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カニ・ソルジャー

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二章

SEND_GRIM 6.

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    オルガ・ドミノフ
――――――――――――――――
      ロシア ―エカテリンブルク―
 ここまで来るのに、かなりの時間をかけてしまった。
現地では、これといって情報の無いまま投げ出された感じがするが、それでも一応は考のある行動らしい。
流石に足の悪いエメリナは付いてこないかと思っていたのだけど、彼女もついて来るそうだ。
何かと足手まといにしかならないはずなのに、彼等は何も言わなかった。
止める事無く、今は皆で車に乗り込んでいる。
運転しているのはジョナスに助手席にはニカが居た。
後部座席には私とエメリナ、そしてジェーン。マフラーの少女の姿は無かった。
彼女はロシアについた途端、一人でに飛び出して行く姿を見た後、それっきりだ。
「とにかく、クレアトゥール社を確認しにいくしかありませんね。各自無線の調整はできてますか?」
「装備もばっちりだ。なぁ新人」
「だから新人って呼ぶのも止めろって。ヒゲ抜くぞジョナス!」
緊張感の無いジョナスの笑い声に、何だか付いていけない。
私は今まで、大人数の仲間がいた事が無かった。依頼は全て一人で熟し、家や装備の手配は全てフィグネリアに任せていた。
フリーセーバーのリーダー的存在であるセンド・グリムが居ないというのに、彼等はいつも通りという事なのだろうか
それとも、単にチーム内を和ませようとしているだけなのかは、私が聞けるような立場ではないから分からない。
車は進んだ。
エメリナがそっとジェーンの手を握ってから彼女に話しかける。
「ジェーン。今回は狙撃じゃないですけど、頼みますね」
機械眼帯ヴィジョンゴーグルを右目につけている金髪の少女。ジェーンは、エメリナの言葉に頷く。
頼れる仲間。そんなものが欲しいとは一度も無かったけど、一人でできない事も複数なら可能な事が多い。
特に今回は敵の数も未知数で、多いという事しか分かっていない。
私達はセンド・グリムじゃない。
複数の敵を相手に、一人で果敢に攻め込むなんて事をすれば、きっと蜂の巣になる。
接近戦に持ち込まれれば、私もおしまいなのは分かっている。
「オルガ 大丈夫ですか?」
顔に出てしまっていたのだろうか。
心配そうに言ってきたエメリナの顔を見て、頷く。
彼女は皆の精神面もよく見ているのだろう。
本当に優秀なサポーターだ。
「ちょっと考え事をしてただけ」
「そうですか、あまり無理しないでくださいね」
一時的に仲間になっただけの私に、彼等は警戒すらしていない。
本当に自由な人達というか、この小組織の皆に背中を預けられると密かに感じる程だ。
エカテリンブルクの街を進み続け、目的の場所へと一直線に向かっていく。
賑やかなクラクションの音が聞こえてくる。
多くもなく少なくも無い車達が走行中だ。
現地についてから敵は現れると思っている私は、直ぐにその平和ボケな思考を停止させられることになる。
ソイツは唐突に現れた。見覚えのある黒色のトラックが真横へと並び、白線を越えて急接近してくるのが見えて、今正に彼等が攻撃をしかけてくるのが理解できた。
ロシアという枠内に入った時点で、彼等は邪魔な私達を始末しようという魂胆だったのだろう。
車体が揺れ、衝撃で激しい音と同時に横へ叩かれる。
「ひゃぁっ」
エメリナは声を上げた。
接近したトラックは、そのままこちらの車両を端まで押し付ける様に、追い出そうとしてくる。
トラックの運転席側の窓が開くと、後ろや横を通って行く車達はお構いなしにアサルトライフルを取り出す。
対向車線との区切りのコンクリートの小さな壁に、車体を押さえられて火花が散り続ける中、ジョナスはブレーキを押し込んだ。
連続する銃声と同時に、トラックは前へと移動していく。ハンドルは左へ固定したまま、自らコンクリートの壁へ左車体をぶつけるトラック。
彼等の姿を確認する事なく、隣げ急ブレーキをかけて止まった車の横をアクセル全開で発進した。
乱雑な運転に、車内の皆が掴まれる場所へと手を置いて辺りを見渡している。
一気に逃げ出した私達に、トラックはもう一度立て直して、クラクションの鳴る嵐の中を何事も無かったかのように飛び出す。
追いかけてきている あの特殊部隊は見た事がある。
エメリナに伝えようと口を開こうとした時だった。ジェーンが唐突に言う。
「上、借りる……」
後ろへと体を乗り出して両手で取り出したのは、SR-25 ナイツアーマメント。
ジェーンの最も得意とする銃。狙撃銃だ。
ブーツのまま座席の上に足を乗せて、上の窓を開け、外の強い風が中まで入り込んでくる。
スピードを出したまま、乱暴な運転で左右へ揺れる中、ジェーンは微動だとせずに車の上でSRに装備してある短い三脚で固定して構える。
他の車を通り越しながら進んで行く道路で、ソレを追ってくる黒色のトラックは2台。
「気を付けろよジェーン」
ジョナスの言う言葉は風に掻き消されて、なんて言っているか聞こえないだろう。
スピードを上げながら、他車両を追い越して行くトラックを狙う。
道路上にいる車の群れに注意しながら、スコープの覗き込む。
左右へ動く激しい揺れの中、彼女にとっては世界がスローに見えていた。
一点の曇りもない心で、狙った物へとトリガーを引く。
銃声が鳴り、SRから発射されたライフル弾が、トラックの前輪の片方へと一直線に飛ぶ。
数秒の間もなく被弾。タイヤは破裂するようにして中の空気を出しながら、トラック本体のバランスを崩す。
傾いたトラックは近くの車へと突撃しそうになる。
運転席にいる男がハンドルを切り返し、方向を変えて目の前の車への直撃を免れてブレーキを押し込んだ。
だが、止まったのと同時に車体に大きな衝撃と同時に運転席が一瞬にして押しつぶされる。
後ろから接近していた車が、急に方向を変えてきたトラックに反応しきれずにそのまま衝突。
鉄のぶつかる鈍い音は、辺りへと広がり、連続事故を起こす光景に紛れて、ジェーンは更に狙う。
事故現場を通り過ぎて持ってきているトラックに、狙いを定めた。
「ジョナス、暴れすぎだっての!」
表情の強張っているニカがシートベルトを両手で掴みながら言った。
「逃げてんだから我慢しろ」
騒がしい車内は激しく揺れながら、一般的な大通りへと突入する。
道の広がった大通りを進み始め右折をしようとした時、追いかけてきていた二台目のトラックはこちらへ向かって銃を乱射してくる。
身を屈めながらジェーンが頭を隠し、後ろの窓ガラスへと被弾していく。
辺りの車が銃声が鳴るのと同時に停車するのが分かった。
連続して撃ってきているトラックへ、ジェーンは急いでトリガーを引いた。
ドンッ と一発のライフル弾は黒いトラックの運転席へと貫通していく。
驚く間もないだろう。フロントガラスに穴を開け、そのまま直進して頭を射ぬく。
敵の動きは完全に封じた。
スピードを緩めて上げてを繰り返しながら、辺りの車を回避して前進する中、追ってきている装甲車は出会いがしらにぶつかりながら押し飛ばしていく。
道を自分から広げて、そのまま追いかけてきている様だった。
ジェーンがその装甲車へ銃口を向けて狙おうとしたが、嫌な音が吹いに後ろから聞こえ、運転席の向こう側。
ボンネットの方へと振り返る。
運転しているジョナス達の目の前に、一人の少女が降ってきたのだ。
金属の左腕に、特殊なマスクで口元や鼻まで隠している黒髪の少女。
オルガはその少女を一度見た事があった。 テストと呼ばれていた謎の少女。
彼女はボンネットの上に着地した状態のまま、フロントガラスへと左拳を振り込もうとする。
「な、何だコイツ!」
ジョナスは左手をハンドルから離して、ホルスターからソーコムを取り出した。
そんな事をしている時には、振り込まれた拳がガラスを突き破り持っていたソーコムが左手から弾かれる。
押し込まれた拳に押され、車内の下へとソーコムが転がった。
ハンドルを左へ切って振り落そうとするも、微動だとせず、再び左手を突っ込もうとしてきた彼女へ一発の銃声が飛んだ。
上から構えているジェーンの事に、彼女は気がついていなかったのだ。
超スピードで走っている車に着地して運転手を狙うというのは間違っていなかったが、上窓を開いているジェーンの姿は視界に映っていなかったのだろう。
テストの振り込んだ左腕へと被弾し、穴が開き中へと弾丸はめり込んでいた。
だが、それはとてもおかしかった。血が出ない。
生身の上から装備した外骨格ではないんだ。完全なる機械の義手。
一瞬の間が開いたのと同時に、SRの銃口が彼女の左手に握られ、強引に振り払われる。
一気に道路へと落ちたSRは、手元に戻る事はないだろう。
ジェーンは左右に動く車体に振り回されながら、コートの下から自分の腰へと手を移動させてホルスターから銃を抜く。
前の見えない状態のまま、ジョナスは飛ばし続けた。
突き当たりで曲がる事無く進み、段差を乗り上げていく。
「おおおッッ!!! まずいまずいッ」
反応が遅れたジョナスは、急ブレーキと同時にハンドルを切り込んだ。
車体は大きく傾き、目の前に建っている建物へは激突せずにすんだが、次の瞬間横転した。
ボディーを引きづる音が耳元で聞こえ、世界が横に倒れる。
上窓から放り出されたジェーンは、アスファルトの地面に体をうちつけ、車が止まった姿が視界に広がる。
オルガは、横転して止まった車の中で、ゆっくりと体を動かす。
何がおこったのかも分からず、今の状況を確認する為に辺りを見渡すと、目の前には上窓が有り、外へと視線を向けた。
外には投げ出されたジェーンの姿がある。
そして、その近くには、あの少女。テストの姿だ。
ジェーンの方へと歩いて行く彼女は、彼女を追い詰めたような立ち位置だ。
窓から身を乗り出して、外へと出ようとする。
でも、間に合わない。
「……ジェーン!」
私は気がつけば声を張り上げていた。
車内から顔を上げるエメリナにも、どうする事もできないだろう。
再び振り上げられた左手は、指先までピンと伸ばしている。
きっと、あの指先を槍の様にして突き刺すつもりなんだ。
そのワンシーンがスローモーションに見えた。私は急いでブレザーの内にあるホルスターへと手を伸ばすが、そのまま間に合う事はない。
振り下ろされた拳がジェーンの身体へと移動していく。
見たくなかったその光景に、瞼を下ろしてしまう。
間に合わなかった自分の弱さは、数年前にお父さんを無くした時から、何も変わっていない。
私は、目の前にいるたった一人の少女すら守るができなかった。
鉄が重なり火花が散り、黒板を爪で引っ掻いた様な音が鳴る。
嫌な音に、視線を送ってみれば、その状況変化に目を丸くしてしまう。
倒れているジェーンの横に、セーラー服に白色のマフラー。
右手に持っている刀は、テストの左腕の関節部分を押さえていた。
「ジェーン・ドウ、この建物の中へ進んで」
両手で柄を持って、目の前にいるテストを押し切った。
後ろへと後退させながら、直ぐ様構え直す。
重量のある刀を素早く動かして、視線の先のテストをジッと見つめる。
「この建物はクレアトゥール社の所有倉庫なのです。予言者はこの地で死神を見つけられると言っていた。さぁ、ここは私に、ウェストインディアの雪食い・チヌークと呼ばれた僕に任せて」
少しの間と共に、風が吹きこんでくる。
まるでチヌの周りを盾の様に覆いかぶさるように追い風を読んでいた。
ジェーンは助けられた事に礼は言わない。只立ち上がり、チヌの言葉の意味を知る。
「チヌーク………」
「聞き覚えがある、といった感じ? 心配しなくても、今の僕は敵じゃないよ。この件が終われば味方でもないけどね」
背後にある建物には、【Claire Tours company】と書かれていた。
ジェーンはそのロゴを見上げて、チヌへ背を向ける。
立ち上がる私に視線を変えてくるジェーンは、何も言わない。
でも、心が伝わってきている様に、彼女が《一緒について来い》と言っている気がする。
急いで立ち上がろうとすると、よろよろとまだ視界が揺れてしまう。
彼女の方を見て頷いて、グロック25を取り出してスライドを引く。
この建物へ突入。まだ車から脱出していないジョナス達は、きっと後で追ってくるはず。
今は、ジェーンと共に進むしかない。
構えているチヌの後ろを二人は通り過ぎて行った。
二人の間には、妙な空気が漂う。
建物の中へと入って行く二人を追い駆けようとするテストへ、チヌは刀の刃を突き立てて下から上へと振り上げる。
顎から上へと斬り込んだ刃に、彼女は身体を後ろへと下げながらバック転。
回避からの着地、交わされてしまった技に無駄な動きは無かった。
只純粋に斬りにかかるチヌは、一撃瞬殺を狙うのだった。

 刀を大きく振り空気を切る音が突風の様に通り抜ける。
叩き込む技の数々が目の前にいる敵を押し切り、防御意外の行動をさせない。
張りつめた緊迫感よりもスピーディーな剣裁きをテストは待つしかなかった。
左腕を使って回避を続け、止まらない猛攻。
チヌの速度は、普通じゃなかった。
車から出てきていたジョナスは、その姿を見たまま動きを止める。
「まるで風の加護だ」
素早い動きと同時に風の流れが左右に上下に変動しているのが、遠くにいても理解できる。
チヌの振るった刃と共に、鎌鼬かまいたちでも飛びそうに見えた。
腕力で後ろへの押し込みからの追撃。チヌの攻撃に彼女は切り裂かれるかと思ったその時、変わった。
戦況のバランスは突風の様に急激に変わる。
刃を機械の左腕で横へ弾き、その間 1秒もしない速さで拳を叩き込まれる。
腹部に協力な鉄の一撃を食らい、強烈な腹パンをまともに受け止めて、強引に後ろへと押され地面に足をついたままスライドするように滑る。
初めて見せたチヌの苦痛の表情に、ジョナスは脅威を感じた。
グリムと同じ、MI6の準公式部隊の一人を易々と殺した少女が、今目の前で押されているというだけで背筋がゾクっと身震いを起こす。
一人は機械の腕を持った少女に、もう一人はカリナの様な迅速の刀使い。
まるでアニメだ。
「ニカ、エメリナを連れてどこかへ隠れろ。いいな、絶対にエメリナを護れ」
「分かった。俺がちゃんと護る」
「エメリナはジョセフを呼んでくれ。プログラムを持って俺も中へ乗り込む」
二人に指示をして、ジョナスはポケットから取り出したマイクロSDをエメリナへ見せる。
その流れは半年前の中国での行動と似ていた。
一人で予備電力装置をシャットダウンさせに行った時も、仲間と離れての単独行動。
少しばかり懐かしさを感じるジョナスは、微笑しながら歩き始める。
左手に持っているソーコムを下へ向けながら進む。
クレアトゥール社の一番輸送庫。その中へと足を踏み入れて行った。

◆◆◆◆◆◆

    アラン・ブロウ
―――――――――――――――
 プログラムによって造られた空間の中を彷徨い続け、イギリスの街を徘徊しながら、プレイヤー達に紛れ込んでいる。
俺とイヴの今の状況はとてもじゃないが、対処できるようなものではなかった。
急に指名手配された俺達を捕まえるクエストは、急速に終了してしまったらしい。
原因も分からない。だが、俺達はまだ先へ進まなくてはならない。
ただ脱出の時が来るまで逃げ続けるだけだが、建設物に囲まれている広場へ、俺とイヴはたどり着いた。
「グリム……?」
「ん、ああ。俺は一時期イギリスで生活していた。だから地形には詳しいはずなんだが、ここは現実に存在してない場所」
「怪しいね」
音は静かでは無かった。後ろからついて来るように自分達とは別の足音が聞こえてくる。
イヴの背中を押して素早く後ろへと振り返り、右手に握ったハンドガンを取り出す。
やはりの様に、二人の戦士はそこに居た。歩いてくる彼等は俺の知っている人物の偽りだ。
そんな彼等へと銃口を向けたままでいる。
こんな事を仕組んだヤツは、本当に悪趣味なヤツだろう。
だがこのくらいで怯みはしない。俺には、まだやるべき事がある。
「イヴ。建物の中へ隠れて動くな。 絶対に動くな」
「う、うん……」
少しばかり不安気な表情を見せて、俺から離れるイヴ。
ゆっくりと距離を離して建物の方へ急ごうとした彼女は背を向けて進み始める。
いつもの戦闘態勢へと移り、グリムは二人の姿を睨みつけた。
パリッシュとカリナ、そのAIを俺は両方相手にする。
一般ゲームでいうボス戦だ。
イヴは一度立ち止まり、グリムの方へと視線を向けた。
「必ず迎えに来て」
「……わかった」
俺の返事を聞くと、彼女は建物の中へと入って行った。
イヴだけはなんとしても現実世界へと逃がしてやりたい。
それをやり遂げるのなら敵を潰す事が先決だ。
彼等がリスポーンしないとは確定しにくいが、わざわざAIとして作られたのには理由があるはずだ。
強さの再現にはそれなりに高密なプログラムが必要なのは分かる。
精密なプログラムだからこそ、データ内で崩壊が始まれば、一気に壊れる可能性もあるはずだ。
「考えるより先に、やってみたが早いか」
「よく言うわね。またあのクエストでも公開した方がいいのかもしれないわよパリッシュ」
パリッシュの方は無言のまま、両手にトンファーを持ち前にも見た事のある構えになった。
彼等も俺と戦う準備は整っているようだ。 だが無くした装備は持っていない。
たとえば、以前のナイフ戦で俺が弾い落したブラックナイフを彼女は持っていなかった。
距離は離れている方だろう。少しの時が流れる間、彼等と会話を交わす事もない。
グロック17を握り直し、俺は駆けた。駆け出すのと同時にポーチからサバイバルナイフを取り出す。
彼等の反応より素早く接近し、パリッシュの懐へサバイバルナイフの刃を突き立てようと、一気に突き出す。
向けたナイフは簡単に横へ回避され、パリッシュは俺から見て左側へと移動。
更に右横からは割って入ってくる様にカリナのナイフが俺の腕を狙う。
俺は左へ体制を変えて、カリナから身を引きながらも、トンファーを振り込んでくるパリッシュに、右手に持つグロックの銃口を向ける。
トリガーを引くのと同時に、視界に映ったナイフの軌道を捕らえた。
パリッシュに被弾させるつもりが、銃声が鳴った瞬間に右腕を弾かれた。
失敗に一々動きを遅くする事なく、サバイバルナイフでカリナのナイフを受け止め、水平蹴り。
だが、少しばかり上げた相手の膝にガードされる。
後ろへ押されたカリナは、体制を立て直そうとする間、グリムの視界に映っていないパリッシュが攻撃をしかける。
その攻撃には気がついている。パリッシュへ背を向けたままの状態で、彼の猪のようなトンファーの一撃を右へ少し移動して回避する。
ジャストなタイミングだ。
自分の横を通り抜けたトンファーごと、パリッシュの右腕を脇腹に挟み込む。
彼の右腕を封じ込み、自分の右肘を後ろへと即座に移動させパリッシュの身体へ連続して殴る。
カリナは飛んだ。 大地を蹴り、宙を舞う姿には半年前のあの時にも見た事の有る技だ。
宙返りの加速で両手に持っているナイフを一気に突き刺す技。
直ぐ様銃口を向けてトリガーを何度も引く。
銃声の後には既に遅い。空中で標的になったカリナは、弾丸を真面に被弾させ、地面へと落下する。
流れる動きで、倒れたカリナの姿など確認せずに銃を持っている右腕を移動させ、パリッシュの右腕を引き込みながら左腕で首を押さえた。
「ッッ……ゥッ…」
片手に持っているトンファーが何度も俺の肩を殴りつけた。
だが、片腕を捕まえられている状態の彼が、思いっきり攻撃を叩き付ける事はできない。
連続するダメージを耐えて、俺は次の行動にでる。
戦闘が始まって二分も経過していない、この少ない時間の中で音だけが正確に早く情報を流し出す。
バゴギッ と鈍い音が鳴りパリッシュの右肩を強引に外す事に成功した。
それでもまるでロボットの様に左手に持つトンファーを振り上げようとしていた。
左手に持っているサバイバルナイフを逆手に握り直し、パリッシュらしくない冷静でないような大振りの攻撃を簡単に回避する。
しゃがみこんでトンファーが上を通るのと共に、一気にパリッシュの心臓部へとナイフの刃を突き刺す。
シュっと紙でも切った様な音が聞こえ、パリッシュの顔は強張る。
次の瞬間、グリムは彼の巨体を蹴り飛ばす。一発の蹴りでバランスを崩し、トンファーを持っていた彼の右腕は既に外れていて、手からトンファーが離れる。
後ろへと押された彼の身体は、既に戦闘不能に近づいている様にも見えた。
「進ませてもらう、お前を倒してからな」
地面を蹴りつける様にして前へと駆ける。銃を持った右手を振り上げて、彼の頭へ直撃させるために振りかぶる。
ダンクシュートをする様に、ジャンピングからのフォーミング。
加速のついた打撃技を彼へと一直線に叩き込もうとした。俺は変わった。
あの頃から半年間、パリッシュとカリナの戦闘法に何度も助けられた。
俺はデータに負けてなどいられない。
求めるのは俺の正義の中での裁き。クロイツという組織を……
コット・メイジャー少佐。司令と呼ばれたヤツの組織を完全に消滅させるまで、俺は悪を死へ誘う。

      一方その頃……
 蛍光灯の白い光に照らされ、辺りにある精密機械の数々が学校のプール程の広さの場所に密集している。
研究材料や大量のモニターに記録映像。 デジタル空間でのグリムの戦闘ばかりが記録されて、そのまま残されていた。
ただの研究所の様で、そうではない。手術台の様なベッドに横たわっているグリムは、小型のヘッド機械。
脳波を受け取る為、前頭部へ装備する装置。世界に1000台売り出されたゲーム。V.R.W.S.を付けたまま眠っている。
そんな彼の姿の横へと、一人の男は現れた。
「クリスンの野郎 使い捨てとしか思ってねぇな。死神を高値で売るだ? ゲームが得意なヤツを兵士にして売ってたら、今度は高値にも手を出すとは素人のやり方だ。平常運転じゃなきゃ身を亡ぼす」
紫コートを揺らし、近くにある機械のキーボードへと触れようと彼は移動した。
モニターに映っている場所にはグリムの姿があった。
パリッシュとの激戦中の彼の姿を見ながら、ギア・ナックは微笑んだ。
音の少ないこの空間で、キーボードとマウスを操る音が小さく鳴る。
「やっぱ死神の感は良い方だと思うぜ。だがこれは出口じゃなくてトラップだ……」
開いたウィンドウに、元から有ったプログラミングをコピーしている最中、別の機械にセットしていた端末サイズのAI基盤が大きな音と共に火花を散らす。
爆発でも起こったかと驚くギア・ナックは、フラッシュして火花を散らし焦げるAIへと視線を向けた。
完全に壊れている。
気を取られながらも、モニターの方へ視線を送りその現場を確認した。
開けた空間でパリッシュの頭を叩きつけたのか、辺りに血が飛び倒れているパリッシュの姿が、バグの様にモーションがガクガクとぶれている。
直ぐにでも消え去ろうとするその姿に、ギア・ナックは急いでキーボードの方へ向き直った。
壊れた分のスペアは無い。
プログラムを書き上げ、直ぐ様転送する。
部屋へと入ってくる足音が聞こえてきたが、特に気にもしていない様にギア・ナックはモニターの方へ映画でも見ている様に視線を向けた。

◆◆◆◆◆◆

    オルガ・ドミノフ
――――――――――――――――
 私達はここまで来た。後ろからついて来るジェーンは、まだ私の事を信用していないようだった。
何の会話も無く倉庫の中まで乗り込んだ。潜入なのに会話というのもおかしな話しだけど、少しは話して見たかった。
彼女が過去に何をさせられていたのか、その情報を一度は私も確認した。
ジェーンも、両親を既に亡くしていた。私が父を亡くした時の感情は、怒りだけが身体を支配したのを覚えている。
でも今は……
二人は扉の開いている入口へと足を踏み入れる。
中にいるのは一人の男だけ。紫コートにオールバック姿のギア・ナック。
彼がモニターへ視線を送ったまま、銃にマガジンを入れ込んだ。
蛍光灯の白色の光に照らされて、少しばかり眩しく感じる。
立ち上がろうとするギア・ナックの姿に、ジェーンは銃を向けてトリガーへ指をかけた。
ハンドガン、ワルサ―P99を構えるジェーンへと私は声を放っていた。
「待って、あの人は私の……」
無反応のままのジェーンは、銃を向けたまま動かない。
焦ってしまっているのは私だけで、銃を向けられたギア・ナック自身ですら微笑んでいる。
「どうしたオルガ。グリムの愉快な仲間達と御戯れってか? 面白れぇ 面白いよな。仇が目の前にいるのに、お前はその男を殺せない」
「私は!! 殺したいわけじゃ、なくて」
「ふ、ふははっ くははははははッ どうやらコイツ等は高値で売られる予定らしいじゃねぇか。記憶を消すとか言ってたっけな」
ジェーンは彼の方へと一歩づつ歩き始める。
ゆっくりと進みながら、ワルサ―P99の銃口を向けて歩み寄っていく中、右目に装備しているヴィジョンゴーグルには室内のマップが表示されていた。
人の立っている場所まで把握できる便利な機械。その眼帯の中で表示されている映像を確認しながら接近していく。
私は立ち止ったまま、彼女を止めようとはしない。
違和感ばかりが山のように積もっていく。父は、本当に彼と友達だったのだろうか。
でも、教育費や住処の提供や依頼を持ってきているのも、全て彼のおかげで今の私がここにいる。
歩いて行くジェーンの背を見つめて、自分の右手に持っているG26を握り直す。
今の私から見て、彼の行動や言動に信用性が有るようには見えなかった。
ふと足音が聞こえた様な気がする。
進んで行くジェーンの姿から視線を反らして、辺りを見渡そうとした時だった。
連続する銃声とマズルフラッシュ。 
それが左側から放たれたのが分かった時には遅かった。オルガの手の伸ばせる範囲に居ないジェーン。
何もできない自分の無力さに、歯噛みする事もない事に気がつくのは、直後の事だった。
音に反応するより前に後ろへ動いたジェーンは、倒れる様にして銃声と同時にテーブルや機材の横へとしゃがみ込み、簡単に奇襲攻撃を回避する。
かすりもしなかった銃弾の雨は気にする事なく打ち尽くすまで連射される。
座っていたギア・ナックの方にも銃弾はとんでいき、彼も急いで遮蔽物しゃへいぶつの後ろへと仰け反り倒れる様に隠れた。
私の思っているイメージ像と、目の前にいるジェーン・ドウという12歳の少女の姿は違っている。
反射神経も経験もきっと自分より上だろう。
隠れた彼女達に釣られて、急いで遮蔽物へ背を寄せて銃を握り直す。
相手が誰なのか確認する手間も与えずに、引き金を引いていた人物の声が飛び込んだ。
ゴシックロリータの黒色の服に身を包んだ少女が、UZI Proを両手に持って銃口を向けている。
「貴方が死神のお気に入り……? 射撃のプロらしいけど、私に勝てる?」
「……オルガ、グリムを護って」
ジェーンは私に頼んできたの?
信用されていないとばかり思っていたけど、どうして急に。
そう考えているとゴスロリの少女の隣にいる少年。
彼が声を放つ。
「随分と余裕だね。アレットと僕を両方相手しても、倒せると思う?」
姿を隠したままのジェーンは、肩にかけているバッグから左手で別の武器を取り出す。
言われた通り、私のできる事はセンド・グリムの元へ行く事。
あの二人は彼を殺す事を望んでいる。
ゆっくりとしゃがみながら、移動しようとした時、思わぬ銃声が飛んだ。
ギア・ナックが懐から出した拳銃をアレットへ向けていた。
行動しようと進んだ一歩と同時に鳴った音に、心臓の鼓動が激しくなる。
誰が撃ったのか撃たれたのか、ここからでは確認できない。
ただ確実なのは、ジェーンは撃っても撃たれてもない。
仲間の無事は確かだった。

 銃声は鳴り続ける。作業テーブルや機材が沢山有る空間で、耳を突き破るような音が鳴る。
テーブルを踏台に飛んだ音だと私にも理解できた。
蛍光灯の白色の光は容赦なく私達を照らしている中、ジェーンは駆けた。
上から振り下ろされたダガーを横へ回避する彼女の姿に、一瞬だけ息を飲む。
紙一重の回避法は、あのヴィジョンゴーグルのサポート有っての行動だろう。
年下の彼女に戦わせて、自分だけ楽な事をしているようで嫌だけど、彼女の言う通り私はグリムの眠っている場所へ向かうのが先決だ。
プラチナシルバーの長い髪を揺らして機材棚の後ろを通って、飛び交う銃弾の盾にしながら部屋の奥へ進む。
見ていて分かるが、ジェーンの戦い方はグリムとは異なっていて、スピーディーに動き格闘で攻め込む彼とは逆に、接近戦は控えて銃を使っている。
ジェーンと同じ背丈くらいの少年は、両目を覆い隠すようなゴーグルを装備して、両手に持っているダガーを大振り小振りで振り込む。
本気で殺しにかかってきている彼の姿の後ろから、サブマシンガンを構えているゴスロリ少女もジェーンを狙っている。
でもあの角度からでは丁度被っていて打てないはず。
戦う彼等の姿を後ろ手に、奥にある特殊な装置の数々に囲まれた場所まで来てみれば、予想通りの状況に息を飲んだ。
ゴスロリ少女のアレットに銃を向けたギア・ナックは、左腕を負傷している。
紫色のコートに血の染みができて、そのまま床に座り込んでいた彼に急いで駆け寄る。
「おじさん……やっぱり、敵なんですね」
「気がつくのが遅ぇんだよ。前からずっとそうだったんだぜ。それにお前もコッチの側だったはずだったんだ」
自分の怪我に駆け寄ったオルガに対して、右手に持っていた銃を上げて、顎の下にゆっくりと銃口を突き付けられてしまう。
裏切る彼に対して、想像はできていた。私は既に持っているグロック26の銃口をナックおじさんの胸へ押し付けている。
「偽りの真実に踊らされて、気がつけば死に最も近い位置に立ってるなんて、親父が悲しむだろうな?」
「……お父さんの話を持ち出さないでッ」
「どうしてだ? アイツは俺を信じてた。そしてお前も同じだろう? ドミノフ一家は簡単に騙される。正義感か? 友情か? 目的かぁ? ほんと、死神に関わるとそういう事も無意味だ。死が追いかけて来る」
視線を眠っているグリムの方へ移す彼の姿に、銃を強く押し付けた。
だが銃を向けられているのは自分も同じで、直ぐに顎の下から銃口で強く押される。
常日頃から彼は【自分の命が最優先】と言っていたが、今正にその意味が理解できた。
裏切られた。もう彼を信用するわけにはいかない。
そんな想いを抱いているオルガの目の前で、彼は笑い始める。
ギア・ナックは銃を下ろし、まるで私が撃てないとでも思っているようだ。
「グリムじゃない、本当は誰が殺したんですか……」
「あ~ぁ、まだ気がつかないのか親子そろって鈍感すぎだぜ」
「答えて! おじさん答えて!」
私は熱くなってしまい既に冷静ではなかった。
辺りは銃声や金属音が鳴り響いていて、配線に囲まれた台の上にはグリムも眠っている。
不適に微笑む彼の姿に、私は銃を下ろさない。
バックコーラスのような騒々しい音も激しさを増している。
「オルガ。お前の親父を殺したのは、このオレだよ」
彼の言葉に、まるで時間が止まった様に感じた。
ショックより先に怒りが湧き上がり、想う事すらなく私の中で何かが切れたような気がする。
グロック26のトリガーへと指を触れて、立ち上がりながら彼から離れた。
狙うは一点の心臓のみ。
一発で終わる。 私は何のために殺しを習ってきたの?
銃を教えたのは目の前にいる男、ギア・ナックだ。
今までしてきた事がバカらしくも感じた。だけど最も許せないのは、私達親子を馬鹿にしたことだった。
一気にトリガーを引こうとした。
唐突に視界が歪む。横からの衝撃と同時に、機材棚へ激突する。
鉄で殴られた痛みに耐えながら、視線を横へ向けると、そこにいたのは機械腕の少女。
口を隠すバイザーが無くなっていたが、間違いなく 私達の車を襲った少女だ。
でも、彼女はチヌという刀使いと戦っていたはず……
脳が揺れたのか、視界が定まらず体が動きずらい。
「流石は優秀な部下だ。……お前、その傷どうした?」
「刀で一突きやられました。ですが戦闘に支障はありません」
「……行くぞ テスト」
「ですが、センド・グリムの回収は?」
「ほっとけ、やる気が無くなった」
彼等は部屋の裏口から、別の部屋へと出て行く。
無力の自分には、彼等を追う事すらできない。仇の相手は目の前にいたのに、体は震えてしまっている。
今まで何度となく、政治家や麻薬王みたいな人達を殺してきたはず。
なのに今、あの瞬間で私は少し躊躇ためらった。
恐怖ではない。ただ、私の遅れにテストは割り込んできたんだ。
私は誰も護れず、誰も救う事もできない。そして、只一つの仇をとる事も無理なんだ。
部屋から出て行くギア・ナックの後ろを付いて行く一人の少女は、オルガへと振り返り視線を向ける。
膝をついてぐったりとしたオルガに、攻撃を仕掛けるでもなく、只々見つめていた。
機械のレンズの様な瞳は、私の事を見つめてジッと映す。
彼女は表情を変えず、私に口を開く。
「追って来い。仇を選ぶか自分を選ぶかは、自分で決めること。答えを見つけたいなら、思うがまま進め」
彼女の言葉にやっと顔を上げると、一瞬だけ悲しそうな目をしていたのが見えた。
そのまま直ぐに彼女も姿を消した。
信頼していて彼と共にいるんじゃないの?
どうして人を騙すようなヤツに付いて行くのか、私には理解できなかった。
私はギア・ナックという男を、お父さんの良き友だった彼の裏切りを許す事はできない。
信用していた彼に騙され、お父さんと同じだったんだ。
仇を選ぶか 自分を選ぶか…………
お父さんは、最期のひと時に何を思ったの……?

 銃声が止まった。 蹴り飛ばされたジェーンがテーブルの上を滑り、紙やボックスの様な機材と一緒に床へ落ちた。
少年アルベールは、倒れたジェーンの右手首を踏みつける。
銃を持っていた右手を踏み押さえられてしまったジェーンは、見下ろしている少年の顔を睨む。
「大したことないねぇ これなら目覚めた死神も大したことないんじゃないかな」
その言葉にジェーンは表情を変えた。左手でマガジンポーチから空のマガジンを取り出して、自分の右手を無んでいる アルベールの左足を殴りつける。
マガジンを金槌のように使い、相手の体制を一気に崩す。
横へ跳ねた彼の姿に、起き上がりながら銃口を向けると、サブマシンガンを両手に持っているアレットが背後から忍び寄る。
「名無しのジェーン・ドゥさん。貴女が死神に執着する理由は……」
アレットは後ろから銃を向けて余裕の表情を浮かべていたが、思いもしなかったジェーン行動に動きを鈍らせる。
膝をついたままの体制で上半身を動かし、くるりと振り返りながら右手に持っている銃で二回の発砲。
銃声が鳴った後、アレットもトリガーを引こうとしたが、火花と同時に両手の銃の中から爆発でも起こす様な凄い音が鳴る。
宙へ舞った二丁のサブマシンガンは発砲できずに、床へと落下する。
ジェーンの狙っていたのは、彼女の持っているサブマシンガンの銃口。
一瞬の狙い目で同時に二つの銃を破壊したのだった。
逆に、アルベールへと向けてしまった背は誤算だ。
ダガーを持っている彼は直ぐ様ジェーンへ襲い掛かろうとする。
その足音は直ぐ後ろまで来ていて、もうどうしようもないだろう。
普通なら、どうしようもない。
「んなッ!!」
背後から迫ったアルベールへ、ジェーンは右手を自分の肩の上へ移動させ、右腕を自分の耳に押し当て、左手で自分の右肘を押さえ、そのままトリガーを引いた。
ドン っときた反動に、ジェーンは前へ押されたが後ろから接近していたアルベールの右肩に銃弾は直撃する。
後ろへ弾かれる様にして、彼はテーブルへ背中を強打する。
「ジェーン! 待たせたな」
この部屋へと乗り込んできたのは、ソーコムを左手に持ったジョナスが現れた。
戦っていたはずの二人。増援が来た事に動揺したのか、部屋の中を駆け抜け、別室へと抜けて行く。
戦場は一気に豹変して、銃声もならない空間へと変わった。
逃げ去ったアレットとアルベールの姿の後に、ジェーンは眠っているグリムの方へ視線を向ける。
ジョナスの声がジェーンに話しかけてきた。
「大丈夫か ジェーン?」
「……………」
何も会話を交わす事無く、ジェーンは立ち上がり、直ぐ様グリムの方へ駆けて行く。
彼の眠っている台の横には点滴が設置されていて、頭にもVRWSと書かれた機械がセットされている。
グリムの傍へ行き、持っていた銃も手から落として、その手を横から握る。
座り込んだままのオルガも、不安気な表情のまま立ち上がり、皆と合流した。
雰囲気のおかしい様子に、ジョナスは私に視線を向けると、特に何を言うでなく右手に持っていたUSBを確認して、近くの起動装置へ近づく。
壊れている小型の基盤AI二つの横を通り過ぎて、メインPCの前に腰を下ろす姿に、全員は思い思いに止まったまま。
やろうとしていた事は、目的は達成目前なのに、オルガだけは苦悩の中にいるようだった。

 ジェーン達の突入した 第二倉庫の中へエメリナ達が集まり、眠ったままのグリムは目覚める事はない。
この部屋の中にあるシステムを解析しているジョナスの技術でも、まだ時間がかかりそうに見えた。
仇を殺す目的のあったはずなのに、気がつけば真実を追い求めそして今は無力。
真実を知ってしまった今、私自身にできる事とは、目的が何なのかも考えられなかった。
ただこの人達の近くにいる事だけしか、私にはできない。
暗い表情のオルガに、車椅子に座っているエメリナが視線を向けて来る。
「オルガ、貴女のメイド……じゃなくて、アシスタントを呼んでおきました。たぶん直ぐに来ると思います」
「フィグネリアを……どうして?」
「貴女、自分の思ってる以上に酷い顔してますよ。それもジョナス並に」
「人の顔バカにすんじゃねー。オレだって昔は女の一人や二人、毎晩釣りまくってたんだ」
後ろからタイピングしながら言うジョナスの声に、エメリナは微笑む。
彼女は本当に優秀だ。チームだけでなく、私の体調面まで察し良く確認している。
でも、この事は私自身がつけないといけない決着なんだ。
彼等の邪魔はできない。私は微笑みながら言う。
「気遣いどうも。それより、センド・グリムの方は?」
眠ったままのグリムの姿に皆がだんまりとしていたが、ジョナスは違った。
少し振り向きながらもタイピングを続けて微笑みながら言う。
「ある程度の事は理解した。強制睡眠プログラムから、脳と意識がダイブしたまま脳は休憩状態になってる。そのプログラムを止めれば、グリムは目覚め……」
ジョナスの言っていた事を切断するようにして、ジェーンが言う。
「もっと良い方法、有る」
部屋に有る椅子に座っているニカも銃のメンテをしながら、視線をジェーンへ向けた。
何が始まるのかと、ジョナス達も一点に視線を送り、彼女も自信有り気に眉をキリっとさせている。
グリムの真横まで近づいて、真剣な表情のジェーンは眠っているグリムの顔を見て一度止まった。
皆の動きまで止まり、その場面に集中している所でジェーンが動く。
覆いかぶさるようにしながら、ジェーンは自分の唇を彼の唇に重ねたのだ。
その光景にエメリナが頬を赤くして口をあわわと動かした。
「えっ!? ちょっとジェーン!」
ぱっと唇を離してから、台の上に両手を置いたまま目覚めないグリムの姿を見て、逆に疑問そうな表情を浮かべている。
頭の上に疑問符を浮かべているジェーンの姿は奇妙なものだ。
絵本の世界でよくある光景に、ニカは笑い出した。
「ははははっ 子供の絵本かよ」
プログラムを組み上げていたジョナスも、手を止めたまま緊張感の欠片もない笑顔を見せる。
「それで目覚めたら苦労しねぇよ。直ぐにプログラミングするから待ってろ」
「わかった……深くキスしたら起きるかも」
「何もせず 黙って待ってろ」
冷めたような目でジョナスの方を見るジェーンに、呆れたようにキーボードの方へと両手を移動する。
グリムの一番近くで座ったジェーンは、彼の目覚めを一番待ち望んでいる気がした。
まるで兄妹の様な、親子の様な関係にも見えてしまう。
信頼できる仲間。そんなものは今まで居なかった。
私はいつも一人で……
ハイヒールの足音に、オルガは耳を打たれる。
音のする方へ振り返って見れば、一人の女性の姿に、救われた。
「オルガ様、見事に裏切られましたね」
「え、フィグネリア どうしてそのこと」
「小型盗聴器です。私は最初からギア・ナックさんの事は信じてませんでしたので、接触する事の多いオルガ様に盗聴器を持たせてました」
彼女はウインクをしながら、オルガのブレザーの左ポケットへ人差し指を向けていた。
私は一人じゃなかった。依頼を受け取り、適正な判断をしていたのはいつもこのフィグネリアだった。
家の炊事洗濯、私の体調管理をしている彼女は、仲間と呼べる存在かもしれない。
唯一信じられるのなら、フィグネリアはその唯一。
「次からはちゃんと私に言って」
「承知しました。それと、次からは私も実戦に参加させてもらいます」
マカロフをホルスターから取り出した彼女の姿に、目を丸くしてしまう。
彼女が戦う姿を実際に見た事の無い自分には、フィグネリアが銃を構える姿すら想像できなかった。
ただ、それは私の想像。
「そう、でも足手纏いにはならないで」
「オルガ様、それは言い過ぎですよ」
二人の微笑む姿は日常的な、平凡な少女と女性の姿を連想させる。
笑っているフィグネリアの姿をジッと見つめる。真剣な表情で睨むような目を向けて、只々見つめる。
ニカは何かを感覚的に直感する様にして、少しばかり視線を向けたままだったが、直ぐにグリムの方を向いてジッと止まる。
皆思い思いにグリムの目覚めを待ち、辺りを警戒していた。
静かな部屋の中で、坦々と鳴り響くタイピング音は、皆に睡魔を呼び起こす。
外はもう暗くなっている頃だろうか。
何もせずに只々待つだけの現状に、暇そうにしているニカは既に椅子に座ったままだらしなく眠っていた。
奇襲とは予期せぬ時に迫り来るものだ。
そして今、眠っているニカへと振り下ろされた紙束が、ベシンッ と大きな音をたてて頭を弾く!
「あたぁ!! 何だよっ」
ニカが振り返れば、エメリナが片手に紙束を持って立っていた。
車椅子から降りてから立っている彼女の足元は、弱々しく微弱に震えている。
「戦地で眠るようじゃ、人は護れませんよ。それに私は暇です」
「ようするに、何だ。話し相手をしろと……?」
「まぁ、そうなりますね。横、座りますね」
車椅子を近くへ寄せて、ニカの隣にとすんと座る。
特にこれといってする事のなさそうな雰囲気なのに、エメリナは彼目を向けていた。
「貴方はどうして戦うのですか?」
「どうしてって、そりゃ 誰かを護りたい……護るための力が欲しいから」
「じゃぁ、もし仲間を殺されたとして、貴方ならどうします?」
「それは、俺の正義に従う。自分の考えに……」
「そうですね。フリーセーバーは、皆自分の考えで行動してます。依頼も殺しも仲間にするのかも……正義という一つの固定概念を元に動いてます。武器を手に取って戦えない人達の代わりに、私達が変わりに戦う」
二人の会話を私は聞いていた。組織に入って未熟なニカに、エメリナはその事を説明している。
この組織に入る者達が、どうして戦うのか……
そんな姿を後ろから見つめていると、部屋へ入ってくる一人の足音に視線が移動する。
敵かと身構えるオルガの視線の先には、折れた刀を手に持ったチヌ・ロールの姿が現れた。
テストという機械腕の女と戦っていた後から、姿を見ていなかったのだが、状況的にチヌもヤツにやられていたのだと理解する。
「皆、僕の支援はここまでです。敵の本拠地はクレアトゥール社ロシア本部。捕らわれている社長を解放してほしい。敵はクロイツの幹部です」
「ちょっと、いきなり現れたかと思ったらいきなり依頼なんて」
「当初の目的と変わらない。ただ倒すだけ」
チヌはくるりと回るUターンでスカートをふわっと舞わせて、アホ毛を揺らしながら、伝える事だけ伝えて立ち去っていく。
ヘリが墜落? そんなまさかと片手に無線機を取って、操縦士のジョセフへ連絡をとろうとしていた。
エメリナは不思議そうに出て行く姿を見ながら、特に好戦的ではないチヌに謎ばかりを思い浮かべる。
どこから来て何をする為に接触してきたのかも宇宙人並の謎。
そんな謎を考えていると、チヌが出て行くタイミングで、ジョナスが強く横にあるボタンを押し込んだ。
「デキタぜぇぇぇぇ!!!」
大声と同時に機械のランプが点滅して、辺りのPCに接続している機器が作動し始める。
画面には緑色のゲージが表示されて、一気に左まで移動して100%になり、グリムがヘッドに装備している機械が反応したように高い音を放つ。
今からタイムマシンが時空の穴でも空けそうな程機械達の放つ音は奇妙なリズムを刻んでいた。
全員の集中力が高まり、眠っているグリムの方へ映画でも見ている様に真剣に見つめている。
数秒が経過したのと同時に、VRWSのヘッドは起動中のランプを完全に消したのだった。

◆◆◆◆◆◆

     アラン・ブロウ
―――――――――――――――――
 目が覚めた。瞼が重く中々開く事ができないと思ったが、その原因は白い発光体。蛍光灯のせいだと理解できた。
ゆっくりと目を開けて最初に映ったのはジェーンの顔だ。VRの世界かと思った矢先、言葉は出てこない。
デジタル空間で動かしていたはずの口や体の感覚が、現実では異なっている事が直ぐに分かる。
現実の世界ではまったく体を動かしていないんだ。それは普通の事だろう。
何となく安心できたのは、ジェーンの微笑んだ表情が見れたからだった。
「ここは、ロシアか?」
体を一気に起こして、床へ足を下ろし立ち上がろうとした時だった。
何だかおかしい。俺はその場で立っていられた。
体も一日ゆっくり過ごした時のようなダルさだけで、特に別状はない。
普通に動ける事が、自分にとっての疑問へと変わった。
「グリム。大丈夫ですか? 一ヶ月眠ってたんじゃ」
「分からない。だが動けるのは確かだ」
目覚めて直ぐに思った事は、いつもと変わらないものだった。
「迷惑をかけたみたいだが、貸しは返す。それに……」
周りを見渡して、人数が増えて賑やかになっている光景に、グリムはいつもと変わらない顔で頷く。
隣にとことこと歩いてくるジェーンの頭へそっと手をやりながら部屋にいる全員に告げる。
「新しい仲間が増えたみたいだが、気を抜くな。新人も、心して戦え。 敵地へ行く前に、一つだけ頼みがある。 一人の少女を助けたい」
俺の一言にジョナスは笑いながら声を上げた。
「おぃ~グリム。ほんと子供の面倒が好きになったな。人見知りだったお前が、半年で凄い成長じゃないか?」
「脱出と協力、あと裏切らないって約束したんだ」
ジョナスはあまり乗り気ではなさそうだったが、俺は一人でもやりとげるつもりだ。
装備だけが無くなってしまっている状況に、辺りを見渡したが自分の装備は無い。
どのみち、俺は射撃よりも格闘の方が手慣れているつもりだった。
グリムの真剣な表情に、誰も反対はしない。
「グリム。俺はアンタについていくよ……まだまだ強くなるために!」
「あの時の子供。確か名は」
「ニカ・ディアソル。よろしくな 先輩っ」
彼の言葉に頷いて返す。部屋の中には見慣れない人物が後二人立っている。
一人は見覚えのあるプラチナシルバーの少女だ。
近くに置かれてあった黒色のミリタリージャケットを着て、ファスナーを胸元まで上げ、防弾服ソフトアーマーを手に取って歩き進む。
ジェーンを置いて歩き始めると、直ぐに追う様にして後を付いてくるジェーン。
部屋を出ようとオルガとフィグネリアの真横を通り抜け、廊下へと出ようとした時だった。
直ぐにジョナスが立ち上がり、大声で言い放つ。
「わぁったぜ。俺も手伝うが、その変わり2週間の休暇をくれ!」
グリムは頷きながら、そのまま廊下へと出て行ってしまう。
ジョナスは、見えなくなったグリムに微笑みを浮かべ、満足気にしていた。
椅子から立ち上がり、自分のホルスターに手を近づけて銃が有るのを確認して、廊下へ出たグリムの後を追う。
部屋にいるエメリナとオルガ達を置いて、彼等の姿は見えなくなる。
車椅子に座っているエメリナは、オルガとフィグネリアの姿を見ながら、胸の前で腕を組む。
彼女達はその視線にも気がつかずに、出て行くジョナスに釣られて廊下へと足を進めた。
ジッと彼女達の出て行く姿を見つめていると、エメリナの後ろへと近づく一つの足音に振り返る。
金髪のポニーテールが揺れ、後ろからゆっくりと車椅子を押すジェーンの姿があった。
意識していなかったからかビックリした表情になるエメリナに、気にする事なくジェーンは車椅子を動かす。
右目の眼帯、ヴィジョン・ゴーグルにはソナー機能を生かした地形の認識で、動いている人達の姿まで見えている。
ジェーンは彼等との間を置きながらも、ゆっくりと追う。
少し体制を変えて、エメリナの近くへ顔を移動させて、小声になりながら言った。
「あの女、怪しい………」
「オルガ・ドミノフ?」
ジェーンの返事に小声で言うが、あの女というのはオルガの事ではないらしく、首を左右に振って返される。
真剣な目をしているジェーンに頷き返す。
部屋に残された二人も皆の後を追い、部屋を出た。
広がった廊下は外からの光が入ってくることのない空間に、点々と設置されている電灯が薄暗く当りを照らしている。
その空間をジェーンが車椅子を押し進めて行く。
俺達は眠っている少女を見つけ出した。
この場所が何なのか、それを見てハッキリと分かる。
人身売買のオークション会場。
客席からステージまで、セットが一式揃っていた。科学企業の裏では、こんな事にまで手を出している。
ともあれ、救出すべき少女は今、俺の眠っていた別の部屋で同じように眠っていた。
視線を下ろして見れば、その少女にはやはり見覚えがあった。
C4の爆発で瓦礫が振ってくる前、俺が脱出して爆風に巻き込まれる前にヤツ等はストレッチャーを使って車へ運んでいたのを思い出す。
この子も人身売買に売り出される予定だったのだろうか。
「グリム、セット完了だ。お前の時と同様で既にゲーム内から意識は離れて、強制睡眠状態へ脳波に電気信号を送ってる。まぁ簡単に目覚めさせられるさ」
「すまない、早々と熟してロシアを出よう。俺達はこれ以上関わるべきじゃない」
「そうか、だが」
ジョナスは顎に手を当てて、眉間にシワを寄せ、俺の方を見上げてくる。
俺は単に、ロシアでの荒事で自分達への被害が降りかかる事を考えていた。
クレアトゥール社が犯罪組織の企業だとしても、わざわざ関わる事はないと思ったからだった。
「お前が関わりたくなくても、奴等が俺達を狙っているとすればどうする?」
「……」
「お前が眠ってる時にハッキングさせてもらったんだ。クレアトゥールの本社はデカく監視カメラは尋常じゃない数。それに、ハーケンクロイツ」
俺達の目の前にある事件は、簡単に逃げ帰る事ができないらしい。
ハーケンクロイツ。
つまりナチのシンボルの存在するという事は、その後ろに新生ナチであるクロイツと呼ばれる組織。
コット・メイジャー率いる世界制圧を目論む組織がいる事が考えられるのは明白だろう。
これ以上他者まで巻き込んでいい事ではないが、オレ一人では組織を潰す事もできるかわからない。
仲間を見捨ててまで、ソレは変える必要があるのだろうか。
少しでも顔に出てしまったのか、ジェーンが真っ先に声をかけてきた。
「グリム……」
右目に装備していた機械眼帯ヴィジョンゴーグルを外しているのか、今の彼女は眼帯もしていない。
彼女のエメラルドグリーンの瞳が、両方の目で見上げてきている。
そっと手を握ってくるジェーンの手は、小さくも温かい手だ。
「私は一緒にいる……だって、私と貴方は似た者同士。前にそう決めてた」
「あぁ、そうだな。 皆にも言っておくが、ここからは俺の私情も絡んでくる。引きたいヤツは名乗り出てかまわないし、俺はそれを止めはしない」
部屋にいる全員がその声に同意する様に頷く、フィグネリア 約一名を覗いて全員が相槌を返した。
各自、目的や思考も違うかもしれない。だけど表情は同じだった。
俺は裏切られるの覚悟で自分の道を進み続ける。
それに、既に裏切られるのには馴れている。
ジョナスはあの時のヘリの中と似た表情をしていた。
そういえば、この組織名を考えたのもジョナスだったか。
「俺も自分で決めた事だしな。半年前の事件以降、グリムが通ってきた道はノーベンバーマンみたいだったけどな」
その言葉にニカが反応した。
「スパイ・レジェンドの?」
他は誰も反応を返さずにジョナスが全員に視線を回していく。
「知ってるのはニカだけか」
ジョナスの言う事に疑問符を浮かべたが、そんな題名の映画はあっただろうかと、つい記憶を探してしまう。
手を離して微笑むジェーンの表情に、こんな子にまで気を遣わせてしまっている事に情けなく感じる。
この時、部屋の壁越しにもう一人の存在が隠れ潜み、全ての会話を聞いている事には気がつかない。
影の中で、右手に持っているサバイバルナイフを躍らせ、宙でくるりと一回転させてキャッチを繰り返し、途中でやめた。
肩まで下ろしている髪を振り、部屋の入口へ背を向けて廊下の奥へ向き直る。
足音は届かず、グリムが気づかない。
何も起こらないこの空間には、和んでいる光景しか映っていなかった。
影に潜む少女は微笑みながら小声で言う。「私も一緒よ アラン」
小さな声は彼等に届く事はない。その場から、そっと立ち去る彼女はサバイバルナイフを片手に、只々闇を進んで行く。
眠り続けている少女の横へと、グリムは移動する。
全て準備は整っていた。自分の時に作られたプログラムで、安全に目覚めさせる。
ジョナスはキーボードを操り、最後のエンターで機械が作動し始めた。
俺は目的を果したらどうなるのだろうか。俺は親父に、どうしても会う必要がある。
そして、その居場所を知っているかもしれないのはコット・メイジャー。
考え事をしているうちに、機械は正常に止まり、紅色の髪の少女。
イヴが目を覚ました。
ゆっくりと開ける瞼は重そうだ。
目の前に映る光景は異様でありながら、只一つ知っている人物。
センド・グリムに飛びつき、華奢な身体は中々離れようとはしなかった。
「約束通りだね」
「安心しろ。もうここは現実で、俺も君も自由になった」
抱き着くイヴにむすっとするジェーン。その姿にジョナスは笑っていた。
この子は異能力者だ。できれば早く逃がしてあげたい。
後一人、強力な能力を持っている少女。
「グリムぅ、傑作だな! ガキにモテモテだ」
「はぁ……それを言うなら子供に頼られるだろ」
「それはともかくですが、ジョナスとグリム。貴方達は体力の温存……つまり寝てください。後の事は私がやっておきます」
素っ気ない態度でエメリナが言うと、ジョナスもグリムも只々 言う事を聞くしかなかった。
休憩は必要な事だ。精神面、体力、気力、それが整っていない状態で戦場へ行けば、残るのは自分の死体だけだ。
「私はこの倉庫を見て回りますので、各自で自由という事で……」
車椅子を自分で動かして、彼女は部屋から出て行く。
つまり、ここからは明日の朝まで休憩タイムという事だ。
俺を助けに来てくれた彼等が、一番疲れているはず。
平気な顔をしていても、ジェーンが疲れている事だけは理解できた。
今もまた、ジェーンは左手首を押さえている。
各自 自由と言っていたが、俺はニカの事をまだ知らない。
分かっているのは、正義感と強さを求めている一心で戦っていることだ。
彼は、こんな所に立っていていい人物ではない。

◆◆◆◆◆◆

    オルガ・ドミノフ
――――――――――――――――
 朝の日差しは後ろから登ってきている。清々しい風は、二階の窓を開いて一気に入り込んでくる。
銀髪が風ではたはたと靡き、いつものロシアの朝に只黄昏るだけだった。
グリムもまだ眠っている。二階の一室で少女二人に囲まれ、枕のように抱き着かれて眠っていた姿は、あまりに日常的に見えた。
私には家族は居ない。私を生んだ後に亡くなった母と、ギア・ナックという親友に裏切られ殺された父。
心残りも何もないけど、私の今の目的はギア・ナックという男を殺し仇討ちをする事。
しんみりとした表情になってしまっている事に気がつかず、横から歩いてくるニカに話しかけられる。
「どうした そんな表情してると、本当に死ぬぞ?」
「あ、いや……ちょっとな」
「ほら、コーヒー飲んで元気だしなって」
ニカは微笑みながら、缶コーヒーを向けてきた。
彼の笑顔に釣られ、ついつい笑ってしまう。
彼の持っている缶コーヒーを受け取ろうと手を伸ばすと、掴む前にニカは渡そうとした缶を引いた。
何をするのかとニカの顔を見つめると、彼は言う。
「無理だけはするなよ?」
「わかってる。わかったつもりだけど、少し心配かな。あっ でも目の前にナイトがいるなら安心ね」
「ばっ、そんな強くねーよ。とにかく、一緒にがんばろうぜ」
赤面するニカに笑いながら、今度こそ差し出してきた彼の持っている缶コーヒーを受け取る。
熱いコーヒーを両手に包んで自分も気を取り直す事にした。
組織的目的に私情が絡んでいるのは、皆同じのようだ。
ニカは強くなる為に、ジェーンはグリムと共にいる為、ジョナスも顔に出さないだけで何かがありそうだ。
そしてグリムも、人身売買とクレアトゥール社の裏に新生ナチが関わっている事に、表情を変えていた。
何かしらの理由でこの戦いへ挑んでいるのなら、私も……
仇を取る為に自分の命を捧げてもいい。

◆◆◆◆◆◆

     アラン・ブロウ
―――――――――――――――――
 全員が目が覚めれば、皆揃って外へと出ていた。
移動用の車両はフィグネリアが一台だけ、4人乗りの高級車が用意している。
人数はつまり徒歩組と車両組の二つに分かれないといけない。
それで立ち止っての準備中だった。
太陽が上へ向かって登りはじめている中、オルガが口を開く。
「どうしてマセラティなの? もっと他のあったはずじゃ……」
「いやぁだって~ オルガ様を迎えに行くだけで終わりかと思ってたからであって、乗り込むんだったらもっと他のに乗ってきてましたよ」
彼女達の会話を聞き流しながら、俺は全員に話しかける。
「とにかく、ジェーンとエメリナ、イヴは俺と行動だ。ジョナスとオルガ、ニカは車両組。アンタはどうする? 無理に来る必要はない」
フィグネリアへ向けて俺は言った。
彼女は元々この戦いには関係のなかった人物だ。
自分の意思で戦う気が無いのなら来るべきではない。
今から挑む相手は、普通ではないのだから………
「いいえ、私も行きます」
ニコッと微笑みながらオルガへと向ける彼女はそう言った。
徒歩組と車両組の二つに別れ、二通りに攻め込める。
明白な敵が見えていない以上は、捕らわれている社長の救出が優先だろう。
VRWSを使われて妙な事をされる前に、俺達は黒幕を探る必要がある。
「決まりだ。ジョナス、そっちは任せた」
「あぁ 任せろ」
俺は直ぐにエメリナの座っている車椅子の後ろへ回り込んで、彼女の後ろから車椅子を動かして方向を変える。
いきなり押されて目を丸くして驚くエメリナを余所に、俺はジャケットの中のホルスターへ手を近づけて銃を確認した。
心配そうにしているイヴも進み始める俺の横へついて行く。
目的地まではエメリナがサポートしてくれる。
そこからは俺とジェーン 二人で潜入し建物の中にいる黒幕を探す。
既に話しはついていた。昨夜、ジョナスとエメリナが考えた事をそのまま遂行する。
半年前のMI6での任務と同じだ。外部からのサポートを受けながらの対策任務。
敵を殲滅するだけの簡単な作業だ。
少し暑く感じるくらいの太陽の日差しを受けながら、進んで行くグリムの後ろをジェーンは追う。
ペンギンのようにてくてくとついて来る彼女の存在も、外見意外の戦闘功績は頼もしいものだ。
「グリム、あれから少し調べて分かった事があります。 クレアトゥールの副社長、リクスン・グァーターという男はイルミナティー・メンバーだったみたいで、少年時代はロシア初の孤独幼兵士計画によって生み出された兵士だったそうですよ。グリムもその点で思い当たる敵が居るんじゃないですか?」
「そうだな、半年前に奇襲をかけてきた兵士。アレットとアルベールは俺が育て上げた兵士なんだ。ジェーンと同じ孤独幼兵士計画によって生み出された」
イヴとジェーンはジッと黙ったまま、お互いを見つめていた。
俺とエメリナを挟んで、見つめ合う彼女達が何を考えているのかも、俺には想像がつかない。
アレットとアルベール。生活金の為に育て上げるべきではなかった。
ジェーンもそんな誰かの願望によって育てられたのかもしれない。
俺は、あの二人を倒す義務がある。彼等はカリナの様に考え方が曖昧で、正しい事と間違っている事の違いがついていない。
だがそれは、大切な者の死を局面した時に……カリナはそうだった。
「……グリム、また考えてる? カリナはもう」
ジェーンが唐突に話しかけてくる。彼女も心配なんだ。
「あぁ わかってる。後悔よりも先に、生きる事」
俺達はただ進むしかない。前にもこういう考えに至った事があった気がする。
いいや、有ったのかもしれないが、本当にそうなんだ。
何かを求めるなら、そのために進む事が必要になる。
どんな選択をして進む方向が違っていても、絶対に必要なのは進む意欲だけで、止まればそこで終わる。
なら進むしかない。遅かれ速かれ死は追ってくるのなら、俺達は戦う。

◆◆◆◆◆◆

     オルガ・ドミノフ
――――――――――――――――――
 到着した。ここからはゲームの様に、ただ上へと目指して進んで行くのだろうか?
私は不安だ。仇をとれればそれでいいと思っていたはずなのに、自分の考えがよく分からなくなってきた。
自分の正義に従い、そのために武器を持つフリーセーバー。
親の仇よりも、私はそっちに進みたかったのだろうか?
「さてと、まずはこの上だと言いたいところだが、社長の救出はグリムがやってくれる。俺達は警備をやぶりながらヤツ等の居る場所を叩く」
作戦は決まっていたらしい。
なら、私達は本当に進むだけなんだ。
辺りは薄暗く、車から降りて見れば階段とエレベーターが視界に映る。
私は只の殺し屋。その手は既に汚れている。
後ろから付いてきたニカは、既に銃を片手に身構えていた。
「気を抜くなよオルガ」
「うん、でも実戦経験は私の方がある」
「それ言うなよ。俺だって戦う意思はある」
二人が並んで会話している様子をフィグネリアはジッと見つめていた。
ジョナスがソーコムのスライドを引いて、エレベーターの方へと進む。
ボタンを押すと扉が開き、思っていたエレベーターの室内より広い事に気がついた。
きっとここから何かを運ぶ時にも使っているんだ。
振り返るジョナスがフィグネリアの方を見て、口を開く。
「お前は、来ないのか?」
「先に行っててくださいな。私の銃は組み立てないと使えないので」
頷く彼の姿に、私とニカはエレベーターへと入り気持ちを整えた。
余裕そうな表情のジョナスが後に入り、目的地である最上階のボタンを押す。
ボスというものは最上階で堂々と待っているものだけど、ゲームの定番ボスの様に最上階にいるとは思えないのだけど………
扉が閉まり、エレベーターが動き始める。
1階、2階と上へ進んで行き楽に上へと次々に越えていく。
私達の目的は敵兵力の無力化だ。
気がつけば、目的の最上階より7階下の24階で、エレベーターは急に止まった。
唐突に止まり扉が開き始め、その不自然なエレベーターの動きに私とニカは銃を構える。
完全に扉が全開になり、エレベーターの電気が止まる。
ライトが消えた中、外のフロアの明かりが三人を照らし、そこにいる人物の姿が二人。
ギア・ナックともう一人。
「よぉ、待ってたぜ。こっちも準備万端だし、話しもいらねぇよな。行けぇテスト!」
「了解ですナックさん」
左手を突きだす様にして、彼女は独特な構えで体制を整える。
エレベーターから飛び出てニカが先攻する。 どちらも引く事の無い突進だが、ニカは銃口を向けてトリガーを連続して引く。
走りながらの射撃にテストは怯む事なく付き進み、特殊合金の左腕で銃弾を弾き、ニカへ殴りかかった。
開始数秒で激しい戦闘が始まり、彼女の攻撃を身に着けた防御で弾きながら、一発の掌打でテストと距離を置く。
軽い一撃でも少しの間合いが欲しかったのだろう。
ニカは右手に持っているハンドガンの銃口を彼女へ向けようとしたが、次の瞬間には彼女の斜め蹴りに手から銃を弾き落とされた。
エレベーターから出て、オルガも加勢しようかと考えたが、ギア・ナックがこのフロアの別エレベーターへ入って行こうとする姿に、銃を構えてトリガーを引く。
飛んで行く弾丸は彼に当る事なく壁や床に着弾した。
彼の余裕な表情を睨みながらも、感情は揺らぐ。
エレベーターに乗って、そのまま姿を消すギア・ナックを追うという事は、ニカを置いて見捨てるような気がしてならなかった。
テストという少女。彼女が超人なのは私も知っている。
「おい、オルガ。格闘には格闘だろ」
ジョナスの言葉に耳を傾けると、自分の記憶の中であるシーンを思い出す。
一ヶ月前にクレアトゥールに侵入した時、グリムはテストとの戦闘で発砲一つしていない。
簡単に彼女を倒して、左腕はボロボロに………
その傷後はナイフ傷だっただろうか。
さっきの銃弾を受けて、彼女の機械の左腕は傷ついていた。
いける。打撃攻撃で腕を破壊すれば、勝機はある。
戦っているニカとテストの方へ掻けるオルガ。
それに気がついた様に、ニカは振り込まれた左拳を回避。テストの機械の腕を押さえながら、ヘッドバッド。
強い衝撃にテストは一瞬だけ力を緩めてしまう。そんな彼女の左腕へと、取り出した戦闘用ナイフを突き刺す。
がっぽりと切り口が出来て突き刺さると、ニカは直ぐにその場から離れる。
飛び退いたニカは、思った以上に攻撃を受けていたようだ。
ヨロヨロと後ろへ下がる彼を一目見て、オルガは更に攻め込む。
右回し蹴りでテストの頭を蹴りつけ、一発大打撃を与えた。
「やった!」
ニカの声が飛び込んだのと同時に、テストは倒れそうになった体を止る。
ロボットの様に頑丈さに私とニカは同じ事を考えている様だ。
やっぱりこの程度の攻撃では通じてないのか?
ゆっくりと体制を戻して、左腕に刺さっているナイフを右手で引き抜く。
火花が散る左腕に、視線を移すテストは、直ぐに動き始める。
一蹴りのジャンプで数メートルは飛んでいる。映画の暗殺技の様な動きに、驚く間も与えてはくれない。
ニカの方へ一気に落ちてくるテストの右手にはナイフ。
やばいと思った時には遅いと思ってしまった。
振ってくるテストへニカはタイミング良くバック転。彼女の一突きを回避し、更に続くナイフ振りを回避していく。
ナイフを振るうその背中はがら空きだった。
彼女は極端に運動能力が高いだけ、負けない。仲間は誰も死なせない!
オルガは銃を握り直して彼女へ向けようとした時だった。
一発の銃声が鳴り、戦っていたはずのニカとテストは動きを止める。
ニカとテストが、私の方へ振り向いた。
「!?」
私は自分の腹部の少し上から血が流れ出てきたのが理解できた。
撃たれたんだ。銃声のした方向へと視線を向ければ、そこにあった姿は、゙フィグネリア゙
後ろへと下がり、膝からがくんと倒れる。
倒れこんだ私へとニカが駆け寄ってきてくれた。
優しい人ね。
「血が、クソ!! フィグネリアお前!?」
「……私もギア・ナックの側だっただけですよ」
さっきまで戦っていたはずのテストは、眉間にシワを寄せてフィグネリアの方へ視線を向けた。
誰もが予期せなかった事態に、ジョナスは物陰に隠れる。
アシスタントだったフィグネリアは、嫌な微笑みを浮かべて倒れこんだオルガを見つめて口を開いた。
「ほ~んとに、アンタって誰でも信用してしまうバカよ」
「信じられてるアンタが、簡単に人を裏切るようなヤツが口きいてんじゃねぇ!!」
ニカの大声を上げて言った言葉に合わせる様にして、更に銃声が鳴る。
物陰からマズルフラッシュが見えるのと同時に、ジョナスが撃った銃弾はフィグネリアを外す。
素早く部屋の端へ行く彼女は、別の場所のエレベーターから昇ってきたのだろうか。再び外へと出て姿を消した。
倒れたオルガは逃げるフィグネリアの姿を見ながらつぶやく
「ニカ……大丈夫。さ、早く行って………」
「バカ、一緒にがんばろうって言っただろ。オルガも行くんだ」
「ぁ…………駄目みたい。ほら、行って」
オルガは微笑みながら言っている姿に、ニカはオルガの手を握っていた。
短い間、特にあまり話してもなかったのに、私達はお互いに共感しあっていたんだ。
似た者同士は引き合うのだとすれば、私とニカは似た者同士だと感じていたのかもしれない。
出血は早くなり、服が滲んでいく。
手当をするような道具も無く、時間も無い。
侵入した事がバレれば、妙な舞台が入り込んでくる可能性もある。
二人の姿を見て、ジョナスは辺りを見ながら落ち着いた表情で言った。
「ニカ、進まないと終わらない。立てニカ、お前は強くなって何をするんだ」
「誰かを護る。その為に力が……」
「だろ、なら行くぞ」
ジョナスの言葉にニカは立ち上がった。
体が言う事を聞かない、でも 彼が行ったら私も行かないと………
テストは無言のままジッと見つめてきていた。そんな彼女もその場から立ち去って行った。
只々何も言わずに正面にあるエレベーターへと乗り込む彼女はエレベータードアを押さえて待っている。
どうやら、上へ招待してくれているその姿にオルガは横になったまま疑問そうな顔をして、撃たれた腹を押さえながら、ゆっくりと体を起こして壁へと寄る。
振り返るニカへと手を振り、彼を送る。
意識は次第に遠くなりはじめていた。テストに誘われる様にして、二人はエレベーターへ乗り、閉まるドアの奥。
ニカの姿が消えるまで目を開け続けた。
もう限界が近い事は感じている。
嫌な気分だ。 自分の終わりを感じるようで、嫌な気分………

 
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