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第一章【青の月の章】出会い〜14歳
第29話「私、芹が大好きよ」
「まああああっ! なんてこと!!」
翌朝、芹の悲鳴とともに目を覚ます。
「芹……?」
目元をこすり、視界をはっきりさせようとすればずいぶんと身体が凝り固まっていることに気づく。
そしてハッキリした視界に最初に映ったのはずいぶんとキラキラした国宝級の顔面だった。
「おはようございます、姫」
「えっ……ひ、緋月?」
「寝起きの姫に会うのははじめてですね」
私を見下ろして微笑めば、彼の紫がかった黒髪が肩からさらっと前に流れ落ちる。
朝の陽射しに当てられて緋色の髪飾りがキラリと光った。
私は慌てて身体を起こし、目を白黒させて火照りを払おうと頬を手のひらで叩く。
(待って! どういうこと!? わ、私なんてことを……!)
芹の叫びどおり、なんてこと状態だ。
彼の膝に頭を乗せて、恥じらいもなくよだれを垂らして寝ていたようだ。
いつ眠ってしまったかも覚えておらず、一晩中彼を引き止めていたと理解し、顔向けが出来なかった。
「時羽様! これはどういうことですか!?」
「せ、芹……。えっと、お月見をしてて……」
「夜に男女二人でですか!? 緋月、あなたがそこまで恥知らずとは思ってませんでした。いや、これは私の甘さが……」
「せせ芹!? 何を考えてるの!」
芹が何を言い出すかわからないと私は血相を変えて立ち上がり、走って芹の口を手で押さえる。
ギャーギャー騒ぐ芹に私は生き恥をさらしている気分だ。
叫びたいのはこっちだと、まるで混乱した私の心を芹が体現していた。
人差し指が目に入るともう限界。
足から力が抜け、私は顔を伏せて耳を塞いだ。
(見えない、聞こえない。芹が緋月に文句を言ってるのなんて聞こえない)
寝てしまったなら起こしてくれればいいのに。
変なところで意地の悪い彼を恨みがましく思うも、思うだけで終わった。
***
それからほとぼりが冷めた頃、彼が帰ろうと立ち上がる。
「ひーづきくん! いる?」
どこからともなく浅葱が現れ、ニヤニヤしながら腰を落として上目に彼をおちょくりだす。
彼は眉をひそめて浅葱をかわし、足早にこの場から去ろうとした。
私はまだ見送るだけの余裕がなく、真っ赤になった頬を抑えたまま浅葱に目を向ける。
「時羽ちゃん。おつかれさまー!」
「おっ!?」
何が、と問い詰めたくても余計に恥をさらすだけだ。
墓穴を掘るようなもので、耐えられないと部屋に逃亡した。
芹と浅葱が一言二言かわし、浅葱は彼を追いかけ去っていった。
芹がため息を吐きながら部屋に入り、畳に突っ伏した私の肩を叩く。
「時羽様。いくらなんでもこれは見逃せませんよ」
「芹……。違うの。何もないのよ? お団子を食べてただけよ」
「だとしても、です。これでは時羽様のお母上様に顔向けできません」
脳裏に母の笑顔が過ぎった。
もうおぼろげな記憶となっており、本当に母はこんな顔だったかと不安を覚えてしまう。
私の理想を詰め込んだ母親像、それを繋ごうと今まで傍にいてくれたのが芹だった。
今日こそ、他の側室や姫たちに臆することはないが、当時の私は芹がいなければ生きられなかった。
芹が大切で、芹に心配をかけたくない。
なのにこの気持ちは上手く制御が出来ないと憂えてしまう……のをきっと芹は知ってる。
だから芹は憎まれ役になってでも私を止めようとしていた。
「芹はお母さまの意志を大事にする?」
これは意地悪な質問だ。
芹の気持ちをないがしろにするようなものだ。
「大事ですよ。ですが時羽様のお気持ちも大事です。そのバランスをみるのが私の役目と思ってますよ」
いつも愛情深い答えをくれる。
やさしさと厳しさ、芹は私にとって第二の母。
年の差はそこまでないはずなのに、芹はずっとずっと大人びて見えた。
私は泣きそうになるのをグッと堪え、身体を起こすと部屋の隅に隠していた巾着を手に取る。
「芹。これ、私が作ったのよ」
巾着を受け取り、芹は首を傾げて中を見る。
翡翠色と白色を組み合わせた組紐に芹はポカンとして太陽の光に当てていた。
「えっ……まさか最近コソコソしていたのはこれを作っていたからですか?」
「うっ……」
(バレてた……)
さすがは芹、よく見ていたと苦笑いをする。
芹の後ろにまわり、組紐を受け取ると長い茶色の髪をすくって組紐で結んだ。
「ねぇ、芹。芹は気になる方、いないの?」
「何を突然……」
「私は芹が大好きよ。だから芹が決めたことならなんだって応援するからね」
芹は答えなかった。
髪を結び終えた私の手に触れて、両手で指先を包み込む。
「あんなに小さかったお手が、もうこんなに大きくなったのですね」
「もう十四歳だもの。……結婚だってできる年齢だわ」
(あぁ、いやだなぁ)
とっくに芹が結婚していなくなっても不思議ではない。
芹はあまり自分のことを話そうとしない。
聞いてもはぐらかすので、私も問い詰めないように意識していた。
口にしておいて、私はワガママな娘だ。
(もう少し……。もう少しだけ許してね)
涙は見せない。
今流したところで芹を困らせ、余計に道を狭めてしまうから。
グッと固く目を閉じて、大きく深呼吸をして芹の手を握り返した。
そのとき、視界に縁側に置きっぱなしの羽織に気づく。
(緋月の……。まだ追いかければ間に合うかしら?)
「芹。私、これ届けてくるわ」
逃げるように立ち上がり、羽織を手に下駄を履いて外に飛び出す。
息せき切って走り、家屋の入り口まで出ると彼と浅葱が話しているのを見かけた。
「ひ……」
翌朝、芹の悲鳴とともに目を覚ます。
「芹……?」
目元をこすり、視界をはっきりさせようとすればずいぶんと身体が凝り固まっていることに気づく。
そしてハッキリした視界に最初に映ったのはずいぶんとキラキラした国宝級の顔面だった。
「おはようございます、姫」
「えっ……ひ、緋月?」
「寝起きの姫に会うのははじめてですね」
私を見下ろして微笑めば、彼の紫がかった黒髪が肩からさらっと前に流れ落ちる。
朝の陽射しに当てられて緋色の髪飾りがキラリと光った。
私は慌てて身体を起こし、目を白黒させて火照りを払おうと頬を手のひらで叩く。
(待って! どういうこと!? わ、私なんてことを……!)
芹の叫びどおり、なんてこと状態だ。
彼の膝に頭を乗せて、恥じらいもなくよだれを垂らして寝ていたようだ。
いつ眠ってしまったかも覚えておらず、一晩中彼を引き止めていたと理解し、顔向けが出来なかった。
「時羽様! これはどういうことですか!?」
「せ、芹……。えっと、お月見をしてて……」
「夜に男女二人でですか!? 緋月、あなたがそこまで恥知らずとは思ってませんでした。いや、これは私の甘さが……」
「せせ芹!? 何を考えてるの!」
芹が何を言い出すかわからないと私は血相を変えて立ち上がり、走って芹の口を手で押さえる。
ギャーギャー騒ぐ芹に私は生き恥をさらしている気分だ。
叫びたいのはこっちだと、まるで混乱した私の心を芹が体現していた。
人差し指が目に入るともう限界。
足から力が抜け、私は顔を伏せて耳を塞いだ。
(見えない、聞こえない。芹が緋月に文句を言ってるのなんて聞こえない)
寝てしまったなら起こしてくれればいいのに。
変なところで意地の悪い彼を恨みがましく思うも、思うだけで終わった。
***
それからほとぼりが冷めた頃、彼が帰ろうと立ち上がる。
「ひーづきくん! いる?」
どこからともなく浅葱が現れ、ニヤニヤしながら腰を落として上目に彼をおちょくりだす。
彼は眉をひそめて浅葱をかわし、足早にこの場から去ろうとした。
私はまだ見送るだけの余裕がなく、真っ赤になった頬を抑えたまま浅葱に目を向ける。
「時羽ちゃん。おつかれさまー!」
「おっ!?」
何が、と問い詰めたくても余計に恥をさらすだけだ。
墓穴を掘るようなもので、耐えられないと部屋に逃亡した。
芹と浅葱が一言二言かわし、浅葱は彼を追いかけ去っていった。
芹がため息を吐きながら部屋に入り、畳に突っ伏した私の肩を叩く。
「時羽様。いくらなんでもこれは見逃せませんよ」
「芹……。違うの。何もないのよ? お団子を食べてただけよ」
「だとしても、です。これでは時羽様のお母上様に顔向けできません」
脳裏に母の笑顔が過ぎった。
もうおぼろげな記憶となっており、本当に母はこんな顔だったかと不安を覚えてしまう。
私の理想を詰め込んだ母親像、それを繋ごうと今まで傍にいてくれたのが芹だった。
今日こそ、他の側室や姫たちに臆することはないが、当時の私は芹がいなければ生きられなかった。
芹が大切で、芹に心配をかけたくない。
なのにこの気持ちは上手く制御が出来ないと憂えてしまう……のをきっと芹は知ってる。
だから芹は憎まれ役になってでも私を止めようとしていた。
「芹はお母さまの意志を大事にする?」
これは意地悪な質問だ。
芹の気持ちをないがしろにするようなものだ。
「大事ですよ。ですが時羽様のお気持ちも大事です。そのバランスをみるのが私の役目と思ってますよ」
いつも愛情深い答えをくれる。
やさしさと厳しさ、芹は私にとって第二の母。
年の差はそこまでないはずなのに、芹はずっとずっと大人びて見えた。
私は泣きそうになるのをグッと堪え、身体を起こすと部屋の隅に隠していた巾着を手に取る。
「芹。これ、私が作ったのよ」
巾着を受け取り、芹は首を傾げて中を見る。
翡翠色と白色を組み合わせた組紐に芹はポカンとして太陽の光に当てていた。
「えっ……まさか最近コソコソしていたのはこれを作っていたからですか?」
「うっ……」
(バレてた……)
さすがは芹、よく見ていたと苦笑いをする。
芹の後ろにまわり、組紐を受け取ると長い茶色の髪をすくって組紐で結んだ。
「ねぇ、芹。芹は気になる方、いないの?」
「何を突然……」
「私は芹が大好きよ。だから芹が決めたことならなんだって応援するからね」
芹は答えなかった。
髪を結び終えた私の手に触れて、両手で指先を包み込む。
「あんなに小さかったお手が、もうこんなに大きくなったのですね」
「もう十四歳だもの。……結婚だってできる年齢だわ」
(あぁ、いやだなぁ)
とっくに芹が結婚していなくなっても不思議ではない。
芹はあまり自分のことを話そうとしない。
聞いてもはぐらかすので、私も問い詰めないように意識していた。
口にしておいて、私はワガママな娘だ。
(もう少し……。もう少しだけ許してね)
涙は見せない。
今流したところで芹を困らせ、余計に道を狭めてしまうから。
グッと固く目を閉じて、大きく深呼吸をして芹の手を握り返した。
そのとき、視界に縁側に置きっぱなしの羽織に気づく。
(緋月の……。まだ追いかければ間に合うかしら?)
「芹。私、これ届けてくるわ」
逃げるように立ち上がり、羽織を手に下駄を履いて外に飛び出す。
息せき切って走り、家屋の入り口まで出ると彼と浅葱が話しているのを見かけた。
「ひ……」
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