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【繰り返す月の章】緋色と蒼月
第70話「約束。裏切られた」
***
走り続けて空は深い藍色に染まる。
昼を欺くように光る青い満月が空に浮かんでおり、まるで落ちてきそうなくらい大きく見えた。
(約束。そう、約束だ。姫を連れて自由になると決めた)
たしかに心は通じていた。
姫の憂いは知っているが、ともに重ねた日々は裏切らない。
神への供物になる流れは避けられなくても、姫はどこかで待っているはずだ。
豊穣の儀式は最後、姫が一人になるタイミングがある。
石段をのぼり、鳥居をくぐって奥まったところに一人で歩いていく。
そこは神域とされ、誰も立ち寄ることが出来ない。
足を踏み入れることが出来るのは帝か神職、または生贄となるものだけ。
(そこなら姫を連れだせる! どうか、待っててくれ! あきらめないでくれ!!)
どれくらい走っただろうか。
姫とともに過ごした河川敷を抜け、桜並木に想いをはせる。
八重桜の色は姫の瞳と同じ、まるで兎のように泣きそうな目だ。
神山を背に建つ神宮で儀式は行われている。
戸惑いはない。
そこに乗り込んで衛兵たちの脇をすり抜けて突き進んだ。
(! 帝!)
神山の入り口となる石段の前に高御座があり、そこに帝が座している。
俺はそこに滑り込むと、帝に向かって吠えた。
「儀式を止めろ! 時羽姫を返せっ!!」
突然現れた侵入者に儀式に立ち会っていたものたちがざわつき、衛兵が槍をもって迫ってくる。
「よい。……鬼狩り、このような神聖な儀に割り込める身か?」
兵たちを制止し、帝が御簾を開いて中から出てくると、あまりに冷たい目をしているので背筋が凍る。
(なぜ誰も気づかない!? 夜だからか?)
帝の瞳は真っ赤な血の色、黒い輪郭はまるで常闇だ。
いつからか、帝は鬼に侵食されていた。
異常な姿をあらわにしても誰も声をあげない。
それほど鬼の手が回っており、救いのない状態だった。
「なぜだ!? なぜ時羽姫を生け贄にする!?」
その問いに帝はくぐもった笑い声を鳴らした。
「高貴な血を引くものを差し出すことで国の安寧を願う。どこがおかしい? 言うてみよ」
「何が生贄だ! あんたの娘だろう!?」
「娘と思ったことは一度もない」
その言葉に血の気が引いた。
(何言ってるんだ。それでは本当に……)
姫は報われない。
愛情を求めて神の供物となることを受け入れた姫の想いを踏みにじる。
それほど忌々しいことはなかった。
「ツクヨミの娘とはなんだ? それが理由か?」
冷笑を浮かべていた帝からスッと表情が消えた。
「古の血はいらぬ。ツクヨミの血を引く者が生きていればいらぬ混乱を招く。ならばお返しするのが最善だろう」
(ツクヨミ……古の血? 神の血か? 姫がその血を引いているということか?)
情報が足りない。
バラバラに散りばめられた情報を集めて答えを導き出すしかない。
夜を司る神・ツクヨミ。
それを帝は排除したいのは神の血だから。
帝の地位をおびやかす存在でありながら、下手に亡き者にも出来ない厄介な存在。
”忘れられた姫君”は”忘れるべき姫君”だったということだ。
(姫をツクヨミに返すだと!? ふざけるな!)
帝はとっくに鬼に取り込まれている。
帝が地位をおびやかされるのを恐れたとして、それだけでここまで国を腐敗させるのは道理が合わない。
そこに鬼の意志が介入しているとすれば、ツクヨミを排除したがっていたのは鬼だ。
そう意識した途端、内側にある鬼の血がざわつきだした。
(蒼月……! お前のしわざか!)
もう時間はない。
ここに姫はいないということはすでに神山に昇っている。
今、優先すべきは姫を救出すること。
俺はなりふり構わず地面を蹴り、儀式の場を飛びぬけて神山の鳥居をくぐる。
血が熱くなる一方だ。
頭が割れるように痛い。
筋肉も悲鳴をあげており、今にも血管が切れてしまいそうだ。
(大丈夫、大丈夫だ。約束したんだ! 姫に会いに行くと! 姫は待ってると言った!)
「時羽姫っ……!!」
石段を昇りきり、前に手を伸ばす。
広がった視界にはどこまでも深い暗闇の穴。
そこに時羽姫の姿はなかった。
「あ……あぁ……あああっ……!」
(なんで、なんでだっ! 約束したのに! 会いに行くって! なぜっ……!)
――なぜ待っていてくれなかった?
「あぁぁ……ぁああああ……!」
頭を抱えて膝をつく。
心臓が破裂しそうなほどに鼓動をうち、全身の血が沸騰しそうだ。
(俺は負けたのか? 姫にとって俺はそこまでだったのか? あんな帝の愛情の方が大事だったのか!?)
「嫌だ……」
そんなのは認めない。
本当に時羽姫を愛していたのは俺だ。
「どうしてただ一言……」
”好きだ”と言わせてくれなかった?
「愛してるって……」
一番伝えたかったいとしい人は俺の手をとってくれなかった。
「あああぁぁああああああっ!!」
世界が落ちる。
ガタガタと地面が縦に揺れ出し、国を壊す勢いで割れていく。
俺の身体はどこまでも深く沈んでいくような重さにとらわれ、身体に赤黒い液体がまとわりついていた。
走り続けて空は深い藍色に染まる。
昼を欺くように光る青い満月が空に浮かんでおり、まるで落ちてきそうなくらい大きく見えた。
(約束。そう、約束だ。姫を連れて自由になると決めた)
たしかに心は通じていた。
姫の憂いは知っているが、ともに重ねた日々は裏切らない。
神への供物になる流れは避けられなくても、姫はどこかで待っているはずだ。
豊穣の儀式は最後、姫が一人になるタイミングがある。
石段をのぼり、鳥居をくぐって奥まったところに一人で歩いていく。
そこは神域とされ、誰も立ち寄ることが出来ない。
足を踏み入れることが出来るのは帝か神職、または生贄となるものだけ。
(そこなら姫を連れだせる! どうか、待っててくれ! あきらめないでくれ!!)
どれくらい走っただろうか。
姫とともに過ごした河川敷を抜け、桜並木に想いをはせる。
八重桜の色は姫の瞳と同じ、まるで兎のように泣きそうな目だ。
神山を背に建つ神宮で儀式は行われている。
戸惑いはない。
そこに乗り込んで衛兵たちの脇をすり抜けて突き進んだ。
(! 帝!)
神山の入り口となる石段の前に高御座があり、そこに帝が座している。
俺はそこに滑り込むと、帝に向かって吠えた。
「儀式を止めろ! 時羽姫を返せっ!!」
突然現れた侵入者に儀式に立ち会っていたものたちがざわつき、衛兵が槍をもって迫ってくる。
「よい。……鬼狩り、このような神聖な儀に割り込める身か?」
兵たちを制止し、帝が御簾を開いて中から出てくると、あまりに冷たい目をしているので背筋が凍る。
(なぜ誰も気づかない!? 夜だからか?)
帝の瞳は真っ赤な血の色、黒い輪郭はまるで常闇だ。
いつからか、帝は鬼に侵食されていた。
異常な姿をあらわにしても誰も声をあげない。
それほど鬼の手が回っており、救いのない状態だった。
「なぜだ!? なぜ時羽姫を生け贄にする!?」
その問いに帝はくぐもった笑い声を鳴らした。
「高貴な血を引くものを差し出すことで国の安寧を願う。どこがおかしい? 言うてみよ」
「何が生贄だ! あんたの娘だろう!?」
「娘と思ったことは一度もない」
その言葉に血の気が引いた。
(何言ってるんだ。それでは本当に……)
姫は報われない。
愛情を求めて神の供物となることを受け入れた姫の想いを踏みにじる。
それほど忌々しいことはなかった。
「ツクヨミの娘とはなんだ? それが理由か?」
冷笑を浮かべていた帝からスッと表情が消えた。
「古の血はいらぬ。ツクヨミの血を引く者が生きていればいらぬ混乱を招く。ならばお返しするのが最善だろう」
(ツクヨミ……古の血? 神の血か? 姫がその血を引いているということか?)
情報が足りない。
バラバラに散りばめられた情報を集めて答えを導き出すしかない。
夜を司る神・ツクヨミ。
それを帝は排除したいのは神の血だから。
帝の地位をおびやかす存在でありながら、下手に亡き者にも出来ない厄介な存在。
”忘れられた姫君”は”忘れるべき姫君”だったということだ。
(姫をツクヨミに返すだと!? ふざけるな!)
帝はとっくに鬼に取り込まれている。
帝が地位をおびやかされるのを恐れたとして、それだけでここまで国を腐敗させるのは道理が合わない。
そこに鬼の意志が介入しているとすれば、ツクヨミを排除したがっていたのは鬼だ。
そう意識した途端、内側にある鬼の血がざわつきだした。
(蒼月……! お前のしわざか!)
もう時間はない。
ここに姫はいないということはすでに神山に昇っている。
今、優先すべきは姫を救出すること。
俺はなりふり構わず地面を蹴り、儀式の場を飛びぬけて神山の鳥居をくぐる。
血が熱くなる一方だ。
頭が割れるように痛い。
筋肉も悲鳴をあげており、今にも血管が切れてしまいそうだ。
(大丈夫、大丈夫だ。約束したんだ! 姫に会いに行くと! 姫は待ってると言った!)
「時羽姫っ……!!」
石段を昇りきり、前に手を伸ばす。
広がった視界にはどこまでも深い暗闇の穴。
そこに時羽姫の姿はなかった。
「あ……あぁ……あああっ……!」
(なんで、なんでだっ! 約束したのに! 会いに行くって! なぜっ……!)
――なぜ待っていてくれなかった?
「あぁぁ……ぁああああ……!」
頭を抱えて膝をつく。
心臓が破裂しそうなほどに鼓動をうち、全身の血が沸騰しそうだ。
(俺は負けたのか? 姫にとって俺はそこまでだったのか? あんな帝の愛情の方が大事だったのか!?)
「嫌だ……」
そんなのは認めない。
本当に時羽姫を愛していたのは俺だ。
「どうしてただ一言……」
”好きだ”と言わせてくれなかった?
「愛してるって……」
一番伝えたかったいとしい人は俺の手をとってくれなかった。
「あああぁぁああああああっ!!」
世界が落ちる。
ガタガタと地面が縦に揺れ出し、国を壊す勢いで割れていく。
俺の身体はどこまでも深く沈んでいくような重さにとらわれ、身体に赤黒い液体がまとわりついていた。
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