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第三章【青の月の章】16歳
第45話「まるで別人のように冷たかった」
夏の暑さがまだまだ残る風が吹く頃。
私は正々堂々と門から外に出て、河川敷で子どもたちと遊んでいた。
侍になりたいと木刀を振りまわす子もいれば、学が必要だと文字を教えてほしいと言ってくる子もいる。
イチタとナナは勉強熱心で文字を教わろうと積極的だ。
お手玉をして遊んだりするのも楽しいが、子どもたちの成長を見てとれる勉学は教える側としても楽しかった。
「”時羽”!」
「! 緋月!」
相変わらず彼は迎えに来てくれる。
そして芹がいなくなった分、私に一人で外に出ないでくれと口うるさくなった。
まるで芹の意志が彼を乗っ取ったかのようで、おかしくなって笑ってしまった。
子どもたちと別れ、黄昏時から夜へ。
鈴虫の鳴き声はせせらぎ音と混ざり、安心を与えてくれる。
私は彼と会話をしながら、長身の彼の横顔を眺めた。
背伸びをするか、首を伸ばさないと彼を正面から見ることは出来ない。
横顔ならば彼に気づかれない程度に見ることが出来るので、嬉しくなって口角がゆるんだ。
芹が結婚して宮を離れ、浅葱と桃の関係を知り、やけに結婚を意識することが増えた。
まさか自分が求婚されると思っていなかったので、なおさらその話には敏感になる。
(緋月と結婚するとか……そういう望みはあるのかしら)
いや、きっとないだろう。
忘れられた姫とはいえ、私は自分勝手に相手を選べない。
それは先日の求婚を受けて痛いほど実感した。
それに彼は”鬼狩り”であることをネックに思っており、立場をわきまえていると言わんばかりに踏み入ろうとしなかった。
この先も私は年々増す想いを伝えないだろう。
彼がどう想っているかも、きっと聞く日は来ない。
どれだけ言葉を欲しがって、この想いを許されたいと願っても――。
――ざわざわ……。
急に太陽が大地を茜色に染める時間が途切れた。
まだ沈み切るには時間がかかるはずなのに、まるでろうそくの火を消すように一瞬だった。
河川敷沿いでは川のせせらぎ音と風が草木を撫でる音だけ。
さきほどまで鳴いていた鈴虫の気配がない。
空には満月、これから涼しくなって秋へ移ろいゆくだろう。
そのはずが、まるで夏が途切れて冬が訪れたかのように冷たい風が吹いていた。
「時羽姫、俺から離れないでください」
彼が警戒態勢となり、腰にさげていた刀を引き抜いてあたりを見渡す。
私は身を小さくして彼の背に隠れていた。
ザザっと茂みを駆ける音がして、彼はほとんど視界が見えないなかで迷わず刀を振り、身軽に宙に飛んだ。
動作としてはいくつもあるはずなのに、彼の動きはまるで時間の経過を感じない。
あまりに早く、手慣れた様子だ。
短い断末魔が数体あがり、私は耳を塞いで縮こまるしか出来なかった。
「もう大丈夫です」
耳を塞ぐ私の手に彼がそっと触れ、ゆっくりと耳から離す。
真っ暗だった世界に月が浮かび、沈む寸前の対応が群青に橙色の線を走らせていた。
「緋月……」
ほんのわずかなこと、光が戻って彼の顔を見たときは目を疑った。
まばたきをすればいつもどおりの彼がいて、見間違いだったかと彼から目を反らす。
(目が赤かった? まるで別人のように冷たかった……)
好きな人が違う人に見えたなんて、そんな人でなしの思い込みは消し去ろう。
たしかに今、彼は私を守ってくれた。
怖気づくのは彼に対して失礼だと、身の震えを無視して彼に微笑んだ。
「ありがとう、緋月。……今のって」
「鬼です」
問いかけるより先に彼は答えた。
「ふぅ」と長い息を吐いて刀を鞘に戻す。
普段の交流では気づけない彼の異常な身体能力。
暗闇で見えなくても彼が”強すぎる”ことは理解した。
これが鬼狩りというお役目についた人の孤独かもしれないと思うと涙が浮かんだ。
「怖くない?」
背伸びをして彼の頬に触れれば、ぴくっと痙攣するのが指先に伝わった。
「怖くありませんよ。これが俺の役目ですから」
冷たい手が私の手に重なる。
おだやかな声で話しているのに、私には彼がもの寂しい子どもに見えた。
「鬼狩りはどうしてそこまで忌み嫌われるの?」
こんなことを聞いてもいいのか。
背伸びをしたまま私は彼の瞳をまっすぐに見つめる。
「鬼から国を守る立派な務めよ。どうして隠さなくちゃいけないの?」
「……前にも言いましたが、鬼狩りは汚れ仕事です。汚い者を褒める理由はありません」
「汚れてない。汚れてるはずがない。だってこの手は何度も私を守ってくれたわ」
鬼に襲われた時だけでない。
日々の平穏な暮らし、悲しみに暮れるときに傍にいてくれたこと。
すべてが私が生きていく理由となり、守られてきた。
私を大切にしてくれるこの手をどうして汚いと言えるのか。
私だけでなく、国を守る大切な役割を果たす人たちに失礼なことと憤りを感じた。
「姫は名ばかり。忘れられてなくても発言力なんてないわ。ただ駒として動くだけ。それでも国を動かすきっかけにはなれるわ」
「……時羽姫は、あの男と結婚したかったのですか?」
私は正々堂々と門から外に出て、河川敷で子どもたちと遊んでいた。
侍になりたいと木刀を振りまわす子もいれば、学が必要だと文字を教えてほしいと言ってくる子もいる。
イチタとナナは勉強熱心で文字を教わろうと積極的だ。
お手玉をして遊んだりするのも楽しいが、子どもたちの成長を見てとれる勉学は教える側としても楽しかった。
「”時羽”!」
「! 緋月!」
相変わらず彼は迎えに来てくれる。
そして芹がいなくなった分、私に一人で外に出ないでくれと口うるさくなった。
まるで芹の意志が彼を乗っ取ったかのようで、おかしくなって笑ってしまった。
子どもたちと別れ、黄昏時から夜へ。
鈴虫の鳴き声はせせらぎ音と混ざり、安心を与えてくれる。
私は彼と会話をしながら、長身の彼の横顔を眺めた。
背伸びをするか、首を伸ばさないと彼を正面から見ることは出来ない。
横顔ならば彼に気づかれない程度に見ることが出来るので、嬉しくなって口角がゆるんだ。
芹が結婚して宮を離れ、浅葱と桃の関係を知り、やけに結婚を意識することが増えた。
まさか自分が求婚されると思っていなかったので、なおさらその話には敏感になる。
(緋月と結婚するとか……そういう望みはあるのかしら)
いや、きっとないだろう。
忘れられた姫とはいえ、私は自分勝手に相手を選べない。
それは先日の求婚を受けて痛いほど実感した。
それに彼は”鬼狩り”であることをネックに思っており、立場をわきまえていると言わんばかりに踏み入ろうとしなかった。
この先も私は年々増す想いを伝えないだろう。
彼がどう想っているかも、きっと聞く日は来ない。
どれだけ言葉を欲しがって、この想いを許されたいと願っても――。
――ざわざわ……。
急に太陽が大地を茜色に染める時間が途切れた。
まだ沈み切るには時間がかかるはずなのに、まるでろうそくの火を消すように一瞬だった。
河川敷沿いでは川のせせらぎ音と風が草木を撫でる音だけ。
さきほどまで鳴いていた鈴虫の気配がない。
空には満月、これから涼しくなって秋へ移ろいゆくだろう。
そのはずが、まるで夏が途切れて冬が訪れたかのように冷たい風が吹いていた。
「時羽姫、俺から離れないでください」
彼が警戒態勢となり、腰にさげていた刀を引き抜いてあたりを見渡す。
私は身を小さくして彼の背に隠れていた。
ザザっと茂みを駆ける音がして、彼はほとんど視界が見えないなかで迷わず刀を振り、身軽に宙に飛んだ。
動作としてはいくつもあるはずなのに、彼の動きはまるで時間の経過を感じない。
あまりに早く、手慣れた様子だ。
短い断末魔が数体あがり、私は耳を塞いで縮こまるしか出来なかった。
「もう大丈夫です」
耳を塞ぐ私の手に彼がそっと触れ、ゆっくりと耳から離す。
真っ暗だった世界に月が浮かび、沈む寸前の対応が群青に橙色の線を走らせていた。
「緋月……」
ほんのわずかなこと、光が戻って彼の顔を見たときは目を疑った。
まばたきをすればいつもどおりの彼がいて、見間違いだったかと彼から目を反らす。
(目が赤かった? まるで別人のように冷たかった……)
好きな人が違う人に見えたなんて、そんな人でなしの思い込みは消し去ろう。
たしかに今、彼は私を守ってくれた。
怖気づくのは彼に対して失礼だと、身の震えを無視して彼に微笑んだ。
「ありがとう、緋月。……今のって」
「鬼です」
問いかけるより先に彼は答えた。
「ふぅ」と長い息を吐いて刀を鞘に戻す。
普段の交流では気づけない彼の異常な身体能力。
暗闇で見えなくても彼が”強すぎる”ことは理解した。
これが鬼狩りというお役目についた人の孤独かもしれないと思うと涙が浮かんだ。
「怖くない?」
背伸びをして彼の頬に触れれば、ぴくっと痙攣するのが指先に伝わった。
「怖くありませんよ。これが俺の役目ですから」
冷たい手が私の手に重なる。
おだやかな声で話しているのに、私には彼がもの寂しい子どもに見えた。
「鬼狩りはどうしてそこまで忌み嫌われるの?」
こんなことを聞いてもいいのか。
背伸びをしたまま私は彼の瞳をまっすぐに見つめる。
「鬼から国を守る立派な務めよ。どうして隠さなくちゃいけないの?」
「……前にも言いましたが、鬼狩りは汚れ仕事です。汚い者を褒める理由はありません」
「汚れてない。汚れてるはずがない。だってこの手は何度も私を守ってくれたわ」
鬼に襲われた時だけでない。
日々の平穏な暮らし、悲しみに暮れるときに傍にいてくれたこと。
すべてが私が生きていく理由となり、守られてきた。
私を大切にしてくれるこの手をどうして汚いと言えるのか。
私だけでなく、国を守る大切な役割を果たす人たちに失礼なことと憤りを感じた。
「姫は名ばかり。忘れられてなくても発言力なんてないわ。ただ駒として動くだけ。それでも国を動かすきっかけにはなれるわ」
「……時羽姫は、あの男と結婚したかったのですか?」
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