青い月の裏切りは時を越えて〜記憶喪失の姫君は約束を果たすために運命を歪める〜

和澄 泉花

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第三章【青の月の章】16歳

第51話「風がない。赤い夜へ」

「夕日がキレイねー」

河川敷沿いに歩き、西に沈んでいく太陽に目を細める。

「川もキラキラ光ってますよ~!」
「あ、本当だ。真珠が散らばってみるみたい」

雲が長く長く横に流れ、夜に向かっているからか色が薄暗い。

(せせらぎがよく聞こえる。まるで他の音が消えたみたいに……)

そこまで思って違和感に足を止める。

(風がない)

空を見上げれば目で追えるほどの速さで雲が黒く飲まれていく。

この時間になればカラスが集団で鳴きながら飛んでいるはずなのに、今は鈴虫の震える音さえない。

(なにこれ、こわい……)

「姫様。芹さんのところへお戻りください」
「桃さん?」

緊迫した声に胸が締めつけられ、息が詰まる。

「早く!!」

桃らしくない怒声に驚いているうちに空が赤褐色に染まる。
光とほぼ同時に雷が落下し、地面がガタガタと縦揺れした。

「きゃあああっ!!」

あまりの轟音に頭を抱え、足が地面に縫われたかのように動くことが出来ない。

小さな竜巻が発生し、今までの無風が噓のように吹き荒れて髪が上に引っ張られた。

『久しいな、ツクヨミの姫』

(この鬼は……!)

見たことがある、と恐ろしさに背筋が震える。

暗紅色のザンバラ頭にほおずきのような瞳、白眼の代わりに黒色が囲んでいた。

(緋月が倒したんじゃなかったの?)

突然、宮に現れた鬼。
あの後、宮中に出たと騒ぎにもなることなく、私と緋月だけが知る出来事だ。

赤い瞳は一切の光がなく、ただ底の深い血だまりのようだった。

「急に何なの……! 離して!」
『今宵は多くの道化が宮に集まってるんだよなぁ』

この声は頭に直接響く鈍い音のようだ。

頭痛に眉をひそめ、負けていられないと足をばたつかせれば鬼は面白おかしそうに笑った。

(どうしようっ……! 桃さんまで危ない!)

先ほどの落雷で下は砂煙がたちこめており、視界がハッキリしない。

桃の姿も見つけられないと焦っていると、砂煙から数本クナイが飛んできて鬼に届きそうだ。

それを退屈そうに手を振って、長い爪で薙ぎ払う。

バラバラと落ちるクナイを見下ろしていると、その影に隠れて桃が勢いよく飛び出してきた。

「桃さんっ!」
「はああっ!!」

大きく足を振り上げ、鬼の頭を狙う。
鬼はニヤリと牙をみせて笑うと、何のためらいもなくパッと両手をあげた。

支えをなくした私の身体が重力に負けてあっさりと落ちていく。

鬼に攻撃を食らわそうとしていた桃が、即座に体勢を変えて空中を蹴り飛ばし私に手を伸ばす。

「姫様っ!!」

グッと桃は私の手を掴むと、細腕に筋を巡らせて私を引き上げる。

強い衝撃とともに地面に着地し、桃は私をおろすと前に出て両手にクナイを構えた。

「芹さんのところへ! ここはあたしが戦います!」
「桃さ……」
「早く!!」

ここでまごついても桃の負担になるだけだ。
私は裾を引っ張り上げ、走りやすい状態にして走り出す。

「すぐに助けを呼ぶから!」

桃は一瞬こちらを見て、凛とした”鬼狩り”の顔をして微笑んだ。

いつもはほわほわしており、少し芹に似てきて怒りっぽくなっていた桃がまるで別人だ。

あの細い腕も一瞬にして筋肉の動きが変わり、足腰も衝撃にビクともしない強さになっていた。

今まで彼と浅葱しか見たことがなく、異様な身体能力だとは思っていたが、同性の桃ですら立派な戦闘要員になっている。

あれで支援側の者とは考えられない力強さだ。

(どうしよう、どうしよう! 鬼狩りだから大丈夫なの!?)

あんなにも恐ろしい鬼を相手に戦っていると想像するだけで吐きそうだ。

目が合った瞬間、まるで灼熱と極寒の両方に打ちのめされる恐怖を味わった。

(あの鬼だけ!? 他にも出ているの!? 宮がどうとか言ってたけど……!)

何もわからない。
後ろから激しい戦いの音が聞こえるが振り向く余裕もない。

一心不乱に走って、芹のもとに戻って助けを呼ばなくては。
いろんな疑問が頭の中に浮かんでは答えを得ないまま消えていった。



(赤い……)

走って走って、後ろから争いの音が聞こえなくなった頃。
前方に夜空でもハッキリと見て取れる炎が燃え上がっていた。
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