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第三章【青の月の章】16歳
第52話「堕ちる。絶望。赤い月」
(芹……!)
頭から冷たい汗が吹き出る。
締めつけられたように痛い。
目を疑いたくなる光景に私は呼吸を乱して足を大きく前に出した。
燃えていたのは芹たちの家だった。
「芹ーーっ!!」
パチパチと木が燃える音、充満する焦げた匂い。
夜空に溶けていく黒い煙と、浮き出るような赤。
先ほどまで笑いあっていた場所とは思えない木片の山がそこにあった。
「芹っ! 芹っ!!」
私はなりふり構わず火の中に飛び込んで、口元を抑えながらかすむ視界で芹を探す。
チリチリと喉が焼けだし、灰を吸い込んで頭がクラクラする。
少しでも酸素を確保しなくてはいけないのに、冷静になることが出来なくて自分を傷つけて叫ぶしかない。
何がなんだかわからない。
私は何を恐れているのか、それも言語化できずに泣いて叫んでいた。
「芹っ!!」
ようやく木片の下敷きになる芹を発見し、私は火を踏みつけて駆け寄った。
かろうじてまだ火が回っておらず、歯を食いしばって崩れた柱を分けて芹を引っ張り出す。
「と……わさ……」
「遅くなってごめんね! すぐに助けるから! 煙吸わないよう口を覆って!」
芹の腕を肩にまわし、なるべく低い体勢で前へ前へと進み、火から抜け出そうとする。
喉が潰れてしまいそうだ。
ここから出ればすぐに河川敷におりて、まずは酸素を確保してそのあとは水で……。
どうするのが正しいのかわからない。
ただただ芹を助けたい。
怖いという感情より、何とかしなくてはと芹の安全を得ることしか考えてなかった。
メラメラと燃える家屋から逃げ出すと、人が集まってきたようで全員で消火活動にあたっていた。
川から桶をまわして水をかけていくが、巨大な炎を前にしてはあまりに微力だ。
やっとの思いで抜け出し、芹を安全なところまで連れると二人で倒れ込む。
「おい! 無事だぞ!! 他に逃げ遅れた奴はいないかー!?」
近隣の住人が目まぐるしい状況に叫んでは必死に消化にあたる。
思考が働かないなかで視界に映る光景に胸を大きく起伏させた。
女性が着物の前をゆるめて呼吸しやすいようにしてくれる。
私は朦朧とする意識の中で顔を芹に向けた。
「芹……。大丈夫……?」
先ほどよりは呼吸がしやすくなった。
チカッと光っては黒に染まる視界のなかで私は芹だけを一心に見つめた。
「と……さま……。すみ……ん。せっかくの……レイなお顔が……」
「何言ってるの……。芹こそ……」
か弱い声しか出せない私と、消え入りそうな声の芹。
芹の顔は煤に汚れ、額や首元とあちこちを火傷しているようだ。
周りの人たちが精一杯動いてくれているが、だんだんとその動きが遅くなっていく。
「芹……。家に戻ろ……? お医者様に見てもらお? お父様にお願いすればきっといいお医者さまに……」
「夢を……見てお……した……」
「芹? なんて?」
「とわ……まが、わ……の、子を……いてる夢を……」
「夢? 子って、芹の……?」
息が途切れる。
胸の起伏がない。
上を向いていた顔がぎこちない動きで私に向けられる。
涙に濡れた目元を細め、芹は少女のように愛らしく微笑んだ。
「宵花様……。会い……った……」
言葉は続かない。
「芹……?」
まわりの騒がしさが耳に入ってこない。
空は赤く燃えているのに、私の目には色褪せた世界。
「芹……。ねぇ、芹……」
手を伸ばしたいのに身体が動かない。
痛いわけでもないのに私はどうして身動き一つとれないの?
ひゅっと息が喉を圧迫し、生理的に涙があふれ出し、胸が勝手にビクンビクンと跳ねた。
いつもは華やかでまぶしいお月見の夜、甘いお団子を食べて笑いあう幸せな日。
どうしてそんな日に月が真っ黒な煙に隠れてしまって、雲はそんな風に炎を灯すの?
芹の声が聞こえないの。
視界が落ちる。
何もわからないまま、私は暗闇に突き落とされた。
頭から冷たい汗が吹き出る。
締めつけられたように痛い。
目を疑いたくなる光景に私は呼吸を乱して足を大きく前に出した。
燃えていたのは芹たちの家だった。
「芹ーーっ!!」
パチパチと木が燃える音、充満する焦げた匂い。
夜空に溶けていく黒い煙と、浮き出るような赤。
先ほどまで笑いあっていた場所とは思えない木片の山がそこにあった。
「芹っ! 芹っ!!」
私はなりふり構わず火の中に飛び込んで、口元を抑えながらかすむ視界で芹を探す。
チリチリと喉が焼けだし、灰を吸い込んで頭がクラクラする。
少しでも酸素を確保しなくてはいけないのに、冷静になることが出来なくて自分を傷つけて叫ぶしかない。
何がなんだかわからない。
私は何を恐れているのか、それも言語化できずに泣いて叫んでいた。
「芹っ!!」
ようやく木片の下敷きになる芹を発見し、私は火を踏みつけて駆け寄った。
かろうじてまだ火が回っておらず、歯を食いしばって崩れた柱を分けて芹を引っ張り出す。
「と……わさ……」
「遅くなってごめんね! すぐに助けるから! 煙吸わないよう口を覆って!」
芹の腕を肩にまわし、なるべく低い体勢で前へ前へと進み、火から抜け出そうとする。
喉が潰れてしまいそうだ。
ここから出ればすぐに河川敷におりて、まずは酸素を確保してそのあとは水で……。
どうするのが正しいのかわからない。
ただただ芹を助けたい。
怖いという感情より、何とかしなくてはと芹の安全を得ることしか考えてなかった。
メラメラと燃える家屋から逃げ出すと、人が集まってきたようで全員で消火活動にあたっていた。
川から桶をまわして水をかけていくが、巨大な炎を前にしてはあまりに微力だ。
やっとの思いで抜け出し、芹を安全なところまで連れると二人で倒れ込む。
「おい! 無事だぞ!! 他に逃げ遅れた奴はいないかー!?」
近隣の住人が目まぐるしい状況に叫んでは必死に消化にあたる。
思考が働かないなかで視界に映る光景に胸を大きく起伏させた。
女性が着物の前をゆるめて呼吸しやすいようにしてくれる。
私は朦朧とする意識の中で顔を芹に向けた。
「芹……。大丈夫……?」
先ほどよりは呼吸がしやすくなった。
チカッと光っては黒に染まる視界のなかで私は芹だけを一心に見つめた。
「と……さま……。すみ……ん。せっかくの……レイなお顔が……」
「何言ってるの……。芹こそ……」
か弱い声しか出せない私と、消え入りそうな声の芹。
芹の顔は煤に汚れ、額や首元とあちこちを火傷しているようだ。
周りの人たちが精一杯動いてくれているが、だんだんとその動きが遅くなっていく。
「芹……。家に戻ろ……? お医者様に見てもらお? お父様にお願いすればきっといいお医者さまに……」
「夢を……見てお……した……」
「芹? なんて?」
「とわ……まが、わ……の、子を……いてる夢を……」
「夢? 子って、芹の……?」
息が途切れる。
胸の起伏がない。
上を向いていた顔がぎこちない動きで私に向けられる。
涙に濡れた目元を細め、芹は少女のように愛らしく微笑んだ。
「宵花様……。会い……った……」
言葉は続かない。
「芹……?」
まわりの騒がしさが耳に入ってこない。
空は赤く燃えているのに、私の目には色褪せた世界。
「芹……。ねぇ、芹……」
手を伸ばしたいのに身体が動かない。
痛いわけでもないのに私はどうして身動き一つとれないの?
ひゅっと息が喉を圧迫し、生理的に涙があふれ出し、胸が勝手にビクンビクンと跳ねた。
いつもは華やかでまぶしいお月見の夜、甘いお団子を食べて笑いあう幸せな日。
どうしてそんな日に月が真っ黒な煙に隠れてしまって、雲はそんな風に炎を灯すの?
芹の声が聞こえないの。
視界が落ちる。
何もわからないまま、私は暗闇に突き落とされた。
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