転生奴隷チートハーレムの後は幸せですか?

文字の大きさ
8 / 34

第8話 夜伽

しおりを挟む
「帯の締め具合は大丈夫ですか?」

 アポロが紫鬼に尋ねる。
 種族特有の衣装に身を包む彼女は、腹部に巻かれた帯のゆるみを確認して、

「ええ、問題ないわ」

 納得したように深く頷いていた。
 それは今まで見てきた中でも一等上等な衣装だった。
 細かい細工の施された布地は見る角度によって色と煌めきを変え、浮かぶ模様は荒々しい炎を感じさせる。使われている素材も女郎蜘蛛や土蜘蛛族の縦糸を編んで出来ていて、柔らかくも強靭、一着で一軒の家が余裕で立つほど高価なものだった。
 その日は主上との夜伽の日だった。直々の指名により、夕餉からそのまま夜の営みまでを共にする。派手に着飾るのはそこで飽きられないようにするためだった。
 目が飛び出るほど高いそれを十枚、重ねて着る。金属鎧よりも頑丈な衣装は相応に重く、鬼種の筋力がなければ潰されてしまうだろう。
 普段ですら三枚ほどなのだ。さすがに重さを感じないという訳にはいかず、紫鬼は立ち上がると少しよろめいていた。

「大丈夫ですか?」

「えぇ……」

 額に薄く汗をにじませた彼女は、暑いと胸元を少し開く。
 せっかく着つけた着物が崩れるのも厭わず、

「ちょっと、筋力が落ちてきちゃったかしら?」

 困ったように笑っていた。
 幾ら力が強くとも一日中寝て食べて呑んでの生活を続けていれば体もなまる。特に鬼種にとって運動とは即ち喧嘩、力比べだ。後宮内でそんなことを許可されるはずもなく、ストレスを吐き出すために呑むしかない。
 種族の在り方すら変える生活にカーサは不快だった。しかしもう何も言わないとも決めていた。
 納得して選んだ人間にかける言葉がなかった。
 カーサは支度の終えた紫鬼に小物を手渡していく。
 装飾品に香り袋、そして、
 
「あの、これ……」

 最後に手渡したものは液体の入った小瓶だった。厳重に鍵のついた小棚に入ったそれを一つ取りだしていた。
 中身が何かはわからない。しかし傾けてもあまり動かないことから粘性が強いことだけはわかる。

「ああ、気をつけてね。あまり身体に良くないものだから」

「何に使うんですか」

「うーん……」

 紫鬼ははっきりとしない態度で苦笑していた。
 珍しい、カーサはそう思いながら眉をよせる彼女の顔を見ていた。
 目と目が合い、紫鬼は軽いため息をつく。小瓶を指先でつまんで振って見せた後、

「ちょっと恥ずかしいけど知っとかなきゃいけないことだものね」

 そう前置きして、

「これは主上の子種を殺す薬なの」

 つまりは避妊薬。
 子供を作らずに夜伽をするにはそういう小細工が必要だった。その理屈に納得したカーサはかすかな好奇心から、

「あー……どうやって?」

 と尋ねていた。
 すると、紫鬼は小瓶を下腹部に当て、

「あそこに塗るのよ」

「……体に良くないんですよね?」

「ええ、だからあんまり長いことお勤めはできないの」

 紫鬼は力ない笑みを向けていた。
 またか、とカーサは思う。
 女性の内臓に毒を塗ってまで夜伽をする。普通に考えれば非情非道な行いだ。それをよしとする関係者全員に鋭い怒りが沸く。
 しかし突然沸いた熱は風のように一瞬で通り過ぎていた。もう何を言っても無駄だと諦めていた。
 しかし一応と、カーサは不満をにじませて言う。

「もっといい薬はないんですか?」

「それがないの。主上に毒は効かないのは知っていると思うけれどそれが子種にも強く出ていて普通の薬じゃ効果がないかもしれないって」

「そんなの、酷すぎるわ」

「かもしれないわね。それでも私たちは主上に尽くさなければいけないのよ」

 毎度のこと、最終的に同じところにたどり着く話にカーサは目を細める。
 
「どうして?」

「お勤めだから、ね」



 時間になり、主上の屋敷に三人は訪れていた。
 向かうのは主上の寝室だった。清々しいほど広いエントランスを抜け、階段を上った先に目的地はある。
 屋敷の中には使用人の女衆の他、エメリアの姿があった。軽鎧姿の彼女は帯刀はしていないものの、予断を許さない雰囲気を纏っていた。
 先導する彼女の後をついて行く。案内された部屋は若草色の草を編んだ敷物で満たされて、草原のような独特の匂いを撒いていた。

「ここでは履物を脱げ」

 エメリアは短く告げる。それに従い、履物を脱いで近くの下駄箱へとしまう。
 部屋の中は思いの外こじんまりとしていた。装飾も殆どなく、他の部屋に比べて異様に映るほど質素だった。
 部屋の真ん中には大きなローテーブルが置かれ、一輪挿しの花瓶だけがその存在を主張している。他には幾つかクッションが並んでいるだけで本当に何も無い。
 夜伽のためのベッドすらないのだ。カーサは疑問に思いながらも口を閉じて、動向を見守っていた。
 主上の姿はまだなく、四人が部屋に入ると、後ろから現れた女衆がテーブルに食器や酒器などを並べていく。
 どれも造り手の思いのこもった作品とひと目でわかる。ただしばらくすると、紙の貼られたパーテーションが目の前に置かれていた。
 ……なにこれ?
 視界を遮るように設置されているせいで辺りがまるで分からない。カーサはパーテーションに手をかけると、

「何かあるまでそこで待っていろ」

 エメリアのきつい目が突き刺さる。
 あくまで二人の空間を作る事が目的なのは理解したが、
 暇ねぇ……
 やることも無く寝ててもいけない。ただひたすら呼ばれるまでじっとしていることに耐え難い疼きを感じていた。
 同意を求めるようにカーサはアポロへ目を向ける。しかし彼女はこの状況でも目を輝かせていた。
 その顔はようやく主上に会えるということへの喜びに満ちていた。変に水を差すのも悪いと思い、カーサは話すことを止めた。
 しばらくして、

「失礼します。主上がお見えになりました」

 引き戸を開けて現れた女衆が一言告げると、一組の足音が部屋に入ってくる。淀みない足取りがその部屋の主であることを告げていた。
 彼は座っている紫鬼の隣に腰を下ろす。その様子は影となってパーテーションに映っていた。

「まずは食事からになさいますか?」

 まず紫鬼が話しかける。とくとくと酒器に酒を注ぐ音が部屋に響く。

「いや、話がしたい」

 張りのある、若い男性の声だった。
 主上の声にアポロは目尻を下げて、はぅと感極まった声を漏らす。
 
「ええ、わかりました」

 そして他愛のない談笑が始まっていた。
 後宮のこと、国のこと。好きな物、家族の話。主上は相槌を打つだけでなく自分からも様々なことを話していた。
 この世界に降り立った時のこと、様々な地で冒険をしていたこと。出会った人々や敵となった人や獣達。
 いいなぁ……
 カーサはじっと耳を傾けていた。そこには自分が憧れる世界の姿があった。
 命令とはいえこんな所で燻っている自分が嫌になる。憧れる世界に身を置いて、それを捨ててこんなところで時間を浪費する人を嫌いになる。せめてその顔を見てやろうと慎重にパーテーションから顔を覗かせていた。
 横で見ているエメリアはその行為を一瞥して、咎めるような目で見るがそれ以上は口にしない。気付けばアポロも堪えきれずカーサと同じようにしていた。
 あれが……
 視界の先にいたのは想像通りの男性だった。逸話で語られる通り、痩せ型でそれなりに身長のある、とてもでは無いが戦争を停めた英雄とは想像出来ない弱々しい姿だ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...