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第一章【青の月の章】出会い〜14歳
第15話「その姫君は見捨てられていた」
【時系列 青の月】
時が巻き戻る中で、私から記憶がはがれるように離れていく。
彼との出会い、どんな風に心を通わせたか。
約束を裏切って、神への供物となり、国が滅びたこと。
彼は鬼となり、長い時を生きた。
そして再び私と巡り会い、”幸福の一か月”を過ごした。
赤い満月が昇るたびに彼は鬼と化し、私は時間を歪ませるためにタイムリープをする。
たった【0.5日】、されど永遠のような長い時間を何度も、何度も繰り返した。
***
私の母は下級女官だった。
とても美しい人で、女官のなかでも目立っていたそうだ。
酒に酔っていた帝が戯れに母に手を出した。
神のイタズラにしては度が過ぎる出来事で、皮肉にも子を身ごもったことで側室となった。
最初こそ帝からの寵愛があったそうだが、だんだんと足が遠のいていき……。
ましてや生まれたのが娘だったので、ついに帝の足は途絶えた。
側室とは言っても名ばかりで、一番位の低い粗末な家屋。
正室・側室たちから嫌がらせを受けながらも、母は私を守ろうと必死になって育てた。
寵愛がなくなっても母への嫌がらせは続いた。
元下級女官が側室の座にいることは、寵愛を待つだけの女たちには格好のエサだ。
最後は側室に池に突き飛ばされ、風邪を悪化させて亡くなってしまった。
一人残された私は、かろうじて気にかけてくれる女官のおかげで生きることが出来た。
食事、身なりを整える手伝い。
女官がいなければ私は飢え死にしていただろう。
母がいなくなってからは残された書物をみて文字を勉強した。
いつ女官が来なくなるかもわからない状態で、私は生き延びるために貪欲だった。
「時羽様。こんなもの、どうされるのですか?」
いつも気にかけてくれる女官の芹が持ってきた小袖を羽織る。
灰桜色の着物に、髪は一つにくくって草履をはいた。
姫らしくない粗末な格好に芹はハラハラしながら私を眺めていた。
「宮を抜け出すのよ! 宮中は見て回ったけど、外はまだ知らないから」
「おやめください。姫が外に出るなんて……」
「どうせ誰も気づかないよ。さすがに宮中だと目立っちゃうからこっそり探索したけどね」
姫のわりに私の恰好はみすぼらしい古びたものを重ねて着ていた。
どれも母が着ていたもので、帝から賜ったものもあったが時間の経過とともに当初の華やかさは失われていた。
小袖は帝の手に触れていないので、身を隠すにはちょうどいい。
芹は私があちこち動き回るのをよく思っていない。
何がきっかけで側室たちに目をつけられるかわからないからだ。
当然、芹が善意で私に時間を割いてくれるのも知っていた。
だから私はいざという時のため、宮中以外で生き抜けるよう積極的に動いていた。
「芹。あんまり私に時間を使ってると、女官長に気づかれてしまうわ」
「うっ……。ですが……」
芹はやさしすぎる。
何の後ろ盾もない私が生きていけるよう、こっそりと食料を回したりと世話を焼いてくれる。
母が下級女官だった頃に世話になったと、芹は恩に義理堅い人だった。
私はそんな芹が大好きだ。
芹はまだ年若いが、私にとっては第二の母だった。
「この前ね、庭の奥で壁に穴が空いてるのを見つけたの! そこから出ればバレないわ!」
そう言って私は遠く離れた側室たちの庭を指さした。
まさに景勝の庭、だが草木に隠れて穴があるとは誰も思うまい。
私が近づけるほどの庭なので、警備も甘いとほくそ笑んだ。
「それじゃあ、行ってくるわね!」
「あっ! 時羽様!」
行くならば日のあるうちに。
すたこらサッサーと私は走り出し、人目を盗んで穴から外へ飛び出した。
***
(芹は質問すれば答えてくれるけど、外のことは何も教えてくれないのよね)
そういう年頃なのか、私に見える世界は不思議でいっぱいだ。
花の名前、料理の名前、鳥の名前に四季折々のこと。
宮中ではどんな遊びが流行っていて、男性と女性ではどのように違いがあるのか。
そして母が教えてくれた文字を頼りに、自己流ではあるが本を読めるようになった。
芹は文字が読めないらしく、女官でも学は様々ということがわかった。
(あっちの門に警備兵がいる。となれば左へ進むほうがいいわ)
宮を抜ければ馬車道があり、さらに向こう側には街があった。
民に紛れて街をめぐれば、ずいぶんと色んな人がいると好奇心が刺激される。
なるべく地味な装いと芹の着物を借りたが、それよりもずっと汚れた着物の人が多かった。
(私、恵まれてる方ね)
少なくとも芹が気にかけてくれる限り、食事があって寝るところがある。
幼少期はそうして過ごしてきたが、私ももう数えて十の年齢にはなるはずだ。
芹がいなくてもふてぶてしく生きていける。
だがそれは独りになることを意味しており、誰とも関わることのない日々は寂しいと理解していた。
「? あれは何だろう?」
時が巻き戻る中で、私から記憶がはがれるように離れていく。
彼との出会い、どんな風に心を通わせたか。
約束を裏切って、神への供物となり、国が滅びたこと。
彼は鬼となり、長い時を生きた。
そして再び私と巡り会い、”幸福の一か月”を過ごした。
赤い満月が昇るたびに彼は鬼と化し、私は時間を歪ませるためにタイムリープをする。
たった【0.5日】、されど永遠のような長い時間を何度も、何度も繰り返した。
***
私の母は下級女官だった。
とても美しい人で、女官のなかでも目立っていたそうだ。
酒に酔っていた帝が戯れに母に手を出した。
神のイタズラにしては度が過ぎる出来事で、皮肉にも子を身ごもったことで側室となった。
最初こそ帝からの寵愛があったそうだが、だんだんと足が遠のいていき……。
ましてや生まれたのが娘だったので、ついに帝の足は途絶えた。
側室とは言っても名ばかりで、一番位の低い粗末な家屋。
正室・側室たちから嫌がらせを受けながらも、母は私を守ろうと必死になって育てた。
寵愛がなくなっても母への嫌がらせは続いた。
元下級女官が側室の座にいることは、寵愛を待つだけの女たちには格好のエサだ。
最後は側室に池に突き飛ばされ、風邪を悪化させて亡くなってしまった。
一人残された私は、かろうじて気にかけてくれる女官のおかげで生きることが出来た。
食事、身なりを整える手伝い。
女官がいなければ私は飢え死にしていただろう。
母がいなくなってからは残された書物をみて文字を勉強した。
いつ女官が来なくなるかもわからない状態で、私は生き延びるために貪欲だった。
「時羽様。こんなもの、どうされるのですか?」
いつも気にかけてくれる女官の芹が持ってきた小袖を羽織る。
灰桜色の着物に、髪は一つにくくって草履をはいた。
姫らしくない粗末な格好に芹はハラハラしながら私を眺めていた。
「宮を抜け出すのよ! 宮中は見て回ったけど、外はまだ知らないから」
「おやめください。姫が外に出るなんて……」
「どうせ誰も気づかないよ。さすがに宮中だと目立っちゃうからこっそり探索したけどね」
姫のわりに私の恰好はみすぼらしい古びたものを重ねて着ていた。
どれも母が着ていたもので、帝から賜ったものもあったが時間の経過とともに当初の華やかさは失われていた。
小袖は帝の手に触れていないので、身を隠すにはちょうどいい。
芹は私があちこち動き回るのをよく思っていない。
何がきっかけで側室たちに目をつけられるかわからないからだ。
当然、芹が善意で私に時間を割いてくれるのも知っていた。
だから私はいざという時のため、宮中以外で生き抜けるよう積極的に動いていた。
「芹。あんまり私に時間を使ってると、女官長に気づかれてしまうわ」
「うっ……。ですが……」
芹はやさしすぎる。
何の後ろ盾もない私が生きていけるよう、こっそりと食料を回したりと世話を焼いてくれる。
母が下級女官だった頃に世話になったと、芹は恩に義理堅い人だった。
私はそんな芹が大好きだ。
芹はまだ年若いが、私にとっては第二の母だった。
「この前ね、庭の奥で壁に穴が空いてるのを見つけたの! そこから出ればバレないわ!」
そう言って私は遠く離れた側室たちの庭を指さした。
まさに景勝の庭、だが草木に隠れて穴があるとは誰も思うまい。
私が近づけるほどの庭なので、警備も甘いとほくそ笑んだ。
「それじゃあ、行ってくるわね!」
「あっ! 時羽様!」
行くならば日のあるうちに。
すたこらサッサーと私は走り出し、人目を盗んで穴から外へ飛び出した。
***
(芹は質問すれば答えてくれるけど、外のことは何も教えてくれないのよね)
そういう年頃なのか、私に見える世界は不思議でいっぱいだ。
花の名前、料理の名前、鳥の名前に四季折々のこと。
宮中ではどんな遊びが流行っていて、男性と女性ではどのように違いがあるのか。
そして母が教えてくれた文字を頼りに、自己流ではあるが本を読めるようになった。
芹は文字が読めないらしく、女官でも学は様々ということがわかった。
(あっちの門に警備兵がいる。となれば左へ進むほうがいいわ)
宮を抜ければ馬車道があり、さらに向こう側には街があった。
民に紛れて街をめぐれば、ずいぶんと色んな人がいると好奇心が刺激される。
なるべく地味な装いと芹の着物を借りたが、それよりもずっと汚れた着物の人が多かった。
(私、恵まれてる方ね)
少なくとも芹が気にかけてくれる限り、食事があって寝るところがある。
幼少期はそうして過ごしてきたが、私ももう数えて十の年齢にはなるはずだ。
芹がいなくてもふてぶてしく生きていける。
だがそれは独りになることを意味しており、誰とも関わることのない日々は寂しいと理解していた。
「? あれは何だろう?」
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