上 下
12 / 23
極道と冒険者ギルド

極道とバーテンダー

しおりを挟む
「オヤジ、酒だっ」

酒場のカウンターまで辿り着いた石動。

バーテンダーの服を着た、白髪交じりの男に向かって、威勢良くそう言ったまではいいが、よく考えてみると、この世界では、まだ酒を飲んだことがなかった。

 ――まぁっ、飲める範囲のもんが出て来るといいんだけどよっ

まだ、この世界の住人の味覚を信じていない石動は、とんでもなくマズイ酒が出て来るのではないかと、気が気ではない。

木製のタンブラーに入れられて出て来る、赤い液体。

まずは、鼻をひくひくとさせてニオイを嗅ぐ。それから、恐る恐る口に入れてみる。前世で飲んでいた酒と、さほど変わりはなさそうだ。

 ――まぁっ、ワインみたいなもんかっ

とりあえず、飲めそうな範囲のもので、ホッと胸を撫で下ろす。


そんな石動の様子を、いぶかしがるように見ている、店の初老男性。

「あんた、余所者よそものかいっ?」

「あぁっ、まあなっ」

 ――別世界から来てんだから、余所者よそものにはちげえねえがっ、まぁっ、余所よそにも限度ってもんがあるわなっ

「なんだっ? ここは、一見さんは、お断りなのかっ?」

「いやっ、そうじゃあねえがっ……ここの連中も、元々は、流れ者だったしなっ」

「ただっ、わざわざ、こんな店に入って来るだなんて、随分と、物好きがいたもんだと、そう思ってな」

「まぁっ、物好きには違いねえなっ」

-

酒を出した初老の男は、バオカと名乗った。

「あんたがっ、ギルドマスターって奴かいっ?」

外の掲示板で見た程度の浅い知識で、ここアラクレンダでは、ギルドマスターが一番強いらしいことを知った石動。

「いいや、俺はしがないバーテンだっ」

「ギルドマスターは、ちょっと、出掛けちまってる」

「あぁっ、そうなのかいっ」

ここのギルドマスターが、どれぐらい強いのか、それを知りたかった石動は、残念そうな顔をする。


「その、ギルドマスターってえのは、どれぐらいつええんだっ?」

そう尋ねると、目を輝かせて、まるで自分のことのように、自慢話をはじめるバオカ。

「ここの、ギルドマスターはなあっ、そりゃもう、伝説級の冒険者よっ」

「この町で『イナズマサイクロン』って名前を、知らねえ奴はいねえっ」

バオカはドヤっていたが、その名前を聞いた石動は、完全に引いている。

「おいおいっ、そりゃ、どう考えても、違った意味で、ヤベエ野郎だろっ」

自分をイナズマサイクロンと呼ばせているような男が、マトモな人間だとは、到底思えない。

 ――おいおいっ、なんだよっ、その、地方の売れないプロレスラーみてえな、ネーミングはよおっ

 そんな、ふざけた呼び名の奴が、俺より強いってえのだけは、勘弁して欲しいとこだぜっ

-

「なあっ、あんたっ、ギルドに登録しに来たのかいっ?」

一気に酒を飲み干す石動に、今度はバオカが聞いて来た。

「いいやっ、登録する気はねえなっ」

「俺は、一つ所に、落ち着いてられる性分じゃねえっ」

子供時分に、威勢会いせいかいの会長に拾われて、極道の組織に所属はしていたが、基本的に石動は、群れを成すのが好きではない。

「まぁっ、単なる、物好きの冷やかしだなっ」


石動は、酒のおかわりを頼む。

「まぁっ、しっかし、随分と、上手いこと考えやがったなっ」

「冒険者からは登録料を取って、クエストの依頼料は前金で貰う、成功報酬は、冒険者に渡す前に中抜き……」

「おまけに、情報収集に来た冒険者達が、この酒場で飲食代を落として行くとくなりあゃ、あんたら、ぼろ儲けだろっ? 全く羨ましい限りだぜっ」

「うんっ? まっ、まあっだなっ……」

そこは、曖昧な返事をして、さすがに誤魔化すバオカ。

-

そして、改めて、酒場を見回す石動だったが、店内は男ばかりで、茶色、黒、灰色ぐらいしか色が無く、やはりどうにもむさ苦しい。

「まぁっ、よく考えてみりゃあ、随分と、男臭せえとこだよなっ」

「こういうとこは、若い女のウェイトレスとかが居るもんなんじゃねえのかよっ?」

「馬鹿野郎、そんな若い女なんか雇って置いといたら、こいつ等に、みんな犯されちまうよ」

「なるほどなっ、まぁっ、そりゃそうだろうなっ」


ちょうど、そんな話をしている最中、酒場のウェスタンドア、その前に、鴨がネギを背負ってやって来ていた。

「ちょっ、ちょっとぉっ、本当に大丈夫なんでしょうねっ?」

「……なっ、なんか、随分、おっかなそうなところだけど……こっ、ここで、いいのよね? ムゥジャ」

「ぼっ、僕が、先頭で入るから、ズッチィも、バトゥコタも、後ろに隠れてて……」

三人組の新米冒険者が、このギルドに登録しようと、やって来たのだ。


ドアを押して、彼等が足を踏み入れると、酒場の店内が、一気にざわめく。

「ヒューッ」
「へッ、へへへッ」
「イッヒ、ヒヒッ」

その声に気づいて、入り口の方を見やる石動。

「おいおいっ、あれまだ、子供ガキなんじゃあねえのかっ?」

石動から見れば、せいぜい、十代の高校生ぐらいにしか見えない三人組。ただ、劣悪な環境のせいで、寿命が短いこの世界では、十代はすでに、大人扱いされることがほとんどだ。

「まぁっ、あれだな、狼の群れの中に、羊が三匹飛び込んで来やがったぜっ」

先頭の男子、ムゥジャは、白いボアが付いた黒いレザーのロングコートをなびかせる、まるでアニメキャラのコスプレみたいな出で立ち。

後ろにいる女子の一人、バトゥコタは、ホットパンツにロングブーツを履いて、その間の領域は、褐色の生足が覗いている。上もノースリーブのヘソ出しトップスと、露出度が高い。

もう一人の女子、ズッチィも、赤いミニのワンピースに、魔女のような三角帽子を被り、手には杖を携えている。

女子の二人に至っては、まるで性犯罪者予備軍を、敢えて煽りに来たかのような恰好で、女に飢えた荒くれ者どもは、すでに、いやらしい目でジロジロと、舐め回すように見ている。

「やっ、やだっ、なんか、恥ずかしいんですけどっ」

「ぼっ、冒険者って、こういう服装が定番なんじゃなかったのっ?」

「おかしいなぁっ、僕は、そう聞いたんだけど……」


いずれにしても、この三人組、場違い感が半端ない。

 ――まぁっ、あれだな、田舎の高校生が、夏休みになって、勘違いしたド派手な衣装を着て、深夜の歌舞伎町にやって来ました、みてえな奴等だなっ

 まぁっ、焚き火の中に突っ込んで来る虫だっているぐらいだしなっ、そういうのがいても不思議じゃあねえけどよっ

「まぁっ、あれだな、まさに、飛んで火に入る夏の虫ってやつだなっ」
しおりを挟む

処理中です...