を模した武器の銃口を構えた。
「戻れ! 戻らないと撃つ!」
言う事を聞かない二人に、引き金を引いて発砲する。
フードの男が左手を前へ出しただけで、彼の撃った銃弾が空間移動と共に逆発射される。
自分の撃った弾が頭へと直撃して倒れる様を見て、二人は動き出した。
既に他の檻も開いているんだ。ここから逃げる他ない。
巨漢が真っ先に次々と部屋の前で声を上げていく
「行くぞ行くぞ行くぞぉ。 俺達チャンスだ! 死ぬまで逃げろォ!!」
次々と囚人の様に入れられていた被験者達が、表へと出始めて、既に内側も外側も戦闘状態真っ只中だ。
外は車やタンクが爆破して、炎が上がり火の海に囲まれている。
檻から出て来る被験者達の中へと、アズマは紛れ込んだ。これは全てジェームズの考えた作戦の通りのシナリオだ。
彼等が異能力を使えるのなら、複数人の能力者達の中へ紛れ込めば、彼等が敵を倒し簡単に外へと出る事ができる。
脱出する彼等は全員連れてこいなんて事は依頼されていない。
自由に行動させて、ジェームズと外で合流する。そしてヤツ等と別ルートで逃げる策戦だった。

 一瞬にして施設外のフェンスまでの間に、大勢の人達が駆けていき出口へと向かっていく。
警備隊が銃を構えているところへと、高台の支えに両手を触れて大量の電気を発生させる女性。
上に立っていた彼等は関電して、落ちてくる者もいた。
激しい夜は炎へと飲まれ、異形の姿へ変わった者の姿まで見える。
怒りの気は立ち込め、叫び声や悲鳴まで混じっている。
銃弾の標的とされた一人の少女は地面にグッタリと倒れた。
戦争と同じ光景が、今この場で起こっている。
「いけいけいけいけー!」
一人の男が正面ゲートを開き始める。
機械基盤に手を触れたままの彼の両手は防具に覆われているように異形の姿へと変わっていた。
ゲートが開き始めた時には次々と彼等が外へと出て行く。
子供を背負った男性の姿や、中学生くらいの男子は同年代の少女の手を引いて急いで外へと向かう。
機械へ振れている彼は気がついていなかった。
スコープで覗いている狙撃士が影からトリガーへと指を近づける姿に…………
一発の銃声が鳴り、ガラスを貫通して男の頭へと直撃する。
即死した男は、ふらりと倒れ、機械から手が離れてゲートは半開きもまま止まる。
夜の警報の音は鳴りやむ事がない。
狙撃士が更にゲートから出て行こうとする人々へと銃口を定めようとしたとき、妙な生暖かさを首に感じた。
ナイフ片手に背後から近付いていたらしい人物を、狙撃士は振り返り一目見る事ができた。
シルエットでしか見えないソレに目を見開き、次の瞬間にはナイフで首を掻き斬られ地面へと倒れていた。
血の付いたククリナイフを見つめて、アズマは只無言のまま、視線を移す。
狙撃士のジャケットに描かれている逆卍のワッペン。そのマークを己の血が流れ、完全に隠れてしまう。
高台から降りながら、右手に銃を持って目的の場所へと向かう。
ジェームズとの合流地点。
倉庫側の小さなゲート。その方向へと駆け足で進んでいると、途中で声が聞こえてくる。
「お前だろうジェームズ。悪いが懐かしんでいる暇は無いんだよ。 彼等を処分する手間は省けたが、ここまで騒ぎをデカくされては迷惑なんだ」
「…………茶番は終わりか?」
アズマは建物の影へと隠れて、その二人の会話の方へと、そっと視線を向ける。
銃を構えているジェームズは、いつものような渋い表情をしていた。
向こうに居る男の顔は、はっきりと見えない。だけど、銃だけは構えている姿なのが分かった。
「あの子は何処だ。白状すればこの件は忘れて上げよう。 私の部下にしてあげなくもないぞ? 二年前のようにね」
「チッ 断わ………ッッ!?」
銃声が鳴り響き、ジェームズの身体を弾丸は貫通していた。
最初から撃つつもりだったのが分かった時、彼は最期に相手を撃とうと引き金を引く。
同じ様な銃声が鳴り、飛んだ弾丸は円を描く様に軌道を変え、男には当たらなかった。
どうしようもない絶望の眼差しの後、トドメの二発目が鳴り響き、ジェームズに命中する。
背中から後ろへと倒れこみ、その姿を見て、即座に踵を返して急いで立ち去っていく。
アズマはその現場を目撃していた。
不思議と、親と離ればなれになった時より、もっと悲し気持ちになった。
仰向けに倒れてしまったジェームズの元へと駆け寄り、彼の前でしゃがみこむ。
ジッと見つめてくる彼の瞳に、アズマの姿はちゃんと映っていた。
「…………しくじった。 もう、行くんだ……… アズマ。お前は強い……… 生きて、みせろ」
彼は、もう呼吸をする事すら苦しそうにしていた。
ジェームズの苦い表情を見て、アズマは立ち上がる。
苦しい事が好きな人なんていない。少なくとも、ジェームズは苦しむ事が好きな様には見えなかった。
右手に持つ銃を彼へと向けた。その時の彼の表情は、嬉しそうに微笑み、アズマの瞳に焼き付く。
引き金を引いて、彼の教えの通り、心臓へと一発。
ちゃんと当れば一発で終わってしまうんだ。
サイレンサーによって銃声が吸収された音で、薬莢が飛んでいく音がカランッ と冷たく聞こえる。
彼は、微笑んだまま命尽きた。
そんな嬉しそうな彼から、一歩も離れる事ができず、アズマはその場で膝をついた。
人は、簡単に死んでしまうんだ。
指を動かしただけで、簡単に……………
この戦いは終わった。
夜明け前には、遠く離れた街から消防団や警察が現場に来る。
アズマはその時に、施設に関わっていた人物も車に搭乗していた。
朝日も上がっていない中、警察に取調べされた後のアズマに、一人の男が歩み寄ってくる。
「初めまして。私はドルビネ・レインベール……君は?」
「………アズマ 功鳥梓馬」
異能力の研究へと足を踏み入れた第一歩。
これが本当の始まりだった。
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恩恵なしに異世界に放り込まれたけど妖怪だから大丈夫

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:131

学校の良さ悪さといじめについての理論

経済・企業 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

魔法使いの恋

恋愛 / 完結 24h.ポイント:71pt お気に入り:422

ほら吹き大探偵の朝

児童書・童話 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:5

夢幻廻廊の国

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

黒い空

ホラー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

ミチシルベ

SF / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

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