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第27話 襲撃4
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「勝者、小人族!」
ブライアンが雄たけびのような声で高らかに宣言する。それに呼応して、観客からは黄色い歓声が上がっていた。
……勝った。
カーサは空を見つめながら、肺に溜まった空気を吐き出していた。
勝利の余韻はすぐに散っていた。充足感などなく、時間を無駄にしたという思いと疲弊が身体を重くしていた。
もう二度とやらない。そう心に誓っていると、顔に影が差す。
紫鬼だ。彼女はカーサに近づくとゆっくりと腰を下ろしていた。
肉が焼けたような、鼻につく臭いにカーサが顔をしかめていると、頭の下に手が添えられる。そのまま持ち上げられると柔らかな腿の上におかれていた。
悪くないわね、と膝枕を堪能していると、
「何もさせてもらえなかったわね」
くやしさが微塵も浮かんでいない笑みを紫鬼は向けていた。
「何かさせたら勝ち目がなかったのよ」
誇張抜きにカーサは答える。
彼女は強い。しかし戦士ではなかった。圧倒的に不足している経験を利用して勝ち取った薄氷の勝利だ。誰にでも通用するものではなかった。
次があったら間違いなく負ける。そう簡単にやられてやるつもりはないが、今回のようにはいかないことは確信していた。
なんにせよもう自分には関係のないこととカーサは目を閉じる。このまままどろみに任せて、後は誰かがうまくやってくれると信じていた。
「へえ、面白いことしてんじゃねえか」
その声は空から降ってきていた。
……げっ。
どこか聞き覚えのある高い男性の声に、カーサは顔をゆがめていた。
間違いなく厄介事だと全身の毛が告げている。もうおなか一杯だと、カーサはもぞもぞと動いて紫鬼の腹の上で丸くなっていた。
「レントン!」
上空を見上げたブライアンが叫ぶ。
「おう、相変わらず暑苦しいな。そんなんじゃ嫁さんの一人もまだだろ」
「何しにここに来た?」
ブライアンは話を聞かずに一方的に告げる。
カーサは薄く目を開いて、上空を一瞥していた。一際高い木の天辺付近に小さな人影を見つけると、また目をとじていた。
……恥さらしめ。
紫鬼に頭を撫でられながらカーサは考える。
見えた人影は姿かたちからして小人族に違いない。ブライアンが反応していたこととその名前から、同族の、長老の息子であることは疑いようがなかった。
七英雄の一人にして、小人族の悪いところを煮詰めたような存在。彼のせいで肩身の狭い思いを強いられたものは多い。
「降りてこい!」
ブライアンが叫ぶと、不平を漏らしながらレントンがするすると大木を下っていた。ほとんど落下に近い速度で降りてくると、ブライアンの前に立ち、
「よう。ソウタはいるかい?」
「主上なら今は外出中だ」
「主上ねえ。いつからそんなかたっくるしい呼び方するようになったんだか」
ぼろぼろの外套を纏い、自分の身よりも大きな朽葉色のバッグを背負ったレントンは鼻で笑っていた。その人を小馬鹿にするような態度にブライアンは大きく溜息をついて、
「お前は変わらんな」
「変わる必要がないからな」
気安い受け答えが二人の関係性を物語っていた。
周りを女衆が見守る中、二、三言葉を交わしたブライアンは唐突に手を前に出すと、
「そういえば貸してた金そろそろ返せよ」
気持ちのこもった言葉にレントンはただ笑っていた。
「おいおい、小人族に何か貸すってことはあげるのと同じことだぜ?」
「そんなこと知らん。俺は小人族じゃないからな」
ブライアンが一蹴すると、レントンは頭をかいて視線を泳がせていた。
それはしばらく当てもなくさまよった後、紫鬼に抱えられているカーサへと向けられていた。
「よう、妹」
「そんな人はいません」
カーサは目も向けずに答えていた。
あれは他人、あれは他人……
寝心地のよい場所でカーサは現実から逃避していた。
巻き込まれたら厄介なのは目に見えていた。だからなるべく背景と同化するように気配を消す。これ以上の厄介事は勘弁願いたい。
しかしそんな淡い希望を打ち砕くように、レントンはカーサの元に近寄ると、その首根っこを掴んで持ち上げていた。
「ほおぅ。兄貴の言うことが聞けねぇとはいい身分になったじゃねえか」
「……誰が兄貴よ。たまたま同じ腹から生まれただけでしょ」
カーサはムッとした表情を浮かべて答えていた。
小人族は一年に数回子供を産むし、その際胤が誰かなど気にはしない。子育てですら共同で行うのだから他種族の家族という概念が薄かった。
そのせいでもちろん結婚というものもない。例外があるとすれば長老で、対外的な意味合いから次期後継者を息子と呼んでいるに過ぎなかった。
要するに、レントンの言葉は外にかぶれてしまった言い方であって、小人族にはちっとも響かない。カーサにとっても兄などと思ったこともないし、そもそもろくに面識のない相手であった。
抗議の意味も込めて拳や脚を繰り出すもかわされてしまう。一回り身体が大きいだけで我がもの顔する彼を睨みつけてみても、何処吹く風だった。
「で、私になんの用なのよ。言っとくけど立て替えなんてしないわよ」
「なんでだよ!? 一族だろ」
「知らなかったの? あんた半分くらい破門されてるわよ」
その一言に、レントンは口を大きく開けていた。
……当然でしょ。
一族の長老に恥をかかせたのだ。七英雄のネームバリューがなければ即刻打首でも文句は言えない。
それに、
「だいたいね。確かに私たちは借りたものは返さない、返せないことが多いけど、その分貰ったお金以上に価値あるものをお返しするのが決まりじゃない。あんたの勝手で都合よく解釈するんじゃないわよ」
出来が悪いと言い捨てると、突然手を離されてカーサは地面に降り立った。
それは見たことの無い顔だった。深い虚無と哀しみの混じった、殆ど無表情が次第に崩れ、怒りに変わる。
「おま、お前なぁっ! 決闘だ!」
「ふざけんじゃないわよ。馬鹿の子守りは一人で十分だわ」
「ふーん」
ぴくっと背筋が跳ねる。背後からの声にカーサは冷や汗をかいて振り返った。
「馬鹿の子守りね。そんなふうに思われてたんだ」
笑顔の紫鬼がいた。顔は柔和なのに目が笑っていない。
……やっちゃった。
ブライアンが雄たけびのような声で高らかに宣言する。それに呼応して、観客からは黄色い歓声が上がっていた。
……勝った。
カーサは空を見つめながら、肺に溜まった空気を吐き出していた。
勝利の余韻はすぐに散っていた。充足感などなく、時間を無駄にしたという思いと疲弊が身体を重くしていた。
もう二度とやらない。そう心に誓っていると、顔に影が差す。
紫鬼だ。彼女はカーサに近づくとゆっくりと腰を下ろしていた。
肉が焼けたような、鼻につく臭いにカーサが顔をしかめていると、頭の下に手が添えられる。そのまま持ち上げられると柔らかな腿の上におかれていた。
悪くないわね、と膝枕を堪能していると、
「何もさせてもらえなかったわね」
くやしさが微塵も浮かんでいない笑みを紫鬼は向けていた。
「何かさせたら勝ち目がなかったのよ」
誇張抜きにカーサは答える。
彼女は強い。しかし戦士ではなかった。圧倒的に不足している経験を利用して勝ち取った薄氷の勝利だ。誰にでも通用するものではなかった。
次があったら間違いなく負ける。そう簡単にやられてやるつもりはないが、今回のようにはいかないことは確信していた。
なんにせよもう自分には関係のないこととカーサは目を閉じる。このまままどろみに任せて、後は誰かがうまくやってくれると信じていた。
「へえ、面白いことしてんじゃねえか」
その声は空から降ってきていた。
……げっ。
どこか聞き覚えのある高い男性の声に、カーサは顔をゆがめていた。
間違いなく厄介事だと全身の毛が告げている。もうおなか一杯だと、カーサはもぞもぞと動いて紫鬼の腹の上で丸くなっていた。
「レントン!」
上空を見上げたブライアンが叫ぶ。
「おう、相変わらず暑苦しいな。そんなんじゃ嫁さんの一人もまだだろ」
「何しにここに来た?」
ブライアンは話を聞かずに一方的に告げる。
カーサは薄く目を開いて、上空を一瞥していた。一際高い木の天辺付近に小さな人影を見つけると、また目をとじていた。
……恥さらしめ。
紫鬼に頭を撫でられながらカーサは考える。
見えた人影は姿かたちからして小人族に違いない。ブライアンが反応していたこととその名前から、同族の、長老の息子であることは疑いようがなかった。
七英雄の一人にして、小人族の悪いところを煮詰めたような存在。彼のせいで肩身の狭い思いを強いられたものは多い。
「降りてこい!」
ブライアンが叫ぶと、不平を漏らしながらレントンがするすると大木を下っていた。ほとんど落下に近い速度で降りてくると、ブライアンの前に立ち、
「よう。ソウタはいるかい?」
「主上なら今は外出中だ」
「主上ねえ。いつからそんなかたっくるしい呼び方するようになったんだか」
ぼろぼろの外套を纏い、自分の身よりも大きな朽葉色のバッグを背負ったレントンは鼻で笑っていた。その人を小馬鹿にするような態度にブライアンは大きく溜息をついて、
「お前は変わらんな」
「変わる必要がないからな」
気安い受け答えが二人の関係性を物語っていた。
周りを女衆が見守る中、二、三言葉を交わしたブライアンは唐突に手を前に出すと、
「そういえば貸してた金そろそろ返せよ」
気持ちのこもった言葉にレントンはただ笑っていた。
「おいおい、小人族に何か貸すってことはあげるのと同じことだぜ?」
「そんなこと知らん。俺は小人族じゃないからな」
ブライアンが一蹴すると、レントンは頭をかいて視線を泳がせていた。
それはしばらく当てもなくさまよった後、紫鬼に抱えられているカーサへと向けられていた。
「よう、妹」
「そんな人はいません」
カーサは目も向けずに答えていた。
あれは他人、あれは他人……
寝心地のよい場所でカーサは現実から逃避していた。
巻き込まれたら厄介なのは目に見えていた。だからなるべく背景と同化するように気配を消す。これ以上の厄介事は勘弁願いたい。
しかしそんな淡い希望を打ち砕くように、レントンはカーサの元に近寄ると、その首根っこを掴んで持ち上げていた。
「ほおぅ。兄貴の言うことが聞けねぇとはいい身分になったじゃねえか」
「……誰が兄貴よ。たまたま同じ腹から生まれただけでしょ」
カーサはムッとした表情を浮かべて答えていた。
小人族は一年に数回子供を産むし、その際胤が誰かなど気にはしない。子育てですら共同で行うのだから他種族の家族という概念が薄かった。
そのせいでもちろん結婚というものもない。例外があるとすれば長老で、対外的な意味合いから次期後継者を息子と呼んでいるに過ぎなかった。
要するに、レントンの言葉は外にかぶれてしまった言い方であって、小人族にはちっとも響かない。カーサにとっても兄などと思ったこともないし、そもそもろくに面識のない相手であった。
抗議の意味も込めて拳や脚を繰り出すもかわされてしまう。一回り身体が大きいだけで我がもの顔する彼を睨みつけてみても、何処吹く風だった。
「で、私になんの用なのよ。言っとくけど立て替えなんてしないわよ」
「なんでだよ!? 一族だろ」
「知らなかったの? あんた半分くらい破門されてるわよ」
その一言に、レントンは口を大きく開けていた。
……当然でしょ。
一族の長老に恥をかかせたのだ。七英雄のネームバリューがなければ即刻打首でも文句は言えない。
それに、
「だいたいね。確かに私たちは借りたものは返さない、返せないことが多いけど、その分貰ったお金以上に価値あるものをお返しするのが決まりじゃない。あんたの勝手で都合よく解釈するんじゃないわよ」
出来が悪いと言い捨てると、突然手を離されてカーサは地面に降り立った。
それは見たことの無い顔だった。深い虚無と哀しみの混じった、殆ど無表情が次第に崩れ、怒りに変わる。
「おま、お前なぁっ! 決闘だ!」
「ふざけんじゃないわよ。馬鹿の子守りは一人で十分だわ」
「ふーん」
ぴくっと背筋が跳ねる。背後からの声にカーサは冷や汗をかいて振り返った。
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