上 下
32 / 50

ザブーン城攻略 Ⅰ

しおりを挟む
 翌日の早朝は多くの国民に知られない為に500人の兵士が日の昇る前に城から出兵して行った。
勿論アートも出るつもりであったがクリスやリリスを始め数十人の生徒やキャロルにトレシアにまで止められ諦める事と成った。
 陛下の出迎えにも参列しなかったアートは席に着くと足を組み肘当てを中指でタタタタタと叩くのだった。

「アート殿下、今は公務ですよ」

アートの指が止まった。

「お気持ちは察します、本来なら陛下だって同じ気持ちでしょう」

 そうだよな、母上はエマも我が子の様に可愛がって来たのだ。

「ヘレン悪かったね」

「お気になさらず、アートは貴方にしか出来ない事をして行けば宜しいと思いますよ」

 昨日も思ったがこの娘と話してると妙に心が落ち着いてくる、姉がいたらこんな感じなのだろうか?

 
  陛下が部屋に入ると席には着かず最前列まで歩み寄り黙祷を捧げた。
それに見習い衛兵や参加者は勿論観客までもが立ち上がり陛下に続くのであった。
 ヘレンは優しくおれの肩を叩き黙祷する様にジェスチャーをして見せるが、敢えて無視をする事にした。

 何があろうと俺だけはエマの死を心から受け入れる事は出来ないのだ。

 黙祷を済ませた陛下は本日の予定を伝え始める。

「多くの者が知ってると思うが大人の部では細いな手違いがあったため中止とする、本日は普段から修行に励んでる学生達を応援しようではないか」

自然と起こる拍手に答えセリアは席に着いた。

「ナタリア、アートはどうしてる?」

「今の所は生徒会長と大人しく観戦してられます」

「どんなに急いでも4日は掛かるからな、その間の監視は怠るなよ」

「承知しました」

 俺は試合内容こそは頭に入って来なかったが、最後に副会長が立っていたのだけは分かった。

「見事な戦いであったぞ、早く卒業するのが楽しみな一財だな、毎年恒例の生徒会から出る報酬は何なのじゃ?」

「・・・今年は色々事情がありましてアート殿下と1日過ごせる権利だったのですが辞退しようと思います」

「ふむ」

「亡くなられたのは殿下の幼き頃から兄弟の様に育ったと聞いてます、そんな中に私の入る隙は無いでしょう」

「そなたの気持ち立派であるな、この件はセリア・ユーエンが必ず覚えて置こう・・・そう言えば名を聞いて無かったな」
 
「アカデミー生徒会副会長のヒラリー・ジュセントと申します」

「覚えておこう、感謝するぞヒラリーよ父上のジュセント男爵にもよろしく伝えてくれ」

一部終止を見ていたヘレンは独り言を呟いた。

「ヒラリーったらやってくれたわね」

アートは未だに気力なく顔を落とし椅子に腰掛けたままの状態であった。
ヘレンは四隅に置いた結晶石を回収するとアートの膝上に乗せた。

「しっかりしなさい!」

「・・・」

「貴方は敵を取ったじゃない」

「そうだね」

そう言うとヘレンに笑って見せた。

 俺が考えてるのはそんな事じゃないんだ・・・いかにして反乱軍の所まで行くかなんだよな。
周りは止めるだろうけど1人は連れて行きたい。
さて誰が良いだろうか?

「アート帰りましょう」

「ああ」


 寮に着くと食堂では優勝したヒラリーの周りに人だかりが出来ていた。

「ヒラリー副会長、おめでとうございます」

「ありがとう」

「約束の件ですが夏季休暇に入ったらいかがでしょうか?」

「それで良いわよ」

「それでは」

 俺が輪の外に出ると取り囲んでる生徒達から歓喜の声が湧き上がっていたのだった。
部屋に入るとベッドで大の字に成り考え込んだ。
クリスの落ち込み方では連れて行くのは危険過ぎる。
ティナとリリスは他国の要人でミーヤはティナの護衛だし。
キャロルとトレシアは論外だよな。
どうしたものか・・・。


 翌日アートは密かにリリスを呼び出し事情を話した。

「勿論喜んでお手伝いしますわ」

 反対を覚悟してたんだけどな。

「リリスの事は俺が必ず守るからね」

 最終的にリリスを選んだ理由は光魔法、いわゆる癒やしの魔法が使えるからが大きかった。
後は姿を消したりと咄嗟の事態に対処がしやすいと思ったからである。

「リリスはキャロルの所へ行って城に伝える様頼んでくれ」

「その間に俺は馬を調達してくる」

「分かったわ」

アートは急ぎ馬房へ行くと1番調子の良い馬を1頭借り寮へ戻った。
寮の玄関に着くと丁度リリスが出て来た所で、後からキャロルも追いかけてきた。

「言っても無駄でしょうから止めませんが気を付けて下さい、後リリスに食料をもたせましたから」

「ありがとう、行ってくるよ」

リリスを自分の前に引き上げると馬を走らせた。

「全く困ったものね、どうせなら私を連れて行けば良いのに」

そう言いながら髪飾りを撫でるのであった。


 馬が街門を潜るとアートは更にスピードを上げる。

「アートは道を分かってて走らせてるのよね?」 

「大体の方角しか分からないけど騎兵ばかりじゃないから、街道沿いに行けば明日の夜には追いつけるだろう」

「そう・・・今夜は着かないのね」

「何か言った?」

「何も言って無いわよ」

 2時間ほど走らせた所で小川を発見したので馬を休める事にした。
2人も大きな岩の上に腰掛ける。

「私達も何か食べときましょう」

そう言うと彼女はアイテムボックスからりんごを取り出しアートに渡した。

「リリス、討伐兵を見つけても合流はしないかも知れない」

「何か考えがあるのね」

「ああ」

「良いわよ、思いつきで行動しない事と私に伝える事を忘れなければね」

「ありがとう、約束するよ」

 これも何かの因果かアートの脳裏では、リリスを拉致したケイトの事が過ぎっていたのであった。
2人は20分ほど馬を休めると再び走り出したのであった。


 4時間位走らせたかな、日も暮れて来たし少し早いがここまでにするか。

「今日はここまでにしよう」

「私の事なら構いませんけど?」

「いや、時間的には余裕が有るから無理に急ぐ事も無いのさ」

「わかりましたわ」

アートは適当な太さの木に馬を繋ぐと木の枝を拾いに向かった。
リリスはアイテムボックスから食品や調理具を取り出し下拵を始める。

「枝は置いとくから魔法で火を付けてね」

「はーい」

アートは再びリリスの側を離れ大量の落ち葉を拾いに行く。
これは地面が硬いので少しでも寝心地を良くする為である、落ち葉の上にはシーツを被せて完成である。
 30分もするとリリス特性の具沢山スープが出来上がった。

「パンと一緒にどうぞ」

「ありがとう、リリスは料理上手なんだね」

「精霊族は良く森で過ごすから慣れてるのよ」

 意外な一面だな。

食事も済ませ寝るだけと成った2人。
アートは4つの魔晶石を取り出すと直径10メートルの四隅に置いて行く。

「それは何?」

「結界の魔晶石だから安心して寝れるよ」

「アートは本当に凄いね・・・所でお願いが有るんだけど」

「お願い?」

「体を洗うの手伝って欲しいの」

「え、えええー」

 結局俺は断る事が出来ずにシャワーの魔晶石を持ってる事と成ってしまった。
初めは後ろ向きで持って居たのだが位置が定まらないと言われ、仕方無くリリスの方を向いて持つ事にした。

「これは凄く便利よね」

「まだかなー?」

 リリスの銀髪に透き通るような肌は見入ってしまう。
そんな事を考えていると彼女が突然こちらを向いた。

「ちょっと、何故こっち向くの?」

「だって前も浴びないと行けないし、以前寮で見せてるんだから構わないわよ」

「少しは恥じらいを持ってくれー」

今日も隙を見つけ誘惑するリリスであった。



しおりを挟む

処理中です...