上 下
24 / 50
異能力との対峙

Chapter 23

しおりを挟む
「今日は止めとけっ その体調じゃ無理だろ」
「そんな事は………」
立っているアズマの既にふらふらとした姿に、日向は気が付いていた。
既に解き放ったルーテアは、部屋から飛び出していく事なく自ら椅子に座って足を組んで寛いでいる。
リストは今すぐにでも回収しないといけない物だ。
だが、俺の身体が追い付いていない。 体力は確実に8歳の頃の自分に負けている気がした。
筋肉痛や能力の乱用。身体は既にボロボロだった。
「美鈴……貴女は今までどんな感じでしたの?」
「う~ん………楽しんでた、かな」
「この状況下の中で、よく楽しむ事ができましたわね」
二人は知り合いだったのかと思いながらも、別にそれについて問わなかった。
八時にもなっているのに、母さんが帰ってこないのは残業だからだろう。
日向の言う通り、本調子になるまで無理に動かない方がいいのかもしれない。
「わかった 日向の言う通りにする。夕飯つくらないと……」
「おっと待てよアズマ。全員分の料理は俺が作るから、ゆっくりしておけ。 感謝はしなくてもいいぜぇ 俺とお前は兄弟みたいなもんだからな」
笑顔で親指を立ててサムズアップをする日向に、苦笑いを浮かべた。
普段はいつもこんな調子でヘラヘラとしている。
俺の返事も待たずに、日向はドアを開いて部屋から出ていく。
ゆっくりしろと言われても、暇なのは余計に体の毒に感じてしまう。
ベッドへと腰を下ろすと、ルーテアが視線を向けてニヤニヤと微笑んでいた。
「それでどうするわけ? たぶん もうあのホテルは乗っ取られてるわ………数日後には、能力者意外の人間達を少しずつ殺していくはず」
「それが始まる前に、ヤツ等を潰す」
どのくらいの人数がいるのかは知らないが、できない事はないだろう。
派手にやって能力者の存在を世界に知られる事の方が恐ろしい。
ルーテアは更に一台詞 追加する。
「言っておくけど、警察も彼等が操っているわ……上層部をマインドコントロールしてる」
「そうだとしても戦う。 ヤツ等のする事を教授なら食い止めたいと思うはずだから」
「そうかぁ、頼もしいわね。お前みたいなヤツに護られているなんて。セリア・レインベールは幸せ者」
そう言いながら立ち上がった彼女の姿に、ベッドに背を持たれて床に座っている明良が視線を向けた。
元は敵なんだ。警戒するなと言われても、無理なものは無理だろう。
明良は姉妹の様に、メイという女の子に寄り添っている。
部屋から出ていくルーテアの姿に、皆何も言わず自由にさせた。
既に俺ですら、何をしよとして、何がしたいのかが分からなくなってしまっている。
最初はセリアを護り続けるはずだった。
でも今は………
どの道、いずれ戦う事は避けられないだろう。

 部屋の外から聞こえる足音が聞こえ、またルーテアが来たのかと、明良がぴくりと反応した。
ドアを開いて中に入ってきたのは、俺の弟 土筆つくしだ。
学ラン姿の土筆は、俺の方を見てから一度立ち止まる。
いつもと様子がおかしいのは、一目見れば明白だった。
「兄貴、話しが有るんだ……」
「わかった。皆 リビングへ移動してくれ。それでいいな土筆?」
その言葉に、土筆は頷く。深刻そうな表情を見れば、家族にしか話したくない事だ。
皆もその空気に何となく気が付いたのか、ぞろぞろと部屋を出ていく。
部屋の中は場に合わない静けさと、妙な程に緊迫感すら感じさせる何かが伝わる。
ドアがバタリと閉じられて、密室の状態になり、土筆は立ったまま動かない。
強張っている肩の力は、まるでいつもの俺と接している姿ではなかった。
「お、俺 おかしいんだ。兄貴はこういうのの研究をしてたんだろ?」
両手を胸の前まで上げて、両手が重ならない様に間を空けていると、土筆の手の間に電気が発生した。
バチバチと音が聞こえる程の青色の電流に、アズマはそれを観察する。
土筆がその電気を発生させている間、部屋の電気まで微弱に点滅を始め、その原因は土筆を中心に渦まいている。
「何だ。重大な事かと思えば、大したことなさそうだ。 俺も力が使えるんだから、土筆が突然能力を使えるようになっても何も可笑しな事じゃない。お前は恵まれてるよ」
アズマの言った事に対して、土筆は動かそうとした口を止めて、そのまま何も言わなかった。
ベッドから立ち上がり、疲れている身体を動かして自分のテーブルへとたどり着き、手を置いてゆっくりと息を吐く。
問題は、ヤツ等が土筆の事を知ってしまうのではないかと、それだけが心配だ。
能力は自分の命を守れるが、同時にターゲットにされる可能性もある。
そういう存在が居る事は確かなんだ。
だからこそ、そんなヤツ等から狙われないようにするには、力を隠す意外の手段は無いのかもしれない。
「そうだ 土筆……」
その事を弟へ告げる前に、部屋から出ていく土筆の姿が見えて、ドアが閉まる音が耳に響いた。
聞こえた無機質な音が聞こえると、既に遅かった。


 まだ早すぎる時間帯だった。太陽が上がり始めている中、来夢は既に学校へ到着していた。
一連の連続事件で、朝の部活動の時間が遅くなった事で、校舎には殆ど生徒がいない。
時々聞こえるドアの開く音や校舎を歩く足音以外は、とても静かで記憶をさかのぼっている様な変な感覚になる事もあるだろう。
来夢がカバンを片手に歩いていくと、唐突に後ろから声をかけられた。
「君……」
男の声に振り返ってみれば、その男の姿に気配を感じなかった事に驚く。
「少し、話したい事があってここまで来た。功鳥アズマの知人で間違いないな?」
彼はそう言うけど、何故自分の事を知っているのかは言わなかった。
不審者と思って間違いないかもしれないけど、アズマさんの事を知っている以上は、その話をちゃんと聞きたいという好奇心が勝る。
頷くと、彼は話し始めるのだった。


 シェンリュグランドホテルは既に、ヤツ等に占領されていた。
その頃、能力者達が無法に暴れているのを黙って見ている事のできない二人は、引き続き現場へ向かおうとした。
だが、そんな間も無く上からの命令で、警察署内の会議室に呼ばれ、白ける程広い空間に腰を下ろし
上層部の御偉方と、視線を向い合せて話を聞かされる事になる。
東条は彼の放つプレッシャーに、真剣そうな表情をして迎え撃つ。
上の立場の人間はいつも偉そうに睨みつけてくるばかりで、これには一生馴れそうにない。
「シェンリュグランドホテル周辺での事件には、一切の関与認めない」
「そりゃぁ、どういう事ですかい? あの場所に行けばこの街でおこっている怪奇事件。その真相や陰謀をあぶりだせると、俺はにらんでた」
「関わるなと、言っているんだ」
「……………」
歯噛みする東条は、何かを言おうとしている様で、ひたすらにそれを押し殺す。
彼等に文句の一つでも垂れたいところだが、東条は黙って頷いた。
それが本意では無い事は、コイツ等みたいな上の者には知られたくない事だ。
上へ逆らえば、即刻罰則処分されてしまうだろう。警察とはそんな場所だ。
ヤクザや政治の次に汚い職かもしれない。
大人としての権力の汚さだ。
椅子から立ち上がり、東条は一礼して、そそくさと出ていこうとする。
そんな東条の姿に、念押しするでもなく、ドアを開いて外へと出ていくことができた。
廊下の方が妙に明るく見えて、閉まるドアの音の後に、大きく息をつく。
ベンチに座ってボーっとしている鞘草が待っていた。
音を立てて立ち上がり、東条の方へと視線を向け、その表情に鞘草は嫌な予感を感じ、少しばかり声をかけにくそうにしている。
「俺が追っている事件。その先は確実にあの場所にあるはずだったが、上からの命令がでた。ホテルに近づくなと」
「そんなっ………じゃぁ俺達」
「ただの無能になっちまったということだな」
納得のいかないという顔を見せて、鞘草の横を素通りして、そのまま階段へと一直線に歩いていく。
彼の方へと振り返り、その背中を追いながら階段を下りて行った。
いるはずの犯罪者を捕まえることすらできない。
目と鼻の先に、居場所までわかっている中、それが腹ただしく感じながらも反発はしない。
鞘草は何も話しかけることができず、ただ彼の後ろ姿を追いかけるだけだ。
二人でどたどたと下りて行く途中、目の前に現れた一人の男に足を止める。
「白辺警視!? どうしてここへ」
「五徳のトップに挨拶に来ただけだ。 それに理由は他にもあって、君達も一緒に来てはどうかな?」
二人は断る理由もなく、その誘いに乗ることにした。
警察署から出ていき、連れられて行くがままに二人は白辺に連れられ、この日の空は快晴だ。
怪事件の解決策は、一般の事件と変わりない。
原因である犯人を捕らえれば、全て解決する。
白辺は車へ乗り込み、二人を後ろへ載せ、目的地へと向かう。
五徳市の見慣れた風景の中を移動して、霧坂区の向こう側にある志高区へと入っていくのだった。
開けた住宅街を抜けて、山の方へと向かっていると、大きな屋敷があるのが遠目からでも見えている。
目的地はその場所だった。

 ホラーゲームの舞台にでもなりそうな屋敷の庭園に、白辺は車を駐車して、外へと出る。
目的地にたどり着き、外へと出てみれば、辺りからは草木の匂いが集まっていた。
人の気配も感じないのは、この土地が広いからだろう。
屋敷を見上げていると、白辺はズカズカと入口のある玄関へと向かい、ちょっとした階段を上って行く。
少し図々しい奴に見えないこともない その姿に、東条は苦笑いを浮かべて彼の後を追う。
正面の入口にあるチャイムを押して、中に居るであろう人物を待った。
少ししても中からの反応は無く、足音も聞こえてはこない。
本当は誰も居ないんじゃないかと思う程、静まり返っている。
待っても待っても誰も出てはこない。もう一度チャイムを押した白辺に、東条は疑問を抱く。
「白辺警視、出かけているのでは?」
「彼は車いす生活をしているんだ」
そう言われると、次に言いたい言葉は思い浮かばなかった。
またまた少し待たされて、唐突にドアが開く。
だが、それは手によって開かれたのではなく、ドアノブが自動で回り扉が開かれた。
屋敷の内装が見えて、定番の中央階段は緩やかでスロープ付き。
中央に車椅子に座ったお爺さんが、小型のスイッチを持っているが、あれがドアを開けるためのリモコンなのだろう。
「おぉ~、白辺さん いらっしゃい。そちらの方は連れじゃろか?」
「はい。二人はこの町の異能事件を捜査している私の部下です」
「そうかそうかぁ、ということは、そろそろ実行するのかな? 奴等の計画も最終局面に向かっているぞ」
彼の言う奴等というのは、俺達の共通の敵。例の組織なのだろう。
白辺は中へと入り、それに合わせるようにして屋敷の中へと足を踏み入れた。
中の広々とした空間は、風通しが良く感じる。
車椅子をゲームの様にレバーを使って動かす彼に、皆がついていく。
どこへ向かっているのかすらわからなかったが、東条と鞘草は口出しせずに歩いた。
「それで、最終局面とは?」
「ここに比留間が来たのじゃよ。少し急いでいるようでなぁ ワシを始末しようとしたんじゃ…………奴の部下の一人をあの中へ入れ込んだが、問題なかろう?」
「ええ。元より気式さんの土地ですから、貸していただいている私の方が感謝しています」
警視の警護口調に、東条はこの爺さんから異質な何かを感じた。
それにしても、さっきから始末だの知らない人物の名前が疑問だ。
東条は話に付いていけてなく、それに白辺は気が付き、歩きながら東条へ話しかける。
「比留間というのは、フューチャーエボリューションという、君の追っている組織のリーダーだ」
「えっ! 白辺警視がどうしてそんな事を……」
「五徳警察の所長は裏が多い。気になって調べを入れたら、比留間なる男と接触をしていた。後は簡単に情報は上がってくる。 例えば中国の青海チンハイに実験施設を造っていたのもソイツだ」
まるで白辺は全て知っていた様な言い方で、ここまで駆け回っていた俺達は何だったのかと思える。
向かっていた場所の目の前まで来たのか、全員が足を止め、気式と呼ばれていたお爺さんが壁に手を当てる。
すると大き目の窪みができて、スイッチを押したのか、巨大な扉が開き、下へと続く坂道が現れた。
映画でよくある秘密基地の様な感じで、壁や床も鉄でできていて、LEDのランプが点々と道を照らしているのを見て、不気味な感じすらした。
白辺が先へと進みだし、この中に何か見せたいものでもあるのか、彼等の向かおうとしている同じ方向へと進んでいく。
下まで進んでいくと、新たな扉が開き、監視カメラまで設備されていた。
戸が開くと小さな廊下に、もう一つの巨大な扉。
それが開いて、やっとその奥に目的地があった。
「こ、これは!?」
大きな声を上げたのは鞘草だ。
その驚きは東条も同じで、目を丸くした二人に白辺は口を開く。
「刑務所程大きくはないが、能力者の力を制御して隔離できる。 それがこの場所の役割なんだ。 必ずコレが必要になると思っていたが、今がその時だ」
「能力を制御できる? そんなまさか」
「実際に生前のドルビネ教授に、その仕組みと設計図まで作ってもらっていた。私にはわけのわからない記号だったが、私と気式さんが資金を出して功鳥 伊勢蔵という男に手を借りた」
一つの強化ガラスが四重になっている部屋を見てみれば、一人の巨漢の姿が見える。
さっきまでの話を聞くかぎり、気式の始末を命令された異能者で間違いないだろう。
捕まえる事さえできれば、ここに彼等に閉じ込める事も可能なんだ。
異能力者の唯一の牢獄。
冷たい鉄に覆われているこの場所が、俺達の希望となるかもしれない。
「東条、鞘草、君達二人には異能力犯罪者事件を解決する為、最終決戦の舞台へ……シフォングランドホテルへ行ってもらう」
「だ、だが俺はそれを禁じられて……」
「彼等は忠告しただけだ。 比留間を捕まえられれば何も問題ない。生憎、この町には奴等を倒そうとしている勢力もいる。見計らってお前たちも突撃するんだ」
それは上司からの命令でもあり、人間の未知なる力。
異能力を使う犯罪者を捕まえてほしいと、そういう事なんだ。
白辺は既に疲れが表に出てきそうな目をして、東条の方へと視線を向けていた。
言葉を放たずとも、東条は息を飲んで彼に頷き返す。
意思が固まり。自分のしたい事と、白辺警視の求めている先の事が同じだということは、東条本人が一番分かっていたのだった。


 いつもと同じ朝の様で、まるで違っていた。
目が覚めるといつものベッドの上で、布団が荒れていて部屋には美鈴と私だけ。
まだ起きていない美鈴は、私の前から抱き着いてきている。
そう、魔夜は昨日帰ったんだ。一日だけだったけど、彼女の気持ちが分かって、楽しかったのは本当のこと。
朝日を浴びながら、起床の時間より少し早いけど体を動かそうと、セリアは美鈴の体を動かそうとした。
すると、美鈴も抵抗してもっと力強く抱き着いてくる。
「ちょ、ちょっと美鈴?」
「んぁ………ふわぁ、にゅー」
奇妙なあくびに苦笑いしながらも、セリアは抜け出そうと背中に回されている腕を解こうとする。
「ねぇ、起きてるでしょ?」
「うぬぅ……セリアはケチ」
「学校なんだから仕方ないでしょぅ?」
ゆっくりと美鈴は抱き着いていた腕を遠ざけて、ベッドの上で両手をついて上半身だけ起こす。
パジャマ姿の美鈴の姿は、体格の小ささもあってか、とっても可愛い。
背を向けてからベッドから足をおろし、立ち上がってみれば、足が筋肉痛だ。
昨日の急激な運動で、こんなことになってしまったのだと、直ぐに理解した。
少し急いで着替えを済ませようと、来ている服を脱いで、いつものような厚着とは別の服を取り出す。
熱くなる季節に合わせて、半袖の黒ワイシャツにリボンを結び、ひらひらフワフワのスカート。
服の間を風が通り抜ける様で気持ちがいい。
部屋から出て、下の階へおりて行くと、朝食の匂いが食欲をくすぐる。
「多加穂さんおはよう」
「おはよぉ」
優しい口調で返してきた挨拶に、セリアは微笑む。
食卓台の上に並ぶ料理は、二人分だけで、アズマ達の分はなかった。
やっぱり、昨日の事で何かあったのかな。
「アズマはまだ上に?」
「今日はゆっくり休む言うてたよ? 土筆も昨日から部屋から一歩も出ないし」
皆やつれているんだ。
結局、私のした事はアズマの邪魔にしかなっていなかった。
余計な事をしたから、こんなにも彼は疲れ果てている。
約束を守るだけじゃ、誰かを支える事なんて、ましてや護ることはもってのほかだ。
それは自分が一番わかっている。
朝食を静かに済ませ、上から降りてくる足音にピクリと反応してしまう。
ドアの方へ視線を送ってみれば、明良の姿がぴょんっと見える。
後ろにもう一人、シフォンの姿が見えると、彼女と目が合った。
彼女は笑みを浮かべて手を振る。
「お買い物行ってきまぁすっ」
明良の元気な声が飛んできて、多加穂は「はーいっ」と返事を返す。
なんというか、この家は自由だ。 赤の他人は宿泊させるし、ここに来る大半が能力者ばかり。
彼等は皆、使いたいように力を使い、したいことをしていた。
アズマもそうだ。私には力を見せないようにと言っていたのに、彼は私を護りながら力を使っている。
私からすれば、それは矛盾のようにしか感じられない。
彼女達が出て行き玄関のドアが閉まる音が聞こえると、ふと多加穂さんと目が合う。
「何か、悩み事でもしとーと? 言ってもいいんよ?」
「私は……別に」
「人は人と関わる以上、絶対に悩みが生まれるもんよ。 だから そういうストレスや苦痛もぜーんぶ言葉で誰かに伝えなきゃパンクしちゃうよ」
それは本当の事だった。
でも、私の悩みなんて大したことじゃない。
本当に辛いのは、アズマの方なんだ。きっと、敵を全て倒し終えるまで彼は苦行から抜け出す事はできないだろう。
私は、本当なら日本でふつうな生活をアズマと過ごしていたかった。
そんな気持ちを知っているから、アズマは無理にでも戦っているのかもしれない。
正義感を捨てられずに、狙われた能力者まで助けて………
「セリアちゃん聞いとる?」
「ちゃんと聞いてる。でも、私の悩みは……」
「そうやねぇ。 真剣に悩む事は悪いことじゃない。でも思いつめすぎて身を亡ぼしたら意味無いけんね?」
その言葉に私は頷く。
彼女の言っている事は正論だった。
食事を終えて、いつものように仕度をし、アズマと顔を合わせる事なく家を出た。
外は青空しかなく快晴で、あんな戦いがなければ清々しい朝だった。
いつもと変わらないはずの一日の始まりは、数週間前の私の気持ちとは違っていた。
通学路を通り、徒歩30分程の距離にある自分の高校へと向かう。
次第に車の通りが良くなり、いつもの道も登校中の学生達で賑わい始めた。

 教室へと入り、登校の早い来夢の姿が部屋の中にあった。
一歩踏み込んでみれば、彼女は私の方へ振り返ってくる。
うん、いつもの光景だ。でも、そこには明るい表情の来夢はいない。
遠い目をして、何か考えに浸っているようだ。
そっと自分の席へと移動していくと、来夢はそれに気が付いた。
「あ、おはよっ セリア」
振り返り様に笑顔を見せてきたけど、なんだかその笑顔にも元気がないように見えてならない。
「おはよう」
微笑み返してから言うと、彼女の表情はやはり何かがあったようにしか思えない。
席へと座り、手に持っていたカバンを机のフックに掛ける。
教室には私と来夢の二人だけ。
来夢は、何かあったのかな?
「セリア あのね」
私が口を開く前に、そっと振り返りながら来夢は言い始めた。
まるで思い出でも語りだしそうだったけど、そんな内容ではなかった。
「梓馬さんのお父さんとさっき会ったんだ」
「………え?」
「それでさ、もしよかったらだけど、君達の持つ力を消すことが可能になったって……そう言ってた。 ほら、こういう力で悩んでいる人もいるからさ……たぶんそれを心配していたんだと思う」
来夢が何を言っているのかわからなかった。
アズマの今の家族生活の中に、父親は存在していないように見ていた。
それなのにどうして、知っているはずがない来夢に話しかけているの?
自分の息子に直接会いにすら来ない父親が、どうして今更………
「その人も能力者なんだよ。これから起こる事には首を突っ込んでくるな。大勢の犠牲が出ても、自分たちは生き残れって、これが伝言だよ」
「自分達は………アズマはそんなの許さないよ」
「だから私が伝言役になった。 今回の件で、能力者が死ぬ事は無い。彼等は力の無い者の覚醒の時を速めるだけだから、アズマさんの無駄で無謀な戦いを止めてほしい」
来夢は真剣だった。犠牲者を見捨てて、自分達だけが生き残るなんて、今まで彼等と戦ってきたアズマが、ここで唐突に投げ出すとは思えない。
きっと追及して調べを入れて真実を見つけ出すはず。
私を置いて、敵を探し回って戦ってきたアズマだから、きっとそうだ。
私は頷く事も返事を解す事もしなかった。
アズマのお父さんが、どんな人物かは知らないけど、何か裏があると心のどこかで思っている。
きっと、何か有るんだ。

 結局、来夢との会話の後から私の思考は同じところをグルグルと回っていた。
授業中も昼のランチタイムも、ずっとずっと悩みに悩み、出た結論は一つだけ。
このことをアズマに言って、彼のお父さんの事を聞く。
本当なら家族事情なんか聞くのは失礼だけど、どうしても気になってしまっていた。
いつもと同じ、平常の様に生活し、学内ではふつうを装った。
どこかぎこちないところも有ったかもしれない。今日も部活は休もう。
早くアズマに知らせて、問いただせる。
もし家を出るとするなら、今日の夜が絶交のタイミングだろう。
アズマの事だから、あと一日休憩していられるほど呑気な人じゃない。
下校時間になると、急いでカバンを手に持ち、教室を出ていく。
ごめんなさい来夢。でも、私がアズマを止める権利なんて無いから


 既にホテル内では作業が始まっていた。最上階から上の屋上に、彼等の姿は有った。
数人の能力者が集まり、同じ朝日の下、コートを着ている男が手をかざす。
比留間は広がっている町並みを見つめながら、不適な笑みを浮かべる。
夕日に変わろうとする太陽の光は、山の方へと沈んでいく姿は、ここから見れば絶景だ。
「見つけたか?」
「ええ。神に値しない常人達の時を速めました。 上手くいけば功鳥の様に、進化に適合しない者は………破滅するでしょう。12時間以内には、市内全体に効果が表れるはずです」
「完璧だな」
バイオレッドのスーツは太陽に照らされて真紅に染まる。
後ろへ振り返る比留間に、一人の男が口を挟んだ。
「リーダー。俺達はどうすれば?」
「そうだな。ノーマン君にはこのホテルへ来た侵入者を撃退してもらおう。それでいいかな?」
「わかりました」
「ロウティとメラニーはホテル内の見回りを……ジンニーはセリアの姿になり私の傍へ」
女性陣にも命令を下し、少なくなった男達に対して比留間は溜息を漏らす。
仲間が減った原因は、たった一人の能力者。功鳥梓馬という、私の親友だった人物の助手。
どうやら、君と私は最初から会いまみえる事すら叶わないようだ。
「イディーと、あの男はどうした?」
皆首を傾げ、知らないといった様子だった。
この組織は自由人が多いが、こういう大事な時に居なくなられるのは困る。
中国での超能力者製造計画は失敗に終わったが、ここからが人類の新世代の始まりだ。
第一歩は、貴方の大切な孫娘の町から日本全土へと拡大させ、翌々は地球全体へと規模を拡大する。
そして私は、その中の頂点に立つ。
「リクスン・グァーター……君の成しえなかった事を私が頂く」
空が薄いオレンジ色に覆われ始め、シェンリュグランドホテルもその光に包まれる。
思い思いに動く意思が、今一か所へと集まろうと歯車の動きが早まりだしたのだった。
しおりを挟む

処理中です...