忘れられなかった君は

まちこのこ

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9.収束①

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 洗濯物を干し終わり、自室に戻る悠汰。
 スマホを手にとって通知をチェックする。しかし、待ち望んだ名前は一つもない。
 最初は落胆も感じたが、ここ最近はもうそれがあたりまえになりつつあった。

 義孝と一件あった日が十一月頭、その二週間後には予定より早く未咲が出産し、実家に赤ちゃんを連れてやってきた。だからではないが、悠汰は毎週実家に帰ってきていた。
 正直、母に加えて家事もこなせる匠までいるともう人手は十分だ。しかし、赤ちゃんもやってきて大変賑やかな実家は、変に考え込んで落ち込まずに済むので悠汰にはありがたかった。
 人手は足りてるとはいってもやることがないわけでもない。探せば手を動かす用があるのも気が紛れて助かる。

 赤ちゃんがいるからとはいえ、毎週帰ってくる悠汰に、家族(特に未咲)は何かあったと気づいているようだった。
 それでも、なにも言わず迎えてくれる家族には感謝しかなかった。

 ゴロンとローソファーにもたれ掛かる。

――もう諦めるしかないのかな

 悠汰としては、自分の気持ちはちゃんと伝えたつもりだった。
 その上で自分のことを同情だと感じるならもう無理かもしれない。
 まだ説得するとか、口説くとかいう手も思いつかない訳ではない。しかし――

――もうあんな顔、させたくない

 自分の言葉が、義孝を傷つけたのだろう。
 義孝が涙目で訴えていた姿が思い出され、罪悪感に襲われる。

――あんなにつらそうだったのはなんでだろう。僕が気持ち悪いとか?

 そう思うと本当に、連絡なんて待っても永遠に来ない気がしてきた。
 そんな状況でしつこく追い回すのは趣味ではない。

 はぁー、と何度目かわからないため息をつく。

「お兄ちゃんコーヒー飲むー!?」
 階段下から大声で妹、未咲が聞いてくる。

 産後でもこういうとこはいつも通りだ。元気で何よりなのだが。

「飲むから後で取りに行くー」
 大声で叫ぶと、了解したらしい未咲が去る足音が聞こえた。
 匠に「後でくるってー」と話しかける声がかすかに聞こえる。
 コーヒーを淹れているのは匠らしい。

 その時、スマホが鳴った。
 この音はメールではなくチャットアプリだ。
 土曜朝から誰だろう、などとと思いつつ画面をつける。そこには

 "井上義孝"

 予想外の文字列に心臓が跳び跳ねた。

 その下には、
『今出かけてる?話したいことあるんだけど』
 という文が表示されている。

 話したいこととは、恐らくあの一件に関してだろう。

 しかも、この文から察するに義孝は今自分の部屋を訪ねているのではないか。
 返信を入力するのがもどかしく、通話マークをタップした。

 まだスマホを出していたのか、数コールで義孝が出る。

『あ、三沢か?』
「うん」

 想う人の声が耳元で聞こえる。

 電話越しだが、一ヶ月ぶりの響きだった。

 返事がどうとか振られるかもとかそんな心配以前に、またこの声が聞けたことに身体が熱くなるような喜びを感じてしまう。

『メッセージ送ったけど……お前今外か?』
「うん……もしかして、返事、聞かせてくれるの?」
『あー、そう思って部屋まで来ちまったんたけど……まぁ改めるわ。行きなり来た俺がわ――』
「時間大丈夫なら待っててくれない?一時間くらいでいくから」
 義孝の声を遮るように悠汰が言った。

『……ん。電車でくる?』
「うん」
『じゃ、駅前の店入って待ってる。場所はあとで送るわ』

 義孝も日を改めるよりはさっさと済ませたいのだろうか。
 悠汰はスマホとキーケース、財布だけショルダーバッグに突っ込んでそそくさと家を出た。





 先程から心臓がバクバクして収まらない。
 ひどく焦っているし緊張している。

 悠汰は、義孝がいる喫茶店の少し手前で歩速を緩めた。
 動揺しすぎているのががあまりにも情けなくて、なんとか落ち着けようと無理矢理深呼吸する。

 電車では降りる駅を間違えそうだった。
 思えば1ヶ月、仕事は手につかないし連絡ばかり気にしてしまうし散々だった。

 初彼女のときも、結婚もアリだと思った彼女のときも、こんなにぐずぐずになることはなかったのに。

――僕、本気で井上のこと好きなんだな

 チラリとそんな考えが頭をよぎるも、堪能している余裕はない。悠汰は意を決して喫茶店に入った。

 中に入り見回すと、窓際の席に義孝は座っていた。
 顔は窓の外を向いて横顔しか見えないが、一ヶ月ぶりの姿にドキリと心臓が跳ねる。
 案内しようとする店員を『待ち合わせですので』と言って断り、足早に向かう。

「早かったな」

 悠汰に気付いた義孝が、割りと軽い雰囲気で声をかけた。

「朝からごめんな」
「いいや、全然」
 義孝の向かいに座った悠汰の前に、ウエイターが水を置いた。
「ホットコーヒーで」
 そういえばコーヒーは結局飲まずに来てしまったことを思い出す。
「かしこまりした」
 そう言ってウエイターが去っていった。

「久しぶりだな」
 義孝が口を開いた。
「そうだね」
「会議で会わないと、ホントに一切会わないんだな」
「あー、この前の会議は出張と被って……他の人に出てもらったんだ」
「そっか」
 義孝が悠汰の顔をじっと見つめた。
「……お前、なんか痩せた?」
 義孝との一件以来、食欲もあまり沸かなくなってしまったので、食べてない分痩せたかもしれない。
「え?……あ、いや……久しぶりだからそう見えるだけじゃない?」
 そんな情けない話、わざわざ耳に入れたくない。
「そっか……」
 そう返した義孝を見て、何かがざわつく。
――なんか井上、雰囲気変わった?
 気のせいかもしれないが、前はもっと氷のような冷たさを感じたのだ。

 踏み込めない冷たい膜のような。

 どうやら義孝は、悠汰の注文した紅茶が来るまでは本題に入らないつもりらしい。
 義孝は窓の外をじっと見ている。
 その横顔はなにか吹っ切れた後のようにも見えた。
 悠汰は緊張しつつも、とにかく井上の話を遮らないで聞こうと、気を引き締めた。



「ごゆっくりどうぞ」
 定型文を残し一礼して去ったウエイター。
 悠汰はソーサーに乗っていたスプーンで一回かき混ぜた。
 非常に熱そうなのでしばらく冷ますことにする。
「まず、謝りたい。この前はひどいこと言ってごめん」
 ペコリ、と義孝が頭を下げて言った。
ゆっくりと顔を上げるがうつむき加減だ。
「……俺、誰かと親しくなったらその人が傷つくって思ってた。……元カノみたいに。だから、三沢が嫌って離れてほしいと思ってあんな風に言った。本当にごめん」
 何となくそうなのではないか、と思っていたことがそのまま語られ、頭のなかでピースがはまるように納得する。

 しかし、頭のなかで一方で新たに沸き上がっていた別の声が大きくなる。

――雰囲気がちがう気がする、じゃない。

 これは、『明らかに違う』だ。

 具体的に何がと言われると言葉を考えなければならないが、直感的に違うと思った。今までが話しにくかったわけではないが、もっと近寄りがたい雰囲気が強かったのだ。

――前よりすごく話しやすいし、表情も柔らかい。

 明らかに良い変化なのに、それを喜べない自分がいる。
 反射的に口が動いた。
「うん、何か思うところがあるんだろうとは思ってたから、そんなに気にしないでほしい。というか……井上、雰囲気変わったね……?」
 恐る恐ると悠汰が問うた。
「そうか?……あ」
 なにか気付いたのだろうか。
 義孝の顔が一瞬でふわりと優しいような、物悲しいような表情になって述べた。

「この前、高校時代の元カノに会ったからかな」

――そんな顔、するんだ

「そ……っか……」
 相槌を捻り出す。

 ツキンと胸をつんざく何か。
 脳が視覚情報の処理を拒否するかのように目の前がぼんやり見える。

――こんな風に優しい顔をする井上に変えたのは、元カノさんか。いや違う、きっとホントは井上はすごく優しい。それをちゃんと表に出せるように、本来の井上を出せるようにしただけだ。

「たまたま会社帰り――」
 義孝が話を続けているが悠汰には全く聞こえていなかった。

 義孝の話に出てきた"元カノ"のことは覚えている。

 聞く限りではおそらく、家族や保護者ではない立場から義孝に初めて寄り添った人。
 義孝が大事にしたかった人。
 そして、親の介入で意に反して別れた人。

 同級生だと言っていたから、相手も二十代も後半だ。
 さすがにその人も親の管理下から離れているだろう。
 昔無理矢理別れさせられた女の人と、悩んでいるときに再会したら。
 そしてお互い、まだ未練が残っていたとしたら。
 ひと月という時間は、ことがそう収まるには十分すぎる時間だ。

――そんなの、よりが戻らないわけがないじゃん

 義孝の"親密で大事な人"の箱はもう、埋まってしまったのだろう。

――僕にはないものを、その人は持ちすぎている。

 ”男”と結ばれるべき”女”という性、
 高校時代を一緒に過ごした思い出。
 それ以外にも、きっとたくさん。

 義孝が心を許した子なのだ。
 優しくて、素晴らしい"女の人"に違いない。
 さぞかし甘い、良い時間を過ごしたのだろう。
 だからきっと義孝も、いい方向に変わった。

――どう頑張っても勝てない。
 勝ち負けで言い表すことではないのに、それ以外に言い表せなかった。

 目が熱い。きっと液体が溢れそうになっているが、拭う気にもなれない。

 いつ僕はそれを伝えられるのだろう。

 いつ祝福の言葉をかければいいのだろう。

「僕は今日、振られるの?」

 先走った悠汰の口から出た言葉は、頭で考えていたのとは裏腹だった。

 ダメだと思うのにとどまれなかった。
 
「え?……三沢、なに言って――」

「"久しぶりに会った元カノとよりが戻ってよかったです。僕に迷惑かけてごめんね"って、そういう話?」

何か言ってないと泣き出しそうだった。
「三沢?おい、違――」
「話聞いてる感じ、きっとすごくいい子なんでしょ?うれしいよ、昔の心残りが解決したみたいで。」
――話を聞かなきゃいけなかったのに。言い方もひどい。井上を困らせてる。
 止めなければと思うのに、勝手に口は動くばかりだった。
 しかし今から何を言われるかと思うと、そうやって自分が困り顔にしていることが心を楽にしてしまう。

 最後くらい僕に困ればいい。

「ご丁寧にありがとう、よかったよ。祝福する。だったら僕は――」

 パ、と
 手が何かに包まれる感覚。
 悠汰が手元を見ると、義孝の両手で自身の片手が強く握られていた。

「三沢、一回止まってほしい」
 自分の目を覗き込む義孝のまっすぐな視線。
 消え去っていた店の喧騒が再び耳に帰ってくる。
 目の前の義孝は困ったような申し訳ないような顔だった。
 我に返ったとたん、恥ずかしさと申し訳なさでいたたまれなくなってくる。
「あ……えっと…………ごめん」
 ゆっくり手が離れると、義孝がフー、と息をつく音が聞こえてきた。
 思わず強ばる身体。
「三沢に言いたかったのはそんなことじゃなくて……」
――僕が遮らなければ話が中断することもなかった。
 申し訳なさがさらに募る。

 義孝が向き直って少し姿勢を整えたが、迷っているように視線が動いている。
 そして意を決したように一度息を吸って吐くと、改まった口調で言い放った。

「三沢、高校のときから、今もずっと、好きだ。俺への気持ちがまだ残ってるなら、今度は受け取らせてほしい」

――………え?

 想定外の言葉に頷きすら返せない。
 顔を上げて義孝を見ると、冗談ではなさそうだ。

「その……三沢と恋愛関係になりたい、ってこと」
 半分も意味も理解しないくせに、反射的に疑問だけは口からスッと出てきた。

「え……元カノさんは……?」

 悠汰がそこを気にするのは当たり前だと思っていたのか、義孝は落ち着いた口調で説明し始めた。
「アイツは……三沢とこうやって向き合えるようになるきっかけをくれただけで、今は恋愛としては好きじゃない。さっきも言ったけど、向こうももう旦那さんいるし子供もいる。すごく幸せそうだったよ。そのまま幸せでいてほしいと思ってる」
「あ……そっか……」
 そういえばそんなことを言っていた気がする。
 なんとみっともない早とちりだったんだろう。
 情けなさに顔がうつむいていく。

――井上にとってすごく大事な人だとわかっていたのに。
 悠汰が顔を上げれずにソーサーの縁を撫でていると、義孝がさらに話を続けた。
「俺、三沢を特別好きになっただけで、もともとは女の人も恋愛対象だと思う。元カノと付き合ってたときは、触りたいと思ったし、きっと興奮もする。……軽いキスしかしたことないから、予想でしかないけど」
 一度言葉を切った義孝。
「三沢と付き合えたとしても俺、元カノのことは大事にしたいんだ。この前は連絡先も交換したし、何か頼まれたら聞いてやりたいと思う。いや……この言い方だと語弊があるな。隣にいて幸せにしたいとか、そう言う意味で好きだとかいうんじゃなくて。元カノにもとにかく幸せになってほしいんだ。……一般的には、親戚とか兄弟とか、こんな感覚なのかもしれないけど……それは俺にはわからない」

――『友達として』とかが当てはまるんだろうな。
 男女関係じゃ一番信用できない言い方でもある。

 悠汰の頭は落ち着きを取り戻し、比較的冷静に義孝の言葉を理解していた。

 義孝が悠汰に向き直って、緊張した声で続けた。
「三沢の気持ちがまだ残ってるなら、元カノの事も大事に思うのを許してくれるなら、俺と付き合ってほしい。……今更なに都合のいいこと言ってんだって思うかもしれないけど、三沢のこと大事にして、三沢に大事にされたいんだ、三沢の隣で」

 しばらくの沈黙。
 まっすぐ自分を見ている義孝に耐えられなくて、悠汰は逃げるように手元の紅茶に目をやった。

 緊張した空気はここだけで、二人の周りには休日のゆったりした空気が流れている。
 ここまで言われれば、どう取っても誤解しようがない。

自分が、義孝に告白されている。

 胸の中に静かに熱いものがこみ上げてくる。
 悠汰は顔もあげず、静かに話し始めた。
「井上の事、嫌いになるわけないじゃん。どれだけ片想いしたと思ってるの?……元カノさんの事だって、さっきは早とちりしちゃったけど、井上の大切な人だってわかってる。これからも大事にしてほしいって思ってるよ」

 身体が熱い。
 義孝の注目が自分に集まっているのを肌で感じる。

「僕からも改めて言うよ」
 フッと顔を上げると、期待しているような、不安に満ちているような、義孝の目。

 ごめんね。
 もう言うから、あと数秒待ってほしい。

「高校生のときからずっと惹かれてた。井上の事、すごく好きで大事にしたい。僕のこと好きだって言ってくれて、今死んでしまいそうなくらい嬉しい。だから……よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げた悠汰。

 二人の間に、息の音も聞こえない静音が流れる。
 十秒だろうか。一分だろうか。

 はあぁ、と義孝が大きく息を吐いた。
 緊張して呼吸を止めていたのだろうか。

 しかしその顔は喜びが溢れて弛んでいる。
 悠汰も思わず笑みになる。

「……よかった」
 気が抜けたのか、机に伏せるように腕をついてポロリとこぼした義孝。
 自分の言葉に安心している義孝をみて、どうしようもない衝動がこみ上げてきた。

 悠汰はコーヒーのカップを手に取り、勢いよく飲み干した。
 立ち上がって井上の側に行き、伏せている片手をつかむ。

「どした――」
 何事かとこちらを向いた義孝と入れ替わるように目をそらす。

 僕、おかしい。
 身体が勝手に動いていく。

 何がしたいのか、今から義孝をどこにつれていきたいのか、頭では理解している。

 断わられたらどうしよう。

 でも触れたい。

 休日の朝っぱらからすることか?

 井上を腕のなかに閉じ込めたい。

 さっきの今で、まるで身体だけを求めているようでみっともない。

 気持ちが自分に向いたのならば、自分の気持ちが届いたのならば、それごと身体も味わいたい。味わってほしい。

 がっつきすぎて引かれたくない。

 この熱を発散したい。義孝に受け取ってほしい。

「今から僕の家、来ない?」
 上気した顔は、言葉にされなかったところまで語っているようだった。
 反応が聞こえず、視線を義孝に戻すと義孝が腕をつかみ返してきた。
「行く」
 声は大きくなかったのに、悠汰の耳にははっきりと聞こえた。





 乱暴にドアを開け、義孝の腕を引いて部屋に引き込む。
 ゆっくり戻るドアがもどかしくて取っ手を引っ張って閉めた。
 カチャンとシリンダーを回すと、自分のものではない腕がチェーンを掛けていた。
 急いてしまってしょうがないのは自分だけではなかったのかとホッとする。
 気が付けば義孝の腕が背中に回り、自身の腕は義孝を抱き寄せ、唇が重なっていた。
 フワッと義孝の香りが鼻に抜け、今腕の中に待ち望んだその人がいることを強烈に自覚させる。

――熱い。気持ちいい。欲しい。

 目をつむって相手の口腔内を堪能する。自信と同じように熱いその体に、苦しいような興奮が胴の底から湧き上がってくる。
 悠汰が数歩動いて義孝を自身と壁の間に閉じ込めた。
 それ以外をわすれたような接吻は継続したまま。
 背中側に回した手と身体の重心を動かし、義孝が壁にもたれるように誘導する。
 義孝の腿の間に自身の片脚を割り入れ、逃がさないとでもいうように口腔内を犯す。
 鼻から酸素は取り込んでいるのに息が苦しい。
 二人分の短く荒い息の音が静かな玄関に響く。
 下腹の奥、それの付け根から熱が溢れてやまない。
 慰めるように腰をグッと押し付けると、二人分の服越しに触れたそこが熱い。
 服を脱がせて素肌に触れたくて、服の下に手を突っ込んだその時、

義孝が悠汰の両肩に手を置いて身体を引き離した。

 目の前には、濡れそぼった義孝の唇。
 再び食らいつきたくなる衝動をいなしながらはあ、はあ、と酸素を取り込む。
「ごめん……シャワー、借りていいか」
「……あ、うん」
 急に家に連れてきたのは自分だ。
 そりゃ準備したいよな、と頭にわずかに残った冷静な部分が同意する。
「あー……じゃあ僕先入ってくる。冷蔵庫に飲み物とかあるから適当にしてて」
「ん……」 


シャワーを浴び終わり、浴室から出るころには少し落ち着きを取り戻していた。
 手早く部屋着を着て、義孝が使う用のタオルや服を出しておく。
――もっと慣れたら、こういう時二人でシャワー入って身体洗ったり準備を手伝ったりできないかな
 変化した関係性に今後の期待を寄せる。
 悠汰は脱衣所を後にした。


 ピ、とエアコンをONにする。
 十ニ月も中旬に差し掛かろうという頃だ、屋内でも裸体で過ごすのはきっと寒い。
――そいえば何かに、あったかい部屋のが勃ちやすいみたいなこと書いてあったな。
 そこの思考を深堀すると興奮してしまいそうなので、努めて思考を取りやめる。

――こんなに明るい昼間から、パートナーのシャワーを待つなんて思ってもみなかった……
 期待と緊張に心臓がドキドキしているが、頭の中は比較的冷静だった。
 手近な位置に必要になるものがあるか確認しながら、頭の中で独り言を漏らす。
――一応、水くらい準備しておこう。のどが渇くかもしれないし。……途中で休憩挟んで長丁場になるかもとか、そういう意味じゃなくて。念のため、ね?
 もう悠汰の頭の中はぐちゃぐちゃだ。
誰に言い訳して誰に念押ししているのだろうか。

 ペットボトルの水をサイドテーブルの端に待機させる。
 続いて、カーテンを全部閉めた。
が、まだ正午にもなっていない部屋は当たり前のように明るい。

――井上はどういうのが好みなのだろう。

 せっかくなら好きなようにさせてあげたいと思うが、何せ一回流れでやっただけなのだ。好みも何もよくわからない。

 ベッドに腰掛け、パタンと寝転がる。

――今日は前よりもっと、時間をかけて
僕がどのくらい好きなのか、思い知ってほしい。

 悠汰は腰の奥にズクリと熱いものを感じた。
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