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第二章【青の月の章】15歳
第36話「芹にとっての幸せ」
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鬼と戦うなんて過酷なことをしているだけでも心配なのに、その背景を知れば不安になる。
どうにか彼の苦悩を取り除きたいと願っても、私は背伸びをして彼の頬に触れるしか出来ない。
「大丈夫ですよ。ほら、俺も浅葱もピンピンしてますし」
「そう……。そっか……」
浅葱は元気がありすぎるくらい、軽快に動き回る。
鬼狩りのほの暗さなんて微塵にも感じさせない陽気な人だ。
まごつく私の背中を押してくれる、今では一番の友となっていた。
「緋月と浅葱さんがいない時、外に出るにはどうしたらいいかしら」
「……そもそも出ないでくださいよ」
「あはっ」
それは無理な相談だと笑って誤魔化した。
そうしてのん気に庭を抜けて片隅にある家屋に戻ると入り口の方で声がした。
(なにかしら?)
そのまま進もうとして、彼が私の肩を引いて止めた。
目を丸くして彼を見上げれば、鋭い目をして彼が家屋を凝視していた。
どうすればいいかわからず、とりあえず背伸びをして彼の視線を追う。
「お帰りください。もうすぐ姫様が帰ってきますから」
「どうすれば芹さんは結婚を受け入れてくれますか? もう姫君も大きくなられたでしょう?」
「そういう問題ではありません。とにかく、お帰りください。迷惑です」
(芹……?)
顔を赤らめて芹が男の手を振り払えば、男は切ない顔をして芹の肩を掴んだ。
そして唇を重ね、想いを乗せようとした。
一瞬、芹は動きを止めたもののすぐに男の肩を押し、泣きながら家屋に逃げ込んだ。
男は唇をなぞりながら、苦しそうに「芹」と呟いてその場を去っていった。
(どういうこと? 芹、求婚されてたの?)
動揺に心臓が騒ぎ出す。
夕日がさらに沈んで壁の上から差し込んでいた光がフッと消えた。
空はまだ赤く燃えているのに、冷えた風が吹き抜ける。
「姫、戻れますか?」
彼の声にハッとして、慌てて振り返る。
「緋月、知ってたの!?」
薄暗いなかで彼が困ったようにうなずいた。
私は声を詰まらせて、頭の締めつけを誤魔化すように腕をこすった。
(なんで……。そんなこと、芹は一言も……)
いや、気づこうとしなかったのは私だ。
芹の年齢を考えれば遅いくらいだ。
いつのまにか私の存在が芹の枷になっていた。
束縛したくないと願いながらも、私はずっと芹がいなくなることを恐れていた。
今、戻ったところで芹にどんな顔を向ければいいのかわからない。
明らかな動揺はすぐに気づかれてしまう。
一歩を踏み出せずに身を縮めていると、彼が眉尻を下げて私と目線を合わせた。
「俺が姫と出会ってもう五年です。ずいぶんと姫は変わられた」
それほど時が経ったのか、と季節の流れる様を思い浮かべた。
彼と出会うより前に、芹が私の前に現れた。
芹に会う前はまだ母上が生きていて、ささやかにも幸せな日々を送っていた。
悲しみに暮れていた私に手を差し伸べてくれたのは芹だ。
母に世話になったからと、たったそれだけの理由でずっと一緒にいてくれた。
まわりからどう思われるかも犠牲にして、ずっとずっとそばにいた。
私の幸せは芹の自己犠牲で成り立っていたかと思うと、不甲斐なさに泣きそうになった。
「姫のさみしさを、そのままお伝えしてもいいと思いますよ」
穏やかな声色で彼は私の頬に指を滑らせる。
「そんなこと言ったら芹は残るわ。芹だって幸せになってもいいのに」
「……芹さんはそんなに弱くないですよ」
紫紺の瞳を柔らかく細め、彼は私の額にコツンと額を合わせた。
「芹さんの幸せは姫が決めることじゃないです。それだけは忘れないでください」
じわじわと熱さと苦しさがこみ上げてくる。
涙は流すまいと唇を結び、私は小さくうなずいた。
彼は私の髪を撫で、そっと背中を押す。
「気になることは聞く。それが姫の良さですよ」
「……っうん」
いつだって彼は私の欲しい言葉をくれる。
私は、彼のやさしさに応えられている?
芹は私に困っていない?
芹にとっての幸せって何?
――知りたい。
大切な人のことは余すことなく知りたかった。
私は彼に背を向け走り出す。
春一番の風が夜になって吹いた。
どうにか彼の苦悩を取り除きたいと願っても、私は背伸びをして彼の頬に触れるしか出来ない。
「大丈夫ですよ。ほら、俺も浅葱もピンピンしてますし」
「そう……。そっか……」
浅葱は元気がありすぎるくらい、軽快に動き回る。
鬼狩りのほの暗さなんて微塵にも感じさせない陽気な人だ。
まごつく私の背中を押してくれる、今では一番の友となっていた。
「緋月と浅葱さんがいない時、外に出るにはどうしたらいいかしら」
「……そもそも出ないでくださいよ」
「あはっ」
それは無理な相談だと笑って誤魔化した。
そうしてのん気に庭を抜けて片隅にある家屋に戻ると入り口の方で声がした。
(なにかしら?)
そのまま進もうとして、彼が私の肩を引いて止めた。
目を丸くして彼を見上げれば、鋭い目をして彼が家屋を凝視していた。
どうすればいいかわからず、とりあえず背伸びをして彼の視線を追う。
「お帰りください。もうすぐ姫様が帰ってきますから」
「どうすれば芹さんは結婚を受け入れてくれますか? もう姫君も大きくなられたでしょう?」
「そういう問題ではありません。とにかく、お帰りください。迷惑です」
(芹……?)
顔を赤らめて芹が男の手を振り払えば、男は切ない顔をして芹の肩を掴んだ。
そして唇を重ね、想いを乗せようとした。
一瞬、芹は動きを止めたもののすぐに男の肩を押し、泣きながら家屋に逃げ込んだ。
男は唇をなぞりながら、苦しそうに「芹」と呟いてその場を去っていった。
(どういうこと? 芹、求婚されてたの?)
動揺に心臓が騒ぎ出す。
夕日がさらに沈んで壁の上から差し込んでいた光がフッと消えた。
空はまだ赤く燃えているのに、冷えた風が吹き抜ける。
「姫、戻れますか?」
彼の声にハッとして、慌てて振り返る。
「緋月、知ってたの!?」
薄暗いなかで彼が困ったようにうなずいた。
私は声を詰まらせて、頭の締めつけを誤魔化すように腕をこすった。
(なんで……。そんなこと、芹は一言も……)
いや、気づこうとしなかったのは私だ。
芹の年齢を考えれば遅いくらいだ。
いつのまにか私の存在が芹の枷になっていた。
束縛したくないと願いながらも、私はずっと芹がいなくなることを恐れていた。
今、戻ったところで芹にどんな顔を向ければいいのかわからない。
明らかな動揺はすぐに気づかれてしまう。
一歩を踏み出せずに身を縮めていると、彼が眉尻を下げて私と目線を合わせた。
「俺が姫と出会ってもう五年です。ずいぶんと姫は変わられた」
それほど時が経ったのか、と季節の流れる様を思い浮かべた。
彼と出会うより前に、芹が私の前に現れた。
芹に会う前はまだ母上が生きていて、ささやかにも幸せな日々を送っていた。
悲しみに暮れていた私に手を差し伸べてくれたのは芹だ。
母に世話になったからと、たったそれだけの理由でずっと一緒にいてくれた。
まわりからどう思われるかも犠牲にして、ずっとずっとそばにいた。
私の幸せは芹の自己犠牲で成り立っていたかと思うと、不甲斐なさに泣きそうになった。
「姫のさみしさを、そのままお伝えしてもいいと思いますよ」
穏やかな声色で彼は私の頬に指を滑らせる。
「そんなこと言ったら芹は残るわ。芹だって幸せになってもいいのに」
「……芹さんはそんなに弱くないですよ」
紫紺の瞳を柔らかく細め、彼は私の額にコツンと額を合わせた。
「芹さんの幸せは姫が決めることじゃないです。それだけは忘れないでください」
じわじわと熱さと苦しさがこみ上げてくる。
涙は流すまいと唇を結び、私は小さくうなずいた。
彼は私の髪を撫で、そっと背中を押す。
「気になることは聞く。それが姫の良さですよ」
「……っうん」
いつだって彼は私の欲しい言葉をくれる。
私は、彼のやさしさに応えられている?
芹は私に困っていない?
芹にとっての幸せって何?
――知りたい。
大切な人のことは余すことなく知りたかった。
私は彼に背を向け走り出す。
春一番の風が夜になって吹いた。
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