青い月の裏切りは時を越えて〜記憶喪失の姫君は約束を果たすために運命を歪める〜

和澄 泉花

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第一章【青の月の章】出会い〜14歳

第31話「鬼の出没」

お月見の後、彼は私の前に現れなくなった。
私は私で気持ちが沈んでおり、ボーっとしてまた組紐を作ろうとする。

すっかり日課になっていたので、何か手を動かしていなければ悲しみに沈もうとしてしまう。
そんな弱い私は嫌だと必死になっていると、組紐の材料が切れていることに気づいた。

(どうしよう。……別に、平気よ)

彼がいなくても。
浅葱が友達として隣にいてくれなくても。

元々ここには私と芹だけだった。
時々、母との思い出を懐かしむ優しい鳥かごだった。

思い立ったらすぐに行動、そそくさと街を出歩くとき用の小袖を着て外に出た。

壁穴もだいぶ小さくなったので、新しい抜け道を探すか穴を大きくしてみるかと思案する。

そうしてとめどなく考え事をし、時々上の空になって街まで歩いた。

(ずいぶん、閑散としてきたわね)

お月見が終われば冬支度に励む時期。
小袖一枚では肌寒く、腕を摩りながら組紐の道具を売る店に向かう。

相変わらず米の収穫量はあがらず、人々は代わりとなる作物を育てながら冬を乗り切ろうと必死になっていた。


「あ! 時羽ねーちゃん!」

組紐の材料を買ったあと、街を出て河川敷を歩いているとそこで遊んでいた子どもたちに声をかけられる。

時折、子どもたちと遊んで外の話を聞く。
子どもの間ではどんな遊びが流行っているのか。

生きていくための知恵として、どんな草が食べられるかだったり、薬になるかを教えてもらった。

宮中にいるだけでは知ることのない様々な景色は私の心を癒した。

「今日は街に人が少なかったわね。何かあったの?」

河川敷に腰かけて膝に女の子・ナナを載せて櫛で髪を梳く。
土埃で汚れた髪も櫛を通せばずいぶんとキレイになった。

肉付きの悪いナナは指をもじもじさせながら私を見上げる。

「あのねー、最近鬼が出たんだよ~」
「鬼?」

その言葉にドキッと心臓がはねる。
一瞬、彼の顔が思い浮かんで首を横に振り、口角をあげてナナの頭を撫でた。

「街の外でも鬼が出たっておっ母が言ってて」
「だけどこの前、街にも鬼が出たって騒ぎになったんだ!」

ナナの言葉に元気いっぱいの男の子・イチタが続く。

「宮に向かってた偉い人が襲われたんだって。こわいよ~」
「そう……。みんなは大丈夫だった?」

イチタとナナ、他の子どもたちがにっこり笑ってうなずく。

「街っていっても門のあたりでのことだし! さすがにここまで来ねーよ!」
「でもぉ……。おうちは門の近くだよぉ」
「こわくねーよ! 鬼なんか来てもオイラが倒してやる!」

そう言ってイチタは木の枝を拾ってぶんぶんと振りまわす。
河川敷に集まる子どもたちは皆貧しく、街の片隅にある長屋に住んでいた。

敷地が広いとはいえ、宮近辺と遠く離れた出入り口の門あたりでは生活水準がまるで違う。

私は芹がご飯を届けてくれ、着るものも母のお下がりでやりくりできた。
何の役にも立たない姫が子どもたちより裕福な暮らしをする。

自分に出来ることがもっとあればいいのに、と歯がゆさを感じながらも文字を教えたりして自己満足に繋げていた。

「イチタはお侍さんになりたいのよね?」

私の問いかけにイチタは無邪気に笑って振り返る。

「そうだよ! お侍さまになればもう少しマシな生活も出来んだろ!?」
「……そっか」
「ナナはおっ母の手に塗るおくすりが欲しい。冬になるとねー、擦り切れて痛いんだって」
「うん。ナナちゃんはたくさんの薬草を知ってるものね。私が教えられちゃってる」

子どもたちの声に私は何一つ答えられない。
胸が痛いばかりで、無力さに歯を食いしばる。

侍になりたいと希望を抱くイチタに対し、どうすれば侍になれるのかを知らない。

男性の領域に疑問を抱いても知る必要がないと、機会すらなかった。

私が出来ることはとても少ない。
私を支えてくれる人はたくさんいるのに、私は何も支えられないことが悔しかった。

(あ……)

河川敷の向こう側を見れば太陽が傾いて空が橙色に染まっている。

横に長い雲の切れ間から光がこぼれ出し、情熱的に川を緋色に輝かせていた。

その色に胸の高鳴りと痛みを感じ、グッと顔に意識を集中させて子どもたちに笑いかけた。

「もう暗くなるから。私も帰るからみんなも気をつけてね」

立ち上がり、子どもたちに手を振って別れを告げる。

暗くならないうちに戻らないと芹に心配をかけてしまうと、そそくさと立ち去ろうとして後ろにぐっと引かれた。

「……ナナちゃん?」
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