青い月の裏切りは時を越えて〜記憶喪失の姫君は約束を果たすために運命を歪める〜

和澄 泉花

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第一章【青の月の章】出会い〜14歳

第17話「いいと思うよ」

***

それから日が暮れて夜が溶け込みだした頃。
ようやく目を覚まして私は少年に寄りかかっていたと知る。

「きゃっ!?」
「あ、起きた」

少年はゆっくりと微笑んで私を見ており、途端に恥じらいを覚える。

「ごめんなさい! あの、そのっ!」

言葉が思いつかない。
恥ずかしさと戸惑い、むずがゆさに私は足をパタパタさせて両頬を隠す。

面目次第もないと謝ると、少年は口元に手をあてて「大丈夫」と言い目を反らした。

(この人、やさしいんだなぁ)

こんな場所に連れられて困るだろうに、少年は文句一つ言わなかった。

「ありがとう。私、助けられてばかりね」
「いや、俺こそ……。えっと……」

身を硬くする少年に私は「ハッ!」と気づき、少年の手を掴んで前のめりになる。

「私、時羽って言うの! 一応姫だけど気にしなくていいわ! あなたは何ていう名前なの!?」
「えっ!? あ、俺は……ひ、緋月……」
「緋月ね。どういう字を書くのかしら? お月様といっしょかな?」

「……うん。緋色の月」
「緋月。ステキな名前ね。私、お月様が好きなの」

茜色よりも濃い赤。
きっと秋の紅葉が染まる頃によく似合うと胸が高鳴った。

彼はまたパッと顔を反らし、口を手で隠しながら視線だけこちらに向ける。

「と、時羽は……その。ここの姫なのか?」

”時羽”

やさしい音色に身が痺れてしまう。
久しぶりにありのままに名前を呼ばれ、嬉しくなって笑みをほころばせる。

「うん。でも気にしなくていいの。身分はそんなに高くないのよ」
「身分……とか、女性のことはよくわからなくて。ごめん」
「緋月は街に住んでいるの? 私、はじめて街に出たからビックリしちゃったの」

唐突な質問に彼は目を丸くし、頬を赤くして目を反らす。

「俺は……父が宮に仕えてて……」
「そうなの!? 普段どこにいるの? 私、結構ウロチョロしてるけど緋月を見たことがないわ!」
「えぇっと……それは、ちょっと……。言えない……」

踏み込みすぎた、と私はいつもの癖を出してしまったとバツが悪くなる。

「ごめんなさいぃ……。私、気になったことはつい聞いてしまう癖があって」

こういうことに気を回すのが下手だから、芹を困らせる。
宮で生きることは、目を瞑ることでいっぱいだ。

見てもいけない、言ってもいけない、聞いたことがあっても知らぬふり。
それが美徳であり、賢い生き方だ。

母にも芹にも重々言われていることなのに、私は好奇心を抑えるのが下手くそだった。


「……いいと思うよ」

彼はおだやかに微笑んで私の手をとる。

「俺に答えられることだったらなんでも聞いて。あんまり役立たないだろうけど」
「――いいの?」

その問いに彼はうなずいた。
舞い上がるほどにうれしくなり、私は調子にのって彼に質問攻めをした。

戸惑いながらも彼は答えてくれたので、時間を忘れて会話に夢中になる。

「時羽様。遅くなってすみません。おにぎりですがお持ち……」

太陽が沈んで月が顔を出した頃、芹が食事とおにぎりを持ってきてくれた。
だが芹が彼を見たとたん、ぎょっとして後ずさりおにぎりを落としてしまう。

私は芹の持つろうそくの明かりを頼りにおにぎりを拾い、芹の顔色をチラッとうかがった。

「芹? あのね、この人……」

「な、な、何故男が!? 時羽様、何もされていませんか!?」
「え……えぇ、何もないわ。どうしたの?」

それから芹にクドクドと男性を招き入れてはいけないと説教を食らう。
あまりの鬼の形相に彼はそっと去ろうとしたが、私が彼の袖をつかんで引き止める。

まだ彼と一緒にいたかった。
それが女として、姫として恥ずべき行為と知りつつも気持ちが止められない。

致し方なく彼は待つことを選択し、芹もこれ以上は無意味と悟って頭を抱える。

「あなた、どこの方? 町民……では」

「父が宮中でお仕えしてます。すみません、手傷を負った俺を気づかっていただいただけです」

「何言ってるの! 助けられたのは私よ! あのね、芹。街で暴動が起きていたの! それで緋月が……」

「……暴動?」

言い過ぎた、と気づいたときにはもう芹には頭の痛いことでしかない。

嘆くようにその場に膝をつき、大きくため息を吐くとそっと膝で歩き、私の頬に触れた。

「ご無事でよかったです。どうか、もう外に出るなんて言わないでください」
「……ごめんなさい」

芹の心配は重々わかっている。
なのに私は外への好奇心が抑えられない。

今は気づかって彼がいてくれるが、次はいつ会えるかもわからず、手を離せないでいた。

それから芹が寝る時間だとイライラしだしていたので、ついに私もあきらめがつく。
芹が寝支度をしている間に私は彼を見送りに出ていた。

「ここまででいいの?」
「うん。父のところに戻るだけだから」

父親が宮仕えのため、彼は比較的自由に動けるのだろう。
壁穴から侵入したのに、出る時は堂々としていた。

「ありがとう、緋月。会えてうれしかった」
「……また」
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