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序章「赤の月の章」
第一話「思い出せない、私を知ってる人」
青い月に誓った。
必ずあの人を取り戻すと。
記憶も、時間も、すべてを代償にして私は開けていく世界に手を伸ばした。
「知ってる」
落ちてきそうなほど大きな青い月、最初に思ったのは不思議とそんなことだった。
真っ白な着物は月に向かい這って出たため、土で汚れてしまった。
月を見て、光を追って前を見る。
そこには目を見開いて私を見つめる美しい殿方がいた。
「時羽姫……」
彼は私を見てそう呼んだ。
落ちついたやさしい声は耳に心地よい。
聞いたことがあるようなないような、懐かしい感覚と違和感に首を傾げた。
「誰?」
彼に懐かしさを覚えながらも、誰とハッキリ言えなかった。
月明かりを背負った彼は、私の問いにひどく傷ついた顔をする。
青い月と同じ色をした瞳が特別キレイだと思った。
彼は首を横に振ると私の目の前に膝をつき、切なさを隠し切れない微笑みを浮かべた。
「覚えていらっしゃらないのですね……」
その小さな呟きに私は答えられない。
戸惑いに怖気づいていると、彼の指先が私の頬をぬぐった。
土埃が指先を汚したと気づき、私は慌てて身体を起こした。
「ごめんなさい! あの、汚す気はなくて……!」
汗がにじみだした手で彼の手を掴み、余計に汚れをつけてしまったと焦り、手を引っ込める。
目を丸くする彼は息を漏らすように微笑んだあと、両手を前に差し出してきた。
「立てますか?」
青白い光を浴びる彼に見惚れ、私は引かれるままに両手を彼の手に乗せた。
ゆっくりと引かれ、大地にかかとをつけるとようやく自分がここに生きている感覚を得た。
月明かりだけにしてはよく顔を見える、と思えば近くに提灯のようなものが置かれていた。
見たこともない作りのそれをじっと見下ろしていると、彼はぐっと私の顔に距離を詰めてきた。
「あ、あの……」
幻想的な光景だからか、はたまた彼が特別美しいのか。
最初はキレイだと思ったが、距離が近づくと私とはまったく異なる肌の厚みがあると知った。
「しつこくて申し訳ございません。……本当に俺のこと、覚えていませんか?」
そう言われて私の頭には何も思い浮かばないことに気づく。
じっと彼の顔を凝視してみても、私の中は真っ暗闇で輪郭一つ浮き出てこない。
「ごめんなさい。私……」
この状態はいったい何なのか。
刻まれているのは青い月から始まって彼と目があうこの時までしかない。
「いいんです。俺にとって大事なのは姫がここにいることですから」
きっと彼は私のことを知っているのだろう。
重ねた手に指先を丸めて背伸びをした。
「あなたは誰? お名前を……。私を知っているならどういう関係で……!」
切羽詰まって彼に迫るも、背伸びは長く続けられない。
意気消沈するように再びかかとがついて、何故だか彼の表情を見るのが怖くなり顔を反らした。
「俺は緋月(ひづき)といいます。あなたは時羽(とわ)姫です。関係は……」
そこまで言っておきながら彼は言葉を飲み込んで、淡く微笑むだけだった。
(緋月……さん。私は時羽、姫? 姫って……)
「姫って何ですか? どうしてあなたとのこと、言うの止めたのですか?」
疑問があふれ、私は急きって問い詰めてしまう。
対面するや早々に遠慮がないものだから、彼は一瞬困惑を見せてすぐにクスクスと笑い出した。
「ははっ……! 姫はせっかちですね」
「せっかちって……だって私、今なにもわからないもの!」
「はい。……わからなくていいです」
(なに、それ……)
スパッと切り捨てられた感覚にうら悲しくなる。
わからなくていいなんて、そんな風に言われるのは嫌だと私は手を引っ込めた。
「わからなくていい、なんて言うのはどうしてなの? ……何も思い出せないなんて。すごく不安で」
口にした途端、感じてた以上に不安でいっぱいだったと自覚した。
後ろに振り返ってみれば光の差さぬ暗闇。
こんな暗い洞穴のなかで私は何をしていたのだろう。
薄気味悪さに鳥肌がたち、私は後退って暗闇から目を背けた。
「ここは暗い。一緒に人里へ降りてくれますか?」
自分がどこにいるかもわからない状態で、頼りになるのは彼だけだ。
不安に立ちすくみそうなのに、彼は怖くないと前のめりに手を伸ばす。
その手を掴まれると、見上げるほどに背の高い彼の胸に顔をぶつけた。
「えっ……と。ひ、緋月さん?」
「少しだけ。……少しでいいから」
頬が熱い。
唇がうすく開き、すぐに丸めて唾を飲み込んだ。
彼の胸板を越えて少し早めの鼓動を耳にした。
必ずあの人を取り戻すと。
記憶も、時間も、すべてを代償にして私は開けていく世界に手を伸ばした。
「知ってる」
落ちてきそうなほど大きな青い月、最初に思ったのは不思議とそんなことだった。
真っ白な着物は月に向かい這って出たため、土で汚れてしまった。
月を見て、光を追って前を見る。
そこには目を見開いて私を見つめる美しい殿方がいた。
「時羽姫……」
彼は私を見てそう呼んだ。
落ちついたやさしい声は耳に心地よい。
聞いたことがあるようなないような、懐かしい感覚と違和感に首を傾げた。
「誰?」
彼に懐かしさを覚えながらも、誰とハッキリ言えなかった。
月明かりを背負った彼は、私の問いにひどく傷ついた顔をする。
青い月と同じ色をした瞳が特別キレイだと思った。
彼は首を横に振ると私の目の前に膝をつき、切なさを隠し切れない微笑みを浮かべた。
「覚えていらっしゃらないのですね……」
その小さな呟きに私は答えられない。
戸惑いに怖気づいていると、彼の指先が私の頬をぬぐった。
土埃が指先を汚したと気づき、私は慌てて身体を起こした。
「ごめんなさい! あの、汚す気はなくて……!」
汗がにじみだした手で彼の手を掴み、余計に汚れをつけてしまったと焦り、手を引っ込める。
目を丸くする彼は息を漏らすように微笑んだあと、両手を前に差し出してきた。
「立てますか?」
青白い光を浴びる彼に見惚れ、私は引かれるままに両手を彼の手に乗せた。
ゆっくりと引かれ、大地にかかとをつけるとようやく自分がここに生きている感覚を得た。
月明かりだけにしてはよく顔を見える、と思えば近くに提灯のようなものが置かれていた。
見たこともない作りのそれをじっと見下ろしていると、彼はぐっと私の顔に距離を詰めてきた。
「あ、あの……」
幻想的な光景だからか、はたまた彼が特別美しいのか。
最初はキレイだと思ったが、距離が近づくと私とはまったく異なる肌の厚みがあると知った。
「しつこくて申し訳ございません。……本当に俺のこと、覚えていませんか?」
そう言われて私の頭には何も思い浮かばないことに気づく。
じっと彼の顔を凝視してみても、私の中は真っ暗闇で輪郭一つ浮き出てこない。
「ごめんなさい。私……」
この状態はいったい何なのか。
刻まれているのは青い月から始まって彼と目があうこの時までしかない。
「いいんです。俺にとって大事なのは姫がここにいることですから」
きっと彼は私のことを知っているのだろう。
重ねた手に指先を丸めて背伸びをした。
「あなたは誰? お名前を……。私を知っているならどういう関係で……!」
切羽詰まって彼に迫るも、背伸びは長く続けられない。
意気消沈するように再びかかとがついて、何故だか彼の表情を見るのが怖くなり顔を反らした。
「俺は緋月(ひづき)といいます。あなたは時羽(とわ)姫です。関係は……」
そこまで言っておきながら彼は言葉を飲み込んで、淡く微笑むだけだった。
(緋月……さん。私は時羽、姫? 姫って……)
「姫って何ですか? どうしてあなたとのこと、言うの止めたのですか?」
疑問があふれ、私は急きって問い詰めてしまう。
対面するや早々に遠慮がないものだから、彼は一瞬困惑を見せてすぐにクスクスと笑い出した。
「ははっ……! 姫はせっかちですね」
「せっかちって……だって私、今なにもわからないもの!」
「はい。……わからなくていいです」
(なに、それ……)
スパッと切り捨てられた感覚にうら悲しくなる。
わからなくていいなんて、そんな風に言われるのは嫌だと私は手を引っ込めた。
「わからなくていい、なんて言うのはどうしてなの? ……何も思い出せないなんて。すごく不安で」
口にした途端、感じてた以上に不安でいっぱいだったと自覚した。
後ろに振り返ってみれば光の差さぬ暗闇。
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「ここは暗い。一緒に人里へ降りてくれますか?」
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不安に立ちすくみそうなのに、彼は怖くないと前のめりに手を伸ばす。
その手を掴まれると、見上げるほどに背の高い彼の胸に顔をぶつけた。
「えっ……と。ひ、緋月さん?」
「少しだけ。……少しでいいから」
頬が熱い。
唇がうすく開き、すぐに丸めて唾を飲み込んだ。
彼の胸板を越えて少し早めの鼓動を耳にした。
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