青い月の裏切りは時を越えて〜記憶喪失の姫君は約束を果たすために運命を歪める〜

和澄 泉花

文字の大きさ
2 / 83
序章「赤の月の章」

第2話「紳士的で、やさしい人」

たぶん、彼は相当緊張しているのだろう。

抱きしめる腕は強張っており、少しだけと言いながら力加減が狂っていた。

(不安が溶けていく。怖くないなんて、不思議)

おそらく彼とは心許した関係だったと思われる。

そうでなくては見知らぬ人に抱きしめられて、悲鳴一つも出てこないのはおかしい。

何もわからない私の、何かを知っている人。

言わないのは、何も言いたくない意志の表れ。

いや、言いたくないのか言えないのか。
それを聞くことさえ戸惑われるほど、彼の抱擁には切実な想いがあった。

「下ります。……ここは少し怖いです」

月明かりとよくわからない照明では心もとない。

彼の顔も鮮明に見えず、ちゃんと日の下で見てみたいと彼の着物の袖を掴んだ。


***


私は裸足だったので、彼が背におぶさるようにとしゃがみ込む。

さすがにそれは戸惑われたので断ろうとしたが、彼は譲る気がないようだ。

裸足では歩くのも難しいだろうと、彼はやや強引に私を背負った。

更に上着まで貸してくれて、彼の温もりも合わさったことで寒さは感じなかった。

それから照明を頼りに山を下りていく。

”姫”と呼ぶのは私がとある国の姫君だったから。
口調が敬語なのはその国の召使いだった名残りと語った。

「私は今も姫なんですか?」
「……いいえ。国はもうありません。ですが、俺にとって時羽姫は姫です」

名前を呼ばれると胸がこそばゆくなる。
私は彼に名前を呼ばれることが好きだったようだ。

ますます彼との関係が気になったが、今は彼が話す気がないこともわかっていたので、一旦は引っ込めることにした。

(姫ということは教えてくれた。具体的に聞けば答えてくれるかも)

ただ今の私は空っぽすぎるので、彼の言葉を拾って埋めていくしかなかった。

「その明かりはなんて言うのですか? はじめて見た気がして」
「これはランプといいます」
「ランプ……。キレイね」

だが明かりを受け、輪郭の浮き出た彼の方がキレイに見えた。

後ろから見える彼の横顔は鼻が高く、まつ毛も長い。
彼の容姿を把握して、自分がどんな見た目なのかが気になりだした。

(髪……白い? 光ってるの?)

キラキラとした光の粒があり、白い髪はまるで雪のようだ。

しかしその髪色は馴染みがない気がして、へそ当たりまで伸びる髪を一束掴んだ。

「あの……私の髪、前からこんなのでしたか?」
「ん?」
「白く見えるような……」

こんな風に光る髪はおかしいのでは、と悶々としていると。

「キレイですよ。あの青い月に似てますね」
「月……」
「もったいないですが、里では隠しましょう。目立ってしまいますから」

やはりこの髪色は変なのだと気持ちが沈む。

落ちてきそうだと思った月はいつの間にか遠ざかり、空は少しずつ色を薄くしていた。

「俺以外には見せないでくれると助かります」
「どうして?」
「妬けてしまいますから」

彼は気づいていないだろう。
遠回しに髪を見せるなと言っているようだが、さらっと褒めていることに。

迷いのない発言に頬が熱くなり、口角が上がるのを抑えられなかった。

私が誰であろうと、この距離感は嫌じゃない。

むしろ人目を気にせず、遠慮をしないで彼と向き合えることがうれしいと知った。


***


山のふもとに下りた頃、空は群青色が溶けだして白い静けさが際立っていた。

彼は私をおろすと、振り返って私を見下ろし目を見開いた。

あまりに凝視されるものだから、気恥ずかしくなっていると彼の手が私の髪をすくう。

「髪、戻りましたね」
「あ……」

先ほどまで白銀に光っていた髪が、色あせたように濃い藍色になっている。

髪色が変わるなんて、と錯覚を疑い目元を擦ってみるが変わらない。

新たな疑問が湧いて出て、ついムッとして腕をピンと張った。

「知ってたんですか?」
「いえ、今知りました」

意味がわからないと思いつつ、知らなかったのなら追及しようがない。

この髪色になってから彼の目に優しさが増して、ボーッと見つめてしまう。

(やっぱりキレイなんだなぁ。目尻がスッとしてて。それにずいぶんと背が高い)

彼が高いのか、私が小さいだけなのか。
顔を上に傾けなければ彼の顔がちゃんと見えないので、つい背伸びをしてしまった。
感想 2

あなたにおすすめの小説

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

【完結】恋の終焉~愛しさあまって憎さ1000倍~

つくも茄子
恋愛
五大侯爵家、ミネルヴァ・リゼ・ウォーカー侯爵令嬢は第二王子の婚約者候補。それと同時に、義兄とも婚約者候補の仲という複雑な環境に身を置いていた。 それも第二王子が恋に狂い「伯爵令嬢(恋人)を妻(正妃)に迎えたい」と言い出したせいで。 第二王子が恋を諦めるのが早いか。それとも臣籍降下するのが早いか。とにかく、選ばれた王子の婚約者候補の令嬢達にすれば迷惑極まりないものだった。 ミネルヴァは初恋の相手である義兄と結婚する事を夢見ていたというに、突然の王家からの横やりに怒り心頭。それでも臣下としてグッと堪えた。 そんな中での義兄の裏切り。 愛する女性がいる? その相手と結婚したい? 何を仰っているのでしょうか? 混乱するミネルヴァを置き去りに義兄はどんどん話を続ける。 「お義兄様、あなたは婿入りのための養子縁組ですよ」と言いたいのをグッと堪えたミネルヴァであった。義兄を許す?許さない?答えは一つ。

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

悪役令嬢としての役割、立派に努めて見せましょう〜目指すは断罪からの亡命の新しいルート開発です〜

水月華
恋愛
レティシア・ド・リュシリューは婚約者と言い争いをしている時に、前世の記憶を思い出す。 そして自分のいる世界が、大好きだった乙女ゲームの“イーリスの祝福”の悪役令嬢役であると気がつく。 母親は早くに亡くし、父親には母親が亡くなったのはレティシアのせいだと恨まれ、兄には自分より優秀である為に嫉妬され憎まれている。 家族から冷遇されているため、ほとんどの使用人からも冷遇されている。 そんな境遇だからこそ、愛情を渇望していた。 淑女教育にマナーに、必死で努力したことで第一王子の婚約者に選ばれるが、お互いに中々歩み寄れずにすれ違ってしまう。 そんな不遇な少女に転生した。 レティシアは、悪役令嬢である自分もヒロインも大好きだ。だからこそ、ヒロインが本当に好きな人と結ばれる様に、悪役令嬢として立ち回ることを決意する。 目指すは断罪後に亡命し、新たな人生をスタートさせること。 前世の記憶が戻った事で、家族のクズっぷりを再認識する。ならば一緒に破滅させて復讐しようとレティシアには2つの目標が出来る。 上手く計画に沿って悪役令嬢を演じているはずが、本人が気が付かないところで計画がバレ、逆にヒロインと婚約者を含めた攻略対象者達に外堀を埋められる⁉︎ 更に家族が改心して、望んでいない和解もさせられそうになるレティシアだが、果たして彼女は幸せになれるのか⁉︎

呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました

しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。 そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。 そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。 全身包帯で覆われ、顔も見えない。 所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。 「なぜこのようなことに…」 愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。 同名キャラで複数の話を書いています。 作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。 この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。 皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。 短めの話なのですが、重めな愛です。 お楽しみいただければと思います。 小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!

皇太子殿下は、幼なじみの頬しか触らない

由香
恋愛
後宮には、美しい妃が大勢いる。 けれど皇太子・曜は、誰にも触れないことで有名だった。 ――ただ一人を除いて。 幼なじみの侍女・翠玉。 彼女の頬だけは、毎日のようにつつき、摘まみ、抱き寄せる。 「殿下、見られてます!」 「構わない」 後宮中が噂する。 『皇太子は侍女に溺れている』 けれど翠玉はまだ知らない。 それが幼なじみの距離ではなく、皇太子の独占欲だということを。

秘められた薫り

La Mistral
恋愛
エブリスタにて、トレンド#恋愛で最高位 55位を獲得した作品です。 「愛しているよ」という夫の言葉が、今の美咲には虚しい空気にしか聞こえない。 欠けていたのは、理性を焼き尽くすような衝動。 ​クライアントの慎吾と交わす視線。ビジネスという仮面の下で共有される、剥き出しの欲望。 指先が触れる。名前を呼ばれる。ただそれだけで、美咲の積み上げてきた「良き妻」としての世界は音を立てて崩れ去る。 ​完璧なアリバイ、塗り固めた嘘。 夫の隣で微笑みながら、心は別の男の指先を求めている。 一度知ってしまった濃厚な「薫り」は、もう彼女を元の場所へは戻してくれない。 ​守るべき家庭と、抗えない本能。 二つの世界の境界線で、美咲が選ぶ「最後の一線」とは――。 欲望の熱に浮かされた女の、美しくも残酷な堕落の記録。