転生奴隷チートハーレムの後は幸せですか?

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第26話 襲撃3

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 開始早々飛び出したのはカーサだった。
 ……先手必勝よ!
 一歩も動かないと言った紫鬼は当然動かない。待ちの姿勢のまま派手に動く毛玉を目標に捉えていた。
 手が届く位置に行ったら殺される。攻めるなら外からどうにかするしかない。
 ──なんて、考えじゃダメね。
 カーサは横を取るとそのまま肉薄していた。
 消極的な選択ではジリ貧になるのは自分の方だ。地力で及ばない以上、一発逆転の方法を取るしかない。
 背中のバッグをまさぐり、逆さまにする勢いで中身をばらまく。そのうちの一つを手に取ると、こちらに視線すら向けていない紫鬼の顔に投げつける。

「目眩し? 意味無いわ」

 ──知ってる。
 紫鬼はそれごとカーサを殴りつけようとして、拳を走らせていた。
 風を散らして死が迫る。手加減などない一撃は障害物を砕いて、さほど減衰せずに突き進んでいく。

「……どうして皆そうなのかしらね」

 当たる。カーサは避けることなくそれを顔で受けていた。
 血飛沫が、上がらなかった。それどころかすんでのところで拳が止まっていた。

「あら?」

「小人族は弱いわ。力もないし速さもない。だから皆舐めてかかる。こっちが必死こいて作った罠なんか真正面から踏みつぶせばいいと思ってる。だから簡単に手玉に取られるのよ」

 拳の進行を阻んでいたのは白い糸であった。
 ……回収しといて良かったわ。
 カーサは先日ソウタが切ったものを一部勝手に拾っていた。珍しい素材に昨日は一晩中細工を施す羽目になった。二番煎じな感じがして好ましくはなかったが、その拘束力は折り紙つきだった。
 紫鬼の手には糸が絡まっていた。一度蜘蛛の巣のように広がったそれは、地面や近くの壁にへばりついて簡単には取れない。ちょうど二人をわかつ塀のようになっていた。
 暴れれば暴れるほど手に強く粘着していく。運の悪いことに一部が紫鬼の身体にもくっついているせいで、下手なことをすればまた昨日の二の舞になる。
 苦苦しげに紫鬼は顔を歪ませていた。直ぐに打開する方法がないからか、何度か手を動かしては見るものの派手に動くことは無い。
 やがて軽くため息を着くと、

「まったく……やられたわ。これじゃ勝敗つかずね」

「ん? どうして?」

「どうしても何も、私は降参なんてしないわよ。ここから動くつもりもないしって何してるのかしら?」

 紫鬼は作業中のカーサに声をかけていた。どこにもくっつかなかった糸を集めて、周囲の巨木や岩に貼り付けていくカーサを不審そうな目で見ていた。
 手早くことを済ませたカーサは、地面に落ちていた水筒を拾って口をつける。軽く口の中を湿らせる程度に水を飲んで、

「だから言ったじゃない、舐めてるって。まだ自分が優位だと思っているのよ。じゃあ頑張ってね」

 残った水をピンと張った糸に振りかけていた。

「ちょ――」

 声を出す間もなく、ぐっと糸が縮んだせいで紫鬼は手から引っ張られていた。それでもどうにか無事な片足を地面にのめりこませて、境界線ギリギリで立ち止まる。
 ……まだ頑張るのか。
 退避していたカーサは驚き、迷惑そうな表情で彼女を見ていた。八本ほどの糸で引っ張られているはずなのに、どうにかであるが均衡を保つ姿に意地汚さを感じていた。

「ふんんんぅ!」」

「げっ」

 紫鬼は歯を食いしばって必死に耐えていた。それどころか鬼化までして対抗し始めている。その膂力に引っ張っているほうの木や岩が異音を立て始めていた。
 まずい。そう思ったときには既に身体が動いていた。

「アポロ!」

「うえぇっ!?」

 胸のベルトから松脂を取りだして枝に塗る。黄ばんだ粘液が陽の光を反射させててらてらと光っていた。
 それを見物客に混じって心配そうな顔で見ていたアポロの口に容赦なく突っ込む。瞬間、腕のほうまで届くような火を噴いて、彼女はそれを吐き出していた。

「べー、まっずい」

「ありがと」

 簡易的なたいまつを持って、カーサは紫鬼に肉薄する。
 雄たけびを上げながら抵抗を続ける彼女の横を通り過ぎる。
 懐から取り出したのはガラス瓶に入った黒い粉だった。
 ……後で怒られそうね。
 カーサは薄く笑みを作りながらその中身をばらまく。
 黒炭蝶の羽の粉末と、希少金属を混ぜた特製の爆薬だ。空気にさらすだけで熱を持ち、火を近づければ強烈な閃光とともに大炎上を起こす。エルフ族の秘薬だったが何世代か前の小人族が作り方を教わって脈々と継承されていた。

「伏せてっ!」

 叫ぶと同時に、たいまつを空に投げる。落ちてくる間にカーサはなるべく距離を取っていた。
 くるくると火の粉を散らして赤炎が落下する。地面に衝突する瞬間、青白い光が縦横無尽に駆け巡る。
 それは正しく火柱であった。
 一番高い建物に匹敵するほど高く舞い上がった炎は、一瞬で鎮火していた。しかし残った熱は膨れ上がり、強風を作る。
 砂を舞い上げて、辺りを一掃する。
 残った物は何も無かった。
 髪の毛をいくらか焦がしたカーサは立ち上がり、周囲を見る。
 ……はぁ。
 急に静かになった世界で一人ため息をついていた。
 皆が地面に倒れている中で二人だけ立っている者がいた。一人は筋肉隆々のブライアン、そしてもう一人が紫鬼だった。
 彼女は先程までいたところから随分離れた位置にいた。手にはまだこびりつく糸の残骸があり、服は焦げて汚れている。
 しかしその目はまだ死んでいなかった。

「素直に死んどきなさいよ」

「ふぅ……あの程度じゃ無理ね。ちょっと大きな焚き火じゃない」

 そうっすね。
 実際紫鬼の言っていることは正しい。元々は威圧に使う為のものだからだ。今回は蜘蛛の糸を炙る為に使ったため、そこに殺傷力は求めていない。
 蜘蛛の糸は火が近づいても縮む。それは水の時とは違い、硬く、そして脆くなる。全力で引っ張り合いをしている最中に突然切れたらたたらを踏む程度では済まされない。
 それでも地面に立っているのはカーサにとっては予想外だった。それこそ壁まで吹き飛んでいてもおかしくは無い。勘なのか反射なのか、いずれにせよ生粋の戦士を彷彿とさせていた。
 しかし、

「──それでも、私の勝ちなんだけどね」

「あら? あらまぁ」

 紫鬼は足元を見て声を上げる。
 引いた方の足が境界線を見事に踏みつけていたからだ。
 ……残念ね。
 目測ではもう少し余裕があると思っていたのだろう。しかしカーサが円を描く際、そこだけ内側よりになるようにしていた。
 ルールは作った方が強いのだ。スペックで勝っていてもそれを活かせなければ簡単に手玉に取ることが出来る。
 もちろん紫鬼に勝ち筋がなかった訳では無い。むしろ多いくらいだ。蜘蛛の糸を殴らずに避ければ、その前に自分から動いていれば、礫を拾い、投げるだけでもカーサにとっては致命傷になる。それらをしなかったのはやはり格下と思っていたからに違いない。
 カーサは笑みを作って、そして倒れる。
 ……しんど。
 もう二度とやらないわと心に決めて、目を閉じた。
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