忘れられなかった君は

まちこのこ

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8.見えていなかった悲しみ

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「井上さん?聞いてます??」
「あ、あぁ……」
「明日のミーティング、16時に変更ですって」
「……わかりました」
「……最近、ぼーっとしてること増えましたね?」
 江角が鋭くついてくる
「の割には仕事すごい進めてるよね、巻きで」
 田中が口を出す。
「別れちゃったんですか彼女と」
 江住の言葉に、最近頭を占めてしょうがない悠汰とのことが思い浮かぶ。

「いやだから彼女は――」
 前回彼女はいない、といったはずなのに江角は何故か彼女がいる前提で話してくる。
「喧嘩したんですか?さっさと謝ったほうがいいですよ。長引くといいことないですから」
――謝る、か……

 悠汰がキスをして部屋を出ていった日から、連絡も取り合わず顔も合わせず一ヶ月が経とうとしていた。
 十一月の部長会議では、なぜか悠汰は出席していなかったので会議で顔を見ることもなかったのだ。


 最初は、改めて断らなければと思っていたのに、だんだん悠汰が本当に返事を待っているのだろうかと思うようになった。
 あの日々も最後のキスも夢だったのではないかとすら思う。
――夢なら夢でいいし、夢じゃなくても流石に怒ったか、諦めただろ。
 
 それに自分は無理だと言ったのだ。
 その前には悠汰の気持ちを否定するような、だいぶひどいことを言った。

 頭ではこれで良かったと思うのに、返事をしなければとも感じるし、返事するならするで 断るのも自意識過剰のようで気が進まない。怒っていたらと思うともう何を送る気にもなれない。しかし何か、解決していないような気持ち悪さがまとわりつく。
 一人で暇になると、そんな堂々巡りがずっと続いてしまう。
 昔はこんな頭の消化不良をどうやって解決していたか考えても、とにかく勉強に打ち込ん だことしか思い出せなかった。
 今は勉強の代わりに仕事に打ち込むしかなくて、仕事が余計進んでしまうのであった。


「おっしゃ定時!帰ります!!」
 十七時半のチャイムと同時に立ち上がった田中。
「今日は奥さんと夕食なんでしたっけ?」
 江角が田中に話を振る。
「そ。目つけてた肉バル。じゃ、おつかれー」
 そそくさとオフィスを去る田中。
「井上さんも今日は帰りましょうよ。別に急ぎの仕事ないってか……だいぶ巻いてますし」
 荷物をまとめながら江角が声をかけてくる。
 一人になりたくなくて、最近は残業していくことが多かった。
「そうですね」
 変に進めすぎてもチームの和を乱すだけだ。
 義孝は江角のアドバイスに従うことにした。





 その日は特に、江角の話で思い出してしまったからか、家に帰ると悠汰のことを考えてしまいそうだった。あの日の帰り際、そっと残していったキスと鼓動も一緒に。
 だからといって寄るところもない。
 重たい足取りで駅に向かう。

 出入り口に近づき人の流れが増えてきたところで、すれ違ったベビーカーの子供が手に持っていた布を落とした。
 井上が素早く拾い上げて、気づいていない母親を追って声をかける。
「あの、落としましたよ」
「えっ…?あぁ、ありがとうございます」
 そう言って顔を上げた母親は、義孝の顔を見て固まった。

「もしかして、井上くん……?」

 そう言われて相手の顔を見ると、すっかり大人びているのにどこか九年前の頃の面影を残した女性だった。

「ゆ……水野……」
 相手に合わせて苗字で呼んだその女性は、高校時代の彼女、水野優里だった。





「全然変わってないね、制服がスーツになっただけみたい」
 あやすようにベビーカーを揺らしながら、優里が言った。

 少し話さない?と言われたので、駅前の喫茶店に入った。
 どうやら、優里は夫の親族の家に向かうところだったらしい。
 夫が仕事の都合で遅くなるから時間がある、ということだった。

「結婚したのか」
 薬指には指輪、子供もいれば間違いないだろう。
「うん……もう3年くらいかな。今は伊藤なの。あ、呼び方は好きな様で大丈夫」
「そっか」
「にしても、すっごい偶然だね、今はこの辺に住んでるの?」
「あぁ、ここが会社の最寄りだから家は少し遠いけど」
「そっか……」
 店内のBGMが響く。
「お母さん、元気?」
 優里には母親のことも生い立ちも、全てではないが話していた。お見舞いにも一度だけついてきたことがある。結局会えなかったのだが。
「……高校卒業する前に死んだんだ」
「そ……ごめん」
 優里が気まずそうにうつむく。
「気にしないでくれ、もう昔だし」
 再びの沈黙。
 母親の話題で暗くしてしまった自信がある分、なにか話題がないかと考えていると突然優里が言葉を発した。
「ごめんなさい、あのとき」
 あのとき。
 優里が言っているのは、別れたときのことだろう。

「いや、娘を大事に思うのは当然だよ」
 そう言うと、コーヒーを啜った義孝。

「……あのあと、学校で何度か井上君の教室見に行ったんだけど、いつもすごい勉強してたから、『もう受験に集中したかったのかな』とか『私が邪魔だったのかな』とか考えちゃって、声かけられなかった……。ねぇ、本当はどっちだった?別れるのにいい機会だった?それとも本当に私を思ってのことだった?今さらどっちでも変わらないから、ホントのことを教えてほしい」

 フー、とため息をつく義孝。
 今さらこんなこと明らかにしたところで、何が楽しいんだ。

 しかしどちらだったとしても何も変わらないので、事実をありのままに伝える。
「……水野が好きだったから、お前に幸せが訪れてほしかっただけだよ」

 反応がないので不審に感じ、手元のコーヒーカップにあった視線を優里にやると
 ショックを受けたかのように見開いた目。そこから静かにツー…と涙が垂れた。
「おい、水野……」
 何が気に障ったのだろうかと慌てる。
 とりあえず急いでポケットからハンカチを出すと、優里はすでに自分のハンカチを出して目に当てていた。
「……ごめんなさい」
「いや……俺こそ何か……」
「井上君、私を守ってくれてありがとう。自分を犠牲にしてまで、私を大切に思ってくれてありがとう」
 大きくはないが力強く、確かな声色で優里は言葉を紡いだ。
「俺はそんな……」
 優里が下を向く。
「あの後、時間はかかったけどお父さんとお母さんと和解して、昔みたいに仲良しに戻ったよ。井上君が不利益被ってもらって、こっちは解決したよ。今は別の人とだけど…ちゃんと幸せに暮らしてる。……でもね、井上君が犠牲にならないでも、頑張ったらみんなで解決できたんだと思う」
 優里がス、と顔を上げて義孝の目を見る。
「だから井上君、もしまた、井上君が大事にしたくて、井上くんのこと大事にしてくれる人が現れたら……ううん、絶対現れると思う。そしてその人と大事にしてるうちに、自分の気持ちを犠牲にしそうになったら、その前に一度考えてほしい。……一方的に守られるのは、悲しい時もあるの」

 優里は明言しなかったが、言葉の裏では明らかに訴えていた。
 高校の時、多少苦労があろうが一緒に居たかったのだと。
 義孝のことを大事にできなかったことが、一方的に守られてしまったことがつらかったのだと。

「……自分が他の人と幸せになっておいて言うことじゃないのわかってる。井上君の幸せを私の定規で測れないことも、口出しできないこともわかってる。でも、別れてからも、他の人と結婚した今でも、井上君には幸せになってほしいって思ってる」
 義孝はなんと言って良いのかわからず、二人の間にまた沈黙が流れた。
 優里がちゃんといま幸せに暮らしていること、自分の幸せを願ってくれていることを井上はただただ嬉しく感じた。
「ありがとうな」
 心からぽろりとこぼれたようにそう言うと井上はコーヒーをまた一口、口に含んだ。
「私との一件は、井上君にとってトラウマの一部みたいになってない?……自分は誰も幸せにできないって思ってない?」

 図星の指摘に心臓が跳ねる。
 しかし、何があってもそれを優里の前で認めることはできない。

「……そんなことないよ」
 義孝の言葉が嘘だと知っていたのか、はたまた質問はただの前置きで答えは関係なかったのか。
 優里は義孝の答えを無視するかのように続けた。
「それは、きっと井上君の思い込みだと私は思う。井上君と付き合ってる時、すっごい楽しかったし幸せだったよ。最後はあんななっちゃったけど……それでも、今でも人生で最高の思い出だよ。私と付き合ってくれて、ありがとう」
 ペコリ、と頭を動かした優里。
 義孝は肯定も否定もせず、ただその言葉を聞いていた。

 いや、衝撃過ぎて何も反応できなかった。

 優里には、いやな思いをさせてしまったと思っていた。

 自分のことなど忘れているか、忌々しい記憶として奥底に閉じ込められていると思っていた。
 楽しいこともあったと思っているのは自分だけだと思っていた。
 優里との一件は自分は人を幸せにできない、それが露になった一つだと思っていた。

 しかしそれは思い込みだったのだと、優里により語られたのだ。

「それだけ」
 そう言うと優里は手を付けていなかったコーヒーを一口飲んだ。
 そのとき、まるで話が終わるのを待っていたかのようなタイミングで優里のスマホが鳴った。

「あ、旦那ももうすぐ来るみたい」
「そ、うなのか。……じゃあ、出るか」
 家族の時間を邪魔するわけにもいかない。
 さっさと出ようと、義孝が伝票に手を伸ばしたところで優里が声をかけた。
「いや、ここに来るから。もう少しいい?」
「え?……俺要るの?」
 優里はコクリとうなずいた。
 先ほど受けた衝撃も抜けきらないうちに優里の夫に会う流れになり、義孝はよくわからないまま「わかった」とつぶやいた。





「あ、俊二くんこっちー」
 速足でやってきたスーツ姿の背の高い男性は、ぺこりと義孝に会釈した。
 反射で義孝も会釈する。
「はる~元気だったか~」
 ベビーカーを覗き込んで声をかける優里の夫、俊二。
「どうする?俺はる連れて先行って――……もう済んだの?」
 優里の目が赤くなっているのを見て察したらしい俊二。
「うん。俊二君も座りなよ」
 優里が少し横にずれて、そこに俊二が腰掛ける。
 夕食時、喫茶店はそれほど混んでおらず四人テーブルに案内されていたので席は余裕だった。

 状況を見ているだけだった義孝に、俊二が向き直る。
「初めまして、伊藤俊二と申します」
「あ、初めまして。井上義孝と申します」
 俊二の挨拶に、義孝も挨拶する。
 さすが企業人というべきか、それだけはボーっとしていてもするりと出てきた。

「井上さん、一度お話してみたかったです」
「はあ……」
「井上君ね、すれ違ったときはるが落としたタオル拾ってくれて気づいたの」
「そうなんだ、よく分かったね……ってそりゃわかるか、全然変わってないですもんね」
「え…?水野、伊藤さんは知ってるのか俺のこと」
「うん。全部話してあるし。写真も見せた」
「え!?」
「すごく賢くて穏やかで、かっこいい人って言ってました。お会いしてその通りだなと……」
「水野……旦那さんにそんなこと言ってていいのか」
 呆れ顔の義孝に俊二が話しかける。
「いいんです、井上さん。ゆう……妻はずっと井上さんが気がかりで、忘れられなかったそうなんです。僕はそれを知っていて妻に猛アタックしてますし、妻からも井上さんの話は一通り聞きましたから」
「ちょ、俊二君その辺にしてよ」
 横で優里が慌てている。
「井上さん、今は大事な人、いるんですか」
「え……」
 何と答えたらいいんだろう。

 自分でもあからさまに顔がこわばったのが分かった。

 すぐに思い浮かぶ人物はいる。
 しかし、彼を大事な人と言っていいのだろうか。

 自分はさんざん振り回したのに、今更大事だと言っていいのだろうか。

「あぁ、すみません。別に井上さんを疑うとかじゃなくてですね」
「あぁ、いや……今のはそういうことじゃなくて……」
 義孝の顔を見た俊二は、自分が ”今更優里を狙っているんじゃないか”と疑っているとも取れる質問をしたと思ったようだ。
 義孝もそれだけは違うのですぐさま否定する。
「ゆうと同じことを言うようですが、私も井上さんが誰かと幸せに暮らしていることを願ってます。こんな、他人に口を出すだけみたいな、良くないんですけどね」
 俊二は優里のことを『ゆう』と呼んでいるようだった。
 気づかぬうちに癖が出ている。

「人の幸せなんて、その当事者が決めるものだから、僕らの尺度で井上さんのそれは決められない。でも多分、昔にゆうがあなたにあげたかったのは、大切な人と一緒に過ごすという幸せとか、人を大事に思う幸せなんだろうなって」
 優里は窓の外を見ながら黙っている。
「まあそれは、今僕がもらってるからきっとあなたにもあげたかったんだろうな、くらいの感覚なんですけど」
 忘れずにのろけを突っ込んでくる。
 言外に優里は自分の妻だと言い張っているのか。

「……」
 義孝はなんと言っていいのかわからなかった。

「俊二君、ちょっとお手洗い行ってくる。はるよろしく」
 優里がお手洗いに立ったのは、自分ののろけに耐えられなくなったのか、やっと幼子を預けられる人が来たからなのか。

「ん。いってらっしゃい」
 俊二が退いて奥に座っていた優里を通す。

 俊二はちらりと腕時計を覗きながら再び席に着いた。

 水を飲んで、ベビーカーを少し前後に動かしている俊二。
 それを眺めたていた義孝は、口を開いた。
「伊藤さん」
「はい?」
 俊二が義孝に視線を向けた。
「僕からいうのも変な話ですが、水野を幸せにしてあげてくれて、ありがとうございます」
「僕は何も…アタックしてただけですから」
「……傷つけた自覚はあったんです。でも、当時の僕はそれが一番マシなんだと思ってました。高校生だったし、とにかく僕から離れる事が水野にとっても一番いいって。早々に”過去”にしてくれていると思ってました。でも、今日話したら全然そうじゃなかった。……どうか水野とお子さんと、これからも元気で暮らしてください」
「フフ、わかりました。……多分ゆうが言いたかったこと、結局は井上さんも自分のことを大事にしてほしいってことだったんだと思います。僕もそう思います。近しい人が自分を無下にしているのを見るのは、本当につらい」
「……肝に命じます」

「まあでも、いろいろ納得です。こういう井上さんだから、ゆうは惹かれたんでしょうね。僕もいい人だと思います、井上さんのこと」
「……」
 納得していなさげな義孝の顔に、フッと笑みを漏らしてから俊二が続けた。
「すみません、ひとりごとです。多分ゆうの決着がつくのは、井上さんがうまくいってからです。いつか連絡してあげてください。僕も待ってますから」
「……わかりました」
 いまいち何を言っているのかわからないまま、社交辞令なのだろうかととりあえず了解を返した義孝。
 
 そのタイミングで優里がもどってきた。
「どう?仲良くなった?」
「んー?そこそこ?」
「えーなにそれ。多分俊二君も仲良くなれるタイプだよ井上君は。めっちゃいい人だから」
 元彼を旦那におすすめするのはどうなんだ、と思いつつ笑っていると、俊二が話し始めた。
「じゃあ……とりあえず敬語やめません?僕も同い年ですし」
「あ、そうなんですか?」
「たしかに!そうじゃん、私と俊二君同い年だし、私と井上君同学年だから!」
「井上さんが嫌じゃなければ、なんですけど」
「それは全然……というか、呼び捨てでいいよ、井上って」
 さっそく言われたとおり敬語をやめた義孝。
「そうだよ呼び方どうにかしようよ、やりづらくない?苗字に”さん”って……もう仕事じゃんねぇ」
最終的に連絡先を交換して店を出た。

「じゃ井上君、またね」
「今度飯行こうな」
「おう、また」
 傍から見ると、夫婦とその妻の元彼という謎の三人であったが、まるで学生時代から三人で友達だったかのように手を振って別れた。





 寝る準備を整えて、ゴロンとソファーに寝転ぶ義孝。

――水野、元気そうだった

 もう何度も振り返ったのに、思い出すと胸がじんわり温かくなる。

 もう一度会いたいなんて思ったことはこれまでなかった。ただどこかで元気で生きていてほしいと思っていた。
 それでも今の姿を見て、旦那や子供と楽しそうに過ごしているのを知って、義孝の心はずいぶん軽くなっていた。

――大事な人、か
 真っ先に浮かぶのは悠汰のこと

 大事にしたかった。
 好意も抱いていた。
 悠汰からの好意も感じ取っていた。
 すごく嬉しかった。

 でも自分の存在は人を傷つけると盲目的に思い込んでいた。

 優里の時みたいに良くないことが起きる前に離れてほしかった。
 悠汰が傷つく前に。

 もっと正確に言うと、それを見て自分が辛くなる前に。

 悠汰が義孝を嫌って離れるのであれば、悠汰が思い残すことはない。

 だから自分はあんな事を言ってしまったのではないかと、今なら冷静に考えられた。

――もし立場が逆だったら?三沢が俺を守るために、思ってもないひどいことを言って離れさせようとしてきたら?

 考えただけで何かが刺さったみたいに胸がツーンと痛む。
 そういうときは、きっと怒ったり泣いたりしながら、一方的に去っていくんだろう。

  それはどう見える?
 ”その思ってもないひどいこと”を言うことで、悠汰自身も傷ついているように見えるのではないか?

 せめて、その前に話してほしいと、一緒に考えさせてほしいと思う。
 自分で自分を傷つける前に。

――あ、自分を犠牲にしないでほしいって、そういうことか……
 義孝のなかで引っ掛かっていたものがストンと外れる。

『近しい人が自分を無下にしているのを見るのは、本当につらい』

 俊二の言葉が脳裏に浮かぶ。
 もしかして優里にそうさせたのは自分で、つらかったのは俊二だったのだろうか。

 そう思うと申し訳なさが募る。

――三沢が待ってるって言ったのは、俺のことを尊重できる範囲で精一杯伸ばした手だったのかもしれないな……

 何とかしたくて、でも言葉通り本当に離れてほしいならそこに介入する余地はない。
 諦めて、去っていくしかないのだ。
 好きで隣にいたいのに。

 自分は悠汰にそれを強いて、優里にも似たようなことをしていたことになる。
 そう考えると、罪悪感で息を吸うのにつっかえそうなほど苦しくなった。
 嫌な動悸が胸を打つ。

 あれからずっと気にしていてくれた水野には、もう感謝を述べるくらいしか出来ることはない。
――でも三沢は……
 あの最後の三沢のキスは、"それでも好きだ" と言ってくれたのだろうか。義孝の最初の金曜日の言葉に従って。
『改めて返事してよ』
 悠汰の言葉が頭に浮かぶ。
 スマホを手にとって画面をつける義孝。

――三沢が好きだ。
 今なら一緒にいたいと思う。

 しかし、チャット画面を表示させて文字を打とうとしたところで手が止まった。
――さすがにそれは都合がよすぎないか?

 あんなひどいことを言った自分にそんなこと言う資格はあるのか。

 そもそも話を聞いてもらえるのか。
 会わなくなってから一ヶ月も経つのだ。

 画面の端の時計をみると日付はもう切り替わっている。
 多分今は、自分も優里たちに感化されている。
 冷静に考えられている自信がなかった。

 スマホに充電器を挿し、サイドボートに置く。
 義孝は気疲れも相まってすぐ眠りに落ちた。

 結局次の日も決心はつかず、悩んだ末やっと悠汰にメッセージを送れたのはその次の週末だった。
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