転生奴隷チートハーレムの後は幸せですか?

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第9話 毒

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「……なんか普通ね」

 カーサは小言で呟く。

「あれ? 主上の写真見たことないの?」

「違うわよ。オーラっていうか雰囲気みたいなものの話」

「そんなのわかるわけないよ」

 不満げにアポロが呟いていた。目線はいつまでも主上へと向いている。
 一目見た。もう用事は済ませたとカーサは身を戻す。下手に見つかっていちゃもんをつけられたくなかったからだ。

「まあいいわ。子作りが始まっちゃえば暇なわけだし。さっさと致してくれないかしら」

「ムードがないわねえ」

「おあいにく様。うちの種族はムードよりも早さ重視なのよ」

「えー」

「えーってなによ。むかっしからそういうもんなんだから仕方ないでしょ」

 種族毎に交尾のスタンスは様々だ。たから文句を言われても困るとカーサは頬を膨らませる。
 その様子にアポロは軽く笑みを浮かべる。そして、でも、と前置きして、

「主上はすっごいって聞くよ? 不感症のゴーレム族までメロメロにしちゃうんだって」

「アポロ、どこでそういう情報仕入れるのよ」

「ん-、秘密」

 彼女は人差し指を口元に当てていた。
 時たま見かける井戸端会議ではそういう話で盛り上がる女衆がいることは知っていた。だからカーサは興味なく、

「あっそ」

 短くそう答えていた。
 その時、

「あそこにいるのは新人の女人かな」

 主上の声がした。顔を少しだけ出していたアポロは急に引っ込めるとバツの悪そうな表情をしていた。
 見つかるわよね……
 騒いでいた訳では無いが長い間覗き込んでいた。見ればエメリアが短く嘆息をしている。

「はい、挨拶させましょうか?」

「いや……まあいいか。たまには外の話も聞きたいし」

 紫鬼の問いかけに、主上は答える。
 
「アポロ、カーサ」

「はい」

 呼ばれ、パーテーションから身を出す。
 紫鬼は二人を見て、困ったような笑みを浮かべていた。

「主上が話相手を所望しているわ。何か面白い話はあるかしら」

「え、お話させていただいてもよろしいんですか?」

 姿を見せたアポロは食い気味に尋ねる。
 主上──ソウタ──は柔らかく微笑んでいた。咎める様子はなく、酒で唇を湿らせると、

「ああ、かまわないよ。世界中を見て回ったけどやっぱり大陸は広いからね。いろいろと聞かせてほしい」

「やった!」

 ソウタの言葉にアポロは満面の笑みをうかべていた。
 ……はあ。
 足を揃えて座るカーサは口を挟まずその光景をただ眺めていた。行楽地に来たように楽しそうに話すアポロの邪魔をしないためと、気乗りしない自分に注目がいかないようにするためだ。
 アポロは生まれ故郷について話していた。そこら中から可燃性ガスの吹き出る火山で、大規模な噴火があったこと。火山岩の黒々としたオブジェが美しいこと。そして戦争で亡くなった家族のこと。
 楽しいことも辛いことも包み隠さず話す彼女に、ソウタは真摯に相槌を打っていた。
 徐々に熱の入る話にカーサも興味深く耳を傾けていた。熱に耐性のある種族以外を受け入れない土地への興味が満たされて、また飢えていく感じが心地よかった。
 そんな時間も終わりが来る。長すぎず短すぎずで話を纏めたアポロが一礼をする。

「いや、ありがとう。興味深い話だったよ」

「いえ、拙い話で申し訳ありません」

 そんなことないわとカーサは心の中で思う。少なくともパーテーションの裏にいる時よりは何千倍もましだった。
 そして、目が自分に集まっているのに気づいて、カーサはふっとそっぽを向いていた。
 
「……君は乗り気じゃないみたいだね?」

「そうね」

 敬意の欠片もない返答に、ソウタは眉間に皺を寄せていた。怒っている訳ではなく、聞き分けのない子に困っているという雰囲気を出していた。

「カーサ」

 代わりに、紫鬼がずんと冷たい声でたしなめる。

「ふん、別に面白い話が思いつかないだけです。それにそういうのって自分の目で見つけに行くものだと思っているので」

「紫鬼、いいんだ。私が許すよ。レントンもおんなじような態度だったからむしろ懐かしくてね」

「変な人」

「普通の人なら主上なんて立場にならないさ」

 ひやひやとした空間の中で、ソウタはとぼけるように軽口を話す。
 カーサは長く息を吐いていた。腕を組み、胸を張って、

「それだけは同感しておくわ」

「まったく」

 不遜な態度に紫鬼は小言を漏らす。
 そんな中でソウタは終始笑顔を浮かべていた。小刻みに頷きながら、酒を呑む。空になれば紫鬼がすかさず注いでいた。
 その余裕ぶった表情が癪に障る。カーサはふくれ顔をして、やりとりを楽しむソウタを見ていた。
 傍から見ても分かるほど上機嫌な彼は、

「良かったら皆でご飯にしようか」

 そう言うと、軽く手を挙げて両手を合わせていた。
 パンパンと乾いた音が響く。同時にそこで待っていたかのように現れた女衆が次々に料理を盛り付けていく。
 テーブルいっぱいに美しい料理が並んでいく。甘美な香りが部屋を満たすと、

「二人とも、こちらに」

 紫鬼が向かいに座るように促していた。
 アポロが勢いよく立ち上がり、クッションへと座る。その姿を眺めながらカーサは微動だにせずにいた。

「カーサ!」

「私は遠慮しておきます」

 紫鬼が見たこともない怒りを声に滲ませていた。鬼種らしい覇気に、カーサは毛が立つのを抑えられないでいた。

「どうしても、かな?」

「どうしても、です」

 ソウタの言葉にも一歩も引かない。目を閉じて彼から一番遠い天井へと顔を向けていた。
 全員から視線が突き刺さる。居心地の悪さを感じてもカーサは眉ひとつ動かさなかった。

「カーサ」

「……なんでしょうか」

「命令だ、と言っても君はこちらに来てくれないのかな?」

 ……卑怯者。
 カーサは笑っていた。口の端を痛みが出るほど釣り上げて、小さな歯を食いしばる。
 そして、返答せずにゆっくりと立ち上がると、

「これで満足でしょうか?」

 テーブルの前に立ち、恭しく礼をする。
 誰も何も言わない。カーサはふんと鼻を鳴らすと懐から小瓶を二つ取り出していた。

「──えっ?」

 誰かの驚きの声にも耳をくれず、蓋を取る。流れるようにそのままひっくり返せば、強い粘性の黄色がかった液体が食卓を汚していた。
 子種殺しの毒だった。カーサは紫鬼に渡す際に多めに拝借していた。

「これを食べろと命令しますか?」

 カーサは努めて冷静にソウタの目を凝視していた。
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