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第三章【青の月の章】16歳
第66話「裏切り。さよなら」
「娘よ。この国の姫。お前ほどの身分ならば神にふさわしい。民たちも安心し、豊作となることだろう」
事実上の死、だが神に求められたとなればその先があるかもしれない。
凶作に生贄を差し出すことはよくあること。
帝の命令に対し、私に断る術はない。
「喜んでお引き受けいたします。……この身が国の礎とならんことをお祈りいたします」
畳に手をつき、深々と頭を下げる。
こう返答するしかなかった。
私の命とはなんとあっけなく終わるのかと嘆きたいところだが、どうしても彼のことが頭に過る。
約束を果たしたい。
彼に会いに行きたいのにこの身は思うがままにならない。
(緋月。緋月っ……! あなたに会いたい!)
私のもとに帰ってきた彼を抱きしめて、私は姫であることを捨てる気でいたのに――!
――捨てきれなかった願いが、私の意志を捻じ曲げた。
帝が立ち上がり、家臣たちの制止もきかずに私の前で片膝をつき、近くで視線をかわす。
「すまぬな、時羽。あぁ、お前は宵花によく似ておるな」
「あ……」
心が崩れるのもまた、一瞬だ。
悲願が実れば途端に母が恋しくなった。
もし、神が供物を望んでいるのだとしたらその先に母と芹がいるかもしれない。
姫として役に立ちたいと願い、無力に嘆いた日々。
たしかに出来ることはあるはずなのに、私は守られるだけで何も守れていなかった。
「母を……愛しておりましたか?」
そんな苦しい日々に、母という存在はあまりに甘い蜜だ。
「愛してた。……たしかに、愛してた」
父が母を想った瞬間がある。
私はちゃんと姫としてここにいたと、輪郭のない証明に全力で口角をあげた。
「はいっ……! ありがとうございます。それが聞けて私は……!」
”あぁ、崩れてしまう”
願いが叶ってしまえば私は何を目指して生きればいいのか。
いや、もう生きる必要がない。
私は姫であり、ただの時羽としては生きられなかった。
彼との約束を果たしたいという想いは、抱いてはいけないものだった。
(姫としてお役に立てる。ようやく必要としてもらえた)
誰の目にも止まらない日々、緋月が私を見つけてくれた。
みんなに愛されて幸せだったのに、欲張りな私はさみしさを消せなかった。
父の目に映り、母を思い出してくれたことで私の足元は崩れてしまった。
これを満たされたと呼ぶべきか、あきらめたと言うべきか。
そんな答えは持ちあわせていなかった。
ただようやく姫として国の礎となり、民のために役立てる。
父に認めてもらいたくて、姫として生きようとした日々に決着がついた。
(そう、これは名誉。素晴らしい抜擢なんだから)
***
それから私は儀式のため、元の場所に戻ることはなかった。
桃とはそれきりで、この先二度と会うことはない。
最後に私は民の前に出て、神の供物となることを告げて希望となる。
本当に最後の葛藤だったのかもしれない。
「緋月……」
こんなにも情けない承認欲求は誰も知らない。
(お母さま! 芹っ! 私、私はっ――!)
手足が重たくて、喉がヒリヒリして、がむしゃらに叫びたかった。
”父に必要としてもらえるなら、私は喜んでこの身を神に捧ぐ”
(これで民を守れる。……鬼に対抗できるんだ)
ニヤリと歪んだ笑みを空に向ける。
四月末日、青い満月が浮かぶ日。
私は彼との約束を破ることを決断した。
自分の心がわからなくなり、楽になりたい一心ですべてを裏切った。
愛情に背を向けて、まがいものに手を伸ばした愚かな姫は”自分を裏切った”のだった。
四月末日、私は豊穣の儀式で神への供物となる。
儀式が着々と行われるなか、私は民の前に姿を見せて現状を目に焼きつける。
「あぁ、姫様。ありがとうございます。どうかわたくしどもをお救いください」
たくさんの声が私に投げられる。
それを一つ一つ受け止めて、私は民の顔を見渡した。
(イチタくん……!)
ナナを亡くしたイチタを見つけ、私はジッとイチタを見つめる。
「時羽ねーちゃん、ありがとう!」
その時に返ってきた言葉に私の中で”カチッ”と音が鳴った。
(あぁ……私は……)
”――私は姫なんだ――”
そして私は神への供物となり、暗闇の中でツクヨミと出会った。
事実上の死、だが神に求められたとなればその先があるかもしれない。
凶作に生贄を差し出すことはよくあること。
帝の命令に対し、私に断る術はない。
「喜んでお引き受けいたします。……この身が国の礎とならんことをお祈りいたします」
畳に手をつき、深々と頭を下げる。
こう返答するしかなかった。
私の命とはなんとあっけなく終わるのかと嘆きたいところだが、どうしても彼のことが頭に過る。
約束を果たしたい。
彼に会いに行きたいのにこの身は思うがままにならない。
(緋月。緋月っ……! あなたに会いたい!)
私のもとに帰ってきた彼を抱きしめて、私は姫であることを捨てる気でいたのに――!
――捨てきれなかった願いが、私の意志を捻じ曲げた。
帝が立ち上がり、家臣たちの制止もきかずに私の前で片膝をつき、近くで視線をかわす。
「すまぬな、時羽。あぁ、お前は宵花によく似ておるな」
「あ……」
心が崩れるのもまた、一瞬だ。
悲願が実れば途端に母が恋しくなった。
もし、神が供物を望んでいるのだとしたらその先に母と芹がいるかもしれない。
姫として役に立ちたいと願い、無力に嘆いた日々。
たしかに出来ることはあるはずなのに、私は守られるだけで何も守れていなかった。
「母を……愛しておりましたか?」
そんな苦しい日々に、母という存在はあまりに甘い蜜だ。
「愛してた。……たしかに、愛してた」
父が母を想った瞬間がある。
私はちゃんと姫としてここにいたと、輪郭のない証明に全力で口角をあげた。
「はいっ……! ありがとうございます。それが聞けて私は……!」
”あぁ、崩れてしまう”
願いが叶ってしまえば私は何を目指して生きればいいのか。
いや、もう生きる必要がない。
私は姫であり、ただの時羽としては生きられなかった。
彼との約束を果たしたいという想いは、抱いてはいけないものだった。
(姫としてお役に立てる。ようやく必要としてもらえた)
誰の目にも止まらない日々、緋月が私を見つけてくれた。
みんなに愛されて幸せだったのに、欲張りな私はさみしさを消せなかった。
父の目に映り、母を思い出してくれたことで私の足元は崩れてしまった。
これを満たされたと呼ぶべきか、あきらめたと言うべきか。
そんな答えは持ちあわせていなかった。
ただようやく姫として国の礎となり、民のために役立てる。
父に認めてもらいたくて、姫として生きようとした日々に決着がついた。
(そう、これは名誉。素晴らしい抜擢なんだから)
***
それから私は儀式のため、元の場所に戻ることはなかった。
桃とはそれきりで、この先二度と会うことはない。
最後に私は民の前に出て、神の供物となることを告げて希望となる。
本当に最後の葛藤だったのかもしれない。
「緋月……」
こんなにも情けない承認欲求は誰も知らない。
(お母さま! 芹っ! 私、私はっ――!)
手足が重たくて、喉がヒリヒリして、がむしゃらに叫びたかった。
”父に必要としてもらえるなら、私は喜んでこの身を神に捧ぐ”
(これで民を守れる。……鬼に対抗できるんだ)
ニヤリと歪んだ笑みを空に向ける。
四月末日、青い満月が浮かぶ日。
私は彼との約束を破ることを決断した。
自分の心がわからなくなり、楽になりたい一心ですべてを裏切った。
愛情に背を向けて、まがいものに手を伸ばした愚かな姫は”自分を裏切った”のだった。
四月末日、私は豊穣の儀式で神への供物となる。
儀式が着々と行われるなか、私は民の前に姿を見せて現状を目に焼きつける。
「あぁ、姫様。ありがとうございます。どうかわたくしどもをお救いください」
たくさんの声が私に投げられる。
それを一つ一つ受け止めて、私は民の顔を見渡した。
(イチタくん……!)
ナナを亡くしたイチタを見つけ、私はジッとイチタを見つめる。
「時羽ねーちゃん、ありがとう!」
その時に返ってきた言葉に私の中で”カチッ”と音が鳴った。
(あぁ……私は……)
”――私は姫なんだ――”
そして私は神への供物となり、暗闇の中でツクヨミと出会った。
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