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第28話 襲撃5
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言ってしまった以上取り繕うことは不可能だった。買い言葉に売り言葉ではあったが、そう思っていた部分があることは否定できないからだ。実際喧嘩馬鹿だと思っているし。
余計な火種を起こしてしまったと、カーサは後悔を顔に出していた。しかし紫鬼はふうと息を漏らすと、カーサの頭を撫でるにとどまっていた。
「気にしてないわ。実際迷惑をかけたと思っているもの」
じゃあそもそもすんなと思わなくもない。頭をくすぐられているようなむずがゆさを感じながらカーサはまた紫鬼の懐へ飛び込んでいた。
同族では味わえない包容力は、えも言われぬ心地良さがあった。その感触に頬を緩ませたカーサは未だ立ち尽くす男を一瞥して、
「いつまで突っ立ってるのよ。さっさとそっちの要件済ませたらどうなの?」
ふんと鼻を鳴らして、カーサは眠りに入る。
「ぐぅ……」
「そうだぞ。いまさら主上になんの用がある?」
ブライアンが問う。
レントンは強く握りしめた手をほどいた。そして足で地面を軽く蹴ると、
「……しゃーないか。ソウタに頼みがあってきたんだ」
「金の無心なら俺のほうで突っぱねるぞ?」
「ちげえよ。新大陸関連だ」
ぴくっとブライアンの眉が持ち上がる。
……新大陸?
カーサは目を薄く開けて、並び立つ二人の会話に耳をそばだてていた。
聞いたことのない言葉だった。しかし異様に胸が騒ぐ。関われなければ一生後悔するようなそんな予感がしていた。
「それは、本当か?」
ブライアンが、かすかに声を震わせて問う。
それに先ほどまでのおちゃらけた様子を消したレントンが答える。
「これに関しては嘘は言わねえ。つっても大した話でもないけどな」
彼は胸元から取り出した葉巻を咥えて、マッチで火をつける。一息、大きく吸い込んで、紫煙を吐くと、
「近々冬が来る。攻めるならこの時がチャンスだ」
「……十年ぶりか」
「だな」
通じ合う二人は重く首を前に倒していた。
……ふーん。
二人の様子にカーサは軽く笑みを浮かべていた。
何かする。その予兆をレントンが届けに来たということだけはわかった。それがいったい何なのかは不明だが、ソウタを呼びつけるほどだ、並大抵の危険ではないのだろう。
つまりは未開の地、モンスターがはびこる土地である可能性が高い。
……いいじゃない。
市井に出回る冒険譚ではありふれた舞台装置であるが、その深淵までたどり着いたものはいまだにいない。想像上の理想郷を前にして、カーサをとどめておくことは誰にもできない。
が、今じゃない。必要とされているかどうかも不明なのに自分を押し売るような真似はしない。だから今は機を見て備えておくことしかできなかった。
話合いがまとまったのか、小声で二、三と言葉を交わしたブライアンは、腕を組み、
「わかった。あとで主上、ソウタには話しておく。呼び出すまで街で待っていてくれ」
「は? ちょっと待てよ。せめてここまでにかかった調査費用ぐらい出してくれてもいいじゃねえか」
そう言ってレントンはやけに軽い財布を取りだすと、ブライアンに投げつける。緩い放物線を描いて彼の胸に当たったそれはゆっくりと滑り落ちて腕の中に納まっていた。
つぎはぎだらけで元が何色かも不鮮明なほどくすんだそれをつまみ、中身を掌に撒くと、小さなコインが四枚だけ零れ落ちる。ブライアンはそれを見て深いため息をついていた。
「足らんな」
「返済じゃねえ! このままじゃ野宿になっちまうんだよ!」
レントンは必死に訴えかけるが、ブライアンはその姿を胡散臭そうに見つめていた。そして手を伸ばし、彼の襟首を持って持ち上げると優しく上下に振りだした。
「な、や、やめろって」
悲痛な叫び声に混じり、背負うバッグから金属のこすれるような音が鳴り響く。ブライアンは手慣れた手つきでバッグの中に指を突っ込むと、一つ、拳ほどもある大きな赤い石を取りだしていた。
陽の光を取り込んで輝くそれは、どこまでも深い赤の中に、流体を詰め込んでいるかのように不規則な反射を繰り返している。
「紅石蘭《べにしらん》の種か。エルフか妖精にでも売りつければかるく一年は豪遊できるな」
「おま、返せ! 俺のコレクションだぞ!」
放り投げられたレントンがどれだけ手を伸ばしても巨体のブライアンには届かない。彼はそのまま胸ポケットにしまうと、
「貸した金分にはなるな」
「ドロボー」
「なんとでも言え。どうせバッグの中にはこれ以上に貴重なもんが入ってるんだろ?」
そう突っ込まれ、レントンは視線を外に向けていた。
……いいじゃない。
ますます楽しみが増えた。カーサはそんな笑みを浮かべていた。
余計な火種を起こしてしまったと、カーサは後悔を顔に出していた。しかし紫鬼はふうと息を漏らすと、カーサの頭を撫でるにとどまっていた。
「気にしてないわ。実際迷惑をかけたと思っているもの」
じゃあそもそもすんなと思わなくもない。頭をくすぐられているようなむずがゆさを感じながらカーサはまた紫鬼の懐へ飛び込んでいた。
同族では味わえない包容力は、えも言われぬ心地良さがあった。その感触に頬を緩ませたカーサは未だ立ち尽くす男を一瞥して、
「いつまで突っ立ってるのよ。さっさとそっちの要件済ませたらどうなの?」
ふんと鼻を鳴らして、カーサは眠りに入る。
「ぐぅ……」
「そうだぞ。いまさら主上になんの用がある?」
ブライアンが問う。
レントンは強く握りしめた手をほどいた。そして足で地面を軽く蹴ると、
「……しゃーないか。ソウタに頼みがあってきたんだ」
「金の無心なら俺のほうで突っぱねるぞ?」
「ちげえよ。新大陸関連だ」
ぴくっとブライアンの眉が持ち上がる。
……新大陸?
カーサは目を薄く開けて、並び立つ二人の会話に耳をそばだてていた。
聞いたことのない言葉だった。しかし異様に胸が騒ぐ。関われなければ一生後悔するようなそんな予感がしていた。
「それは、本当か?」
ブライアンが、かすかに声を震わせて問う。
それに先ほどまでのおちゃらけた様子を消したレントンが答える。
「これに関しては嘘は言わねえ。つっても大した話でもないけどな」
彼は胸元から取り出した葉巻を咥えて、マッチで火をつける。一息、大きく吸い込んで、紫煙を吐くと、
「近々冬が来る。攻めるならこの時がチャンスだ」
「……十年ぶりか」
「だな」
通じ合う二人は重く首を前に倒していた。
……ふーん。
二人の様子にカーサは軽く笑みを浮かべていた。
何かする。その予兆をレントンが届けに来たということだけはわかった。それがいったい何なのかは不明だが、ソウタを呼びつけるほどだ、並大抵の危険ではないのだろう。
つまりは未開の地、モンスターがはびこる土地である可能性が高い。
……いいじゃない。
市井に出回る冒険譚ではありふれた舞台装置であるが、その深淵までたどり着いたものはいまだにいない。想像上の理想郷を前にして、カーサをとどめておくことは誰にもできない。
が、今じゃない。必要とされているかどうかも不明なのに自分を押し売るような真似はしない。だから今は機を見て備えておくことしかできなかった。
話合いがまとまったのか、小声で二、三と言葉を交わしたブライアンは、腕を組み、
「わかった。あとで主上、ソウタには話しておく。呼び出すまで街で待っていてくれ」
「は? ちょっと待てよ。せめてここまでにかかった調査費用ぐらい出してくれてもいいじゃねえか」
そう言ってレントンはやけに軽い財布を取りだすと、ブライアンに投げつける。緩い放物線を描いて彼の胸に当たったそれはゆっくりと滑り落ちて腕の中に納まっていた。
つぎはぎだらけで元が何色かも不鮮明なほどくすんだそれをつまみ、中身を掌に撒くと、小さなコインが四枚だけ零れ落ちる。ブライアンはそれを見て深いため息をついていた。
「足らんな」
「返済じゃねえ! このままじゃ野宿になっちまうんだよ!」
レントンは必死に訴えかけるが、ブライアンはその姿を胡散臭そうに見つめていた。そして手を伸ばし、彼の襟首を持って持ち上げると優しく上下に振りだした。
「な、や、やめろって」
悲痛な叫び声に混じり、背負うバッグから金属のこすれるような音が鳴り響く。ブライアンは手慣れた手つきでバッグの中に指を突っ込むと、一つ、拳ほどもある大きな赤い石を取りだしていた。
陽の光を取り込んで輝くそれは、どこまでも深い赤の中に、流体を詰め込んでいるかのように不規則な反射を繰り返している。
「紅石蘭《べにしらん》の種か。エルフか妖精にでも売りつければかるく一年は豪遊できるな」
「おま、返せ! 俺のコレクションだぞ!」
放り投げられたレントンがどれだけ手を伸ばしても巨体のブライアンには届かない。彼はそのまま胸ポケットにしまうと、
「貸した金分にはなるな」
「ドロボー」
「なんとでも言え。どうせバッグの中にはこれ以上に貴重なもんが入ってるんだろ?」
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