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第四章【青の月の章】時を越えて
第72話「生きててくれてありがとう」
【青の月の章】
――カチッーー
「――うちは緋月さんに助けてもらったからさ」
――ハッ、と一瞬のブレが発生し意識がストンと落ちてきた。
(あれ? ここは……)
「っていうか、わざわざ時羽ちゃんの居場所を作るって、相当大事にしてなきゃ出来ねーよ」
「居場所……」
「一か月前に出会ったんだろ? それこそ”わざわざ”時羽ちゃんに会いに行った。どういう縁かは知らねーけど、大事にしてくれたんだろ?」
「はい……。それは、とても……」
以前もこんな会話をしたような……。
まるで何百年も繰り返してきた、何度目かを数えるのをやめた変わらない会話だ。
今までと違うのは、凪子の言葉を受けた私の中に二つの受け取り方が混在していること。
私は青い月の下で彼と出会い、とても幸せな時間を過ごした。
ずっとずっと思い描いてきた、ただの私として彼の手に触れる時間だ。
私と彼が別れたのは――。
(青い月の夜。私は神への供物となって――)
――私が未来をあきらめたせい。
どうしたって立ち直れずにいたところに、父の言葉をもらう悲願を達成した。
途端に私は何もかも手放す選択をした。
私は崩れてしまい、自分の感情がわからなくなるくらい麻痺して、この身を投げ捨てた。
彼との約束を果たすことなく、これが正しい道だと振り返らなかった。
ほんの一瞬でも、彼を待とうと足を止めていれば。
彼に会いたいと心を開いていたならば。
あぁ、そんな風に理由をつけたいんじゃない。
(私は緋月に会いたい。まだ好きだって、愛してるんだって伝えてない)
幸せな一か月をこれで終わりにしたくない。
(お母さま、芹……。ごめんなさい。やっとこの答えにたどり着けた)
苦しいし今でも悲しいし、鬼を憎いと思っている。
それでももう二度と彼をあきらめたくない。
私が一方的に幸せに怯えていただけだ。
母も芹も、私の幸せを願ってくれていたのに、私が一番”私の幸せ”から目を反らしていた。
涙を拭い、顔をあげて凪子を真っ直ぐに見つめる。
(これが最後だ。時間が変わった。青い月に変わったんだ)
「凪子さん! 今日は満月ですか!?」
「えっ? いや、満月は明日だろ。まー、今日はどうだろうなー。あんま天気よくねーじゃん……って」
凪子に向かって手を伸ばす。
私は窓から離れ凪子のもとへ駆けると、椅子にこしかける凪子の顔を両手で包み、凝視した。
(この顔立ち、雰囲気って……)
「ふぉっ!? なんだよ! 急に顔抑えんなって!」
「うっ……!」
「おいおい、まだ泣くのかよ。なんでそんな泣き虫なんだよぉ。変なこと言ったなら謝っからさぁ」
(生きてた)
「ちょ……おい……どうしたんだよ」
涙があふれだす。
何もかもがあの日で消えてしまったと思っていた。
だが目の前にいる凪子を見て、私は残ったものがあると気づき、感極まって凪子を抱きしめた。
笑った時に見える八重歯、気さくな雰囲気に、おてんば娘を象徴するそばかす顔。
ぱっちりとした目元に、はにかんだときは子どものように弾けている。
(浅葱さん、桃さん……)
凪子は二人によく似ていた。
この大胆な娘は二人の子孫だと理解し、桃の腹に触れたひとときを思い出す。
あのポコポコと元気に動いていた腹の子は無事に生まれ、血が繋がって凪子がいた。
大好きな二人の大切な遠い娘だ。
「ありがとう。生きててくれてありがとう」
「……っよくわかんねーけど。アタシは生きてるからだーいじょうぶだって」
ポンポンとやさしく背中を撫でられて余計に涙があふれ出す。
私は暗闇に落ちたあと、どんな風に国が滅んだかを知らない。
彼が国を滅ぼしたと聞いて私は後悔に打ちのめされそうになった。
傷つくことが怖くて私は本当の願いを殺した。
幸せだと感じながらも、この幸せが壊れてしまうことを恐れ、自ら手放した。
(わがままね。でもわがままでいいの)
私は彼が欲しい。
彼との未来を望み、しぶとく何度も何度も時を越えてきた。
だからこそ今ここに失ったと思っていた大切な人たちとの繋がりを感じられた。
あの人たちが守った命はなんと尊いのかと、私は凪子がいとおしくてたまらなかった。
(負けない。全部守るんだから)
涙は拭って、私は今できる最大の強がりで笑った。
「凪子さん、ありがとう! 私、緋月を追うわ!」
ガラッと窓を開け、私は恐れ知らずに思いきり足をかけて外に出した。
「おおぅ、豪快……。って、暗くなっちまうから誰かいっしょに……」
その声に私はニヤッと拳を空に突きつけ、振り返らずに前に進んだ。
「二人で戻って来いよー!? あと、アタシのことは凪でいいからー!」
あの人たちを心から想い、また会いに行くと誓って――。
――カチッーー
「――うちは緋月さんに助けてもらったからさ」
――ハッ、と一瞬のブレが発生し意識がストンと落ちてきた。
(あれ? ここは……)
「っていうか、わざわざ時羽ちゃんの居場所を作るって、相当大事にしてなきゃ出来ねーよ」
「居場所……」
「一か月前に出会ったんだろ? それこそ”わざわざ”時羽ちゃんに会いに行った。どういう縁かは知らねーけど、大事にしてくれたんだろ?」
「はい……。それは、とても……」
以前もこんな会話をしたような……。
まるで何百年も繰り返してきた、何度目かを数えるのをやめた変わらない会話だ。
今までと違うのは、凪子の言葉を受けた私の中に二つの受け取り方が混在していること。
私は青い月の下で彼と出会い、とても幸せな時間を過ごした。
ずっとずっと思い描いてきた、ただの私として彼の手に触れる時間だ。
私と彼が別れたのは――。
(青い月の夜。私は神への供物となって――)
――私が未来をあきらめたせい。
どうしたって立ち直れずにいたところに、父の言葉をもらう悲願を達成した。
途端に私は何もかも手放す選択をした。
私は崩れてしまい、自分の感情がわからなくなるくらい麻痺して、この身を投げ捨てた。
彼との約束を果たすことなく、これが正しい道だと振り返らなかった。
ほんの一瞬でも、彼を待とうと足を止めていれば。
彼に会いたいと心を開いていたならば。
あぁ、そんな風に理由をつけたいんじゃない。
(私は緋月に会いたい。まだ好きだって、愛してるんだって伝えてない)
幸せな一か月をこれで終わりにしたくない。
(お母さま、芹……。ごめんなさい。やっとこの答えにたどり着けた)
苦しいし今でも悲しいし、鬼を憎いと思っている。
それでももう二度と彼をあきらめたくない。
私が一方的に幸せに怯えていただけだ。
母も芹も、私の幸せを願ってくれていたのに、私が一番”私の幸せ”から目を反らしていた。
涙を拭い、顔をあげて凪子を真っ直ぐに見つめる。
(これが最後だ。時間が変わった。青い月に変わったんだ)
「凪子さん! 今日は満月ですか!?」
「えっ? いや、満月は明日だろ。まー、今日はどうだろうなー。あんま天気よくねーじゃん……って」
凪子に向かって手を伸ばす。
私は窓から離れ凪子のもとへ駆けると、椅子にこしかける凪子の顔を両手で包み、凝視した。
(この顔立ち、雰囲気って……)
「ふぉっ!? なんだよ! 急に顔抑えんなって!」
「うっ……!」
「おいおい、まだ泣くのかよ。なんでそんな泣き虫なんだよぉ。変なこと言ったなら謝っからさぁ」
(生きてた)
「ちょ……おい……どうしたんだよ」
涙があふれだす。
何もかもがあの日で消えてしまったと思っていた。
だが目の前にいる凪子を見て、私は残ったものがあると気づき、感極まって凪子を抱きしめた。
笑った時に見える八重歯、気さくな雰囲気に、おてんば娘を象徴するそばかす顔。
ぱっちりとした目元に、はにかんだときは子どものように弾けている。
(浅葱さん、桃さん……)
凪子は二人によく似ていた。
この大胆な娘は二人の子孫だと理解し、桃の腹に触れたひとときを思い出す。
あのポコポコと元気に動いていた腹の子は無事に生まれ、血が繋がって凪子がいた。
大好きな二人の大切な遠い娘だ。
「ありがとう。生きててくれてありがとう」
「……っよくわかんねーけど。アタシは生きてるからだーいじょうぶだって」
ポンポンとやさしく背中を撫でられて余計に涙があふれ出す。
私は暗闇に落ちたあと、どんな風に国が滅んだかを知らない。
彼が国を滅ぼしたと聞いて私は後悔に打ちのめされそうになった。
傷つくことが怖くて私は本当の願いを殺した。
幸せだと感じながらも、この幸せが壊れてしまうことを恐れ、自ら手放した。
(わがままね。でもわがままでいいの)
私は彼が欲しい。
彼との未来を望み、しぶとく何度も何度も時を越えてきた。
だからこそ今ここに失ったと思っていた大切な人たちとの繋がりを感じられた。
あの人たちが守った命はなんと尊いのかと、私は凪子がいとおしくてたまらなかった。
(負けない。全部守るんだから)
涙は拭って、私は今できる最大の強がりで笑った。
「凪子さん、ありがとう! 私、緋月を追うわ!」
ガラッと窓を開け、私は恐れ知らずに思いきり足をかけて外に出した。
「おおぅ、豪快……。って、暗くなっちまうから誰かいっしょに……」
その声に私はニヤッと拳を空に突きつけ、振り返らずに前に進んだ。
「二人で戻って来いよー!? あと、アタシのことは凪でいいからー!」
あの人たちを心から想い、また会いに行くと誓って――。
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