悪女の身 〜夫が愛していたのは、私を殺そうとした悪女でした〜

和澄 泉花

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【第三章】聖女、英雄、悪女、それぞれのはじまり

第五十六話「はじまる」

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突拍子もないのでつい口から下品な息が吹き出てしまう。

まったくつかみどころのない性格に振り回されてばかりだ。

誰が女神像を自分だと言う人がいるのだ、と疑問に思ったが目の前にいたと頭を抱えた。


「な、何を言って……」
「これ、私なんです。いつも恥ずかしくなっちゃうんですよね」

無礼にも女神像をペシペシと叩き、面白おかしそうににんまりして顔だけこちらに向けてくる。

「この前の続き……と言いたいところですが」

そう言ってファルサはほうきを床に置くと、女神像の後ろにあるステンドグラスを見上げた。


瞬間、ステンドグラスが大きな音を立てて割れた。

バラバラと吹き飛ぶガラスの破片に私は腕を前に身を丸くする。

かろうじてベンチの裏側にいたので身を守ることが出来たが、ステンドグラスの下にいたファルサには直撃しているはずだ。

「ファルサさん!!」

音がおさまるとすぐに飛び出してファルサを救出しようとする……が、ピタリと足は止まる。

(どうして……)

あれだけ派手に割れたのに、ファルサは無傷で相変わらずの微笑みをたずさえていた。

塵のなったガラスの破片が私の頬をきり、血がにじみだす。

距離のあった私でさえ、血が出ているのにファルサは何事もなかったかのように立っているのだろう?

あきらかにおかしい光景に言葉を失っていると、今度は地響きがして女神像が真っ二つに割れてそこから魔物が飛び出してきた。


「魔物!? ファルサさん!」

危ない、と手を伸ばすがファルサはニコッと笑って走り出し、私の手をとって教会から飛び出す。

外に出ると魔物の集団がおり、護衛としてついてきていた兵士たちが討伐にあたっていた。

こんな小さな村では魔物対策が不十分で、襲われればひとたまりもない。

こうなればいち早く避難することが大事だと、私は外套の裏側に差していた短刀を構えて前に出た。


「戦える人は捕縛の準備を! すぐに村から離れてください!!」

悪女だどうだと言っている余裕はない。

村人たちは悲鳴をあげ、あわてて家財を手に走り逃げていく。

とにかく距離を取ることが先決だと、馬小屋の扉をあけ荷馬車を繋ぎ、村人を乗せて逃がそうとした。

混乱しきった状態で、少しは旅の経験が生きたと必死こいていると、つんざく咆哮とともに魔物が目の前に現れる。

護衛たちと、もともと村に駐在していた兵士たち、力ある男たちが魔物の捕縛に取りかかっていた。


魔物の暴走にも耐えられる強固な網が早急に作られ、各地に届けている。

行き渡っていない村が大半だが、かろうじてこの村は間に合ったようで屋根に乗って網を広げ、上から魔物に落としていく。

それでも数が数で、とらえきれなかった魔物が襲いかかってくる。


逃げられない、ならば隙を作るしかない。

歯を食いしばって短刀を構え、なんとか魔物の動きを止めようと駆けまわる。

レクィエスが英雄として民の期待を一身に背負っているのがよくわかった。

神出鬼没の魔物を唯一葬ることができる存在。

一度現れた魔物は、突然姿を消す。

だが大抵は暴れきった後のこと。

この村が破壊されるまでは魔物が消えることはない。

捕縛した魔物が消えていくことで少しずつ余裕は生まれてきたが、すでに村は半壊状態であった。

「うあっ!?」

トカゲのような見た目をした魔物が建物の隙間から襲いかかってきて、私は地面に押し倒されて手傷を負う。

短刀を突きさそうと腕を振り上げたが、間近で見る魔物の恐ろしさに身がすくむ。

「ぁ……」


蚊の鳴くような声で、私は死を悟る。

断頭台で死んだときとは異なる、戦慄の死だ。

あの時はあきらめの気持ちが強く、打ちひしがれる気持ちで死を待っていた。

(いやだ。レクィエス!!)


死にたくない。

私は生きて、レクィエスを愛し守り抜くと誓った。

彼を愛せるのは私しかいないのだから、絶対にあきらめないと。

いつか、あの子に会って二人で抱きしめるのだと、夢を夢で終わらせない!


「止まれーーっ!!」




無我夢中でそう叫んでいた。

生きるだとか、死ぬだとか、細かいことなんて考えられずに本能だけで動いていた。

レクィエスが私の原動力であり、生きたいと願う理由だ。

――その叫びが届いたかはわからない。

「え……?」

短刀を前に突き出し、固く閉ざしていた目を恐る恐る開く。

切っ先が魔物に突き刺さり、手から腕に赤い血が伝っていた。

攻撃を受けているのに魔物は唸り声一つあげなかった。
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