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第六話「情の熱い口づけ」
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(やめよう。このまま静かに離れるのがいい)
これが必要とされる選択だ。
目を伏せて裸足で小石を擦ると、視界が後ろに引っ張られる。
「……月冴さま?」
手首を掴まれ、少女がひゅっと喉を鳴らす。
月冴が手首を握る力を強め、広い胸に少女の身体を引き込んだ。
「すでに差し出した生贄はいる。そんなもの、送られるだけ迷惑だ」
(いたい……)
突然、生贄として送られたのだから月冴にとって迷惑でしかない。
厄介者には相応の態度をとってほしいのに、月冴の手は熱くて少女の心を切なくさせる。
「誰が言い出したかは知らぬが、私は土地神ではない」
そう言いきって月冴は鬼火であたりを囲み、椿をけん制した。
物珍しい鬼火に椿は椿は首をかしげ、白無垢の角隠しを外す。
「土地神ではない。ではあなたは何でしょう?」
「あやかしだ。少なくとも人間にやさしい生き物ではない」
「あやかし……ですか」
椿は口元を隠し、目を細めて三日月の形にする。
冷めた目が少女に向き、袖をおろして赤い唇を歪ませた。
「やさしさがないのであればちょうどよいですわ」
まるで凶器だ。
あざやかに雪景色のなかで咲く花、紅の瞳に魅入られれば首は落ちる。
(この人、変わった?)
記憶の中にあるのは村で一番気立ての良い可憐な女性。
ほがらかな笑顔を浮かべ、ドジで転倒した少女に手を差し伸べてくれるような人だった。
誰もが少女をあざ笑うのに、一人だけ少女の着物についた泥を払ってくれた。
やさしい一面しか知らなかったので、今見える鋭さは余計に恐怖をあおってきた。
「わたしはあなたがあやかしでも構いません。……神に嫁ぐ。その覚悟で参りましたから」
挑発か、椿は紅色の唇をペロリと舐める。
「嫁ぐだと?」
「えぇ。たどり着いた先でお会いした方の妻となる」
棺からゆっくりと離れ、椿は月冴の前に立つと視線を流して少女を一瞥した。
「短い間ですが、よろしくお願いしますね。名無しの娘さん」
空虚感に足元に大きな穴が空いた気がした。
椿の髪には白い大輪の花が咲いている。
花の飾りを掴むと、椿はやけくそな微笑みを浮かべて花びらをひらひらと落とした。
波紋する庭石を踏み分けて、椿はためらうことなく屋敷に進んでいく。
「も、戻ります。私が決めることはなにも……」
月冴の胸を押し、少女は熱の集中する頬を袖で擦る。
ここにいる特別さに自惚れていた。
恥ずかしさに頭が締め付けられる。
汗ばんだ手を月冴に気づかれたくなかった。
「逃げるな」
振り向けない。
だけど足は動かない。
肝心なときに決断力がないと、あきらめばかりの生き方に下唇を噛んだ。
「噛むな」
月冴が少女の腰に手を回し、反対の手で血のにじんだ少女の唇を指で押した。
「だ、だめですっ……!」
月冴から離れようと身をよじったが、見かけによらず月冴の力は強くて抜け出せない。
キレイなだけではなく、ちゃんと異性だと恥じらう気持ちが生まれた。
(いやだ。こんなのまるで私が汚してるみたい)
「何をそんなに怯える?」
打ちひしがれる少女に月冴の問いは容赦ない。
「何のためにやさしくしてくださるのですか?」
答えを持ちあわせない少女は、穴埋めをしたくて問いに問いを重ねる。
養父に見向きもされなかったので、価値を見定める目に耐えられない。
相手に価値を見出しても、相手が同じ分だけ少女に価値を感じるかはイコールではない。
鈍くなれば傷を見なくて済む。
いつのまにか深い切り傷になっており、どうしようもない卑屈な感情に対処できなかった。
「お前は本当にバカなのだな」
「そうです。でもバカって言わないでください」
「構わないだろう? 私がバカなのだからお前も似たようなものだ」
「そんなことっ……!」
口づけと呼ぶものだと気づくまでに数秒。
重なった唇は冷たくて、イタズラに遊ぶふわふわとしっとりさ。
あんなに悲観的になっていたのに、唇が重なると声に出来なかった言葉が通じた気がした。
「私はずっとこの場で一人だった」
吐息とともに離れていく唇。
少女の赤色が月冴の唇に移っていた。
「ここは前と違う」
「違う……?」
「愛情には限りある。以前と何が違うのか。お前はもう少しそれを自覚することだな」
そう言って月冴は少女から距離をとり、さっさと屋敷に戻っていく。
夜に浮かぶ白銀色に手を伸ばそうとして、伸ばしきれずに宙をさ迷う。
(前向きに……。前向きに考えるとしたら私はどうしたい?)
落雷で焦げた匂いをはなつ棺に振り返り、拳を握って大きく前に踏み出した。
(月冴さまに気持ちを返してほしい)
それだけが少女を突き動かした。
月冴の手首を掴むと、背伸びをして蒼い瞳との距離を縮める。
頬の熱さをそのままに月冴を見つめれば、月冴はイタズラに口角をあげた。
ひょいと身体を抱き上げられ、薄紅色の唇に噛みつかれる。
酔ってしまいそうな胸の高鳴りに、少女はまどろんで目を閉じた。
(しょっぱい、こんなのは知らない。だけど怖くなかった)
こんなにも激しくて情の熱い口づけがあるとは……。
泣きそうな気持ちはあれど、今は笑っていたいと口角を結んだ。
これが必要とされる選択だ。
目を伏せて裸足で小石を擦ると、視界が後ろに引っ張られる。
「……月冴さま?」
手首を掴まれ、少女がひゅっと喉を鳴らす。
月冴が手首を握る力を強め、広い胸に少女の身体を引き込んだ。
「すでに差し出した生贄はいる。そんなもの、送られるだけ迷惑だ」
(いたい……)
突然、生贄として送られたのだから月冴にとって迷惑でしかない。
厄介者には相応の態度をとってほしいのに、月冴の手は熱くて少女の心を切なくさせる。
「誰が言い出したかは知らぬが、私は土地神ではない」
そう言いきって月冴は鬼火であたりを囲み、椿をけん制した。
物珍しい鬼火に椿は椿は首をかしげ、白無垢の角隠しを外す。
「土地神ではない。ではあなたは何でしょう?」
「あやかしだ。少なくとも人間にやさしい生き物ではない」
「あやかし……ですか」
椿は口元を隠し、目を細めて三日月の形にする。
冷めた目が少女に向き、袖をおろして赤い唇を歪ませた。
「やさしさがないのであればちょうどよいですわ」
まるで凶器だ。
あざやかに雪景色のなかで咲く花、紅の瞳に魅入られれば首は落ちる。
(この人、変わった?)
記憶の中にあるのは村で一番気立ての良い可憐な女性。
ほがらかな笑顔を浮かべ、ドジで転倒した少女に手を差し伸べてくれるような人だった。
誰もが少女をあざ笑うのに、一人だけ少女の着物についた泥を払ってくれた。
やさしい一面しか知らなかったので、今見える鋭さは余計に恐怖をあおってきた。
「わたしはあなたがあやかしでも構いません。……神に嫁ぐ。その覚悟で参りましたから」
挑発か、椿は紅色の唇をペロリと舐める。
「嫁ぐだと?」
「えぇ。たどり着いた先でお会いした方の妻となる」
棺からゆっくりと離れ、椿は月冴の前に立つと視線を流して少女を一瞥した。
「短い間ですが、よろしくお願いしますね。名無しの娘さん」
空虚感に足元に大きな穴が空いた気がした。
椿の髪には白い大輪の花が咲いている。
花の飾りを掴むと、椿はやけくそな微笑みを浮かべて花びらをひらひらと落とした。
波紋する庭石を踏み分けて、椿はためらうことなく屋敷に進んでいく。
「も、戻ります。私が決めることはなにも……」
月冴の胸を押し、少女は熱の集中する頬を袖で擦る。
ここにいる特別さに自惚れていた。
恥ずかしさに頭が締め付けられる。
汗ばんだ手を月冴に気づかれたくなかった。
「逃げるな」
振り向けない。
だけど足は動かない。
肝心なときに決断力がないと、あきらめばかりの生き方に下唇を噛んだ。
「噛むな」
月冴が少女の腰に手を回し、反対の手で血のにじんだ少女の唇を指で押した。
「だ、だめですっ……!」
月冴から離れようと身をよじったが、見かけによらず月冴の力は強くて抜け出せない。
キレイなだけではなく、ちゃんと異性だと恥じらう気持ちが生まれた。
(いやだ。こんなのまるで私が汚してるみたい)
「何をそんなに怯える?」
打ちひしがれる少女に月冴の問いは容赦ない。
「何のためにやさしくしてくださるのですか?」
答えを持ちあわせない少女は、穴埋めをしたくて問いに問いを重ねる。
養父に見向きもされなかったので、価値を見定める目に耐えられない。
相手に価値を見出しても、相手が同じ分だけ少女に価値を感じるかはイコールではない。
鈍くなれば傷を見なくて済む。
いつのまにか深い切り傷になっており、どうしようもない卑屈な感情に対処できなかった。
「お前は本当にバカなのだな」
「そうです。でもバカって言わないでください」
「構わないだろう? 私がバカなのだからお前も似たようなものだ」
「そんなことっ……!」
口づけと呼ぶものだと気づくまでに数秒。
重なった唇は冷たくて、イタズラに遊ぶふわふわとしっとりさ。
あんなに悲観的になっていたのに、唇が重なると声に出来なかった言葉が通じた気がした。
「私はずっとこの場で一人だった」
吐息とともに離れていく唇。
少女の赤色が月冴の唇に移っていた。
「ここは前と違う」
「違う……?」
「愛情には限りある。以前と何が違うのか。お前はもう少しそれを自覚することだな」
そう言って月冴は少女から距離をとり、さっさと屋敷に戻っていく。
夜に浮かぶ白銀色に手を伸ばそうとして、伸ばしきれずに宙をさ迷う。
(前向きに……。前向きに考えるとしたら私はどうしたい?)
落雷で焦げた匂いをはなつ棺に振り返り、拳を握って大きく前に踏み出した。
(月冴さまに気持ちを返してほしい)
それだけが少女を突き動かした。
月冴の手首を掴むと、背伸びをして蒼い瞳との距離を縮める。
頬の熱さをそのままに月冴を見つめれば、月冴はイタズラに口角をあげた。
ひょいと身体を抱き上げられ、薄紅色の唇に噛みつかれる。
酔ってしまいそうな胸の高鳴りに、少女はまどろんで目を閉じた。
(しょっぱい、こんなのは知らない。だけど怖くなかった)
こんなにも激しくて情の熱い口づけがあるとは……。
泣きそうな気持ちはあれど、今は笑っていたいと口角を結んだ。
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