転生奴隷チートハーレムの後は幸せですか?

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第7話 馬面

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 カーサが後宮に来て既に数日が経っていた。
 している事といえば日々同じことの繰り返し。衣食住は事足りているが娯楽は少ない。

「しかし暇ね」

 昼過ぎ、自室にて床に寝転ぶカーサが言う。
 今日は主上が王宮へと外出しているため夜伽はない。その知らせを受けて世話番の仕事をそうそうに終えた二人は暇を貰っていた。
 とはいえ他にやることがある訳では無い。そんな時皆はどうしてるかと言えば読書や演奏、裁縫などで思い思いに時間を潰していた。
 そのどれもが興味のないカーサにとって今は地獄のような時間だった。

「そうだねー」

 気のない返事が返ってくる。隣で寝転ぶアポロは差し込む光で趣味の日光浴中だ。
 サラマンダー種とはそういうものらしいと本人から聞いていた。トカゲの要素を持つ彼女らは、炎がない環境では体温を上げるためにそのような行為を好むそうだ。
 うつらうつらと船を漕ぐアポロに、

「こんなんでいいのかしら」

 カーサは疑問をぶつける。
 
「お勤め以外のことですることないしねー」

「やれることが少ないのよ。ここ数日会話と掃除しかしてないわ」

「みんなそうだけどねー」

 アポロはやる気の見えない返答を繰り返していた。目を閉じて、穏やかな呼吸を繰り返している。
 このまま話をしていてもお互いのためにはならない。そう思ってカーサは身を起こす。
 愛用のバッグを手に取り、背負う。あとはここ最近着なくなったベストを着こんで、

「ちょっと出掛けてくるわ」

「どこに?」

「散歩」

 カーサは短く答えて部屋を出ていた。



「なーんーかーなーいーかーなー……っと」

 後宮の敷地は広い。馬鹿みたいに大きな建物を要するのだから当然だが、随所に広場のような場所があり、時折そこで女衆が集まって談笑をしていた。
 その中をカーサは一人歩いていた。故郷の鼻歌を口ずさみ、そこらへんに落ちていたちょうどいい長さの木の枝を手に持って。
 綺麗に整えられた敷地内はつまらないの一言に尽きる。大きな村のようになっているが市場もなければ畑もない。経済活動はすべて外で行っているのだ。
 後宮内で生産されるものもない。運営にかかる費用はすべて主上の懐から出ている。言い換えれば後宮内にあるものはすべて主上のものとも言えた。
 それは間違いなく、人も含む。
 大きなおもちゃ箱の中にいるのと同じことだった。カーサはそれが堪らなく不快で、気を紛らわす何かを探していた。
 と、前方から歩く人の姿を見てカーサは立ち止まる。
 土煙を上げ、その筋肉隆々な肌を見せて歩く。男が居ないはずの園で上半身裸で彷徨く男は異様に注目を集めていた。
 何故、とは思わない。思えば後宮で最初に会ったのが彼だったことを思い出していた。
 馬面の彼は美しい鬣を風に晒しながら一直線にカーサの方へ歩いていた。
 近づくにつれその大きさが際立つ。首が痛くなるほど見上げていると、
 
「お、嬢ちゃん。こんなところでどうしたんだい」

 踏む前に気付いた男性が足を止める。
 
「散歩よ」

「なんだ、色々知って逃げ出したくなったのかと思ったぜ」

 軽い口調は相変わらずだった。
 カーサは一瞥すると顔を背ける。腕を組んで、木の棒を振りながら、

「お生憎様。まだ何もしてないのに逃げるなんて小人族の恥よ」

「あーあんたんとこは好奇心の塊みたいなもんだもんな」

「悪かったわね」

「俺のダチにも小人族がいてな。何百回やらかしたかおぼえてねえわ」

 男性は空を見上げて言う。
 その口元は緩んでいた。思い返すように目を閉じて、小刻みに頷く。
 一度目は諦めろという言葉を聞いたことがない小人族はいない。小人族はいつも何かをやらかす。だから一度目のやらかしには目を瞑り、直ぐにやってくる二度目に注意しろという意味だ。
 そんな言葉が流行る原因のせいで自分のような常識のある小人族が損をするのだとカーサはむくれていた。
 
「ふん、随分と堪え性のない同属もいたものね」

「はっはっ、小人族から堪え性なんて言葉が出てくるなんてな」

「だらしない男と違ってレディはお淑やかなのよ」

「そうかそうか。そういうことにしておいてやるよ」

 馬面はその腕でカーサの頭を撫でていた。
 押しつぶされるかと思うほどの力に、止めてよねと手を振り払う。しかし渾身の力を込めてもびくともしないため、仕方なく身を引くしか無かった。
 主上以外の男性が女人に触れることはどうなのかと思いながら、

「で?」

 カーサは見上げて問う。
 それに馬面は眉間に皺を寄せて、

「で?」

「真似すんじゃないわよ。どこのどいつなの、その一族の恥晒しは」

 馬面はその言葉に口を曲げる。
 言いづらそうに、腕を組み、顔を振る。

「ああ、いや、あんまり言うと怒られるんだよなあ」

「安心して。私、口は硬い方なの」

「小人族からその言葉を聞くと不安になるんだよなぁ」

 ぽつりと漏らした言葉にカーサは含みのある笑みを浮かべる。
 そして目の前にある彼の脛を軽く蹴り飛ばしていた。
 
「黙りなさい。そこら辺の奴と比べないで」

 痛がる様子もない彼に、カーサは鋭く言い放つ。 
 
「……まあいいか。面白そうだし」

「で?」

「俺のダチの名前はブラッシュレント。毛玉のレントンだよ」

 それは何処かで聞いた名前だった。
 
「……は?」

 ……まじかぁ。
 奇しくもそれは長老から口酸っぱく言われていた問題児と同じ名前だった。
 いや、きっと同一人物だろう。
 カーサがほうけてだらしなく口を開けていると、伝わらないと感じたのか馬面はもう一度説明をする。
 
「だから、レントン。ちんちくりんの毛むくじゃらの奴さ」

「し、七英雄の一人と同名なんて、バチ当な奴もいたのね」

 認めたくなくてカーサはとぼけるが、

「いや、そいつだぞ」

「本当?」

「マジマジ」

 気軽に言う馬面に、カーサは頭を抱えていた。
 苦々しく漏れる吐息。同族の中でも一際有名な者が恥ずかしい真似をしていることもそうだが、

「……もしかして貴方も?」

 カーサは見上げた先に恐る恐る聞いていた。
 七英雄の知り合いなら同じ七英雄である可能性が高い。それでなくても女人しか居ない後宮を闊歩できるのだ。それくらいの理由が必要だった。
 しかし、彼は口元を指で掻いて、

「俺? 俺は……違うかなぁ」

 わざとらしく目線を横に逸らしていた。

「嘘が下手すぎるわよ。というか馬族の七英雄なんて一人しかいないじゃない」

 ブライアン。豪傑のブライアン。
 過去の戦争では身の丈を超える斧槍を操り、固く閉ざされた城門をひとりで押し開いた逸話を持つ、力自慢だ。
 膂力だけなら他の七英雄の誰よりも上。そのくせ知的な一面もあると、市井で人気の人物だ。
 そんな彼の脛を蹴り飛ばした事を思い出して、

「……あれ、もしかして私って不敬罪で打首?」

 十二分にあり得ると、カーサは一歩引いていた。
 その様子にため息がひとつ聞こえ、

「しねえよ。今じゃ七英雄の名前なんて何の役にも立たねえからな。所詮は戦争の時だけ役に立つ歯車なんだよ」

「主上はあんなに崇められてるのに、だいぶ扱いが違うのね」

「あれはあれで貧乏くじだけどな」

「貧乏くじ?」

 カーサは疑問に首を傾げる。

「ああ、まぁいずれ分かるかもな」

「何よ、隠し事?」

「かなあ」

 言いづらそうに呟いた言葉は風に乗って消えていった。
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