青い月の裏切りは時を越えて〜記憶喪失の姫君は約束を果たすために運命を歪める〜

和澄 泉花

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第四章【青の月の章】時を越えて

第74話「私と緋月、二人のことよ」

彼は自分の限界値を知り、なんとか再会して、ひとときを過ごすためだけに耐えてきた。

赤い満月は彼の限界を示しており、破滅へ進むだけだった。

「俺の中に蒼月の血は残っています。鬼となる俺の運命を姫は捻じ曲げましたが、鬼の血が生きていることに変わりはありません」

「鬼狩りは鬼の血を取り込んでいた。鬼になってしまったらどうしてたの?」

「一族の者で殺してました。彼らは死んだ鬼の血を取り込んでいましたので、絶命すれば乗っ取られることはなかったんです」

「……緋月は。乗っ取られない方法はないの?」

その問いに彼は私を抱き寄せ、物寂しい息を吐く。

「俺が血に勝らなくては難しいでしょう。この身体は蒼月の血の方が濃い」
「あの鬼を倒せばいいの? そしたら緋月の血はどうなるの?」

「今の俺に蒼月を倒せる力はありません。アイツは単独で行動できますが、俺の身体で動いた方が力が増すんです」

緋月の言う通り、蒼月は独立した存在で緋月の身体を必要としていなかった。

あくまで血を共有する鬼と人間であり、蒼月からすれば彼に執着する理由は大してないはずだ。

(身体が欲しいというよりは楽しんでいる。性格わる……って、鬼だもんね)

「いつでも乗っ取られるの? まさか今乗っ取られるなんて……」
「今は大丈夫です。鬼の力には満ち欠けがあるんです」
「満ち欠け?」

彼はうなずくと、姿勢を仰向けにして腕枕とは反対の手で空を指さした。

その指を追って私も夜空に目を向ける。

「月です。満月が一番濃くなります。特に赤みを帯びている時が最大なんです」

だから繰り返した二十九日は彼が血に負ける。

蒼月は私と彼の絶望を楽しんでおり、身体を支配するのは二の次であった。


(結局明日ね……。考えないと。彼と蒼月を切り離す方法を)

「……緋月?」

ガサゴソと衣擦れの音がし、上目づかいに彼を見る。

彼は私の袴にくくりつけた懐中時計を手に取り、針がカチカチと音をたてる様を眺めた。

「あの日、国は滅んで鬼狩りも絶えました。ですが生きた命もありました。それが浅葱と桃です」

懐中時計を握りしめ、彼は苦悩に満ちた表情をして下唇を噛みしめる。

「合わせる顔がなかった。せめて二人が穏やかに過ごせるようにと、遠くから見守りました」

そして浅葱と桃が亡くなり、子どもが新たな命を繋いでいく。

その血が長く細くなる時間を見続け、今日に至ったと彼は語った。

「鬼狩りの血はほとんど残っていません。凪子さんたちは人間。先祖が鬼狩りだったことも知らないんです」

(ほとんど残ってない……)

ぼんやりとその言葉が引っかかり、すぐに答えに結びつけようと彼の手を掴む。

「血が薄くなったから? 凪子さんたちは鬼に飲まれることはないの?」

伏し目がちに彼はうなずいた。

一つの安堵と、彼を救う手立ての道が見つかりそうで気持ちが逸る。

時計の針の音が耳につき、頭が回らずに音を追いかけて考えようとしていた。


(ダメだ、考えがまとまらない。なんとかしないといけないのに)

焦って身が固くなるばかりだ。
彼を助けたい気持ちが先行し、手に汗を握って落ちつきなく身体を動かした。

「大丈夫です、姫」

余裕をなくす私を引き上げてくれるのはいつも彼だ。

私の手を握り返し、口元にもってくると指先に唇を落とす。

ナチュラルな動作に私は一瞬にして顔が熱くなるのを感じた。

「だ、大丈夫って……」
「俺のことですから。姫に押しつけません。……諦めたりしませんから」
「それはダメよ、緋月」

目を丸くする彼に私は身を寄せ、身体を起こして彼の上に馬乗りになった。

ランプの灯りは彼の艶っぽさを引き立てる。

彼は昔から大人びているので、隣に並ぶのが私だと想像すると似つかわしくない。

だが彼を好きな想いは誰にも負けないのだから、ある意味で私が最もふさわしいと腹に据えた。

「私と緋月、二人のことよ。押しつけていいの。一緒に考えたいもの」
「……っはは!」

一間置いて、彼はくしゃっと子どもっぽくはにかんだ。

「姫はそういう方でしたね」
「そ、それってどういう意味?」

夜空の星を映してキラキラ笑う姿に、私は見惚れてしまう。

彼はふっと息を吐きだすと、身体を起こして膝に私を乗せて抱きしめてきた。

「ひっ……緋月……」
「血を薄めればなんとかなるかもしれません」
「? 血を?」

「浅葱と桃の子孫が鬼から離れるのを見てきました。比率が下がれば可能性は……」
「じゃあ血を薄めよう! 何をすればいい!?」

希望がみえて私は興奮し、彼の肩を掴んで期待の眼差しを向ける。

すると彼は困り果てた微笑みを浮かべ、そっと首を横に振った。
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