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彼の地へ Ⅲ

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 食堂に入ると既に席へ着いていたクリスが大きな手招きで呼んだ来た。

満面な笑顔に応えるかの様、リリスも片手を小さく振り足早に向かって行くのだった。



 朝から面倒な会話に巻き込まれるの嫌だし、俺は離れた席へ座るかな。



「アート、こっちよ!」



「悪いね、これからの事を少し整理しときたいから1人で頂くよ」



「あら、つまんないわね」



 やはりな・・・。



席に着くと直ぐに朝食が出て来た。



「殿下」



「何でしょう?」



「皆様が乗船する船の航路ですが、午後から雨になり波も高く成ると予想されてます」



「嫌だなぁ」



「昼食は軽めの物が宜しいと思い、勝手ながらこちらで用意させて頂きました」



「助かります、ありがとう」



「勿体無いお言葉、食事前に失礼しました」



 出来た侍女達だ・・・それに比べ俺の侍女は・・・。



アートは小さな溜息を付きながら箸を手に取ったのである。





 船は天候が荒れるとは思わない程の快晴の中出港した。



 何故だ・・・何故リリスと相部屋なんだ?

彼女は当然の様にお茶の準備をしてるが俺は何も聞いてない、1つも聞いてないぞ。

 ここ数日の事を思い返せばリリスのペースに振り回されてる気がする。

1度ハッキリ意志表示をしといた方が良いのだろうか・・・今後の為にも。



「リリスに話があるんだ」



「少しお待ちに成って下さい、直ぐに紅茶が入りますからね」



そう言うとリリスは砂時計を逆さまにするとカップの脇に置いた。



「何時も済まない」



「気にしないで、今回は付き人のクリスも何かとあるようだし、私がアートの世話も見ないと行けないかなと思ってるだけだですよ」



 今までクリスが紅茶を入れてくれた事など・・・そもそも同じ部屋でと言う事が無かったのだけどな、まぁリリスの入れる茶は自分で入れるより遥かに上手いから有り難いとは思う。



「どうぞ」



「ありがとう」



リリスが俺の向かいに座った所で話を切り出そうとしたんだが・・・



「アートは私と同じ部屋が不満なのよね?」



「不満と言うか、結婚した女性以外はいけない行為だとジェナから聞いていたからさ」



「それってゾネスの、もっと正確に言うとアート限定の決まりよね」



「そうなのか?」



「時期国王が唯一の男だったら国民の女は皆アートを狙うわよね、それを全て受け入れる様な教育をしてたら国はパニックに成ってしまうわ」



 確かにリリスの言う事はもっともだ。



「それにアートは国を変える為に育てられて来たのでしょ? 

それならば国外の事にも拒絶だけで無く少しは歩み寄っても良いと思うわ」



 何だ何だ?

リリスはもっともらしい事を言ってるのだろうが、俺の知識では理解所か想像さえ出来ないのだが・・・



「と言う訳よ、分かってくれたかな?」



「ごめん、良く分からなくて頭が痛くなって来た・・・甲板で涼しい風に当たって来るよ」



「私も片付けたら直ぐに行くわ」



アートを見送ると扉に寄り掛かり独り言を呟いた。



「雰囲気で迫っても論理的に諭しても効果なしか、脈ないのかな・・・凹む」



それでもティーカップを急ぎ片付けたリリスは、クリスとエブリンの部屋へと足を向けたのだった。





 その頃クリスとエブリンの部屋では2人が抱き合いながらベッドに寝転んでいた。



「これで暫くはエブリンと一緒にいれるのね」



「アートには悪いけど僕は帝国に感謝したいよ」



「駄目よ、アートを苦しめる者は誰だって許さないわ」



「流石だね、それがもし僕だったら?」



「うーん、分からない・・・でもエブリンの事は信じてるからね」



「ありがとう」



瞳を閉じたクリスの唇に優しく唇を重ねるエブリンだった。



「あっ」



エブリンの手がクリスの服の中に入るのを拒むクリス。



「まだ昼だし駄目よ」



「別に最後までする訳では無んだし良いだろ?」



エブリンの腕を掴んでいたクリスの手から力が抜けて行く。



「あぁぁ、エブリン好きよ」



「僕もだよ、君の成人が待ち遠しいよ」



「ごめんなさい、国の決まりには従わないと行けないから、万が一妊娠したら追放されてしまうからね」



「大丈夫だよ、ゆっくりと待つからさ」



「あ、凄く気持ち良いわ」



エブリンの顔がクリスの胸に埋もれると彼女の声が一段大きく成った。



「エブリン好きよ、絶対に離さないからね」



「僕もだよクリス」



コンコン・・・コンコン



突然のノックに2人はフリーズしたかの様に全ての行動が停止したのである。



「どうする?」



「アートかも知れないから無視は出来ないわ」



クリスは急いで身なりを整えると扉にむかったのだった。



コンコン



「直ぐに開けます」



クリスが扉を開けるとリリスが立っていた。



「クリス、今大丈夫かしら?」



「え、ええ入って入って」



リリスはクリスに促されるまま奥へと進んで行った。



「やぁ、いらっしゃい」



服のボタンが外れ、ズボンから無造作にシャツがはみ出てるエブリンが快く迎えたのである。



「お邪魔だったかしら?」



「エブリン!」



クリスがエブリンの格好に気付くと駆け寄り身だしなみを整え始めた。



「まるで夫婦のようね・・・羨ましいわ」



「リリスはまだ進展が無いの?」



力無く頷くリリス。



エブリンの身だしなみを整えたクリスは彼の横に身を任せる様に座るのであった。



「私の前ではもう隠す気が無いようね」



「そうだね」



エブリンはクリスの顎を持ち自分の方へ向かせると、濃厚なキスシーンを見せつけたのである。



「なっ!」



「違う違う、アドバイスだよ」



「アドバイス?」



「既成事実を作ってからなし崩しにしてしまえば、取り敢えずは誰かに取られる心配も無く成るんじゃない?」



エブリンの言葉に賛同し付け足すクリス。



「アートは経験無いし責任感も強いからね、真剣にリリスとの事を考える様に成るかもよ?」



「ありがとう、アートは甲板に出てるから行ってくるわ」



「頑張ってね」



クリスの部屋を出ると、何かを決意し小さく握り拳を掲げるリリスであった。





 今日も気持ち良い風だ、この暖かさなら甲板で一晩過ごしても問題無いな。

しかし、クリスとエブリンが結ばれるなんて考えてもいなかった。

今2人は何をしているのだろう、訪ねてみたいけど邪魔なような恥ずかしいようなで思い切りが出ない。



「はぁぁ」



「溜息付いてどうしたの?」



「ああリリス、遅かったね」



「そうかしら? 隣良いわよね?」



「もちろんだよ」



リリスは長いベンチににも関わらず、アートに寄り添う様に腰を降ろした。



「近くないかな?」



「冷えると行けないからね・・・ダメ?」



「嫌・・・構わないよ」



「良かった」



揺れに身を任せ遥か遠くの水平線を眺めながら、それぞれが考えを纏めていた。



「リリス、今夜の食事は3人で済ませてくれるかな?」



「貴方はどうするの?」



「俺は朝までここで過ごすよ」



「そんなに私が邪魔なのね・・・」



「そうじゃないんだ」



「もう知らない、部屋には帰らないからアートが使ってよ」



「あ、待って!」



船内に走り出すリリスの瞳には涙が溢れそうだったのである。



 リリスが泣いていた、そのせいで反応が遅れ引き止める事が出来なかった。

どうする、どうするじゃない追い掛けて誤解を解き謝らなきゃいけない。



慌てて立ち上がり船内に駆け込んだが、既にリリスの姿がある筈も無かったのである。



 クリス達の部屋に逃げ込んだなら良いのだけど・・・。



2時間程、共有施設を何度探しても見つける事が出来なかったので、諦めて部屋に戻ったアートは周囲を見回した。



「戻った形跡は無いか」



 また頭が痛い、完全に脳の処理が追い付いていないんだな。



アートはベッドへ無造作に倒れ込むと瞳を閉じ眠ってしまうのだった。





 激しい雨が窓を打ち付ける音に目覚めるアート。



 そう言えば雨が降ると言っていたな。



「リリス!」



叫びながら飛び起きるがリリスの姿は無かったのである。



 この雨の中、甲板に出てはいないよな?



自分の心に言い聞かせながらも不安を脱ぎ払う事が出来ず、部屋を飛び出し甲板へ向かうのだった。



「リリス!」



昼間座っていたベンチに人影を見つけると急ぎ駆け寄った。



「リリス、何をしてるんだ?」



「私は大丈夫だから」



「大丈夫じゃ無いだろう、体だって震えてるじゃないか」



「大丈夫だから、風邪引かない内に部屋へ戻ってよ」



「俺が悪かった、余りにもリリスの事を考えないで無責任な事を言ったのかもしれない」



顔を上げたリリスの瞳は潤み、顎からは雨か涙か分からない沢山の水が滴っていたのである。



「一緒に戻ろう」



リリスが手を差し出すと、アートは優しく引き寄せ抱きしめたのだった。



「私、邪魔じゃ無いのかな?」



「邪魔じゃ無いさ、でも他と違う立場にいると言う事は事実だよ」



「そう・・・」



「許してくれるかな?」



リリスは返事の代わりにアートの首へ両手を回し唇を奪ったのである。



「これで許して上げる」



涙の乾かない頬を赤く染め少し照れるリリスだった。



「ととと、突然過ぎる」



「アートは知らないのね、挨拶にキスをする国だって有るのよ」



もちろん頬にでは有るが。



「そうなんだ、でも人前は恥ずかしいな」



「それなら人のいない所でね」



「挨拶なら拒む事も無いから良いよ」



機嫌を直したリリスは、自分からアートの腕に絡み身を任せ部屋へと戻ったのであった。







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