青い月の裏切りは時を越えて〜記憶喪失の姫君は約束を果たすために運命を歪める〜

和澄 泉花

文字の大きさ
57 / 83
第三章【青の月の章】16歳

第57話「私から緋月を奪わないで」

涙を浮かべて振り返れば、赤色を背負った彼の切なく儚い微笑みがあった。

「ひづ……」
「すみません。冷静さに欠いてました。こんなのは時羽姫の心を無視している」
「違う。私が弱いから。もう私には守れるものが少ないのっ……!」

失うばかり。
彼を縛りつければ私はきっといつか、自分を殺したいほどに許せなくなる。

少しずつ私の心は箱に仕舞っていくから、私の意地が消えるまで彼に触れてほしくなかった。

「お願い……。ここはお母さまと芹と生きた場所なの。緋月までいなくならないで」

矛盾でしかない。
いなくなってほしくないのに、言葉は突き放している。

彼が絶対に私を見捨てないと知っていて、不安定な心で駆け引きをするあざとい女だ。

「私は永遠に返ってこない答えを待っているの。たくさんの人に愛されて幸せなのに、何一つ守れない」

何が姫だ、大切な人を守れない身分に何の意味がある?

そう葛藤しながらも結局は”姫であること”を手放せない惨めな姫だった。

「私から緋月を奪わないで。どうか……今のままで許して」

沈黙を貫いてきた彼がなぜこのタイミングで口を開いたのか。

その唇が、指先が、私に”女”を求めた。

答えられない私に彼がどうするかわかっているから、最低な言葉を重ねていく。

「俺はずっと姫のそばにいます。姫がちゃんと答えを出せるまで。何があっても何度でも時羽姫に会いに来ます」
「うん。……ありがとう」

彼と出会って六年の月日が流れた。
どんな風に笑って、何に憤りを感じ、心細さに微笑むかを知っている。

私は首に指先をあて、涙がこぼれないうちに彼に背を向けた。

息を切らして家屋に入り、心配して待っていた桃に抱きついた。

彼のさみしさに寄り添えない。
知りたいことはたくさんあるのに、彼に触れるまでには時間が足りなかった。

鬼への憎しみ、愛情の欠如、たくさんの苦しそうな声。

何かできるはずなのに何もできない無力さを受け入れられるまで、私は彼の手を取れなかった。



***

それからも彼は私のもとに顔を出してくれた。

ここ最近は鬼狩りの務めが多いらしく、以前より頻度は減ったがそれがちょうどよかった。

お互いに言葉数が減り、彼の顔を見るたびに胸が痛む。

下手くそに笑っていると自分でも感じるのだから、彼には弱い小動物に見えているだろう。

あの木彫りの兎はどんな瞳をしていたか。

気になればすぐにフタを開けていたのに、同じ色の瞳をまぶた越しに触れるようになっていた。

「イチタくん、みんな。久しぶり」
「「時羽ねーちゃん」」

ずいぶんと外に出ていなかったので、子どもたちに会うのはいつぶりかと遠い記憶に微笑んだ。

桃が少し離れたところで見守っている。

回復力の高さが桃の傷を完治させたが、あまり無理をさせたくないと申し訳なくなる。

寄る辺なさに添える程度だが、護身用に短刀を持つようにして”負けてたまるか”と意思表示をした。

「あれ? 今日はナナちゃんいないの?」

ナナだけでない。
見慣れた子どもたちの顔ぶれが変わっている。
いなくなった子、新しく増えた幼い子。

私は膝を抱えてしゃがみ込み、うつむくイチタと目線をあわせた。

「ナナは……死んだ」
「えっ?」
「ナナだけじゃない。他のやつらも、みんな死んじまった」

どうして、と聞けなかった。

心急くままにイチタを抱き寄せて、悲痛な思いを私にぶつけさせた。

「前から飯食えねぇやつらが多くて。それだけじゃなくって、鬼に襲われたときに死んだり、病気になっちまったりして……」
「……うん。ごめんね」
「なんで時羽ねーちゃんが謝るんだよ」
「そうだね。……生きててよかった」

背中をポンポンと撫でればイチタは声をあげて泣き出し、他の子どもたちもつられて泣きじゃくった。

私は抱きしめるしか出来ず、ナナたちの笑顔を思い浮かべて下唇をかみしめた。

また、零れ落ちた。
また、無力だった。

何も出来ないのだからひっそりとしていればいいのに、あの日の芹が忘れられない。
失いたくない人が私を置いていなくなる。

この嘆きは一生消えることはないだろう。
永遠に答えを得られず、永遠にこの手は大切なものをとりこぼす――。
感想 2

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

すべてはあなたの為だった~狂愛~

矢野りと
恋愛
膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。 愛しているのは君だけ…。 大切なのも君だけ…。 『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』 ※設定はゆるいです。 ※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。

【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない

ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。 公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。 旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。 そんな私は旦那様に感謝しています。 無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。 そんな二人の日常を書いてみました。 お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m 無事完結しました!

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

私の存在

戒月冷音
恋愛
私は、一生懸命生きてきた。 何故か相手にされない親は、放置し姉に顎で使われてきた。 しかし15の時、小学生の事故現場に遭遇した結果、私の生が終わった。 しかし、別の世界で目覚め、前世の知識を元に私は生まれ変わる…

王弟が愛した娘 —音に響く運命—

Aster22
恋愛
弟を探す旅の途中、身分を隠して村で薬師として生きていたセラは、 ハープの音に宿る才を、名も知らぬ貴族の青年――王弟レオに見初められる。 互いの立場を知らぬまま距離を縮めていく二人。 だが、ある事件をきっかけに、セラは彼の屋敷で侍女として働くことになり、 知らず知らずのうちに国を巻き込む陰謀へと引き寄せられていく。 人の生まれは変えられない。 それでも、何を望み、何を選ぶのかは、自分で決められる。 セラが守ろうとするものは、弟か、才か、それとも―― キャラ設定・世界観などはこちら       ↓ https://kakuyomu.jp/my/news/822139840619212578

もう一度、君を好きになる時間

なべぞう
恋愛
結婚後、夫とのすれ違いと孤独な生活の中で心身を壊し、若くして病死した女性・相沢美月。 後悔だけを残して人生を終えたはずの彼女は、目を覚ますと――大学時代へと時間が巻き戻っていた。 二度目の人生を得た美月は決意する。 「今度こそ、自分を大切にして生きる」と。 前の人生で結婚した元恋人・恒一との再会。 しかし、同じ未来を辿るつもりはない。 そんな中、前の人生では出会うことのなかった青年・三浦との出会いが、彼女の未来を少しずつ変えていく。 「我慢すること」が正解だと思っていた彼女は、二度目の人生で初めて自分の幸せを選び取る勇気を学んでいく。 ――人は、やり直せたなら本当に幸せになれるのか? 失敗した人生をもう一度歩き直す、一人の女性の再生と恋、そして本当の愛を見つける物語

亡き姉を演じ初恋の人の妻となった私は、その日、“私”を捨てた

榛乃
恋愛
伯爵家の令嬢・リシェルは、侯爵家のアルベルトに密かに想いを寄せていた。 けれど彼が選んだのはリシェルではなく、双子の姉・オリヴィアだった。 二人は夫婦となり、誰もが羨むような幸福な日々を過ごしていたが――それは五年ももたず、儚く終わりを迎えてしまう。 オリヴィアが心臓の病でこの世を去ったのだ。 その日を堺にアルベルトの心は壊れ、最愛の妻の幻を追い続けるようになる。 そんな彼を守るために。 そして侯爵家の未来と、両親の願いのために。 リシェルは自分を捨て、“姉のふり”をして生きる道を選ぶ。 けれど、どれほど傍にいても、どれほど尽くしても、彼の瞳に映るのはいつだって“オリヴィア”だった。 その現実が、彼女の心を静かに蝕んでゆく。 遂に限界を越えたリシェルは、自ら命を絶つことに決める。 短剣を手に、過去を振り返るリシェル。 そしていよいよ切っ先を突き刺そうとした、その瞬間――。